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20180120/小室哲哉引退会見に思うこと。

あ、まず最初に、イベントの告知です。ぜひいらしてください。楽しいはずです。

先に書いておけば、ここでは「文春砲」の是非については書きません。「Aさん」との関係についても、まったく興味はありません。書きたいと思ったのは、音楽家としての小室哲哉に関する、冷静な状況認識についてです。

音楽家・小室哲哉の魅力を一言で言えば「奇妙なメロディを作る作曲家」ということになります。「奇妙」を、もう少し具体的に言い換えれば「独創的」、さらには「機械的」なメロディ。

渡辺美里《My Revolution》(86年)のコード進行や転調の衝撃は、今でも忘れることは出来ません。他にも篠原涼子《恋しさとせつなさと心強さと》(94年)の、天にも昇るような上昇音階や、TRF《EZ DO DANCE》(93年)のたった2音だけで出来たサビ、そして、それらとは真逆の、古めかしい5音音階で出来たH Jungle with t《WOW WAR TONIGHT》など。

これらの奇妙で機械的なメロディは、当時まだ目新しかった、ピカピカに光ったコンパクトディスクというメディアや、カラオケボックスという舞台に、あまりにもよく映えました。

逆に、音楽家・小室哲哉の弱みというものがあれば、1つには歌詞。言葉のセンスがぞんざいなこと。いい歌詞は楽曲をスタンダードにします。逆に言えば、よく指摘されますが《Body Feels EXIT》(95年)のような、デタラメ英語を使うことによって、当時の小室メロディは、消費し尽されるスピードが上がってしまった。歌い継がれない曲になってしまった。

そしてもう1つは、こちらはあまり指摘されませんが、リズムに対する時代感覚の弱さです。ワタシはglobeの《FACES PLACES》が、小室メロディの中のフェイバリットなのですが、あの曲でも、途中のマーク・パンサーのラップの部分でガクっと来るのです。

当時にしても、あまりにオールドスクールなラップ。ああいうラップを中に挟むのは、小室哲哉という人の、最新のリズム感覚との距離の置き方、ひいては、かなりドメスティックな感覚を表しています。

さて、強みの方に戻ると、小室哲哉の後継はヒャダイン(前山田健一)だったのではないかと、考えています。少なくとも、彼による、ももいろクローバー《行くぜっ!怪盗少女》(10年)は、そのびっくりするような転調(Am→E♭m)は、小室哲哉よりも小室哲哉的な、実に奇妙なメロディに聴こえました。

逆に、昨年発表された、久々の小室哲哉×安室奈美恵のコラボレーション=安室奈美恵《How do you feel now?》は、同じアルバムの同じディスクに入っている《Showtime》などの画期的な楽曲に比べて、正直見劣りするものでした。


罪を償うとともに、自分の身体的な限界であるとか、この音楽界、エンターテイメント界に僕の才能がほんとうに必要なのか。もはやここまでだな。音楽の新しさみたいなものを作れるものがあるのかな、という自問自答を続けてきました。
出典:小室哲哉会見の100分全記録「5年前から男性的能力なく、男女関係ない」「単語でKEIKOと会話」

会見で発せられた、上の言葉は、マスコミ的にはほとんど注目されていませんが、小室哲哉という人の、冷静な状況認識力を示していると思います。

さてワタシは、作曲・編曲は、スポーツのようなものではないかと捉えています。作詞もそうかもしれませんが、音を扱うほうが、肉体的なストレスが、より強いのではないでしょうか。

筒美京平がよく「鉄人」のように扱われますが、仮に彼の黄金期を、いしだあゆみ《ブルー・ライト・ヨコハマ》(68年)から、田原俊彦《抱きしめてTONIGHT》(88年)だとすると、その間たった20年。「鉄人」筒美は48歳で黄金期を終えたことになります。そして小室哲哉は今年、満身創痍の還暦に。

93年、94年から2000年くらいがブームだったと思うんですけれども。それが、一番基準になりまして、それを超えることはできないですし、それを下回ると期待に応えられないという感覚ですね。あの時代の曲は素晴らしいねと言ってくださる方が一番多いので。そのレベルというのは時代の流れもありますが、あれを基準にしてしまう。
出典:小室哲哉会見の100分全記録「5年前から男性的能力なく、男女関係ない」「単語でKEIKOと会話」

言いたいことは、1つ、冷静な認識力を持つ小室哲哉は、そもそも引退を考えていたのではないか。2つ、ヒャダイン以後の現在の音楽業界の中で、それは正しい判断ではないか。3つ、そんな中で「文春砲」が作動したので、その反作用の力を利用して突然、引退を発表したのでないか、ということです。

経緯が経緯だけに、小室哲哉の引退を惜しむ声や、引退に追いやった「文春砲」への非難が高まるのは当然ですが、ワタシは、ここまで書いたような理由で、小室の引退を、冷静に捉えたいと思っています。

大声で叫んだ
みんなで叫んだ
どうしてあんなに
未来を気にせずに
笑った語った
遊んだ荒ぶった

安室奈美恵《How do you feel now?》(作詞:小室哲哉)

まさに、How do you feel now?――小室哲哉は、一体いま、何をどう感じているのでしょうか?



