20100627/ロリ顔+巨乳の女子が出てくる漫画を読んでる若者男子に。

電車の中で小さなゲーム機をやっているサラリーマンはなんだか不愉快です。ですが、もっと不愉快なのは、漫画雑誌を読んでいる若者男子です。

ゲーム機については、ワタシがゲーム文化自体に疎遠だという勝手な理由があるのですが、さすがに漫画文化自体を嫌ったりはしていません。じゃ、なぜ不愉快かというと、彼らが読んでいる漫画の内容が耐えきれないからです。

ちょっとエッチな漫画、だいたいにして、ものすごいロリ顔で巨乳な女の子が出てくる。

あの「ロリ顔+巨乳」というのが耐えられない。ワタシが隣に座った若者男子の漫画本をチラ見するかぎり、そうとうな確率でそんなキャラが出てきます。

「ロリ顔+巨乳」というのは、若者男子の欲望の象徴だと思うのです。もう少し具体的に言えば「性欲の最大公約数」。そりゃぁ、フケ顔+貧乳を好きな男子もいるとは思いますが、確率で言えば「ロリ顔+巨乳」のほうが圧倒的に高いでしょう。

でもね、彼らは性に目覚めていく期間なわけです。肉・魚・野菜……いろんな栄養素が必要なのです。偏食はいけないと思うのです。

さらに「ロリ顔+巨乳」が問題だと思うのは、男子によって「都合のよい」キャラクターだということです。ロリ顔=少女性=逆らわない感じ、巨乳=母性=守ってくれる感じ。要するに若者男子のプライドや自尊心を傷つけず、相手してくれる都合のよい存在。

若者男子諸君。実際の女性は面倒くさいのです。とても都合が悪い存在です。恥もかかされます。自尊心も傷つけられます。「実在青少年」の女子は大変です。

でも、それが恋愛すること、生きることなのですよ。

だから、それ系の漫画本を読むなとは言わないけど(理由後述)、そこにあるのは、とても一面的な女性観だよ、ということは知っておいてほしいのです。

そう、今回はこのサイトではじめてエロについて論じています。だからちょっと緊張しているのですが、結論はいつもと同じです。音楽も野球もお笑いも、そしてエロも、いろんな捉え方があっていいということ。

だから、一部の漫画によって、若者男子にとってのエロ観がとても一面的になっていることを危惧するのです。老婆心ながら、ほんとうに老婆心ながら言わせてもらえれば、エロこそ、そこに多面的な価値観がなければならない。

そう、それが恋愛すること、そして生きることの多面性につながっていくのです。

※「ロリ顔+巨乳」の漫画を読むなとは言わない。むしろ読んだ上で、こういう議論を徹底的にした方がいい。読んではいけない、発売してはいけないとするのは、どこかの(ワタシが嫌いな)知事が考えそうな問題の先送りだろう。

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20100620/処女小説『M-1東西頂上決戦』

すいません。今回はネタ切れなので過去のコンテンツに頼ります。2008年、某誌で発表した「処女小説」です。結成10年以内というルールをなくし、東西の最高の漫才師が対決したらどうなるか? 完全仮想フィクション『M-1東西頂上決戦』、ぜひご一読ください(pdf形式1200KB)

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20100613/2010年の「ドアノック・ダンス」。

6月10日の夜、小沢健二のコンサートが行われていたNHKホール前での出来事。ワタシはそのコンサートに足を運んでいないため、以下に書くことはツイッターやmixiで聞こえてきた噂レベルのものであり、それゆえ信憑性には欠けるかもしれないが、個人的にとても深く感じ入るものがあったので、ここに書き留めておく。

そもそもチケットは早々と完売し、ホールの中に入れなかった人々が入口の近くに溜まっていた。彼らは、ホール外にうっすらと漏れる音を、耳を澄ませていっしょうけんめい聴いていた。そして、その情況に胸をいためた警備員がドアを開けて音が少しでもよく聞こえるように配慮した。

そうするとドアの中にある小さなモニターが見えた。そのとき、小沢健二が歌っていたのが《ドアをノックするのは誰だ》で、ホール前に溜まっていた人々が、その曲の定番の振り付けを、ちょっと恥ずかしげに、みんなで踊った。

