20100329/日本初のメジャーセブンス・ポップスはどの曲?

ほとんどの方にはどうでもいい話、いやそもそもこのサイトで書いていることはだいたいがそうですが、その中でも特にどうでもいい瑣末な話を書きます。

話はまた加藤和彦について、です。ここで紹介した本の63Pに「アルバム『紀元貳阡年』 で発表した《オーブル街》」という曲が「日本初のメジャーセブンスを使った曲とか言われている」と加藤氏本人が言っているのです。

これが本当なのかと、ずっと考えていました。結論から言うと、ワタシの知る範囲ではどうも正解っぽい。ただこの件については、もっと詳しい方がいるかも知れないので、以下の推論を読んでいただいた上で、ぜひ情報をお寄せください。

まず頭に浮かんだのが、スパイダースのファーストです。天才かまやつひろしがその多くを作曲した、日本ロックの夜明けを告げる一枚! 特に《ノーノーボーイ》あたりが怪しかったのですが、どうもメジャーセブンスな響きは無いようです。

だとしたら次は、そのスパイダース自身があこがれたという伝説を持っているザ・ゴールデンカップスです。ありました!メジャーセブンスばりばりの曲が。5枚目のシングル《過ぎ去りし恋》。作曲はエディ藩。

イントロから、えらいハイカラなメジャーセブンスが鳴り響きます。しかしこの曲、リリースが1968年12月5日。アルバム『紀元貮阡年』は同年の7月10日なので、ほぼ5ヶ月早い。

「日本初」の定義としては、クラシックやジャズ以外の、いわゆる歌謡曲からロックの範疇で(今風にいえば「Jポップ」ですがそんなコトバはかけらもない時代でした)、かつ日本人が自作した曲の中で「初」ということです。引き続きリサーチを続けます。ぜひ情報を!

さて、洋楽はぜんぜん状況が違ったと思いますが、ビートルズ《Ask Me Why》はそうとう早かったのではないでしょうか? もしや「世界初のメジャーセブンス・ポップス」?? こちらも情報を。掲示板か、ツイッターか、メールアドレスに。

※偏執狂的に細かい話ですが、ここでは「maj7」を対象とし、マイナー・クリシェの中の経過和音で出てくる「mmaj7」(マイナー・メジャーセブンス)は対象外とします。ちなみに「mmaj7」だとスパイダースの《夕陽が泣いている》(浜口庫之介作曲1966年)に入っているはずです。

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20100325/球団のtwitter「公式アカウント」を叱る。

さいきんいろんな企業でツイッターの「公式アカウント」を持つのが流行っているようで、それも「公式」な(お堅い)「発言」ではなく、やわらかく個人的な「つぶやき」にすることでその企業に人格感というか、親近感を持たせようとする狙いがあるようです。

このサイトでは、企業論とかIT論、マーケティング論みたいな話を意識的に避けていますので、この話をこれ以上引っ張りたくはないのですが、あまりにも目に余る現象に遭遇したので、この話を引っ張って、自分の意見を世に問いたいと思います。

本日、千葉ロッテとオリックスの「公式アカウント」にて。

Chiba_Lotte あと11で2000フォロー!!

Chiba_Lotte 有難うございます!2000フォロー来ました!正式公開後、当日に2000フォローは球界初だと思います。マリーンズファンは本当にすごいです!

Chiba_Lotte 先週西武戦でフォロワーになった人は自慢できると思います。

Orix_Buffaloes あと二人!あと二人!

Orix_Buffaloes 3000!!

Orix_Buffaloes なんか3000本安打みたいで達成感がありますな!

両方とも、要するにフォロワーの数がキリがいい数字になったことで盛り上がっているのですが、これを見てなんともいえない違和感を感じたのはワタシだけでしょうか?

(1)まずは、ツイッターという新種のメディアに浮かれすぎていることへの違和感。

(2)本来なら、頭を下げてまでお願いしなければならない「フォロー」という行為をいたずらに煽っていることへの違和感。

(3)さらには、プロ野球球団という特権的な立場からファンをもてあそんでいるように見えることへの強烈な違和感。

たしかにツイッターは無料のメディアであり、フォローという行為も簡単。それでもいちおうは「公式」のアカウントなんだから、ある程度の品格が必要だと思います。

その上、ファンは好きなチームへの抑えきれない熱い想いを抱いて、球団の最新情報を入手しようと「フォローする」のボタンをクリックするのです。そんな気持ちをもてあそんじゃいけない。

ましてや「先週西武戦でフォロワーになった人は自慢できると思います」……なんですか、この勘違いした発言は?

このサイトや『週刊ベースボール』でもなんども告白していますが、ワタシは千葉ロッテの強烈なファンです。そんなワタシが抱く違和感ですから、やはり上のようなツイッターの使い方には根本的な問題があると思います。

ワタシは千葉ロッテの野球のファンであって、フロントのファンではないのです。ましてやフロントの一部の人間が特権的立場を利用してくだらないことをつぶやくことには無関係でいたいと思うのです。

だからフォローは解除しました。

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20100323/「バファローズ」消滅を心から歓迎する。

バファローズ消滅…オリ来季球団名公募

素晴らしい。いい決断だ。拍手喝采―――と書くと、また遠回しな皮肉と思われるかもしれないが、とんでもない。心から祝いたい。

ワタシの基本スタンスは「オリックスの復刻ユニフォームに絶対反対」に書いたとおり。現オリックスは近鉄の復刻ユニフォームを着るな、なぜならオリックスは近鉄球団の歴史を受け継いだのではなく「殺した」からだ、という考えだ。

この考えの背景にあるのは、球団合併は、合併する(させられる)2つの球団の歴史を死滅させることだという認識。

歴史をぶっ殺した上で、自分がその歴史を正統に継いでいるフリをするのがよろしくないと言っているのだ。

そこで今回の判断。素晴らしい。なにが素晴らしいって、この決断で「バファローズ」はオリックス球団とは無関係なもの、つまり永遠に近鉄のものとなる。

「いやぁワシ、バファローズ・ファンでして」「なるほど、オリックスでっか。坂口智隆もええ選手やしね」「いやいやオリックスなんてケタクソ悪い、好きなんは西本さんのときの近鉄でんがな」……こんな、互いに切なくなる不毛な会話がなくなるのだ。

「いやぁワシ、ミカバンド・ファンでして」「なるほど、ミカバンドでっか。木村カエラもええボーカルやしね」「いやいや再結成ミカバンドなんてケタクソ悪い、好きなんは加藤ミカの初代ミカバンドでんがな」……こんな不毛さに耐えていたのですよ。近鉄ファンは。

ちなみに、これで復刻ユニフォームの件は闇に葬られるだろう。これも素晴らしい。というわけで、本件には何の問題もないと思うが、唯一、「バファローズ」という歌詞が入っている名曲応援歌《SKY》がなくなることだけが問題だ。ぜひ継続を。

さて新チーム名。こうなればなんでもいいのだが、上の記事によれば「球団名も初めて地域名を冠し『大阪オリックス』にする可能性が高い」とのこと。また別のパラグラフで「05年からホームユニホームなどで使用する『Bs』(ビーズ)の略称が定着している」とも書いているので、このまま予想すれば、

大阪オリックス・ビーズ

なんだこれ?洗剤か?個人的にはもう「B」を手放すべきだと思う。バファローズとも(ブレーブスとも)無縁になった現在、こうなればベイスターズに既得権益があるから。

いっそのこと「大阪オリックス」(だけ)にすればどうだ?「オリックス」を「タイガース」などと同じく「●●ーズ」と位置づける考え方(この論についてはここを参照)。

いや、実は「オリックス」という名のウシがいるらしいのです。虎やツバメと同じと言えなくもない。

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20100319/あけましておめでとうございます(click!)

