20060326/春を彩る名文。

「倍返し」。見事にやられてしまいました。ふてくされてテレビ消したり、またつけたり、喜んだりイライラしたりしながら過ごす週末。野球が、帰ってきた!

てなわけで、今年もジンクスにのっとって愛する我が球団の話はここまで。久々に本の話でも。ここ最近でジーンときたフレーズを書き写しておきます。

バイオラバーを勧める文章を書いた後、反論もあるだろうがと記した上で)現代社会で最も大きな影響力を持つメディアはテレビだ。そこで「占い」なるものがゴールデンタイムの番組で絶対的権威として祭り上げられ、「あなたは自殺する」「地獄へ落ちる」「株価が5倍になる」などと、あまりに根拠のないご託宣が信憑性を帯びて熱狂的にありがたがられている。オレからすれば、これこそ"風説の流布"としか思えない(227~228ページ)

水道橋博士著/博士の異常な健康。あいかわらず、この人、インテリです。まさに同感!です。細木も江原も犯罪的だと、ワタシは思います。が、声に出してハッキリ言ったのは水道橋氏が初めてではないかしらん?

ここで読者の皆さんにお願いしたいのは、ホームランと全力疾走のショートゴロを対立させないでほしい、ということである(24ページ)

小関順二著/野球力。ストップウォッチで打者走者の1塁への到達時間などを測定し、より深い洞察を得ようとする取り組みが一冊に。上の文はなぜ1塁への疾走が必要かを説いている文脈の中での一文。言葉遣いが相変わらず絶妙。そういえば、プロ野球問題だらけの12球団2006年版も発売されました。まだちゃんと読んでいませんが、前書きで「なぜWBCメンバーに野茂がいないのか」と憤ってました。楽しみです。

そう。古田よ。いや全ての選手よ。今年も人生とやらに少しばかり前向きな刺激をくれないか。それだけで私たち野球ファンは生きていけるのだから。さぁプロ野球、開幕(59ページ)

今週号の「週刊ベースボール」。野球音楽評論家というフザけた肩書きを持つスージー鈴木という方の文章。我々野球ファンの気持ちを絶妙に切り取った名文だなぁ……

なんてボケかましも春の仕業。

20060325/あけましておめでとうございます。

20060320/WBCは素晴らしい。ある意味。

ある意味、たいへん実り多いイベントとなっています。WBC。

「アメリカのアメリカによるアメリカのための大会」と昨日テレビで二宮清純氏も言ってましたが、まさにその通り。ただそれはやる前から分かっていたことでして。

ただ、そのアメリカの横暴さの度合いが凄かった。分かりやすくデタラメに凄すぎた。

ここが「実り多い」のです。アメリカの本質というのが、よーくよーく分かった。政治に関心の無い一般ピープルでも重々分かってしまった。

大量破壊兵器の存在がわからないままにおびただしい数のイラク人を殺戮した上で、あとから兵器は無かったという神経と。

自分のイライラと何の関係も無い、日本の老人や女子高生に襲いかかる在日米軍の若者の神経と。

あきらかなタッチアップにイチャモンをつけ、ポールに当たった打球を二塁打と判定する神経は……

絶対にぜったいにつながっています。あえて直接的に言えば「肌に色がついた奴は人間じゃねぇ」という考え方。

(いや、個人として理性的で平和的な米国人もたくさんいるでしょうが、ここはあえて大局的・本質的に問題を捉えているのです)

このことが明らかになりつつあることが「実り」だと思います。WBCの功績といっていい。

all come to look for america. いま私たちは確実にアメリカを暴きつつあります。

20060313/イチローの言葉遣いを分析する。

ちょっとした発見。

「戦った相手が“向こう30年は日本に手は出せないな”という思いになるほどの勝ち方をしたい」

イチローの言葉って、なんか独特の文体じゃないですか?

