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20180923/人生に大切な色んなことを、私は福浦和也から学んだ(2000本安打随想)

同点の8回裏、2000本安打を打ち、ちょっとしたセレモニーもやった後、1点勝ち越し。さぁ、記念すべき日に感動の勝利だという気分で迎えた9回表、抑えの内竜也が、ライオンズ山川穂高に3ランを打たれ、一気に逆転され敗戦、いよいよ8連敗――と、ずいぶんな展開だった。

しかし、こういうのもある意味、福浦和也らしいという感じはする――「華」から遠いプレーヤー。逆に言えば、「華」の力を借りずに、2000本の安打を叩き出した名球会プレーヤー。

それでも「華」を恵まれた瞬間と言えば、イチロー渡米後の次の首位打者になったこと(01年)と、05年、ホークスとのプレーオフ最終戦での激走、そして同年、タイガースとの日本シリーズ第3戦での満塁ホームランだったか。

背番号70を背負っていたときから、おおよそ20年間、福浦のことを見て来ている。そのとき、その重い背番号から、「なぜ一塁コーチがミットを持っているのか」と勘違いしたことも憶えている。少なくとも、私の野球観戦記録の中で、もっとも多く出場したプレーヤーは、福浦で間違いない。

その頃のマリンスタジアムは、今と違って、観客も少ない(今でも少ないが、その頃は今の比ではない)。球場のフェンスには広告も無い。球場周囲の屋台も、その頃は無かった。そんな殺風景なフィールドに立っていた、背番号70。

その重い背番号は「9」という軽いものに代わり、活躍を始める。タイトルホルダーにもなり、看板選手として認められ始める。

チームには色んな選手、色んな監督がやって来て、戦績も乱高下、上は日本一から、下は圧倒的な最下位まで。そして今は、新しい監督を得ながらも、また沈み始めている。

しかしそんな、騒がしいあれこれに翻弄されず、淡々と、粛々と打ち続けていたのが福浦和也なのだ。

最近のスポーツマスコミは、何かと単細胞で、話題の選手が出て来ると飛びつき、そしてすぐに忘れてしまう。大坂なおみに騒いでいるときに、平昌五輪やW杯が今年開催されたこと、そこで「がんばれニッポン!」「絶対負けられない戦いが――」「感動をありがとう!」などと大騒ぎしたことなど、もう忘れてしまったかのようだ。

そんな中、周囲の騒ぎに翻弄されずに、淡々と、粛々とプレーし続け、2000本にたどり着いたこと。そういう人、そういう生き方が、もっともリスペクトに値する時代であることを、私は、分かっているつもりだ。

いや、福浦和也というプレーヤーが、それを教えてくれたのだ。

一つだけ。昨日の段階では、現役続行を打ち出したようだが、それはどうだろう。私はチャンスを菅野剛士に渡し、コーチとして彼を育ててほしいと思う。菅野のあのスイングは、福浦和也の直系になれると信じている。

本日、福浦和也(9/23)が抹消され、菅野と安田尚憲が登録されたことは、象徴的なことだと思う。「新しいマリーンズ」が動き出そうとしている。その生まれ変わりを、淡々と、粛々と推し進めるのも、請け負うべき仕事ではないか、「新しい福浦和也」が。

人生に大切な色んなことを、あなたから学びました。ありがとうございました。



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20180909/映画『SUNNY』は《強い気持ち・強い愛》の後半の歌詞に極まる。

映画『SUNNY 強い気持ち・強い愛』が良かった。先月、東洋経済オンラインで『未来のミライ』を推して、けっこうな反論をもらった私なので、逆パブリシティになるかも知れないが、そういう私でも良ければ、推してみたい。

大根仁作品を見るのは『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』以来。『モテキ』も含めてこの人は、90年代音楽の使い方が非常に上手い。この映画も冒頭、90年代の名曲に合わせた「コギャル」の群舞で、一気に持っていく。

選曲は、当然のことながら(本当は、後述する理由で「当然」とは思わないのだが)「小室(哲哉)系」が中心となる。しかし、この映画が上手いのは、タイトルにもあるように、小室哲哉ではなく、小沢健二《強い気持ち・強い愛》(95年)を前面に出すあたりである。