話はたったこれだけなのだが、小沢健二という音楽家の作品に少しでも触れたことがある人ならば、この光景が、それこそフランス映画のワンシーンのように映るのではないだろうか。

小沢健二といえば《流れ星ビバップ》である。「流星」ではなく「流れ星」。今回のコンサートでもしょっぱなとアンコール、2回歌われたらしい。

教会通りにきれいな月 火花を散らす匂いとまぼろし
も少し僕が優しいことを言や 傷つくこともなかった? WOH・OH・OH
そんな風に心はシャッフル 張りつめてくるメロディーのハード・ビバップ
ただ一様の形を順々に映す鮮やかな色のプリズム

真夏の果実をもぎとるように 僕らは何度もキスをした
やがて種を吐き出すような 固い固い心のカタマリ
流れ星静かに消える場所 僕らは思いを凝らす

長い夜に部屋でひとり ピアノを叩き水をグッと飲んで
あん時誰か電話をかけてくりゃ涙だって流してた? WOH・OH・OH
そんな風に心はシャッフル 張りつめてくるメロディーのハード・ビバップ
ただ激しい心をとらえる言葉をロックンロールの中に隠した

ここまでは、なんというかそんなに突飛なことを歌ってはいない。「僕らは何度もキスをした」のだが、なにかの行き違いで「僕」は相手を「傷つ」けてしまっているというだけのことだ。しかしここからの歌詞が、すごい。

時は流れ傷は消えてゆく それがイライラともどかしく
忘れてた誤ちが 大人になり口を開ける時
流れ星探すことにしよう もう子供じゃないならね

薫る風を切って公園を通る 汗をかき春の土を踏む
僕たちが居た場所は 遠い遠い光の彼方に
そうしていつか全ては優しさの中へ消えてゆくんだね

流れ星静かに消える場所 僕らは思いを凝らす
流れ星静かに消える場所 僕らは思いを凝らす
目に見える全てが優しさと はるかな君に伝えて

時代が一気に飛ぶのである。「時は流れ」「僕たちが居た場所は/遠い遠い光の彼方に」「はるかな君に伝えて」。つまり歌詞の時制は一気に「現在」になり、さっきの「僕らは何度もキスをした」のが実は「過去」の話であることが判明する。その時の流れの中で「僕ら」は「もう子供じゃな」くなって、別の「場所」で「流れ星」に「思いを凝ら」している。

歌詞の構造でいえば2コーラス目の中盤(というなんとも中途半端な位置)で一気に時代が「現在」に飛んでいる。今回、上のようなエピソードを聴き、感化されカラオケで歌ってみて、はじめてこの「時制のトリック」に気づいたのだ。

そういえば《流れ星ビバップ》だけでなく、《強い気持ち強い愛》(♪長い階段をのぼり/生きる日々が続く)も《僕らが旅に出る理由》(♪そして毎日はつづいてく/丘を越え僕たちは歩く)も、歌詞の内容に「現在」と「過去」が併存している、言わば「現在完了形」の歌詞である。

90年代半ばの世間を騒がせた超ド級のポップスでありながら、歌詞はクールに未来を見据えてて、「長い階段をのぼ」る「毎日がつづいて」、「僕たちが居た場所は/遠い遠い光の彼方に」なる日をすでに語っていた。

その日は2010年の6月10日。

NHKホールの外で《ドアをノックするのは誰だ》を聴いた人たちは、たぶんリアルタイムに小沢健二を聴きこみ、リアルタイムに彼のクールな未来観を受け止めた人たちではないだろうか。

そしてその未来が現実になった2010年、遠い遠い光の彼方に消えたと思っていた小沢健二が帰ってくる! チケットもないのにいてもたってもいられず渋谷にやってきた! うっすらと見えるモニターの映像で「ドアノック・ダンス」を踊った!

そんな感慨、そんな興奮だったのではないか。え?なぜそこまで確信をもって類推できるのかって? それは、他ならぬこのワタシが、リアルタイムに彼のクールな未来観を受け止めた一人だったからだ。

さぁ、またふたたび長い階段をのぼる毎日がつづきます。あなた方が居たNHKホールのドアの外は遠い遠い光の彼方に。でもがんばりましょう。また小沢健二を観られる日を信じて。

次回はワタシもコンサートに行きたいと思います。もしチケットが入手できなくとも、ホールの外で「ドアノック・ダンス」、踊ってみせます。

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20100605/新曲《放蕩息子》のつくり方。

ひさしぶりの新曲《放蕩息子》を発表したスージー氏に独占インタビューを敢行した。

―――前作《おねがいタイムマシン!》からちょっと間が空きました。さて、今回はこの曲の録音プロセスをお聞きしたいのですが。

そんな需要あるのですか?