20100314/加藤和彦をきちんと葬り去るために(2)

昨日取り上げた加藤和彦の追悼本、あまりに示唆に富むコトバが多いので以下に写経。

老後を迎える自作自演型の団塊の世代に、その最期の形として加藤和彦シンドロームが起こるかもしれない。それを流行らせない方法は死者のメッセージを絶対に聞かないことだと。だからあえて葬式も偲ぶ会も開きました(きたやまおさむ/12P)

安井かずみさんの詩による「LAZY GIRL」のサビ、「海に人生を教わり、風に歌を習う、いつの日にか愛から涙を知る」という詩を僕がどれほど愛していただろう(岩井俊二/110P)

ベルリン、パリ、ベネツィア、ニューヨーク……世界中の都市を旅し、ハーモニーを紡いだ二人だが、安井かずみは加藤和彦が福井ミカと暮らしたロンドンには決して行こうとはしなかった(山崎まどか/158P)

この2曲(註:《白い色は恋人の色》と《あの素晴らしい愛をもう一度》)に共通しているのは(中略)、頭で追えるほど素直なコード進行でありながら、独特のツボのような泣かせどころがあることだ。その泣かせどころが、初めて聞くのに懐かしいような不思議な感触を聴き手に与えるのだ(小川真一/165P)

ヒカシューの井上誠いわく、「ザ・フォーク・クルセダーズ『帰ってきたヨッパライ』が、日本のテクノポップのルーツ」(田中雄二/195P)

ブロンディのヒット曲「ハート・オブ・グラス」(78年)は『HOT! MENU』収録の「ヘーイごきげんはいかが」のパクリではないかという噂(中略)、加藤さん自身はクロだと思っておられたようです(サエキけんぞう/45P)

(「世の中は音楽なんて必要としていない」という遺書について)だいいち、トノバンが世の中に音楽が必要ないなんて思うはずがない(小原礼/28P)


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20100313/加藤和彦をきちんと葬り去るために。

いい本、よく出来た本、などというより強烈な本です。

たいへん満足な内容です。この本を読んで、彼の死に対して、気持ちの中でひとつのケジメが出来ました。もうクヨクヨと考える必要はないという境地にまで達しました。

本人へのインタビューや、加藤氏と細野晴臣の対談(73年!)、そして死後に行われた高橋幸宏や小原礼などへのインタビューなど、とても貴重な原稿で埋められているのですが、なによりも冒頭に載せられているきたやまおさむ氏へのインタビューが素晴らしい。

「THIS IS IT」のマイケル・ジャクソンに顕著なように、演じている自分と演じさせてる自分、じゃあその「本人」はどこにいるのか。そうした本人の苦痛、本人の不快、不完全さを、死に至らしめずに癒やすには巨大な処方箋の必要を感じます。(きたやまおさむ)

いくつか載せられている加藤氏へのインタビューを読んで感じるのは、彼がコトバの音楽家ではなかったということ。それは基本的に作詞をしなかったことにもあらわれているのですが、自らを批評する言語を持っていない、だからインタビューもどこか適当で曖昧な印象を受けます。

とても感覚的に音に取り組み格闘した人生。演じる理由をちゃんとコトバで規定できないまま、何かに取り憑かれたようにスタイリッシュでスノッブな自分を演じつづけ、そして演じるエネルギーが枯渇してしまった。

そんなに無理して演じなくてもよかったのに。

死後の報道で、実は経済的にかなりしんどかったという情報も入ってきました。「スタイリッシュでスノッブな自分を演じつづけ」ることは、かなりキツかったのではないでしょうか? 無理なんかしなくてよかったのに。ほんとうに。

さて、前にも書きましたが、70年代の加藤氏を突き動かしたひとつの要因に、彼の「はっぴいえんどコンプレックス」があると、ワタシは見ています。それは当時『ゆでめん』を激賞したという事実や、ソロの作品にYMOファミリーを執拗に起用したこと、死ぬ直前に『ひっぴいえんど』という作品を作ることなどからも分かります。

このコンプレックス、はっぴいえんどの音楽というよりも、彼らが持っていた豊かなコトバに対するものではなかったかと思います。松本隆の歌詞だけでなく、松本や細野、大滝、ひいてはその系列の山下達郎などが発したとても理知的で分析的な発言の数々に対する憧憬と嫉妬。

その結果、自分はもっと感覚的に行こう、センスとスタイルだけで圧倒的な存在になろうとしたのではないか。そんな気がします(ただこの仮説は推測の域を出ません。なにゆえ加藤氏のコトバが感覚的なので手がかりがなさすぎます)。

ともあれ、これで加藤氏の死をたどる旅は終わりです。「死者(加藤氏)のメッセージを絶対聞かないこと」というきたやま氏の強烈な「コトバ」を守り、あとは加藤氏が残した音楽を純粋に愛でるだけです。

最後に、この本でいく人かの(よく知らない)ミュージシャンが発表している「私的加藤和彦ベスト5」をワタシも(作曲者としての作品から)。

1.あの素晴らしい愛をもう一度(加藤和彦・北山修)
2.オーブル街(フォーク・クルセダーズ)
3.ドゥー・ユー・リメンバー・ミー(YUKI)
4.白い色は恋人の色(ベッツィ&クリス)
5.ドリーム・オブ・ユー(竹内まりや)

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20100306/〆切無視を自慢するライターを軽蔑する。

タイトルの通り。「〆切を無視して編集者を待たせているのにまだ原稿、一文字も書いてませーん」みたいな文章を読むことがとっても不快です。

なんなんだソレ?出版社の経費で山の上ホテルで執筆している文豪気取りか?