「今の僕にはベストゲームっていう概念が存在しないし、どのゲームだってベストになり得ません。だって必ず何かが欠けてしまいますから」(『日本野球25人 私のベストゲーム』文藝春秋社より)

「もっと先には、もっと違う自分が現れるんじゃないか、という期待が常にあります」(同書より)

この2つもなんかおかしい、不思議な日本語だ。

ま、あれだけの選手だから、長嶋語と同じく、言語体系すらも常人の枠を超えていても不思議ではないのかも知れないが、長嶋氏と違って、イチローの言葉遣いには意図的なものを感じる。

(1)大仰:「向こう30年」「概念」「もっと違う自分」。大仰だ。少なくとも会話文で出てくる単語群ではない。

(2)翻訳調:「概念」(conception)という抽象名詞もそうだけど、「......という思いになるほどの勝ち方」という言い回し(関係代名詞っぽい)や、「......が存在しない」「どのゲームだってベストになり得ません」なんていう持ってまわった言い回し(普通の日本語会話文体なら「ベストゲームなんて無い」と素直な言い方になるはず)も翻訳調だ。

(3)宗教的:「もっと違う自分」なんていう、スピリチュアルとまでは行かないが、ソレ系の思わせぶりな言い方をよくする。

イチローの言葉遣いを着目した評論家/ライターはまだいないはずだが、いちはやく着目した私でさえ、この背景に何があるのかが分からない(ちょっと嫌なメンタリティを感じるが、言葉に出来ないので分析はまた後日)

ただひとついえることは、上(1)~(3)を満たした言葉遣いをする有名人をもうひとりだけ知っているということだ。

佐野元春。

イチローの文体は、かなり佐野元春っぽい。それもインタビューなどの受け答えの言葉遣い。

いまのイチローと、単身ニューヨークに出てきた『VISITORS』のころの佐野氏に共通項があるようなないような。

いずれにせよこれは新説だぞ。イチローで食っているライター諸君(ほら、I君やN君よ)、パクってもいいから、この分析を受け継いで進めてくれ。

あ、それと、野村克也の文体、いろんな物事をパターン分けして番号をふる手法や、異様な引用の多さはアカデミズム・コンプレックスだと思う。自分に充分な知性があるのだから、もっと素直に書けばいいのに。余計に分かりにくくなっている。

あ、それと、私がビールのテイスティングに参加しているというおかしな雑誌『The Beer & Pub』発売中です。いい雑誌なんで、是非。

20060305/バブルを語ることのバブル性について(またはユニコーンを聴いていたころ)。

「80年代後半~90年代前半」の話が出たら、決まりきったように「バブル時代」と形容する。あの乱暴さはどうだろう?

あと、当時に青春を過ごした、現在30代後半~40代前半の連中の「バブル時代は凄かったよ~」的な話もどうなんだ?

ワタシ自身の当時を考えてみる。バブルが頂点を迎えた(らしい)90年に社会に出たけれど(それもバブル最盛を地で行く広告業界に入ったのに)、ワタシ自身はたいへん暗かったような気がする。

そもそも「バブル時代は凄かったよ~」的な、変な自慢(?)話をするオヤジって、「バブル時代に遊びまくって、今は立派な大人として更生した深みのある男」ということをプレゼンしたいだけでしょう? そんなに毎晩ディスコ行ってたわけじゃないでしょう? 焼鳥屋にも行ってたろうに。

この違和感は「70年代ディスコ行きまくってた」話をするオヤジにも感じる。あんたの話、ダンスミュージック史的に嘘ばかりですから!

そう。ワタシ自身の90年代初めは、暗かった。そんなワタシは何をしてたのか。

CDを買いまくって聴いていた。ユニコーンのCDを聴いていた。ユニコーンの『ケダモノの嵐』を聴いていた。ユニコーンの『ケダモノの嵐』の中の《自転車泥棒》を聴いていた。

ただひたすらに《自転車泥棒》を、聴いていた。

ま、いつの時代でも、見習い時代は暗いものです。そこには音楽に励まされる暗い時代があると。「どれだけ笑いながら仕事ができるかの勝負」に向けての暗い時代の積み重ね。

でも、阿佐ヶ谷のワンルームでユニコーンを聴きまくっていたぼんくらサラリーマンは確かに生き伸びていて、今、新橋で酒を飲みながらユニコーンを語っている。

そんなユニコーンを思い出す機会があったことと、TBS『ニュース23』、林真理子と筑紫哲也が「バブル時代」を語るという企画での、あまりにも薄っぺらな「80年代後半~90年代前半」論に"殺意"を抱いたので、つい、吐き出すように書いてみました。