タイトルが『SUNNY~SWEET 19 BLUES』だったら、観客の裾野は狭くなるだろうう(多少深くなる気がするが)。『SUNNY~EZ DO DANCE』だったら、少なくとも私は観に行かない。

実は、《強い気持ち・強い愛》は、様々な小沢健二作品の中でも、私のフェイバリットなのだが、その理由の1つは、後半の歌詞にある。

長い階段をのぼり 生きる日々が続く
大きく深い川 君と僕は渡る
涙がこぼれては ずっと頬を伝う
冷たく強い風 君と僕は笑う
今のこの気持ち ほんとだよね


歌詞の前半で、「現在」時制の「強い気持ち・強い愛」を歌っているのが、歌の大サビで「長い階段をのぼり 生きる日々が続く」という歌詞とともに、「未来」に時制が飛び出すのだ。

そして、この映画で言えば、その「未来」とは、広瀬すずや山本舞香にとっての「未来」であり、つまり、篠原涼子や板谷由夏など、2018年を生きる女性たちの「現在」である。

この後半の歌詞の意味について、大根仁という人は重々考えていたはずだ。そうして、この曲の起用、この曲のタイトル起用が決定したと思うし、そうあってほしい。

90年代後半と現在のあいだの「失われた20年」をつなぐ歌として、これほど似つかわしい歌はない。そしてこの後半の歌詞が流れるところで、この映画は確かに完結する。

この映画が成功して、(まるで「80年代後半=バブル時代」のような)「90年代=小室系全盛時代」という、表面的な歴史観が少しでも覆ればいいと思う。また、別の意味で色々と持ち上げられがちな小沢健二作品を、シンプルに楽しむことが広がればいい。

お待ちしています↓



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20180826/夏の甲子園に対する本質的問題点など、ナンシー関が大昔に看破している。

この本を一気に読む。

ナンシー関は現在形だと思う。それを証明する。まずは昨日・今日と放映されている『24時間テレビ』について。

――私は思うのだが、この「24時間テレビ」には「泣かされたら負け」といった考え方が、どうもあるような気がする。どうかと思うところはいろいろあるけど、でも泣かされちゃったから――で口をつぐむのは間違いじゃないか。泣きながら「全然おもしろくなかった」と言ってもいいのに。涙ってそんなにたいそうなものじゃないと思う(94年)

次に、オリンピックについて。

――「感動させてくれ」と「オリンピックを楽しみたい」(鈴木註:参加アスリートの意見として)は、はたして噛み合うのだろうか。とりあえず、テレビはこの二つをスムーズに噛み合う「送」と「受」にしようと一生懸命である。しかしやってることはちぐはぐ。選手の実家にカメラを入れたり、どんな結果(戦績)が来ても成立する物語をあらかじめ勝手に作っておく(そんな"直前特番"がいっぱいあった)なんてのは、「感動」に保険をかけているみたいである。「感動させて」という受け身の謙虚さのすぐ裏に、すごいエゴが見える。感動なんて無理矢理に家捜しして持って来るようなもんじゃないだろうに(96年)

はい。で、上の文章の「24時間テレビ」、下の文章の「オリンピック」を「夏の甲子園」に変えて、読んでみるといい。何なら下の文章の「直前特番」を『熱闘甲子園』に変えれば、なおいい。

「金足農・吉田輝星の熱投881球!」に感動しているうちに、本質的問題点がどんどんウヤムヤになっていく。いや、私なんかも『熱闘甲子園』で吉田輝星を見て涙ぐむたちだと白状しつつも、「泣きながら『全然、感動しなかった』と言ってもいい」と思うのだ。

今の世の中のたいていの気持ち悪さには、ナンシー関がとっくに答えを出している。

↓ぜひお越し下さい。



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20180805/高校野球の問題を温存する装置としてのサディスティック嗜好。

問題を追及する声は、ピタっと止んでしまったようだ。決して気温が下がったわけでもないのに。

この夏の歴史的な酷暑から「夏の甲子園をこんな殺人的環境下で開催するのか?」という声が一気に高まった。早ければ今大会、無理だとしても来年の大会から、開催日程を変更するという判断には、絶好の機会と思われたのだが。