まぁ、井上ひさしレベルの作家なら分かるけど、ぜんぜん大したことないB級ライターがこんなことを書いていると腹立たしい。殺意すら覚える。

言いたいことは簡単で、プロだったら期日を守れよ。期日守れなかったら、はじめからそんな仕事受けるなよ、ということ。ギャラが発生している時点でビジネスなんだから。あなたが書いているのはアートの「作品」じゃなくって、ビジネスの「商品」なんだから。

「元ヤンキーであるという経歴を声高に言ってるタレント」も嫌い。そんなの自慢にもなんにもならないって。過去で勝負するな。現在と未来で正々堂々と戦えよ。

元ブラックエンペラー総長の俳優とか、そんなの演技にぜんぜん関係ない。元暴走族の漫才師も何人かいるけど、そんなのもマイナスにこそなれ、プラスにはぜったい機能しない。

あと、ぜんぜん違うけど、ロックバンドのボーカルでギター持ちながら、実際に弾いてない、弾いててもただコードを弾いてるだけ、要するに見栄え優先でギター持ってるのもそうとう格好悪いと思う。

ポリスやチャットモンチー。歌いながらちゃんとベース(ギター)を弾いてますよ。あれがプロ。アンサンブルでギターが不要なら、丸腰で歌えばいいじゃないですか。

この3つの事象、要するにアマチュアリズムなのです。「貧乏くさい」のです。こんなことやってるからエンタテインメントが未だに低く見積もられるのです。

エンタテインメントに高潔なプロフェッショナリズムを。

「あんたたちが大笑いするような原稿を書いてやる。やっぱりあいつに書かせて正解だったわぁと言わせてやる」(リリーフランキー「東京タワー」390P)

一見アマチュアくさい、この文章こそがプロの意気込みなのですよ。

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20100301/"THIS IS IT"が流行る理由。

これまで、気が遠くなるほどの量のアルバムを買い集め、聴いてきましたが、自慢じゃないですが、その中で黒人音楽の占める割合はほんのわずかです。日本人7割、白人2.5割。黒人音楽は0.5割ぐらいのものでしょう。

そんなワタシが語る黒人音楽論ですから、あまり期待しないでください。ただ逆に言えば、黒人音楽に距離を置いている者しか語れない客観的で新鮮な視点があるかも知れません。

ワタシがマイケル・ジャクソンやスティービー・ワンダーの音楽を聴いて感じるのはある種の疲労感です。寸分の狂いのない完璧な音。聴きつづけることでどっと疲れてしまうほどの。どうもワタシはすこしばかり抜け落ちや遊びがある音の方が好きなようです。

そもそもこの2人を生んだのはご存じモータウン・レーベル。この2人だけでなく、ダイアナ・ロスやスモーキー・ロビンソンなどの才能を従えて、白人市場を果敢に狙った黒人音楽レーベルです。

このあたりはいまの若い人たちには分かりにくいかも、ですね。黒人が白人を狙うことがそんなに「果敢」なことだったのか。そもそも当時のアメリカではそんなに両者が断絶していたのかと。いや、ワタシも耳学問なのですが、そうらしいですよ。時期的には公民権運動の時代ですから。

日本における「洋楽」はビートルズで、彼らはご存じのように黒人音楽フリークだったわけですが、それは大西洋を越えたイギリスならではの現象で、同時期のアメリカではそんな若者はごく少数だったようです。

さて、白人市場を狙うにあたり、モータウンはなにを考えたか。言ってみれば「完全無欠のポップソング」。肌の色が違う連中にも有無を言わせない完璧な「商品」を作ってやろう。これだけやれば文句ないだろう?

そんな方向性の究極にマイケルやスティービーがいます。完璧なポップ商品。究極の演奏、超絶的な歌唱、それでいてオシャレで、適度にダンサブル。

白人、特にイギリス人も、時として彼らに負けないような超人的なエネルギーで音楽に取り組むことはありますが、その結果は「商品」というよりも、たとえば『アビーロード』(のB面)や《天国への階段》、《ボヘミアン・ラプソディ》など、どうも「商品」ではなく「作品」になってしまうようです(クラシック音楽の伝統が影響していると思いますが)。

さて。『THIS IS IT』が証明しているのは、そんな完璧なポップ商品としてのマイケルの音楽の裏に「人間マイケル」がいたという、とても当たり前にして鮮烈な事実です。

実は、ここで白状しますが、個人的に『THIS IS IT』、そんなに感動しなかったわけです。「人間マイケル」ならあのくらいのパフォーマンスは見せるだろうという考えもあったし、いや、それ以前に彼の音楽自体をちゃんと聴いてませんでしたし。

ただあの映画を観て、なぜマイケルがこれまでその人間性を隠し、いや人間性を高い壁で塗り固めるような「商品」を作りつづけなければならなかったのか。そちらのほうに猛烈に興味がわいてきました。

『THIS IS IT』礼賛論調が、ものすごく圧迫的に感じてきて、本人の死というタイミングもあり、人間マイケルサイコー!みたいなちょっとバランスの悪い風潮を感じていたので、むしろ、人間としてのマイケルがなぜこれまで見えにくくなっていたのか、なにが見えにくくさせていたのかを考えなければならないと思いました。

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20100228/R-1のルールをこう変えればいい。

「R-1ぐらんぷりのルール改訂について」

(はじめに)

「M-1」にくらべて「R-1」がいまひとつ盛り上がらない理由として、平日に行われること、(M-1の今田耕司に対する)雨上がり決死隊の司会能力にくわえ、ルールの曖昧さがあるのではないかという指摘が、「M-1評論家」のスージー鈴木をはじめとする市井のお笑いファンから指摘されました。

そこで「R-1ぐらんぷり2011」の開催に先立ち、ルール改訂を行います。来年の大会に参加を予定しているピン芸人の方々は、以下のルールを明確に認識した上で腕を磨いていただけるよう、お願いしたいと思います。

(具体的改訂点)

改訂点(1):セット、音の使用は不可とする。

審議委員会の中で、もっとも強かった意見は、セットや音を使う芸人と使わない芸人をいっしょに比較していいのかという問題です。今回、あべこうじが優勝した理由のひとつとして、このような疑念の中、しゃべりだけで押し通したあべ氏の心意気を評価するという気運があったかと思います。

R-1の副題は「The Freestyle "WAGEI" Bout」。"WAGEI"をただしく評価するという意味からもセット、音の使用は不可とします。

改訂点(2):ただし、以下の定義による「小道具」のみは使用可。

日本のピン芸のルーツは落語。落語では扇子が欠かせない小道具です。そのためR-1において、まったく小道具すら許さず、完全にしゃべりのみの芸を強いるのは、歴史的・文化的観点から得策ではないと判断しました。とはいえ、道具をなんでも使っていいとなると、それは「セット」と同義となり、上記「改訂点(1)」との齟齬(そご)が生じます。

そこで以下の定義に沿った「小道具」のみは使用可とします。内容的にやや複雑な定義となりますので、よく確認した上でご参加ください。

(a)電気的な仕掛けのないものであること。

(b)持ち運びが出来ること=自身で持って・身につけて舞台に登場し、退場できるもの。

(c)パフォーマンス中、舞台の下に置かないこと(ただし一部が触れることは可)

つまり具体的に言えば、落語の扇子、腹話術の人形、ギター漫談のギターなど、伝統的ピン芸の小道具と同等のものであることを意味します。

またR-1で多用されるフリップ、スケッチブックについては、テーブルなどに置いて使用しなければ使用可能ですが、そこに書かれる(描かれる)内容を自らがフリーハンドで作成しなければいけません(パソコンの使用は不可。絵やデザインも自作のみ)。

※今回(R-1ぐらんぷり2010)における、いとうあさこのリボンについては、一瞬舞台の上に置いたことが上記、改訂点(2)の(c)に反することとにります。

改訂点補足:

・マイクのセッティングは自由に指定可能(スタンドマイク、インカムほか)。パフォーマンス中のカメラワークについても同様に指定可能とします。

・上記ルール改訂に伴い、審査員もこの考え方にふさわしい方にお願いします。具体的には、今回の桂三枝、高田純次、清水ミチコに加えて、高田文夫、明石家さんま、立川志の輔、志村けんの計7名(敬称略)。

・司会についてはM-1と同じく今田耕司氏にお願いします。スタジオゲストは明らかに不要なので次回からは呼びません。会場は、東京芸人、大阪芸人に地の利が働かないよう、中立的な名古屋大須演芸場で行います。

(参考=以上のルール改訂と照らし合わせた今回参加者のルール合致度審査)

・あべこうじ=○
・エハラマサヒロ=×
・なだぎ武(ザ・プラン9)=×
・川島明(麒麟)=△(セットの椅子と音楽なければ○)
・いとうあさこ=△(リボンを床に置かなければ○)
・グラップラーたかし=×
・バカリズム=×
・我人祥太=×
・COWCOW山田與志=×

以上、よろしくお願いいたします。

R-1ぐらんぷりルール審議委員会委員長 スージー鈴木

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20100220/週刊文春『80年代懐かしの邦楽名盤』批判。

『週刊文春』2/18号に掲載されていた「80年代懐かしの邦楽名盤」によるベスト10。

なんじゃこりゃ!?

1位が『Mr.ブラック』(シャネルズ)、2位アンルイス、5位ザ・ヴィーナス、8位松本伊代……めちゃくちゃ。3人の音楽評論家が、自分が関連した作品に誘導した結果の珍妙なランキング。

往々にしてこのような「名盤百選」みたいな企画は、選者が自分の感性や功績をプレゼンするためのツールにしてしまうから、妙にマニアックだったり意外すぎる作品が並ぶ。結果、それを読んだ読者が間違った買い物をしてしまう。悲劇。

かつてナンシー関が書いていた雑誌。いまでも小林信彦が書いている雑誌。しっかりしてほしい。

そしてまた勝手ながら使命感を感じた。たいへん心強い援軍もいるようなので、ここでワタシが「80年代の名盤ベスト10」を発表する。 ただまったく無名なワタシが作るのだから、納得度を高めるべく、選考基準を可能な限りシンプルにクリアにしたい。

(1)メジャー度:発売当時の売り上げ、人気度。
(2)影響度:のちの音楽シーンに与えた影響の大きさ。

なおジャンル的には、いわゆるJ-POPから歌謡曲をはずした部分、つまりロック、ニューミュージックの範囲で選考。松田聖子『ユートピア』、小泉今日子『ナツメロ』などは選ばず。

※追記:この原稿を2/20に発表してから、めずらしく反応(反論)がいろいろとあったので選考理由を追記する(以下赤字)

【80年代の名盤ベスト10:選考結果】

1.A LONG VACATION(大滝詠一)1981

「歌謡曲」「ロック」「フォーク」という正三角形が70年代末にあったとして、そのど真ん中の空白に「ポップス」という市場をどーんと作ってしまった傑作にして問題作。つまりそれまで日本には「ポップス」はなかったわけで、逆に言えば今の「J-POP」はすべてこの「ロンバケ」の後継と言っていい。

2.KAMAKURA(サザン・オールスターズ)1985

80年代名盤ランキングを作るとして、ベスト3にサザンを入れないという思考自体がワタシには信じられない。『NUDE MAN』と悩んだが、こちらを。小林武史に蹂躙(じゅうりん)される前の、美しいサザンの結晶。それになんといっても、サザンの 「4番ファースト」の位置にある曲、《Melody》が入っている。

3.THE BLUE HEARTS(THE BLUE HEARTS)1987

このサイトで繰り返し書いているように、ブルーハーツは、日本ロック史上でバンドを5つに絞れと言われても入ってくる重要な存在と考えている。この作品のポイントは歌詞。《終わらない歌》で「キ●●イ」と叫ばれた瞬間から、この国の「詞」はなんの進歩も見せていない。日本ロックにおけるコトバの金字塔。

4.増殖(YMO)1980

音楽を超えて、風俗的な意味も含めて、その影響度はたいへん大きい。ベスト3まで推さなかったのは、70年代末に出された『Solid State Survivor』のほうが存在感が大きく(70年代の同様のランキングを作ってもベスト10入りするでしょう)、decadeの谷間で影響力が分割されたため。

5.RHAPSODY(RCサクセション)1980

一説には1位と評価されるアルバムでしょう。5位に下げたのは、RCはとてもリスペクトされているにもかかわらず、実は案外後継が出ていないのではないかと思うので。「ドカドカうるさいR&R」市場はなんで盛り上がらないんだろう? ウルフルズも解散したし。若者諸君、いま狙うならこの路線ですよ。まずは『RHAPSODY』を聴き込むこと。

6.BEAT EMOTION(BOOWY)1986

このランキングは大滝詠一方向とBOOWY方向をちゃんとバランスをとって評価することにポイントがあると自負。それは「キャロル再評価主義者」としてのポリシー。布袋のギターばかりが取りざたされるが、氷室のボーカル(とくに発声法)のほうが後世に残した影響は大きいでしょう。なぜなら布袋のギターは、そう簡単には弾けないから。

7.SOMEDAY(佐野元春)1982

音楽性でいえば『VISITORS』のほうが影響度は大きいだろうが、大衆性を考えればこちら。「♪しょげないでー」(Sugar Time)、「♪なんだかわからなかった」(Someday)のような、日本語を16分音符で詰めて歌う方法論が、どれだけのフォロワーを生んだか。歌詞よりもこのような音楽的な方法論に着目した。

8.RIDE ON TIME(山下達郎)1980

山下達郎によって、日本の音楽にメジャーセブンスと16ビートが定着したと思う。『FOR YOU』以降のこってりとした作品よりも、とてもポップで軽いこちらを推す。日立マクセルのCMで達郎氏が登場した瞬間、メジャーセブンスと16ビートに彩られた80年代の幕が切って落とされた。

9.服部(ユニコーン)1989

これはとても中途半端な位置ですが、上記YMOと同じくdecadeの壁。次作『ケダモノの嵐』は、小沢健二『LIFE』とともに「90年代名盤ベスト10」のトップを争うでしょう。

10.REBECCA IV ~Maybe Tomorrow~(REBECCA)1985

85年暮れから半年ぐらいにおけるREBECCAの突然のブレイクは忘れられない。「人気沸騰」というより「ブレイク」という言い方が似つかわしい。あまり誰も言わないが、当時のNOKKOは歌が上手かったし、それに可愛かった。そしてここから山ほど出てきたガールズバンドの先駆として。

次.靖幸(岡村靖幸)1989

ここは異論がある方も多いかも知れない。この位置で悩んだのは尾崎豊『十七歳の地図』、久保田利伸『Such A Funky Thang!』、いとうせいこう『BODY BLOW』、もしくは思いきって松任谷由実『昨晩お会いしましょう』。ただし90年代の入口を開いたということで、このアルバム、とくに1曲目《Vegetable》を。