20060226/左投右打。

トリノ五輪が終わる。せいせいする。

そもそも五輪そのものに興味がない上に、テレビの中継のあり方が耐えられない。全てを「涙・感動」に帰結させる感じ。

貧乏くさい。そう。「●●選手、感動をありがとう」なんてコピーはむちゃくちゃ貧乏くさい。まだ戦後は終わっていない。

さて、WBC(これもあまり好かんがその話はまた後日)が近づいて、今夜はWBC日本代表vs千葉ロッテ。ラジオで聴いていた(初芝の解説はかなり良い)。そこで恐るべき情報が。

千葉ロッテ売出し中の外野手、竹原直隆。なんと左投右打だと。

左投右打。みんな必死こいて左打ちを目指している中、堂々と、悠々と、左投右打。

このなんだか笑える感じはいいぞ。千葉ロッテ公式サイトによれば、特技「エクセル」だって。これもいい。

そう、スポーツを笑い飛ばすんだ。涙・感動もいいけど、それだけだとあまりに貧しい。自由で、闊達で、そして笑える。それこそがいちばん豊かな「文化」の形だ。

左投右打や、スイッチヒッターの投手(阪神久保田=最近は右打と嘘をついている)、上からも横からも投げる投手(ホークス新外国人カラスコ)とか。

自由自在で奇想天外で抱腹絶倒な野球を、スポーツを。

トリノの馬鹿騒ぎ幕を閉じ、誰も知らないうちに、静かに静かに、左投右打の竹原が、新しい時代のプロ野球の幕を開ける。

え? 左投右打がそんなにすごいことなのかって? 当たり前じゃないですか。だってこのスージー鈴木様も左投右打なんだから。

20060220/師匠が目の前にあらわれた。

本を見て、本気で笑った。そして、感動した(※)

藤原ヒロユキさん系のある雑誌の取材で同席し、名刺交換をするわけです。

「石黒謙吾」。

うむ。この名前、どこかで確かに見た。よく思い出せないが、かなり自分のフィールドと近いところで遭遇しているはずだ。

こーいうときのジャブの打ち方が難しいのです。全く見当はずれのことをいうと、相手の活動を全く理解していないようで、失礼にあたる。かといって、ある程度の数の球をなげないと、実体にせまれない。

そして、いくつかの会話の中で探し当てた、その人の作品。

雑誌「Number」が2003年(前々回の優勝の年)に発売した『阪神の国ニッポン』の中の、「阪神顔  は濃くあるべし!」という企画。

いわく「阪神顔」はイケ面、お笑い、武骨の三角形で形成されている、と。それでその「マップ」に、またそっくりな阪神の選手の似顔絵がかかれているという企画。

たまげました。

いってみれば、藤原さんと鈴木が提唱(?)する「日本でいちばん有名な●●人ゲーム」的な笑いをもっと高いレベルで追求し、そして実現している人。

ライバル?…いえいえおこがましい。天才?…そんな陳腐な言葉では表現し得ない。師匠。そう師匠が目の前に現れた!

そしてその石黒師匠からいただいた著書、 図解でユカイダジャレヌーヴォー―新しい駄洒落

ここで※印くりかえし。

内容の詳細は語りません(っていうか語れきれません)が、「アルファベット26文字の中でどれがいちばんエッチか(優勝:H、準優勝:P)」とか、ダジャレでは「手羽先コウ」とか。

リスペクトとジェラシーが、一気に襲ってきます。

小関順二氏に続いて、数年ぶりに「心の師匠」が目の前に登場。ついていきます。

20060213/いま、あらためて小沢健二のこと。

突然、小沢健二のことが気になりはじめた。

キッカケはこのブログである。びっくりのニュースが書かれていた。

(1)小沢健二がニューアルバムを出すらしい⇒「えーーー!」×3
(2)それは全曲インストゥルメンタルだそう⇒「えーーー!」×5

小沢健二のことを思い出したら、まっさきに思い浮かんだ曲。

《流れ星ビバップ》。

《痛快ウキウキ通り》のカップリング。家を探すと関連曲《流星ビバップ》含み、3つのバージョンがありまして。まぁなんと懐かしいことでしょう。

「流れ星静かに消える場所 僕らは思いを凝らす」
「流れ星探すことにしよう もう子供じゃないならね」

《ラブリー》《ドアをノックするのは誰だ?》《愛し愛されて生きるのさ》……やっぱりアルバム『ラブリー』が名盤。90年代中盤の我が青春(?)とともにあった名作。

なんだか全体にキラキラしたアナログな音で、当時全盛の小室系の対極をいく手触り。何度も何度も聴いた。あれから10年か。

それから、いろんな(えせインテリ)連中が小沢健二というテーマについて語るようになり、そんな環境に小沢本人が辟易し、そしてよく分かんない方向に行ってしまった。推測だけど。

