もし《Never My Love》でデビューしていれば・・・





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20170219/今読むべき3冊の優秀な「ジャニーズ本」。

自分の本の宣伝にかまけている隙に、面白い本がたくさん出ている。今回お薦めしたいのは、矢野利裕『ジャニーズと日本』(講談社現代新書)。面白くて一気読み。

これ、時節柄「SMAP本」の顔つきをしているけれど、本質は、タイトル通り「ジャニーズ事務所の歴史」を追った本、さらに具体的に言えば、「ジャニーズ事務所が生み出した音楽の歴史」を構造的に追った本。

とにかく、驚くような事実を、いくつも知ることが出来たのが、まず収穫。もっとも驚いたのは、初代ジャニーズはアメリカでレコードデビュー寸前まで行っていて、そのとき用意されていたデビュー曲が、のちにアソシエイションでヒットした、あの《Never My Love》だったということ。

この本によれば、「ジャニーズ事務所が生み出した音楽の歴史」とは、アメリカの音楽トレンドを、戦後日本の中で実践しつづけた歴史である。

・郷ひろみ・田原俊彦:ディスコ(主に筒美京平の功績。郷ひろみ《恋の弱味》への言及があるのが良い)
・近藤真彦:オールディーズ
・ザ・グッバイ:ビーチ・ボーイズ
・シブがき隊・光GENJI・忍者・関ジャニ∞:(アメリカ人から見た)ジャパニズム
・SMAP:レアグルーヴ~クラブカルチャー
・V6:ユーロビート
・嵐:ヒップホップ

そして、その背景には、日系二世としてロサンゼルスに生まれたジャニー喜多川の、「日本の民主化を娯楽の面から支え」たいというポリシーが機能しているという。

思わず膝を打つとはこのことで、礼賛かキワモノ扱いか、とにかく評論不在だったジャニーズ論の中で、このような具体的でリアルな指摘は非常に貴重である。

あと、この論立てに向けて、徹底的に音源に接していることにも好感が持てる(聴かずに書く人が多い中で)。「ザ・グッバイにおけるビーチ・ボーイズの影響」なんて、そう簡単に論じられるものではない。ザ・グッバイをちゃんと聴いているのが偉い。

というわけでお薦めしたいが、ただし「SMAP本」としては食い足りない。「光と影」の「影」の指摘が、ほぼ最終部の以下の箇所に留まるからだ。

「ジャニーズは、敗戦後の日本にもたらされた誇るべき文化である。しかし、その誇るべき文化も、SMAP解散騒動を経て、揺らぎつつあると感じる。わたしたちが魅了されていた舞台は、抑圧のうえで成り立っていたのではないだろうか」

そこに答えるのが、松谷創一郎『SMAPはなぜ解散したのか』(SB新書)である。SMAP解散の理由は、そもそも「ジャニーズ事務所が"義理と人情"を基盤とした非常に情緒的かつ旧態依然とした組織」であり、その「義理と人情」と、木村拓哉以外の4人と飯島マネージャーの間の「義理と人情」が衝突したことだと看破しているのだ。

そして、この2冊に加えて、近藤真彦《ケジメなさい》のタイトルのアイロニーについて言及するこの本があれば、とりあえず完璧でしょう。

あ、ダイノジ大谷ノブ彦さんとイベントもやります。これ、絶対楽しいと思います。ぜひ来てください!



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20170204/今ラジオはブルーハーツの曲をかけるべきだ。がんがん。

イベント「ラジオンガク」、いよいよ来週火曜日です。よろしくお願いします。『1984年の歌謡曲』、ご用意できます。世界一早く販売します(部数限りあり、ご注意)。なお、買ってくれた方から先着10名様には、「特製福袋」を差し上げます。内容は他言無用。他では決して手に入りません。

さて、というわけで、今回はラジオの話。実は先週金曜日、同時多発テロに成功しました。

自分が出演したニッポン放送『金曜ブラボー。』、そしてお正月に出演したCBCラジオ『大谷ノブ彦のキスで殺してくれないか』の金曜の生放送にはリクエストメールを送り、両方の番組で、ザ・ブルーハーツ《青空》をかけることに成功したのです。