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20100219/Gag of the decade=『欧米か!』

今週あたまに、ひとまわり違う若者ふたりとのとても意義深い宴席があったので、ここでご報告させていただきます。

そのメインテーマは、(サブ)カルチャーのさまざまな「部門」について「ゼロ年代」のベストを決めようというもの。ちなみにdecadeの原義で言えば「ゼロ年代」は2001年から2010年となるようですが、ここではそう厳密にならずに2000年から今までの中でのベストということで。

【おもな審査結果】

ALBUM of the decade:『TOKYO CLASSIC』(RIP SLYME/2002)
SONG of the decade:《天体観測》(BUMP OF CHICKEN/2001)
BEAUTY of the decade:上戸彩
プロ野球選手 of the decade:ダルビッシュ有(北海道日本ハム)
ドラマ of the decade:『池袋ウエストゲートパーク』(TBS/2000)
M-1ネタ of the decade:『奈良県立民俗博物館』(笑い飯/2003)

そして標題の通り、カンカンガクガクの議論の結果、Gag of the decade部門は『欧米か!』(タカアンドトシ/2005)に決定。今回はこの話を(まずこのギャグで出会った頃のワタシのトキメキはココを参照)。

さて、ここからの話はちょっと無粋な感じになりそうです。お笑いのギャグを社会背景から分析するという、AERAの記事のような無粋さ。でもどうしても書きたくなったので。

金融や通信市場を「自由化」し、セキュリティ・パスをつけた白人が都内のビジネス街を跋扈(ばっこ)した10年間。

「ファンド」「投資家」「ハゲタカ」、気がついたらこの国の富が「欧米」に吸い込まれていった10年間。

みんなが英語ペラペラなMBAを目ざして留学し、日本語がおぼつかない帰国子女を、金の卵のように接待した10年間。

在日米軍の若者が、自分のイライラとまったく関係の無い日本の老人や女子高生に襲いかかった10年間。

報復するべき根拠もなにもなかったのに、ブッシュがおびただしい数のイラク国民を殺戮(さつりく)しつづけた10年間。

そして、最終的に「欧米」といっしょに日本も共倒れてしまった、この10年間の果てにあった最悪の結末。

「欧米か!」―――このたった3文字は、誰も語ろうとしなかった「欧米」、そして日本の歪んだ姿を、とてもポップなかたちで摘発したんだと思います。

タカアンドトシを初めて観たのは2004年の『笑いの金メダル』。「俺はロックが好きだ」とのたまうタカ、「三度の飯よりロックが好き」と言おうとして「三度の飯より麻布十番が好き」、トシ「志村けんか!」。爆笑した。

トシの「●●か!」は、「●●」にカビのように吸着している絶対性を一気にパロディ化する。「ロック」も「欧米」も「南米」も「女子」も、すべては一気にガラガラと崩れ落ちる。

という文章。「AERAか!」―――しかしこういう解釈も出来るぐらい、高度なお笑い、いや高度なエンタテインメントというものは、実に多様な解釈ができる知的なものなのだということ。それを証明したかったので、あえて書いてみました。

タカアンドトシが孤軍奮闘していた攻撃的なパロディ路線にナイツが参戦し、もっと本質的に豊かな「イチゼロ年代」への突破口になればと。

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20100214/歴史の面白さ。

(前項の続き)と、いう文章を書きながら、考えはまた別の方向に広がります。「アヘン戦争、南北戦争、そして薩長同盟。この、一見無関係な事象が縦に横に絡み合っている複雑さ」→この複雑さを読み取ることは、とても愉しい。これが歴史の面白さじゃないかと。

高校時代はろくに歴史など勉強しなかったし、バカ田大学の文系学部に入ったときも歴史ではなく数学を選択したワタシですが、歴史の勉強の中で、ひとつだけ強烈に覚えている断片があります。

『龍馬伝』で語られているように、当時のアメリカが(いきなり戦争しかけるなどの暴力的な方法論ではなく)黒船による友好的なかたちで開国を要求した背景には、その数年前にあった清の太平天国の乱があるらしい。

洪秀全が清国を倒そうと仕掛けた太平天国の乱の大騒ぎをみて「アジアノオウショクジンシュ、キレタラアイツラ、ナニヲシデカスカワカラナイョ」と思い、友好的な交渉に切り替えたという。

この話を聞いて、当時高校生のワタシはちょっとワクワクしたんですよね。太平天国の乱と黒船という、「世界史」「日本史」という別の科目で学んだ、まったく独立的な(と思っていた)2つの事象に密接な関係があったという発見。

歴史上の出来事を、独立的な点ではなく、連関的な線として捉えること。これぞ歴史の面白さ。

そういえば「黒船」といえばサディスティック・ミカ・バンド。75年にロンドン公演をして(といってもロキシー・ミュージックの前座)、イギリスのミュージシャンの間でそうとうな反響があったという。

そして、つづくアルバム『HOT!MENU』の評判がイギリスからアメリカに飛び火し、ロスアンジェルスでこのアルバムを聴き、おおいに影響を受け、紅一点ボーカルのバンドというコンセプトを真似たのが、《コール・ミー》で有名なあのブロンディだという話。

あぁ歴史は面白い。こういう連関性をちゃんと教えてあげれば歴史の授業ももっと面白くなるのに。そして、こういう連関性をちゃんと語り継いでいけば、日本のエンタテインメントももっと健全になるはず。

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20100212/もっと複雑な坂本龍馬(または龍馬性病伝)

(前項の続き)さて、ミクロなところに視点を移すと、mixiやtwitterの特長として、受け手との関係が直接的ということがあると思います。前者は「足あと」、後者は「フォロー」。だれが読んでくれたかがある程度具体的に把握できること。

というわけで、さいきんこのサイトの更新頻度が高くなったのも、そのあたりの影響があります。オーディエンスの存在がつかめて、たまに反応があったりするとやはり書く意欲がわく。これまでは暗闇で素振りしているようものでしたから……

で、ぜんぜん別の話。とても主観的な話で恐縮ですが(ココにも書きましたが)、ワタシは司馬遼太郎ファンと称する人たちが苦手です。これはもうたぶんに経験値的なもので、具体的に理由をつかんでいるわけではないのですが。

ただひとつだけ言えることは、司馬遼太郎の本など一度も読んでいませんが、噂などを伝え聞くに「おそらく、そうとう歴史的事実を歪曲して話を美談に仕立ててるなぁ」と思っていたからです。だって、司馬ファンが語る日本史って、あまりにもロマンティックでヒロイックにすぎるから。

司馬ファン=そんな話が好きなベタな人々、という観念がずっとありました。実際にそんな性格の人々が多かったような経験値も(すいません)。

さて、いま、日本史といえば坂本龍馬。ドラマやCMでたくさんとりあげられて大きなブーム。そしてこのブームの基となっているのが言わずと知れた司馬遼太郎『竜馬がゆく』。

そこで、本日手に取った『週刊金曜日』の特集「たまには龍馬の悪口もいいいたいぜよ」がとても興味深いのです。とくにその中で、元東急エージェンシー社長(なんという経歴!)の新井喜美夫というひとの文章。以下、箇条書きで。