―――ないと思いますが…

了解しました。まずはこれが今回の録音風景です。写真上部にあるMTRは2000年に買ったBOSSの「BR-8」(だったかな?)というもの。なんと100MBのZIPディスクに録音するという変わった機材で、そのうちZIPの終焉とともに古道具となってしまうであろうものです。

古めかしい右下のYAMAHAフォークギターは高校の生徒会室にあったものをパクって持ち帰ったものです(時効)。真ん中は20年ぐらい前に入手したタカミネのエレアコ。左下は、これも高校時代から使っているヤマハのべース。3弦だけはなぜかショートスケールの短い弦を張ってます。テキトーもいいとこだ。

空けてあるCDは今回の元ネタ、ストーンズの『ベガーズ・バンケット』。歌詞カードが生徒会室ギターにかかっています。あとはタンバリン(子供用)とボトルネック、マイク、ヘッドフォン、椅子に乗ってる歌詞カードといったものが登場人物。高級品は一切ありません。

手順としてはまずスライドギターを入れます。これは生徒会室ギターで。オープンDのチューニング(1弦からD, A, F#, D, A, D)でボトルネック(ワタシは薬指派)で。ボーカル用のマイクで拾います。なんどかミスがありますがこんな曲はノリです。知ったこっちゃありません。

次に裏打ちのタンバリン。こういうのは案外難しいですね。レッドツェッペリン《スノウドニアの小屋》のように表にバスドラの四分音符が入ればいいのですが、バスドラはないので省略。次にベース。なんだかいい音が出なかったのです。やはり弦の長さは問題かと(笑)。

次にリードギター。これがタカミネ。これはコードにつないで録音。弾いたメロディは『ベガーズ・バンケット』所収の《ファクトリー・ガール》(歌詞を歌っているのが薄く聞こえるはず)。この辺まで来ると、面倒な録音もちょっと楽しくなってきます。

あ、それぞれの楽器でどんなフレーズを弾くかは、走りながら考えていきます。場合にもよりますが今回は単純な曲なんで、はじめのスライドギターだけは決めましたが、あとはすべてその場で。

楽譜を書くことはほとんどないですね。あ、1回だけありました。《いちご球場よ永遠に》のときだけ。やれば出来るんですが面倒なんですよ。

で、最後にボーカル。マイクは手持ち。口と直角にして「吹かない」ように注意。ノーエコー。コーラス効果を入れたのは、タンバリンとリードギターだけ。それも薄めに。

(1)スライドギター、(2)タンバリン、(3)ベース、(4)リードギター、(5)ボーカル。計5トラック。「BR-8」は8トラックなので3つ余る。こういう場合残ったトラックに無理やり何か入れたくなりますが、そういうのは音を汚す場合が多い。シンプルイズベスト。

いまはいろんな便利なデジタル機材があるらしく、噂によればボーカルの音程を修正してくれるなんていう、80年代宅録少年出身のワタシには考えられないような素晴らしいソフトもあるようなんですが、そういう最新事情にぜんぜん明るくないのです。というわけで上のような極めて家内制手工業なプロセスで録音しています。

録音がすんだらあとはミックスダウン。今回はすべての楽器の定位を中央に。ヘッドフォンで聴いたときに音が固まって聞こえるように。いってみればモノラルのような定位にしました。

ミックスダウンは、これもいまや古道具、CD-R AUDIOのレコーダーに音を入れる。そこで出来たCDをPCにwave形式で録音し、cooledit PROというソフトで全体的に音量を上げて(イコライズは面倒だからしない)、mp3形式に変換し、作業終了。