ここ数日、おびただしい数の「思い出の甲子園名場面」的番組が放映されている。「松坂大輔延長17回250球連投」が、まるで美談のように語られる。その結果、「これが美談なら、今年の酷暑の中で、野球をやらせることなんて、大丈夫だろう?」という考えが広がる。そうして、問題を追及する声が止んでいく。

例えば、試合を朝と夕方に寄せて、12時~15時に試合をしないようにするなど、それほど大変なことなのだろうか? 仮に大変だったとしても、昨今流行りの「アスリート・ファースト」の観点から、最優先的に進められなければならない事項の1つのはずだ。

しかし、そうはならない。もちろんこの問題の本質は、高野連やメディアなどの運営側にあろうが、果たして、我々受け手の側にも、何らかの問題は無いのか?

「酷暑の中、汗だくの球児が奮闘する姿を見るのが好き」――単に「高校野球が好き」ではない、そういうサディスティックな嗜好が、高校野球人気を底辺で支えていると思うのだ。

そして、そういう嗜好に応えるために、メディアの側は「かけがえのない青春」「美しい友情」「ほとばしる汗」のような記号をトッピングして、その嗜好を美化・正当化する。

その嗜好を更に広げて考えると、「年端もない男の子たちが、厳しい環境の中、大人のごむたいな命令に従って、健気に頑張っている姿を見るのが好き」という嗜好が、多くの日本人の心理の中にあるのではないか?

この嗜好は、単に高校野球に閉じた話ではなく、日本経済全体に通底する話である。

体育会系の学生を優先して採用する企業は未だに多い。極論すれば、ブラック企業の中で、ブラックな命令に従って、文句を言わず、健気に頑張る部下と、その部下を重用する上司。

その上司の評価基準は、先の嗜好と通じるものがある。日本経済の発展は、大げさに言えば、そういう部下、そういう上司、そういう嗜好によって支えられてきた。

話が大きくなったが、「酷暑の中、汗だくの球児が奮闘するのを見るのが好き」というサディスティックな嗜好が根強く存在する限り、この問題は、そう簡単には解決されないような気がする。

私自身の話をすると、このサイトの過去記事のように、一時期、かなり熱心に夏の甲子園を観ていた。昨年の夏まで、必ず数試合、生観戦し、『熱闘甲子園』を涙しながら見ていた口である。だから「酷暑の中、汗だくの球児が奮闘する姿」には、麻薬的な魅力があることを、体感的に知っている。

だからこそ、問題の解決のために、まずは、球児の姿を美化しながら、そういう嗜好をいたずらに喚起するムーブメントに与しないこと。そして、この記事や、以下のツイートのようなことを言い続けようと思うのである。



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20180722/『未来のミライ』が切りひらく映画の未来。

※(注)ほんの少しだけネタバレあります。

結論から言うと、私はかなり感動した。私は細田守作品で言えば『おおかみこどもの雨と雪』派だが、今回も『おおかみ~』と同程度の採点を付ける。

「アニメ映画のJポップ化」という流れがあると思う。「Jポップ化」とは、『君の名は。』がRADWIMPSと見事なコラボレーションをしたなどの表面的なことではなく、もう少し意味的な話である。

ここで言う「Jポップ」の代表はMr.Children。大作主義、構成の複雑さ、抑揚のあるメロディ、派手なコード進行など。あれもこれもがてんこもりの幕の内弁当。商品としての優秀性。聴いた後の過剰な満腹感(その意味での「Jポップ」の始祖は、米米CLUB《浪漫飛行》だと思う)。

『君の名は。』もまさに、そういう意味での「Jポップ・アニメ」だったことが、大ヒットの1つの要因としてあると思う。そして細田守作品で言えば、前作の『バケモノの子』も、「Jポップ・アニメ」に照準を絞っていたと思う(主題歌がMr.Childrenだったのはその象徴)。

『おおかみこどもの雨と雪』は、そういう流れから、少し外れていた。そして今回の『未来のミライ』も、『君の名は。』『バケモノの子』のヒットの流れに直接応えず、「Jポップ・アニメ」を回避し、新しいカテゴリーを攻めてきたと思う。そして、私はそれを歓迎したいと思う。