・アヘン戦争をしかけたイギリスの商社が香港にあり、その関連会社が日本に送り込んだのが、長崎グラバー亭の主、トーマス・ブレーク・グラバー。

・当時、アメリカでは南北戦争が予想より早く終わり、武器が余ってしまった。グラバーはその武器を買い取り、薩摩と長州に買わせようと画策。

・そこで坂本龍馬を仲間に引き入れ、2人で甘い汁を吸う計画を立てる。これが、坂本龍馬が薩長連合に腐心したほんとうの理由。

・その後実際に大もうけし、儲けた金で長崎の遊郭にいりびたり、あげくの果てに梅毒になった。

やはり。ドラマやCM、そして司馬作品で書かれている(であろう)、自由で潔白で無垢な紳士というパブリックイメージとかなり違いそうですね。

だからといって、司馬作品やドラマ『龍馬伝』を否定するような、そんなちっぽけな観念を持ちあわせているわけではありません。むしろエンタテイメントとしてがんがんウソをついてくれて結構! どうせならめくるめく脚色をしてくれ! とも思います。

ただ、やっぱりね、実際の歴史って、もっと複雑ですよ。ぐっちゃぐちゃですよ。だから、エンタテイメントの中ではない、事実としての坂本龍馬も「自由で潔白で無垢な紳士」と信じてしまうことは、あまりに程度が低いことだと思います。

ぐっちゃぐちゃ。アヘン戦争、南北戦争、そして薩長同盟。この、一見無関係な事象が縦に横に絡み合っている複雑さ。でもこの複雑さを受けいれることからはじめないと(そしてこの複雑さの中に、ほんとうの歴史の愉しみ方が潜んでいる気がするのですが)。

小渕恵三、中内功、そして武田鉄矢。『竜馬がゆく』の信奉者であることを隠さない人たち(同誌、佐高信の原稿より)。うん、やっぱり相当ベタだな。

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20100211/Twitter「を」語ってみる。

Twitterのことを語ることが一種のブームですね。Twitter「で」語ることよりも、Twitter「を」語ることのほうがブームになっている気がします。じゃ、ワタシもブームに乗り遅れずTwitter「を」語ってみようと。

個人的にもいろいろいじってみて、なかなか面白いシステムだと思いました。とくに伝説の(?)「M-1リアルタイム中継」のときには、そのパワーをとても強く認識しました。

世の中には、リアルタイムで想いをわかちあいたいという人々と、想いをわかちあいたくなる環境が存在するということです。後者はすこし分かりにくい言い方ですが、平たく言えばテレビとかスポーツとか、ようするに「バーチャルなパブリックビューイング」をしたくなる環境です。

ただ、逆に言えば、Twitterがその程度のものにすぎないということで、これがコミュニケーション環境を抜本的に変えていくとか、そういう妄想をもつべき対象ではないでしょう。

本質的に大事なことは、Twitter「で」なにを語るか。

いまから15年ぐらい前に、インターネットというものがぐんぐん幅をきかせはじめたときに、多くの「論客」が「コミュニケーション環境を抜本的に変えていく」的な言説をまき散らして、大騒ぎになりました。そして不肖ワタシも、かなりその渦に巻き込まれた記憶があります。

「インターネットとは……」―――言説、能書き、ご託宣。そういうことを言いたがるジジイがいつの時代でもいるものです。で、「論客」はいまやどこにも見あたらなくなってしまいました。

とても当たり前のことを言いますが、やっぱりシステムはシステムにすぎない。それ「を」ではなく、それ「で」なにを語るかということが重要。インターネットで、ブログで、Twitter「で」なにを語るか。

ワタシには、語りたいことが山ほどあります。それも友人知人だけでなく、できれば不特定多数に向けて語りたい。これは一種の病気かも知れません。思春期に小林信彦にヤラれてしまったスージー鈴木少年が一生患っていくであろう病気です。

そんなワタシにとってはインターネットというものは単なる自己顕示欲の発散装置にすぎません。語りたいことが不特定多数に開かれるシステムがあればなんでもいい。

だからこのサイトだけでなくTwitterにも手を出してみて、メッセージのゲートウェイをひろげてみる。そして大したリアクションがないにもかかわらず、身辺雑記ではなく、熱っぽくなにかを、そこ「で」語りつづける。

すいません、今回はなんだかひさしぶりに平凡な内容を書いた気がします。システム「を」語ることはやはり性に合わないのでしょうか。というわけで、ご興味あれば、こちらを→||http://twitter.com/suziegroove||

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20100207/《好きだから》が好きだから。

とってもウェルメイドな「ベッキー♪#」の新曲。歌詞とメロディとアレンジ(とくにボーカルアレンジ、主旋律の下でハモっているのがいい)がすばらしい。ってことはすべてすばらしい。歌詞はベッキー本人、アレンジは元PINKの岡野ハジメ。作曲は高橋健次……すいません、誰?

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20100206/新球団「松山ポンジュース」構想。

めずらしいことに、掲示板への書き込みが繁盛しています(みなさんありがとうございます)。というわけで、また野球話がつづいてしまいますが、ワタシの意見をここで再度書いておきます。

オリックスが近鉄と阪急のユニフォームを着用することには、やはり反対です。理由は週刊ベースボールに書いた原稿やここを参照。もうひとつ、掲示板で議論になっている「四国でプロ野球チームの経営が成立するか?」問題について。

ワタシの意見を言えば、松山を本拠地としたプロ野球チームは成立する。それも、2リーグ制を前提とした球団拡張(たとえば各リーグにプラス2チーム)として成立する、という強気の意見です。ただしこれには条件が付きます。

そのチームは、現在の12球団から二段ぐらい落ちる、いわば社会人野球レベルのチームになるということ。以下、ちょっと長くなりますが、ワタシの考えを説明しますね。

そもそもマスコミで球団拡張の問題を語るのが、訳の分からない経済評論家か元プロ野球選手しかいないのがおかしい。一野球ファンの視点から、この問題について青臭い意見を言っておくことが必要な気がします。

前提認識として、プロ野球チームがながらく12球団で固定され、かつ社会人チームがどんどん減ってきている中、社会人野球レベルのプレーヤーがどんどん余り、野球を止めることを余儀なくされている情況があります。

経済評論家は、プロ球団の経営には●万人の動員が必要と言いますが、それはトップオブトップである現在のプロ野球プレーヤーの人件費を前提としています。要するに1億円プレーヤーが数人いるという極端な環境が前提。

ここで想像してみます。新チーム「松山ポンジュース」(仮称)がパ・リーグに出来たとして、そこには1億円プレーヤーはひとりもいない、むしろ年俸1000万円以下レベルのプレーヤーがほとんどだとします。

でもね、観客は年間100万人とは言わずとも、50万人は入る可能性が高いような気がします。ひとつには野球熱が高い土壌、くわえて「おらが町のチーム」が出来た喜び、さらにはビジターとしてダルビッシュのような人気選手がどんどん来るのですから。結果、収支も健闘するのではないかと。

ここで元プロ野球選手はこう言います。球団拡張は日本の野球のレベルを下げる。メジャーリーグだって、30球団になってレベルが下がった。レベルが下がると観客は遠のく、と。

ワタシはここがいちばん疑わしいと思うのです。

極端な例を出せば、イチローは日本の晩年、ガラガラの東京ドーム(日ハム戦)で試合をしていました。松坂もしかり。ほんとうに日本の野球ファンが目が肥えていて、プレーのレベルにシビアなのであれば、こんなことは考えられないでしょう?