ポップからラディカルへ。そんな放物線があったとして、その放物線のキワドい頂点にあった曲。それが《流れ星ビバップ》だったと思う。

それは、ユニコーンでいうところの《自転車泥棒》。岡村靖幸の《パラシュート★ガール》。放物線のキワドい頂点。

「僕たちが居た場所は 遠い遠い光の彼方に」

ニューアルバムの情報を聞くかぎり、決して「こちら側」には帰ってこないだろう。それはそれでしょうがないことだと思う。

さぁ、小沢健二はどこに行くのか。あのキラキラした輝きは、「遠い遠い光の彼方に」。

20060206/帰ってこいDJ FUMIYA。

先週金曜の『ミュージックステーション』。布袋寅泰とリップスライムのコラボレーション《BATTLE FUNKASTIC》。たいへんカッコようごさんした。

布袋の「BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY」とRIP SLYMEの「FUNKASTIC」をDJ福富幸宏が見事なマッシュ・アップでリミックスしたコラボ・シングル。布袋のギターなど、新たな録音も施された快心の1曲……らしい。

なるほど。違う2つの曲を1つにまとめることを「マッシュ・アップ」というらしい。福富幸宏さんですか。よくお名前は聞く方ですね。なるほど。なるほど。

で、テレビを見て、カッコいいと思ったのですが、やっぱり頭をよぎるのは……「DJ FUMIYAがいてくれたらなァ」ということ。

なんども書いていますが、リップスライムのすごさはつまりはDJ FUMIYAのスゴさなわけです。HIP HOP以外の音楽を知り尽くして、その上でさまざまなジャンルを「スーパー・マッシュ・アップ」する力。言うなれば言葉本来の意味での「編曲力」。

布袋氏とのコラボも結果的に吉と出ていますが、FUMIYA氏だったら、もっと凄かったのではないか(彼なら歌いだしの、キーがあっていないところ=ラップにも音程があるのです=を是正しただろう)。ましてやや食い足りない新曲(=メロディが決定的に弱い。作曲by PES君)も、もっともっとカッコよくなってたでしょう。

なんでも自律神経失調症とのこと。詳しくはよく知らないが、アレだけの密度の濃い作業を続けていると、そりゃ神経にも響くだろうと思う。

逆にいえば、その他あまたいる「DJ ******」がなに怠けてんだ?って話だが。スクラッチの技術なんて後回しでいいから、まず譜面を読めるようになりなさい。「譜面読めずともヒップホップはできる」なんて80年代の観念なんだから。

この前、『移りゆく時代 唇に詩~阿久悠 大全集~』に入っている《ざんげの値打ちもない》(北原ミレイ)を聴きました。イントロのパーカッションが《ダンデライオン》のそっくりでした。

つまりは、そーいうことです。

20060130/ワタシは確かに彼に期待した。

ま、悪いことをした(らしい)ので、どんどん叩けばいいと思う。が、物事の「バランス論」を必要以上に考えるワタシは、また別のことを考えるのである。

あのとき、彼が「バファローズを買収します」と立ち上がらなければ。

それが例え株価吊り上げのための売名行為だったとしても、それが例え実体なく膨れ上がった時価総額を背景としていたとしても。

彼がいなければ、楽天も出てこなかったろう。ライブドア潰しとして、ナベツネとミヤウチがミキタニを仕込んだという見方もある。ということは、悪夢の1リーグにつながっていたかも知れない。

つまり、この件に関して彼の功績は著しく大きいと思う。結果論的な言い方だが。

自民党の後ろ盾で選挙に出馬したあたりから、なにか不愉快なニオイが漂ってきたものの、それ以前、球団買収問題の頃、彼に多大な期待をしたことを、ワタシは認める。

逆にいえば、その後「容疑者」と呼ばれることになる男にすら期待せざるを得ないぐらい、日本の球界は腐っていたということだが。

とにかく。今、彼を叩くのは実に簡単なことだ。ただし世の中はもう少し複雑で、相対的なものだと思う。

20060122/フォークルを「観る」。

いやぁびっくりしました。一昨日の『報道ステーション』。フォーク・クルセダーズ。

何が驚いたかって、動くフォークルの映像。なに? 当時東京12チャンネル(現テレビ東京)で《イムジン河》歌った時の映像? 解散の1日前に出演して《悲しくてやりきれない》を歌った『11PM』の映像?……びっくりしました。