内容は、いくつかのエピソードで構成されていて見やすいし、1時間40分と上映時間も非常に短い。この年齢になってくると、アニメ以外も含む、大作主義映画には胃もたれをする。色んな意味で見やすいのはとても嬉しい。

長身で華奢で利発な短髪女子が出てくるとか、その子が空を飛ぶとか、「タイムリープ」するとか、有名芸能人が声優(今回は成功とは言えない)をするあたりの、「Jポップ・アニメ」の定石を踏みつつも、やろうとしていることの本質は、とても新しいことではないだろうか。

ただ、この映画の評判を見聞きすると、そういう「Jポップ・アニメ」を期待した観客が感じた違和感がベースにあるようだ。またその背景には、この映画が採用した「Jポップ・アニメ」を期待させるような広告宣伝も、多少良くない方向に影響したのかもしれない。

もしかしたら、映画の望ましいターゲットは、私を含む40~50代の子育て経験層ではないだろうか。逆に、アニメ映画の主戦場であり、『君の名は。』に食い付いた10~20代にはピンと来ないテーマだったのかも知れない(そう考えると山下達郎の音楽とのタイアップはピッタリだ)。

いずれにせよ、ちょっと上の世代が、気楽さと思い入れを感じながら観る、「Jポップ」ではない自分たちの音楽としての映画――『未来のミライ』が切りひらくのは、そういう、新しいアニメ映画の未来なのだと思う。

出演しました↓



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20180708/沢田研二「OLD GUYS ROCK」は「NEW WAYS ROCK」だった。

7月6日、沢田研二の武道館コンサート「OLD GUYS ROCK」は歴史に残るものだったと思う。あまり声高に報じられていないので、そういうことを私が書いておく。

武道館に着いて驚いたのは、舞台がのっぺりと広々としていることだ。何もない黒く広い舞台。そもそもドラムスが無い、キーボードも無い。ギター関連の機材がちょこっとあるだけ。

その種明かしはすぐに分かる。何と今回のツアーは、沢田研二と盟友のギタリスト=柴山和彦の、たった2人だけでまわるのである。

2人ということはアコースティック・セットかと思いきや、柴山和彦は、ほとんどの曲をエレクトリック・ギターで伴奏するのだ。それも強くディストーションのかかった、言わば「エレクトリック・ディストーション・セット」。

世界初ではないか。

タイガース再結成のときも、相当な冒険と思った。かなり久しぶりに人前で演奏するメンバーもいるのに、サポートメンバーが一切いなかったことが。しかし今回のツアーは、それを上回る冒険だと思う。

ギター一本ということは、リズムとコードとメロディを、たった一本で感じさせるよう、弾き方を根本から変えなければならなかったはずだ。そういう計算づくの演奏を、柴山和彦は見事にこなしていた。

沢田研二のボーカルも、ほとんど丸腰のような状態で、逃げ場がないのだから大変だ。初日ということもあって、少々ミスもあったような気がするが、それでも2時間弱、安定的に歌いこなしたのは凄いと思う。2時間弱と、少々短かったが、このストレスのかかる設定で3時間は無理だろう。前提が異なる。

沢田研二は、なぜ、こんな奇妙な形態のコンサートツアーを考えたのだろう。数秒考えて、おそらく正解にたどり着く――「ただ、やりたかったんや」。

思えば、10年前の、東京ドームで80曲歌う「ジュリー祭り」もとんでもなかった。その後もメッセージソングだけを歌うコンサートや、山ほどあるヒット曲をワンコーラスで歌い継ぐコンサートなど、絶えず何かをしでかしている。

今回も単にその延長なのだ。逆に、最近の沢田研二のコンサートで、新しい試みが何も無いことはあったか? 沢田研二と書いて「チャレンジ」と読む。「OLD GUYS ROCK」は「NEW WAYS ROCK」だった――。

セットリストは公開されているが、あえてここでは書かない。印象に残ったのを1曲だけ書いておけば、「エレクトリック・ディストーション・セット」の中で、敢えてアコースティック・セットとして演奏された、タイガース《風は知らない》に、ちょっと泣いた。

あとは宣伝。



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