それぞれの音源を、Radikoのタイム×エリアフリーの形でお届けします(それぞれ期限は今週金曜日になります)。下の画像をクリック。

――生まれた所や皮膚や目の色で いったいこの僕の何がわかるというのだろう (《青空》)

今、ラジオ局は、ブルーハーツをせっせと、がんがんとかけるべきだと思うのです。ニッポン放送で話したのは、この曲をアメリカに向けて、大音量で流したいということです。

改めて思うのは、ブルーハーツの歌詞の先見性です。みんなが知っていて、何度となくカラオケボックスで歌ったあの歌など、2017年のことを歌っているとしか思えません。

――弱い者達が夕暮れ さらに弱い者をたたく その音が響きわたれば ブルースは加速していく(《TRAIN-TRAIN》)

もっと行きましょう。この曲から想起するのは、今「すてごま」にさせられそうな人、そして「すてごま」にさせられそうな国=日本。

――君 ちょっと行ってくれないか すてごまになってくれないか いざこざにまきこまれて 死んでくれないか(《すてごま》)

また、これはハイロウズになってからですが、まさにトランプのことを歌っている《アメリカ魂》なんて、今ラジオでかけたら痛快だろうなぁ。

最近トランプ氏の大統領就任で大騒ぎだが、ハイロウズ・ファンとしては、トランプ氏に対する違和感のほとんどが、ハイロウズのこの曲の歌詞に込められていると感じる。驚くべきはこれ、はるか15年前、2002年の作品ということ。

最後は、結成当時の自主製作シングル《1985》の最後に叫ばれるこの歌詞。

――僕たちを縛り付けて 一人ぼっちにさせようとした 全ての大人に感謝します 1985年 日本代表ブルーハーツ!(《1985》)

「今ブルーハーツをかけなくてどうするんだ?」と思います。ブルーハーツの音楽が自由に聴くことができない未来すら想像できる昨今、本気でがんばれ、ラジオの音楽、「ラジオンガク」!



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20170129/東伏見体育大学での最後の授業に寄せて~大学は奇人変人との交差点。

さて、『1984年の歌謡曲』の発売が間近(2月10日)に迫り、諸々にわかに賑やかになって参りました。

・明日発売の『週刊ポスト』にプロ野球選手のレコードについて、コメントを寄せています。あと撮影用のシングル盤を多数お貸ししました。
・2月3日(金)のニッポン放送 『金曜ブラボー。』に出演します。時間帯は14時台前半。テーマはすばり「1984年の歌謡曲」。
・そして2月7日(火)は、銀座の本屋EDIT TOKYOで川野将一さんとイベントです。世界一早く『1984年の歌謡曲』を販売します(部数限りあり)。「福袋」も!

(ワタシのツイートより)
【宣伝】2/7(火)19時~銀座EDIT TOKYOにて、川野将一さんとラジオについて語るイベント『ラジオンガク』をやります。私の新刊『1984年の歌謡曲』を世界一早く販売(部数限りあり)。ご購入者には「福袋」を進呈(10個限定)!

前置きが長くなりました。標記の件、10年間務めました、早稲田大学スポーツ科学部(=東伏見体育大学)「広告論」の講義を、今期限りで退くこととなりました。

先週「最後の授業」を終えました。10年間、計150回の講義、延べ学生数、1,500人ほどでしょうか。ありがとうございました。

辞める理由は、ひとえにこちらの勝手な都合です。ただ、それに絡めて1つだけ、「ちょっとこれは、世の中に書き出しておいてもいいかなぁ」という気持ちがあります。

それは、ワタシのような、博士でも修士でもない、普通の社会人が、非常勤講師として「広告論」などのビジネス的な話をするのがいいのかどうかという話です。

東伏見体育大学だけでなく、今、大学教育の現場で、非常勤講師の授業の比率が増えていると聞きます。その中では特に、「産学協同」的な意味合いで、民間の社会人(OB)を招へいすることが多いようです。