放蕩息子

作詞・作曲:スージー鈴木

poor boy, naughty boy オヤジの金もって
poor boy, naughty boy 球場へ向かった
poor boy, naughty boy きらめく光あび
poor boy, naughty boy 心を奪われた
それがpoor boy, 放蕩むすこが生まれた日

poor boy, naughty boy 学校がつまらない
poor boy, naughty boy 夜の扉あけて
poor boy, naughty boy すべてを捨てた瞬間
poor boy, naughty boy 人生が決まった
それがpoor boy, 放蕩むすこが生まれた日

poor boy, naughty boy 野球は優しかった
poor boy, naughty boy 人生に大事な
poor boy, naughty boy たいていのことがら
poor boy, naughty boy 教えてくれたのさ
それがpoor boy, 放蕩むすこが生まれた日

poor boy, naughty boy でも金はなくなり
poor boy, naughty boy 一文無しの日々
poor boy, naughty boy 球場は大雨
poor boy, naughty boy 屋根も希望も無い
それがpoor boy, 放蕩むすこが目覚めた日

poor boy, naughty boy 職探しをすれば
poor boy, naughty boy 「仕事はただひとつ
poor boy, naughty boy 家畜にエサをやれ
poor boy, naughty boy 1日1ドルだ」
それがpoor boy, 放蕩むすこが目覚めた日

poor boy, naughty boy 家まで100マイル
poor boy, naughty boy 夜の闇を歩く
poor boy, naughty boy 現実に戻され
poor boy, naughty boy 侮蔑と蔑視の目
それがpoor boy, 放蕩むすこが目覚めた日

poor boy, naughty boy あれから20年
poor boy, naughty boy あの少年がまた
poor boy, naughty boy カクテル光線へ
poor boy, naughty boy 逃げ出そうとしてる
それがpoor boy, 放蕩むすこの現実
それがpoor boy, And that'll be the way I'll get along

―――なるほど。よく分かりました。いや実は細かなところはよく分からなかったのですが、要するにそうとう旧世代のプロセスということですね。

トクマルシューゴくんとか中村一義くんとかよりももっと前、カセットテープの4トラックで宅録していた、旧石器時代の人間ですので。日本宅録史上の第一世代と言っていいでしょう。ただワタシはその底辺にいて、その頂点には石野卓球さんがいるのでしょうが。

―――分かりました。ではスージーさん、あなたにとって宅録とは?

バンド組んでリーダーをやる機会と度胸がなかった少年の、孤独の埋め合わせ。

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20100530/普天間問題の平和的解決法。

米、辺野古拡大を要求 自衛隊共同使用 事実上の拒否(東京新聞2010年5月30日朝刊)

日米両政府が発表した米軍普天間飛行場移設問題に関する共同声明に、検討項目として盛り込まれた米軍基地の日米共同使用をめぐり、名護市辺野古に造る代替施設を共同使用する場合は、米側が施設の拡大を求めていることが二十九日、明らかになった。

声明に共同使用が記されたのは、日本側の提案による。安全保障面での連携を促すとともに、基地の運営に日本が関与できる余地ができ、自衛隊が地元対応の窓口になることで、基地が受け入れられやすくなる狙いもある。

二〇〇六年に決定した現行計画は、辺野古沿岸を埋め立て、V字形に滑走路二本を建設するとしている。

今回の日米実務者協議で日本側は、滑走路を一本に縮小した上で、自衛隊との共同使用を米側に求めた。これに対し米側は、滑走路二本の現行計画が最善と主張。共同使用については「受け入れる余地はあるが、自衛隊も使う分、施設を広げる必要がある」と指摘したという。日本が受け入れないのを見越して、共同使用を事実上拒否した形だ。

日本側も現行計画より拡大させることには、地元の理解が得られない上、環境影響評価(アセスメント)のやり直しも必要となって移設が遅れるため、難色を示した。結局、共同使用は検討項目にとどまった。

一方、共同声明の英文は、滑走路に複数形の「S」がかっこ書きで付き、滑走路が複数になる可能性を残すことになった。

沖縄は日本から独立すればどうだろう?

まずそもそも、日本に米軍基地が必要な理由が分からない。百歩ゆずって、必要だったとしても沖縄に置くべき理由が分からない。そしてこの件について、これだけアメリカの言いなりになっている理由については、分からないを超えて不条理ですらあると思う。

「沖縄の米軍基地について地元では賛成派・反対派が半々。主に米軍基地による経済的なインパクトが賛成派の理由である」とずっと報道されてきたような気がする。

あの報道は嘘だったんじゃないか?

