50歳は日本の平均年齢くらいですから。





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20171015/植木等になりたいボーイと沢田研二になりたいオヤジ。

NHK『植木等とのぼせもん』がいよいよ良い。植木等と、その付き人になった「のぼせもん」=小松政夫の物語。あの映画風に言えば、小松政夫はさしずめ「植木等になりたいボーイ」となる。

ストーリーは、小松政夫の著書を読んでいたので、大体は予想通りなのだが、とにもかくにも、植木等を演じる山本耕史の言葉や動きが、それはもう植木そっくりで恐れ入った(ご丁寧に、歌も吹き替えではなく山本自身が歌っている)。加えて、谷啓役の浜野謙太も秀逸。

そういえば、テレビ朝日系で新しく始まった帯ドラマ『トットちゃん』でも、黒柳徹子の父親のバイオリニスト役を、山本耕史が好演している。バイオリンを持った立ち姿がいい。声帯・形態模写が得意な人のだろう。それ即ち、名優ということだ。


話は変わって、沢田研二のコンサートに行ってきた。感想は、こんな感じ。

植木等と沢田研二。この渡辺プロダクション出身の2人の巨人に通底するのは、「円熟の拒否」という哲学ではないか。

沢田研二が、一切大物ぶらず、相も変わらずロックンロールを歌い、板(舞台)の上に張り付いて、来年古稀を迎えようとしていることに加え、植木等の晩年と言えば、何といっても、1990年の紅白歌合戦の、この感動的なパフォーマンスである(当時64歳)。

円熟を拒否するということ――そういうスタンス、そういう生き方に、芸能というものの本質があるような気までしてくる。逆に言えば、ちょっと売れただけでふんぞり返る「小物」が、周りにいかに多いことだろう。

円熟を拒否するジジイになりたい。つまり私は「沢田研二になりたいオヤジ」である。

また話は変わって、最近ありがたいことに、色んなところで、原稿を書く機会をいただいている。ただし「沢田研二になりたいオヤジ」としては、まず〆切を守ることだと思っている。

〆切破りを自慢するなど、「円熟」ではなく「未熟」だ。そういうライターが多いから、ライターという職業が低く見積もられるのだと思う。以下、最近のメディア露出です。ぜひご覧ください。

「切れ味鋭いコピーライター、NOKKOは作詞家としてもっと評価されるべき」
「日本のロックの未来を担う、桑田佳祐のジェラシー【ゲスト スージー鈴木】」
「朝ドラ『ひよっこ』をヒットに導いた3大理由」
「オコエ瑠偉(楽天)の言葉とビートたけしの言葉。」



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20171008/「純正律動」「平均律動」試論~ビートとシャッフルの最適調合比率を考える。

苫米地英人『音楽と洗脳 美しき和音の正体』(徳間書店)という本を、興味深く読んだ。

面白かったのは、(「純正律」に対して和音の響きが濁る)「平均律」を主体とした音楽教育と、コンパクトディスク(CD)における超高周波カットを批判するところ(逆にコード進行の話や機能音源は退屈だった)。

「純正律」の話は説明するのは難しい。そこで、私が提唱する「純正律」(と「平均律」との差異)の簡易的な実感方法を書いておきたい。

(1)ピアノかギターで「ド」と「ソ」を一緒に鳴らす(ドとソのあいだの音の「幅」は「純正律」でも「平均律」でも余り変わらない)

(2)その音に合わせて「ミ」の音を、ハモるように(=「純正律」で)歌う。

(3)その「ミ」の音と、ピアノかギターで弾いた「ミ」の音の違い(楽器の「ミ」の方が明らかに高い)が、「純正律」と「平均律」との差異。

さて、この本を読んで思ったのは、「リズムにも純正律と平均律があるんじゃないか」ということだ。日本語で「リズム」は「律動」と書くので、言わば「純正律動」「平均律動」としての試論である。

まずはこちらをお読み下さい。
「20150502/スウィングとビートのせめぎ合い~ロックのリズムの生成過程に関する仮説」

ここで書いているのは、エイトビート(ビート)とシャッフル(スウィング)の間に、人間が最も気持ちいいと思うリズム感があるのではないかということ。

その気持ちいいリズムを「純正律動」とするならば、数学的・機械的に演奏されるエイトビートやシャッフルという「平均律動」は、気持ちよくないということになる。

思い起こせば、少年の頃に聴いたこの音源に、なぜあんなに興奮したのか。それは、リッチー・ブラックモアのギターより、ジョン・ロードのオルガンより、何といってもイアン・ペイスのドラムスが、「ビート:スウィング=8:2」くらいの、見事な調合になっていたからじゃないかと思い当たる。

そんな、ビートとスウィングの見事な調合で叩けるドラマーは、実はそんなにいないと思う。洋楽であれば、イアン・ペイス>ジョン・ボーナム、リンゴ・スター>チャーリー・ワッツ、ということになるが、日本では、例えばこの3人のドラマーが優れていると思う。

個人的嗜好で言えば、ドラマーは激しいソロなんかより、エイトビートとシャッフルの黄金比率を叩き続けられるかどうか。日本人で言えば、シーナ&ザ・ロケッツの川嶋一秀、ハイロウズの大島賢治、古くは近田春夫&ハルヲフォンの恒田義見などが好みにピッタリ。

シーナ&ザ・ロケッツの川嶋一秀で言えば、やはりこの《レモンティー》のイントロのドラムス。

あと、ハイロウズの大島賢治で言えば《ハイロウズのテーマ》のイントロ、古くは近田春夫&ハルヲフォンの恒田義見は、名作アルバム『電撃的東京』に入っている《きりきり舞い》が素晴らしい。

最後に、かまやつひろしの、実に興味深い発言を。かまやつひろし『ムッシュ!』(文春文庫)において、当時、ロックンロールのスタンダード=《ジョニー・B・グッド》の演奏に目覚めるシーン。

「ロックンロールはシャッフル(八分音符を跳ねさせるリズム)だったのだ。それを、ほとんどのバンドは、(四分音符*だけの)エイト・ビートで叩いていた。それでは単調なスリー・コードだからもたないし、気持ち的にだんだん遅くなって白けてしまうのである。そこで、ギターだけエイト・ビートで、ドラムはシャッフル・ビートでたたいてみた。すると『おお、前に行くぞ!』ということになった」
(*鈴木註:「八分音符」の誤記と思われる)



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