ある程度はいいと思うのですが、そういうのが行き過ぎることへの懸念が、少しあるのです。

ワタシの大学時代、「ユーゴスラビアの社会主義経済」を信奉している教授の科目がありまして、「楽勝」と聞いたので、その科目を取ることにしました。

なんと、その授業は土曜の午後。大教室で、楽勝と聞いて取った馬鹿学生が居眠りするのに目もくれず、その教授は、「ユーゴスラビアの社会主義経済」がいかに素晴らしいかを説くわけです。

それから数年して、皆さんご存知のように、ユーゴスラビアという国自体が解体されたのですが――

ワタシが言いたいのは、その教授への批判ではなく、むしろ、そういうアカデミズムばりばりの奇人変人(失礼)の話を聞くことに、大学という教育現場の中心的価値があるのではないか、ということです。

「国際社会に勝つ人材を」「実学の大学」「実社会で役立つ教育を」あげくの果てに「就活に役立つ」――みたいな、近視眼的な教育は、どこかいびつなんじゃないか。

逆に言えば、人生の中で、「ユーゴスラビアの社会主義経済」を信奉している奇人変人の話を、損得なしで聞けるのは、大学時代しかないのではないか、と思うわけです。

※そして、この話は、例の「理系偏重・文系蔑視」の教育政策とつながってきます。社会に役立つ理系、「ユーゴスラビアの社会主義経済」みたいな、ちっとも役に立たない話に終始する文系という構図。

「大学は、奇人変人との交差点」――それでいいんじゃないか。実社会に対する、物わかりのいい補助装置じゃなくていいんじゃないか。

10年間の大学講師生活で、いい講義をしようとすればするほど、上に書いたような流れを保全することになるのではないか、という懸念が、ほんの少しだけあったので、ここに書いておきたいと思います。

学生の皆さん、実社会に役立つことだけでなく、ぜひ実社会で決して役立たないことも、追求してみてください。ワタシにとっては、それが音楽だったということです。音楽で奇人変人になりました。でもそれはワタシの誇りなのですから。お世話になりました。

【早稲田大学スポーツ科学部「広告論」最終講義(1/26)セットリスト-1】
1.「熱闘甲子園」07~09年最終回
2.「探偵ナイトスクープ」~阪神ファンのおじいちゃん
3.2001年近鉄北川代打逆転満塁サヨナラ優勝本塁打
4.10年パ・リーグCS1stステージ里崎本塁打

【早稲田大学スポーツ科学部「広告論」最終講義(1/26)セットリスト-2】
6.木村カエラ「Sun Shower」
7.「はねるのトびら」より「グローバルTPS」
8.ジミ・ヘンドリックス「アメリカ国歌」
9.明治生命CM
10.九州新幹線CM



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20170122/雑誌『テレビブロス』から始まる星座。

『テレビブロス』という雑誌を熱心に読んでいた時代があった。創刊当時からだと思うので、今調べたら87年のころからしばらく購読していた。

90年に晴れて社会人になるものの、『テレビブロス』は読み続け、そして、今から考えると、恐ろしいほどの時間を、テレビ視聴に費やしていた。

そして捨てきれないライターへの夢。ちょうどその頃、『テレビブロス』で、「泉麻人のコラム通信講座」という企画が始まった。ここぞとばかり応募した。

そして何回か採用されたのである。写真は、91年の4月の発売号。テーマは「テレビ番組批評とは?」。面倒くさいテーマに、ひねって答えているのが可愛い。ペンネームの「新城弓彦」は、小林信彦の古いペンネーム「中原弓彦」の影響(南武線で、武蔵中原駅の次が武蔵新城駅)。

そんなこともあり、アイデア出し要員として顔を出していた、あるテレビ番組の企画会議で知り合った高名な放送作家の方からお願いされるのだ。

「『ブロス探偵団』、ワタシの代わりに書いてくれない?」

「ブロス探偵団」とは、番組表の隅にある、テレビを斜めから見下ろすような小ネタが書かれたミニコラム。もともと、創刊当時は、ナンシー関が1人で書いていたと聴く、由緒あるコーナーである。