反対派が圧倒的な沖縄の現実。米兵による婦女暴行事件などでその数が多少上乗せされたとしても、もともと反対派がかなりの比率を占めてたのではないか?

もう本土、ヤマトンチュになにも未練はないだろう? 連中は沖縄県民を盾にして自らはぬくぬくと「平和」な日々を過ごそうと思っている最低な奴らだ。

というわけで、沖縄の独立戦争を提唱したい。沖縄対本土、ウチナンチュ対ヤマトンチュの一騎打ち。ただしあくまで平和的な方法で。平和の象徴、そう、音楽で戦おう。「歌合戦」で決着をつけるんだ。

なんせ沖縄には 夏川りみがいる。安室奈美恵もいる。沖縄の圧勝、本土の負け。ただしこの戦争、いや歌合戦は負けたチームに豪華賞品があります―――滑走路二本。

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20100523/とんねるずとのモヤモヤとした20年。

まずはワタシの青春をかざった3枚のアルバムのご紹介(あ、また80年代ネタですので、すいません)。

服部(ユニコーン)

靖幸(岡村靖幸)

Three Cheers for our side~海へ行くつもりじゃなかった(フリッパーズ・ギター)

この3枚に共通点があるのです。実はすべて1989年夏、平成最初の夏に発売された作品なのです。

なぜこのようなことを急に言い出すかというと、これらが80年代の最後の土壇場で発売されたことがとても意義深いなぁと感じたからなのです。時はバンドブーム。雑誌「宝島」が推すクソバンド群が妙な人気を獲得し、「ロックシーン」がたいへん盛り上がっていた時期です。

クソバンドときつく言わざるを得なかったのは、どれもこれも音楽的にとてもプアなバンドばかりだからで(ブルーハーツなどは特別)、当時二十歳そこそこのワタシは「あ、俺のギターでもこのバンドなら十分通用するな」と思いながら冷めた目で見ていました。

そんな中、音楽的にめちゃめちゃ高度な、上の3枚のアルバムが発売されたわけです。ちなみにビートルズの『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』やジェファーソン・エアプレインの『Surrealistic Pillow』などが発売された(奇跡の)1967年の夏を『マジックサマー』と呼ぶようですが、ワタシにとっての『マジックサマー』は1989年の夏です。

ちょっと分析的に語れば、CD第一世代。80年代半ばからCDが普及して、過去のアルバムが手軽にいい音で聴けるようになって、それこそビートルズからネオアコからプリンスまで、過去の音楽遺産を一気に浴びて育った世代が演奏する側にまわった時期。日本ロック史における大きな転換点。

とても良くできているわけです。同時に、ワタシとほぼ同世代の連中であり、あ、負けたなと。こんなすごい奴らが出てきたのか、という痛烈な諦めも感じながら聴きました。

80年代が終わり、90年代が始まる。サザンやユーミンや達郎に対してツバを吐き、馬鹿にするのはいいけれど、それだけに終わっていた宝島クソバンドの時代が終わり、音楽的に卓越した「俺たちの世代」のスゴイ奴らの時代が始まった!

「コイツラノオンガクヲキキナガラ、オレハイキテイクゾ」。そう考えて就職活動に向かったスージー鈴木少年でした。

さて、80年代のテレビ界で既成の権力に対し、徹底的にツバを吐き、馬鹿にすることで一世を風靡したのは、とんねるずです。当時ワタシは彼らにはまり、LP(でした)を聴きまくり、番組を熱心に追いかけていました。

ただ、上の3枚のアルバムで、そんな「破壊の80年代」に個人的に終止符をうったスージー鈴木少年は、もうとんねるずを必要としなくなりました。そして某社の就職活動用に「とんねるずの内輪受けギャグの古さについて」というテーマの論文を書いたりして。で、あれから20年。

なぜ未だにとんねるずが生き残っているのかまったく分からないのです。この20年間、彼らの番組をほとんど観ていませんから誤認もあるかも知れませんが、破壊の次に来るべき「建設」をなにひとつ成し遂げていないはずです(なんせ20年、なにかを成し遂げていれば、なんらかのかたちで必ず情報が入ってきたであろう途方もない年月ですから)。

ワタシ的な感性をもった(当時の)若者たちはダウンタウンに向かったはずで、推測するに、それ以外の人々が漫然と『みなさんの~』を観ていたのでしょう。そして、当時ワタシが抱いたとんねるずへの違和感は誰も語ることのないまま、結局とんねるずはシステムの中に温存されました。