逆に、ついこないだまで球団がなかった札幌や仙台が、球団創設から10年も経たない間にあれほど盛り上がっている。つまりは、抽象的でつかみどころのない「プレーのレベル」なんかより、プロ野球のゲームが目の前で行われることのほうが、多くの人々にとってぜんぜん重要なことがらなのですよ。

たしかに「松山ポンジュース」は、ボロボロにやられるでしょう。でも切磋琢磨の中で必ず伸びてきます。そう断言できるほど、この国にはプレーヤー輩出への潤沢な土壌があるし、とくに今は選手が余っている。

こういう構想、実は2004年の球界再編時に、多くの心ある野球ファンから呈示されたような記憶があります。しかし経済評論家や元プロ野球選手に一笑に付され、そして何よりも当時はまだ巨人戦中継の利権があったから、球団拡張なんて現実的じゃなかった。

そして今、笑うしかない不景気。巨人戦中継の消滅。そして札幌や仙台の盛り上がり。それらの環境はすべて、青臭い(とは実は思っていませんが)球団拡張論を今一度世に問う勇気につながります。

2007年の夏の甲子園を騒がせた今治西のスラッガー、熊代聖人は、卒業後在籍していた日産自動車のチームが消滅し、王子製紙への移籍が決まったらしい。

「松山対日本ハム、2対13と大きく差が付きました。9回裏もマウンドにはダルビッシュが上がります。おっとここで松山、代打に地元出身の新人、熊代を出してきました。お聞きください、松山坊ちゃんスタジアムの大歓声! 観客はスタンディング・オベーションで熊代を迎えます!」

ずっと遠くのイチローより、ちょっと遠くのダルビッシュより、目の前の熊代聖人を。そう強く言い切れるのが、ほんとうの野球ファンだと思うのです。

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20100201/キャロルの適正評価に向けたテキスト。

一気に読了。

前作はこれ。今回もとても興味深い。キーワードは「キャロリズム」(Carol-ism)。

(1)日本のロックの背骨は、スパイダース→はっぴいえんど→キャロル→サザンオールスターズ→ブルーハーツ。

(2)これを学歴(高校・大学*)で分類すると、スパイダース(高)→はっぴいえんど(大)→キャロル(高)→サザンオールスターズ(大)→ブルーハーツ(高)。*中退含む。複数メンバーがいる場合はキーマンの学歴で評価。

(3)となると大学系のほうが本人の言葉が多く分析がたやすいので過大評価される。高校系は過小評価となる。

(4)スパイダース、キャロル、ブルーハーツの業績が、もっと正しく評価されねばならない。

ここここここで語ったことを再掲。キャロルの適正な評価に向けてたいへん有効な一冊。

※37年前に発表された、日本人による日本語のロックンロールの最高峰。ジョニー大倉(リードボーカル)による日本語の発音と作詞に注目。

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20100131/千葉ロッテの新ユニフォームを歓迎する。

わりといいんじゃないですか?

史上最悪のグラデーションユニフォームの時代を経て、いまいちど黒を基調にしたシンプルな方向への回帰。いいと思います。

よく訊かれる質問。「なぜ千葉ロッテファンなのですか?」……そもそもワタシは偉そうな顔して『週刊ベースボール』に寄稿をしていますが、本気でプロ野球を見はじめたのは、実は1995年なのです。

前記事にも書きましたが、イチローの登場で、プロ野球には自分の個性を刺激するなにかがありそうだと感じ、イチローがいるパ・リーグを見はじめた。

そして千葉ロッテに傾倒するようになったのですが、その理由としていちばん大きいのは、実はユニフォームの格好良さだったかも知れません。

しかし、その格好良いユニフォームは、バレンタインの復帰で妙な方向に進んでいきました。

2005年の夢のような日本一。それでウヤムヤにされたような気がしますが、例の赤のギザギザとかはあまり好きではありませんでした。そしてグラデーションは論外。

強いほうがいいに決まってますが、それよりも千葉ロッテが球団としてクールでスマートであってほしいと強く願います。負けてもこちらのほうがイケてるんだという拠りどころがほしいのです。

冷静に考えると、今季も厳しい戦いが予想され、大松と唐川の成長を見つめるシーズンかとも思いますが、少なくともユニフォームはいい方向に変わりました。まずはOKだ。

そして、あの醜かったギザギザとグラデーションよ、さようなら。「BOBBY2010」に荷担しなかったことが、この事実でとても報われるのです。

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20100124/小沢健二の言葉。自分の言葉。

先週末、ある宴席で「ワタシの人生は1994年から好転しはじめた」という話をしながら、どうもそれがうまく説明できなかったので、ここで整理してみようと思う。

1994年。イチローとダウンタウンとワゴンRの季節。

イチロー、この年にセンセーショナルなデビュー。200本安打。パンチパーマ&セカンドバッグなプロ野球界に出てきた、スマートでクールな新星。

ダウンタウン、すでに東京で多大な人気を得ていたが、『笑っていいとも』でキャーキャー言われていたことに安住せず、歴史に残る名番組『ごっつええ感じ』で、そのラディカルとポップの狭間にある芸風を披露しはじめる(favoriteコント:『兄貴』)。

そしてワゴンR。当時の大ヒット車種。セダンの時代からワゴン、軽自動車の時代へ。

個人的にものすごく居心地が悪かったバブルの時代が崩壊。パンチパーマ、『笑っていいとも』、セダンな80年代を超えた、とても新しく、等身大で、居心地のいい風が吹いてきた。

で実は、そのころワタシは、日常生活や仕事において(エセ)標準語をやめて、大阪弁で話すようにしたのです。

「自分の言葉」で話すこと。「言語は思考を規定する」。内面と、そこからうねり出た思考が周囲に理解されはじめたのだろう、事態がすこしずつ好転しはじめた。

このことで学んだものは、とてもかけがえのないものだ。これからどんな事態が訪れようとも、とにかく自分の言葉で書き、話し、伝えてやる。それがイチローやダウンタウンに対する自分なりのオトシマエだと思っている。

さて、この1994年にあった、もっと決定的なこと―――小沢健二《愛し愛されて生きるのさ》のリリース。

10年前の僕らは胸をいためて 「いとしのエリー」なんて聴いてた ふぞろいな心はまだいまでも僕らを やるせなく悩ませるのさ

『いとしのエリー』『ふぞろい(の林檎たち)』―――1994年、生まれてはじめて、自分たちの世代が自分たちの言葉で歌っているのを聴いた!