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20180113/星野仙一を正しく総括するために。

最近『週刊文春』を購読しているが、最新号の鷲田康による「野球の言葉学」を読んで驚いてしまった。取り上げられているのは、先日急逝した、星野仙一。記事の内容をまとめるとこうだ。

(1)1991年の星野仙一の中日監督退任時、鷲田氏は記者として、退任をいち早く察知し、星野に嫌がられる。

(2)「退任報道」が出た日、星野仙一と鷲田氏が二人きりになり、そこで星野から「おれがこのユニフォームを着ていなければ頭をカチ割っとるわ!」と言われる。

(3)それだけでなく星野仙一は、持っていたノックバットを鷲田氏に投げつけ、それが鷲田氏の「顔の前十センチくらいに」飛んでくる。

(4)そのあと鷲田氏は、監督室に呼ばれて、そこで星野仙一は、コーヒーを入れながら、こう言う――「確かにおれはユニフォームを脱ぐ。来年からネット裏でみんなと野球を観る。今のままじゃオマエとも気まずいやろ。だからこれでこの件は終わりにしよう」。

その流れで、星野仙一の発言=「おれは選手を殴る。でも殴った選手の面倒は最後までみる」を紹介し、鷲田氏は「もちろんこんな監督はもう二度と出てこない。良き昭和の監督だった」と結んでいるのだが。

私がまず直感的に思ったのは、こういうことだ。

前回の記事で取り上げた、浜田雅功の「黒塗り」が非難される時代である。「黒塗り」よりも、もっと直接的な「暴力」という罪が、「燃える男」による「鉄拳制裁」のように言い換えられ(「制裁」は善人が悪人にするものだ)、更には「愛情の裏返し」のように美化されるのは、おかしいんじゃないかということだ。

加えて今回注目にしたいのは、鷲田氏の記事に見られる、星野仙一という人の「ムチ」と「アメ」の使い回しの上手さについてである。手順としては「アメとムチ」ではなく「ムチとアメ」。

ムチ:ノックバットを投げつける。
アメ:コーヒーを入れて「この件は終わりにしよう」という。

ムチ:「おれは選手を殴る」
アメ:「殴った選手の面倒は最後までみる」

そのムチ→アメの落差に、選手や野球マスコミ、一部の野球ファンはキュンとするんだろう。それが星野仙一一流の人心掌握術なのだろう。

関連して思い出すのが「元不良」に対する、世の中の甘さである。みんな大好き「元ヤン」。例えば、元ヤンキー、元不良、元暴走族、元犯罪者……などの芸能人に対して、「立派に更生した」「少年の心を持ち続けている」とか加点する感じ。単にマイナスがゼロになっただけなのに。

星野を「燃える男」と称え、彼の行為を「男らしい」と持ち上げるマスコミの報道には、本当にうんざりさせられる。彼がいかに暴力的で、ユニフォームを着ればまさに傍若無人、自分の思いどおりに振る舞い、社会的・道徳的ルールを無視しても許されると考えている──そんな人物であるという真っ当な報道にはいつ出会えるのだろう。
出典:「『燃える男』の2つの顔:鉄拳制裁は認められるべきか」マーティ・キーナート(2001年)

「ムチ」→「アメ」=マイナス→プラスの目くらましによって、最終的にプラスの値の得点を与えて、好意を抱いてしまうのは、人物への審美眼が甘いと思う。私なら、恫喝され、バットを投げつけられたのなら、あとからコーヒーを入れて甘い言葉をかけられても、ばっちりマイナス点を与える。

星野仙一個人の野球人としての功績は十分に認めるが、だからと言って、過剰な「美化」はバランスが悪い。いつだって野球人は、正しく認められ、正しく非難されなければならない。

(参考)「鉄拳制裁」ではない、これからのあるべき監督像のヒントは、次の記事の中にあると考えています。



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20180107/浜田雅功「黒塗り」問題で思い出したシャネルズのこと。

浜田雅功の「黒塗り」問題が、話題となっている。ワタシ自身は、その番組を見ていないし、さして興味もないのだが、ネットをざっと見る限り、「この国際化時代に、ミンストレル・ショーを彷彿とさせるような、黒塗りをテレビで流すなんて、認識が甘い」というのが、落ち着きどころなのだろう。