はい。以上が長い長いイントロでした。TBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』の中の一コーナー、『シネマハスラー』における宇多丸氏の映画『矢島美容室 THE MOVIE 夢をつかまネバダ』へのコメント(このページの5/15分から聴けます)。素晴らしい。そんな違和感を極めて論理的に、ダイナミックに語りきっています。必聴です。

以上、これでやっとこの長い文章も終わり、そして宇多丸氏の言葉でやっと、とんねるずとのモヤモヤとした20年間も終えることができる、そんな気持ちになったのです。

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20100517/うまいこと言いたいだけやないですか?

いま急に時間が出来たので、無理やりひとネタひねり出してみます。

関西系の芸人がよく言うフレーズに「●●言いたいだけやないですか?」というのがあります。その派生で「うまいこと言いたいだけやないですか?」というのもあって、ワタシはこれが割と好きです。

Twitterでリツイートされてくる、有名人や学者とかのつぶやきにこの「うまいこと言いたいだけやないですか?」と返したくなるのが割とありますね。

普天間基地の問題でいちばん忘れられているのは、沖縄か徳之島かという比較論の前に、そもそも国内に基地が必要なのかという視点である。

いま適当に、それ系の方々がつぶやきそうなコトバを創作してみました。確かになんか「うまいこと」言ってて、リツイートしたくなる感じがする。リツイートした自分もちょっと知的に見えるかも知れないという気も、一瞬する。

でも最近よく見るこのような文章、「うまい」分、「きれい」分、薄っぺらいと思いません?

140文字の限界を隠れ蓑にして、結局何も言っていないのです。「視点」は出しても「結論」は出していない。その分「うまい」からリツイートされるけれど、結局波及するのは「視点」のみ。

もっと個人的で生々しいコトバで埋め尽くされるエキサイティングなメディアに発展する可能性がある Twitterなのに、「うまいこと」と身辺雑記だけのメディアになってしまったらもったいないなぁ。

(私信)先週火曜にお会いした学生の方々へ(もしいれば):あのとき言いたかったことは上記のこととつながります。「うまいこと」よりもまず「あなたのこと」を書きましょう。がんばってください。

あ、ワタシ? ワタシが普天間問題をどう考えるかですか? 行きがかり上答えておけば、国内に基地は要らないと思います。どうしても要るなら東京に移転すればいいと思いますよ。

東京の知的で裕福なインテリがまったく手を汚さず「うまいこと」を言ってお茶を濁している間に、沖縄の人々はどんどん追い詰められていくのです。それは歴史の中でなんども繰り返されてきたことです。

というわけで、機会があればいつか、Twitterをはじめとするさまざまなメディアで「うまいこと言いたいだけやないですか?(でも実はなにも言ってないやないですか?)」と言いたい人々を具体的に挙げてみたいと思います。

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20100516/ビートたけしin探偵!ナイトスクープ。

この激動の世の中において、あまりにもなにげない話ではあるけれども、ビートたけしが『探偵!ナイトスクープ』に出演するという話はとてもいい。

このサイトでなんども『探偵!~』について言及しているが、そのスタンスは不変で、「とてもよくできている、日本のテレビ番組史に残る傑作のひとつである」という最大級の賛辞。

マシンガンズという漫才コンビがいる。カンニングの流れをくむキレ芸漫才。ワタシは彼らを嫌いではない。で、彼らのネタで「東京にいる大阪人」にキレるネタがあって、その中で彼らがいう。

「東京にいる大阪人」が言いそうな発言:「東京人は笑いのセンスがあれへん、せやかて『探偵!ナイトスクープ』のオモロさ、分かれへんやん」

この落とし方に象徴されるように、東京では『探偵!~』=大阪土着系番組という認識が普及しているようだ。大阪人しか分からない、大阪圏に閉じた「ローカル番組」としての認識。

さて、ここ10年ぐらい、東京のテレビ番組で「大阪人の不思議な行動」を取り上げる番組が非常に多い。アニマルプリントのオバハンとか、銃を撃つマネをすれば必ず倒れるとか。