そして今、小沢健二が復活するという風の噂をつかんだ。小沢健二は、たぶん2010年の今でも自分の言葉でたからかに歌うだろう。そして、一介の無名人であるワタシも、自分の言葉でこのサイトを書きつづける。

16年の時の流れの中で、彼の言葉とワタシの言葉は、もうぜんぜん分かち合えないものになっただろうし、そう思うからこそ、復活の情報を積極的に探索する気はない。ただ、1994年の《愛し愛されて生きるのさ》ほど、「これこそが自分たちの音楽だ」と確信をもてた曲もない。

と、そうあからさまに強く言いきることが、ワタシにとってまぎれもない自分の言葉。これからもこういうことをここで書いていこうと思う。

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20100116/キャラメル・ママfeaturingユーミン。

異論反論を覚悟の上でいえば、ワタシは小林武史がサザンを殺したと思っている。同じようにいえば松任谷正隆がユーミンを殺したとも思っている。

「殺した」はとても物騒な言葉遣いですが、つまりは正隆氏がユーミンのアレンジを全権委任されてから、ユーミンの曲はつまらなくなったということを言いたいのです。

今夜放送された『MASTER TAPE~荒井由実「ひこうき雲」の秘密を探る~』でなにが興味深かったかといえば、ユーミンと、キャラメル・ママ(松任谷正隆、細野晴臣、林立夫、鈴木茂)のとても正しいコラボレーションでアルバム『ひこうき雲』が出来たという事実。

いわば「キャラメル・ママfeaturingユーミン」。「正しいコラボレーション」という言葉に込めたい意味は、要するにユーミンが(作詞・作曲+)ボーカリストという意味に過ぎなく、むしろキャラメル・ママのサウンドの中のひとつの要素、という限定的な存在だということです。

ワタシが「松任谷」時代よりも「荒井」時代に過剰な興味を持つのは、トータルのサウンドの中で抑制されたほうが、ユーミンの才能が輝いていると思うから。

「松任谷」時代、それも『VOYAGER』以降の作品のとても通俗的なアレンジ。それはユーミンがスターであるという前提の中で彼女をお膳立てしていて、そしてそれはとても薄っぺらく響く。

まぁ、その薄っぺらさこそが80年代後半からの怒濤のユーミンブームにつながるのですが、それはワタシにとってはあまり関係のない事柄です。

番組の中で流れた《きっと言える》、細野晴臣のガットギターとユーミンのボーカルだけを抜き出して流したときの、あの圧倒的な美しさ。それは細野vsユーミン、ガチンコ勝負の激しさの結晶。

荒井時代の三部作(?)、『ひこうき雲』『ミスリム』『コバルトアワー』のリミックスアルバムを出せばいいと思う。もっと音数を減らして、キャラメル・ママとユーミンの戦いの構図がクリアに聴けるように。

日本でいちばん評価され、そしていちばん過小評価されているミュージシャン、それはユーミンだ。

追記:細野晴臣のギターはほんとうに上手い。ビートルズのNo.1ギタリストがポールだということと同様に。

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20100111/M-1敗者復活採点表(完全版)

いまさらですが。「ゆったり感」「風藤松原」が発見。ここに(excel形式)。

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20100109/オリックスの復刻ユニフォームに絶対反対。

オリックス 阪急&近鉄のユニW復刻(12月30日スポニチアネックス)

岡田新監督を迎えて低迷打開を図るオリックスが来季、前身の阪急ブレーブスと04年オフに合併した近鉄バファローズのユニホームをダブルで復刻させるプランを進行中であることが29日、分かった。

復刻ユニホームは巨人、阪神など7球団が試合で着用しているが、一挙に2種類となると初めて。阪急、近鉄両球団の系譜を引き継ぐオリックスだからこそ可能となる。

復刻ユニホームの年代は未定だが、神戸で「阪急」、大阪で「近鉄」と使い分ける計画で、開催時期について球団関係者は「セ・リーグとの交流戦で検討しています」と語った。また球団は同時に阪急、近鉄の復刻グッズ販売も検討中。実現すれば、来季は「岡田オリックス」だけではなく、阪急、そして近鉄が関西球界を盛り上げてくれそうだ。

なんだ?コレ。

昔こういうことを書いた「20080601/オリックスは復刻ユニフォームを着るべきではない」。こういう大事なことはクドいと思われてもなんども書いてやる。絶対反対。

オリックスのこのようなたくらみに対して、反対の意見が目立って出てこない事実、そして周りの元阪急ファン、元近鉄ファンもそんなに違和感を感じていなさそうなことも重々承知した上で、でも絶対反対だ。

これは2004年の、あの悲惨な球界再編問題に対する、憎しみ、怒りの深さの問題だと思う。

ワタシは、あの球団合併を、阪急ブレーブスの歴史、近鉄バファローズの歴史を「殺した」行為だと思っている。

埼玉西武は西鉄の系譜を確実に継いでいる。福岡ソフトバンクは南海だ。球団譲渡の経緯がどうであれ、少なくとも昭和から平成まで、野村克也と松中信彦、中西太と中村剛也が一本の線でつながれている。

でも福本豊や鈴木啓示と小松聖は、途切れている。いや、ミヤウチとナベツネとツツミによって、ちょん切られたのである。

ブレーブスのファンは、バファローズじゃなくってブレーブスを選択していた。その逆もまた然り。そんな2球団が「合併」「融合」「結合」などして許されるわけはないのである。

よくある「12球団の歴史系譜図」みたいなのでは、(当時の)オリックスと近鉄の「線」がいとも簡単に結ばれている。でもその結び目はまやかしだ。単なる新球団の誕生だ。そのぐらいブレーブスとバファローズの歴史は異質だと思う。西宮と藤井寺の距離はけたはずれに遠いんだ。

元阪急ファン、元近鉄ファンがあんがい冷静なのは、もう怒りを通り越してシニカルになっているのか、むしろこうなってしまったらユニフォーム姿を見られるだけでも御の字という諦観なのか。

そして、ワタシがこの件について熱くなってしまうのは、「福岡ダイエー"M"ホークス」をいちど覚悟しながらなんとか難を逃れた人間の青臭さなのか。

>神戸で「阪急」、大阪で「近鉄」と使い分ける計画
>阪急、そして近鉄が関西球界を盛り上げてくれそうだ。

このフレーズはあまりに楽観的だろう。ここまでの話を、ものすごく、とてもシンプルに立証するとすれば、現オリックスのコーチ陣のことを考えてみればいい。

投手コーチ星野伸之の近鉄ユニフォーム姿、打撃コーチ水口栄二の阪急ユニフォーム姿―――そんなもの、ほんとうに見たいか?

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20100103/初笑い。

野球に音楽にお笑いに、今年もよろしくお願いいたします。

紅白の木村カエラは前半緊張していて、『笑ってはいけない』のジミー大西は見逃して、元旦夜の映画『しゃべれどもしゃべれども』に涙して(国分太一の『火焔太鼓』、最高!)、昨夜の『ドリームマッチ』は長すぎて。今夜の『あんたの夢をかなえたろかスペシャル』と『イロモネア』に期待しつつ。

そんな中、ちなみにワタシの今年の初笑いはコレでした。いい年になりそうだ。

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