ワタシとしては、この前の石橋貴明の「保毛尾田保毛男」の件も含めて、「とんねるずも、ダウンタウンも、時代を席巻してから約30年、いよいよ(コンプライアンスという名の)時代の空気から見放されてきたんだなぁ」という妙な感慨を持ったのだが、それはともかく。

この件から、あることが頭をもたげてきたのである。それは、シャネルズの「黒塗り」のことだ。

鈴木雅之をリーダーとしたシャネルズ(ラッツ&スター)は、その初期、顔の肌を「黒塗り」していた。言うまでもなくそれは、黒人ドゥーワップ・コーラスグループへのリスペクトの結果であり、当時その「黒塗り」を批判した人はいなかった――と思っていたのだが。

いたのである。その人の名は、小林信彦。片岡義男との対談本=『星条旗と青春と』(角川文庫)で、かなり徹底的に批判していたのだ。以下、新年早々の「写経」。

――ぼくは、戦後三十五年間における、日本人のアメリカ誤解の一つの頂点じゃないかと思う、シャネルズというのは。

(中略)とにかく、ほんとに塗ったか知らないけど、初めは靴墨塗ったといって、朝日のテレビ欄に投書が出て、彼らは黒人を差別しているんじゃないかというと、また、それに対する反論が出て、そうではないとかという意見が出たりして、笑いました。

(中略)あれ、テレビで初めて見たとき気持ち悪かったですよ、ぼくは。気持ち悪かったというのは、気味が悪いじゃなくて、日本人の典型的な体型で、足が短くてさ、あれが手を向こうのショーみたいに動かしてね。何だろうと思ったものね。


やはり当時でも、小林信彦のように、映画やテレビ、レコードで、黒人文化と日常的に親しんできた人にとっては、「気持ち悪かった」ようなのだ。そしてその「気持ち悪」さは、どうも、日本人が、表面的に黒人のさまを真似ることへの違和感にあったようなのだ。

もう1人ご登場願う。音楽評論家・渋谷陽一。自著『音楽が終わった後に』(ロッキング・オン)で、こちらはシャネルズではなく、アース・ウインド・アンド・ファイヤーの話。彼らの音楽的な凄味を「黒人だから」と、乱暴にまとめることの違和感を語っている。

――アース・ウインド・アンド・ファイヤーを最初に聴いた時、予想もしないところから襲ってきたショックに打ちひしがれ、出て来る言葉といえば、スゴイ、圧倒的、怪物、完璧、見事といったものばかりだった。だいたい最初は何がいいかさえわからなかったのだから。

しかし考えてみれば、こうした言葉ほど無責任なものはなく、完全な批評性の放棄でしかない。つまり一見、黒人の音楽性に感動しているようでありながら、この音を黒人という特殊性の中でしか理解していないのである。

黒人なんだからリズムがいいのは当たり前、ヴォーカルだってそうだ、それに詩が見事に肯定的なのも、黒人が根っから楽観的でオメデタイからだ。こうした発想は一種の差別である。


そう言えば当時、「黒人だからスゴイ」という論、とても日常的にあった気がする。そしてシャネルズの「黒塗り」にも、その論の香りがする。

当たり前のことを書くが、その音楽がスゴイのは、「黒人だから」ではなく、アース・ウインド・アンド・ファイヤーだから、その個別の音楽家だからだ。

逆に言えば、黒人なのに歌が下手だったり、リズム感の悪かったりする音楽家もたくさんいるだろう。しかし何かそういうのを指摘しにくい、指摘すると「分かってない奴」になってしまう風潮。そういうのって「逆差別」なんじゃないか?

さらに言えば、シャネルズのデビュー曲にして大ヒット=《ランナウェイ》(1980年)も、「黒人そっくりのドゥーワップだから売れた」というより、湯川れい子×井上忠夫(大輔)による、非常によく出来た「歌謡ロック」だからこそ売れたんじゃないか(加えてパイオニアの同名ラジカセCMのタイアップの強力さ)。あの曲なら、おそらく「黒塗り」しなくても売れただろう。

黒人の歴史に照らし合わせたときの、そもそもの「認識が甘さ」に加えて、「気持ち悪い」と思われ、「逆差別」の可能性もあり、いわんや「黒塗り」しなくても売れたのであれば、やはりシャネルズには「黒塗り」しなければいけない理由など、無かったのではないか。

そう言えば、あれ以降、黒人音楽をリスペクトする音楽家は、日本にも多く出てきたが、「黒塗り」をした音楽家は、見ていない気がする。山下達郎も、大沢誉志幸も、久保田利伸も岡村靖幸も「黒塗り」しなかった。つまりはまぁ、そういうことだ。

(参考)



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