ナンシー関がいて、その放送作家がいて、世代的にワタシは「第3世代」ということになる。ただしワタシのころは、5人で担当していた。5人が5ネタを提出、計25ネタの中から、2週間分=14ネタが採用されるというもの。

ワタシの場合は、採用率はすこし低かったのか、1号あたり、だいたい1~2ネタくらいの採用。無署名原稿だったが、採用されたときは、本当に嬉しかったものだ。

3年ほど執筆は続いたが、契約打ち切り。そこからは『テレビブロス』を購読するのもやめ、テレビもすっかり見なくなっていった。

――と、急にこんな思い出話をしたのは、実は、こんど2月7日、銀座「本屋 EDIT TOKYO」で行われるイベント『ラジオンガク~ラジオとミュージシャンの幸福な関係~』に、ご一緒させていただく川野将一さんが、ワタシと同じく『ブロス探偵団』のライターだったという巡り合わせに驚いたからである。

さらに驚いたのは、川野さんは未だに『ブロス探偵団』を続けているということ(ちなみに川野さんは、泉麻人ではなくカーツ佐藤のコーナーで採用されたという「第4世代」かな?)

まったく偶然の一致。しかし、それが、人生の中に「意味のあるつながり」として、位置づけられる――。まさに、水道橋博士編集長の用語でいう「星座」が、ここでつながった――。

そんな話も出るかもしれません。当然、昔のラジオ番組の話もたくさん出るでしょう。秘蔵音源も持ってこようと思います。

それより何より、新刊『1984年の歌謡曲』の刷りたてホヤホヤ、同書が世界でいちばん最初に手に入る場にしたいと思います(予定)。実現すれば、イニシャルナンバー付きで、サインをします。ぜひ来てください!



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20170115/『週刊ベースボール』の野村克也×福本豊対談の読みごたえ。

ワタシの最長連載は、もう16年間も隔週連載をさせていただいている『週刊ベースボール』。その今週号が、とても面白かった。真ん中に挟まれた、カラー10ページ企画。野村克也と福本豊の対談記事。サブタイトルが「プロ野球の魅力を『2万字』で語り尽くす!」

出版業界の方々との接触が増えて、彼らが物事を字数で判断するのを、面白く感じている。だいたい10万字で新書一冊分という話もあるらしいので、そういう意味では、新書の5分の1くらいの字数だろうか。膨大な量である。

ちなみに「2万字インタビュー」というのは、80年代後半くらいにロッキング・オンがよくやっていた企画。まぁ、とにかく、野村と福本に、これでもかと語り倒させるという着眼点がまず素晴らしい。

野村克也の本をかなり買った。買ったが、語られているエピソードには、かなりのダブりがあるので、今回の対談でも、知っている話がいくつも出てくる。しかし、稀代のツッコミ=福本豊がいるから、エピソードが立体的に広がっていく。楽しい。

さて、 「20160918/フェスの時代には史家が必要だ」にも書いたこと。野球ファンのすそ野を広げるのはマーケティングの力、そして、彼らをつなぎ止めて、コアファン化するのには、歴史の力が必要だという話。

こういう企画で、プロ野球の歴史に対する興味を喚起することが、プロ野球界の未来について、いちばん必要なことだと思う。そして、昭和のパ・リーグに対する歴史知識を学んだ後に、こういうやりとりで、現在のプロ野球界との補助線が引かれる。

――福本さん、現役で走りづらいだろうと思った選手はいますか。
福本:一番はDeNAの久保(康友)ですね。セーフになったら儲けもんみたいなクイックをする。めちゃくちゃ速いですもん。ただ、それも彼くらい。それ以前に盗塁にこだわっているチームって少ないんやないですか。選手も走らん。給料高くなったら特に走らん(笑)