21歳の加藤和彦の姿は凛々しく、美しく、そして北山修の声もハリがあり、いやぁ本当に素晴らしいものを拝見しました。

でもさぁ、こんな貴重な映像があるのなら、どんな形でもいいから、もっと早く公開するべきですよ。

あんな映像は第一級の歴史的資料ですよ。お金をとってもいいから公開するべき。映画館でも、スカパー!でも良し。

だいたいがテレビ局の中に「動くフォークル」の重要性をハッキリと認識している人が少なすぎるのでしょう。

動くはっぴいえんど(これは期待薄)、動くシュガーベイブ(郡山ワンステップがあるはず)、解散コンサート以外の動くキャロル(山ほどあるはず)、動くミカバンド(期待薄)

……白状しろ。映像持ってる奴らよ、見せろ見せろ!

20年前、溝ノ口のアパートの部屋(また出た)から、ずっとずっと想像しつづけてるのだから。

20060115/村井邦彦を「観る」。

我が家はランドマークタワー建設による難視聴地域に入ってまして、民放もケーブルテレビで観ることとなっています。

で、この前HDDレコーダーのチャンネル設定をやり直してみると、あら不思議。なぜか映るはずのない「BSフジ」が、悪い映像状態ながらも映るではないですか。

ということ、BSデジタル界で唯一観たかった番組、観ましたよ。

「HIT SONG MAKERS」。それもワタシが2番目に好きな作曲家、村井邦彦氏の回。

言うまでもなく《翼をください》《廃墟の鳩》の作曲家。後にアルファレコードを興し、ユーミンやYMOを世に出した男。

GS4大作曲家という言い方があって、すぎやまこういち、筒美京平、鈴木邦彦、村井邦彦がそのメンバーですが、この、すぎやま→村井の順に、メロディが垢抜けているというか、メロディの清潔感、おしゃれ感が高まっていくような気がします。

筒美氏はともかく、それ以外の作曲家について、全く語られる機会がない。そのことが日本の歌謡史、ポップス史の捉え方を曖昧にしているのですよ。

っていうか、ソレ系のことにこれだけ興味があるワタシでさえ、村井氏や、三木たかし、鈴木邦彦について、ほとんど全く知識を持ち合わせていない。

ザラザラの映像の中で、村井氏とトワエモア、赤い鳥との出会いの経緯を観る。

人生の中でいちばん「日本のポップス」を考えていたころ、20年前、溝ノ口のアパートの部屋、室内アンテナ付き10型小型テレビのザラザラ映像を思い出しながら。

20060109/あけまして、おすすめします。

あけまして。年末年始のメディア界、いろいろベスト5。

1位/タカアンドトシ
年末年始、「欧米か!」ネタだけに偏ったのは残念だが、それでも存在感は圧倒的に1位。今年のブレイク必至。

2位/テレビお笑いタレント史:
面白い! エノケンからのお笑いの歴史から、完全なるデータ(お笑いスター誕生からM-1まで)。お笑いを語るなら絶対に買うべき。

3位/ミュージック・パワーステーション
1/4のオンエアにドギモを抜かれる。《ゴー・オール・ザ・ウェイ》ラズベリーズ→《乙女のワルツ》伊藤咲子→《男の世界》ジェリー・ウォレス→《涙のアベニュー》サザンオールスターズ→《愛はかげろうのように》シャーリーン……正しすぎる選曲!

4位/ストリーク
これもネタは偏った(ウグイス嬢のものまね⇒古田ネタ⇒結婚式)が、野球ネタで行くという熱い決意を評価。全国ネットで観てみたい。

5位/中島美嘉:
ワタシは彼女のディーバ路線を認めないが、いくつかのグダグダな年末音楽番組で例のNANAの曲をアコースティックバージョンで歌ったのは大変良かった(ちなみに「美嘉」という文字を打つのにいつも「嘉門達夫」を経由する)。

今年も、エキサイティンなお笑い・音楽・野球に、たくさん出逢えますように。



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