野球だけでなく、音楽も、「歴史について襟を正す」ことが、今強烈に求められていると思う。これは、単に儀礼的な話ではなく、襟を正した方が、現在の野球、音楽を楽しく観ることができるから。これは絶対そう。歴史を知っておいた方が得。

またそれは、ネガティブな意味としても。球界再編問題と野球賭博~黒い霧事件については、若いファンにも、絶対にしっかりと学んでおいてほしい。あんなつまらない間違いを2度と起こさないために。

さて、この対談、かなり辛辣なことを言っているくせに、全体に関西風のウイットが効いているのがいい。『週刊ベースボール』には今後、福本豊をホスト(ツッコミ)として、昭和の、特にパ・リーグの猛者たちの対談シリーズを組んでもらいたい。

最後に、対談の終盤のところで爆発する野村の超・自虐ウイットを――「女性以外、我が人生に悔いなし」



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20170109/新年あけまして山田太一まつり。

新年あけましておめでとうございます。まずはいきなり宣伝です。以下、ぜひいらしてください。

さて。新年からワタシは山田太一ざんまいなのです。このクール、以下の2つのドラマを「連ドラ」として、観ていこうと思います。

■日本映画専門チャンネル『想い出づくり。(1981年)』(土曜20時~ 他)

■BS-TBS『それぞれの秋(1973年)』(日曜10時~)

それぞれ初回を観て、ハートをかなりヤラれております。そして別の仕事で、30年ほど前にVHSで録画していた、『ふぞろいの林檎たち』(パート1)の最終回を観てしまったものだから尚更です。

山田太一作品の魅力は、もう多くの人々が語っているので、ここで繰り返す必要もないかも知れませんが、久々に観てみて、ワタシなりに感じた魅力は以下です。

(1)人間をまるごと表現していること。

上フレーズは、少し妙な言い方になってますが、要するに、「悪人」⇔「善人」、「強者」⇔「弱者」という二元論で人間を切り取らないところ。悪人は善人であり、強者は弱者であるという、人間の心の多面性を認めて、尊重しているところがまずあると思います。

逆に言えば、普通のドラマの、ありがたな脚本が、どれほどざっくりと、二元論で人間を切り取っているか、表面的に捉えているかということでもあります。

久々に山田太一ドラマを観てみて、「なんだろう、この、登場人物全員を応援したくなる感じは?」という感覚が心に残りました。

(2)都市の物語であること。

『ふぞろい』にしても、そして『想い出づくり』『それぞれの秋』も、さらには『岸辺のアルバム』(最高傑作と思う)も『早春スケッチブック』も、すべては東京~横浜という都市を舞台にしています。

上(1)も含めて、一般的に「コンクリート・ジャングル」「東京砂漠」と、雑駁に表現されがちだった都市に、人間の物語を吹き込んでいるわけです。田舎ではなく、あくまで都市においての(1)を実現しているところに、タフなヒューマニズムが醸し出されると思うのです。

(3)コトバのチカラ。

さらに、脚本に詰め込まれたコトバの圧倒的なチカラ。例えばこの本の表紙に並べられている台詞=「お前らは、骨の髄まで、ありきたりだ」。これほどのコトバを、これでもかと詰め込んだ脚本の迫力たるや。

そんな「新年山田太一まつり」を迎えて、考えるのは、おそらく山田太一チルドレンと思われる宮藤官九郎のことです。「山田太一チルドレンとしての宮藤官九郎」という記事にも書きましたが。

「クドカンドラマ」というと、てんこもりのギャグが想起されますが、ワタシは、その根本には、上の(1)~(3)、特に「(1)人間をまるごと表現している」という魅力が共通していると思います。

正直、山田太一の黄金時代は、80年代で終わってしまったと思います。そう考えれば、しばらく空席となっている山田太一の座を継ぐのは、宮藤官九郎しかいません。あとは『カーネーション』の渡辺あやか。

そして、不肖ワタシ自身も、音楽や野球を通じて、人間をまるごと表現することにチャレンジしてみたいと思います。今年もよろしくお願いします。



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