実はこのような大阪人のありようを初めに取り上げたのが『探偵!~』で、これを端緒として「大阪人の不思議な行動」をネタにして笑う番組が全国的に普及した。

そしてその結果、『探偵!~』を楽しみ、異常な視聴率を上げることも「大阪人の不思議な行動」のひとつに位置づけられることとなってしまったという―――分かります?構造はちょっとややこしんだけど、つまり『探偵!~』は自分で自分を枠にハメることになってしまったわけです。

そんな中、今回ビートたけしが登場し、『探偵!~』のファンだと明言し、ひいては調査依頼を送ったことがあり、「ダンカンに代筆させて(依頼を)送ったんだけど、ボツになっちゃった」という経験を語ることには大きな意味があるだろう。

なぜなら『探偵!~』が単なる大阪土着系番組ではなく、ビートたけしが認めるような広く開かれた価値があることが証明されるキッカケになるであろうからだ。

ワタシ的にその「広く開かれた価値」のありようを説明するとすればそれは「愛」なのだが、いずれにしても『探偵!~』の面白さを「大阪土着」というとても表面的な捉え方をしている限りは、本質を捉えていないし、つまりは日本のテレビ界の進展につながらない。

やしきたかじんが番組の中でタバコを吸うのは大阪で閉じている/閉じてほしい事柄。それと『探偵!~』は別の次元にある。『探偵!~』は決して大阪に閉じこめてはいけない。

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20100509/本当のマイケル・ジャクソン。

西寺郷太著『マイケル・ジャクソン』(講談社現代新書)を一気に読了。ミュージシャンが書いたとは思えない、達者な日本語力による客観的で抑制的な見事な文章で、完璧な「通史」となっており、一気に読ませる。

印象に残ったポイントは5つ。

(1)皮膚が白くなっていったのは、整形ではなく「尋常性白斑症」という病気であった。

(2)少年への淫行疑惑については裁判で無罪が証明されている。

まずこの時点で、90年代以降、マスコミが彼について騒いでいたことは単なる「噂」にすぎなかったこととなる。加えて興味深いのは同時代を駆け抜け、人種の壁を越えて世界のポップシーンを席巻したプリンスとの関係である。

(3)彼らの間には「個人的な交流」があり、マイケルはプリンスのペイズリー・パークに足を運んだことがあるらしい(バスケットボールのゲームをしたという)。

なんだかワクワクする話だ。そして、

(4)マイケルが深く関与した《ウィ・アー・ザ・ワールド》のセッションにプリンスが来るはずだったがドタキャンした。その理由は、他のミュージシャンと並ぶことで、155cmというプリンスのとても小さい身長が目立ってしまうからではないか(これは著者の仮説。ただしそれを裏打ちする証言を、ライオネル・リッチーから著者は得ている)。

これも別の意味でワクワクする。プリンスも人間じゃないかと。そして、

(5)マイケルの全作品の中で、「ポップ・ミュージック史上に輝くマスターピース」であり「最高傑作」は《ビリー・ジーン》である。

我が意を得たり!

《スリラー》《今夜はビート・イット》《BAD》の3曲が「マイケルの全作品を代表している度合い」が日本では特に強いのではないか(ビートルズにおいての《イエスタデイ》《レット・イット・ビー》《ヘイ・ジュード》についても同様)。

この3曲に強く方向付けられた印象がこのようなマイケル論になるわけだが、もし《ビリー・ジーン》こそがマイケルだという認識があれば、ちょっと話は違ってくる。

そもそもデコラティブではない、とてもソリッドでデッドな音、淡々としたビートに「♪ラミソラソミレミ」というなんともクールなベースのリフ。暗い地味な歌詞。そして……《スリラー》《今夜はビート・イット》《BAD》より、圧倒的にカッコイイ。

ワタシは当時、ビートルズやツェッペリンを聴くのに必死で、この曲を知ったのは発表から5年後ぐらいにのちに観たビジーフォースペシャルによるカバーでしたが(!)、もしもっと早く《ビリー・ジーン》を体験していたら、ワタシのマイケル人生も変わったかも知れない。

てな感じで、マイケルジャクソンに関する新しい知識の獲得に、そして誤った認識の是正に、とても有用な本です。で、せっかくなんで最後にワタシの仮説を。

(6)《今夜はドント・ストップ》のイントロのストリングスは、岩崎宏美《センチメンタル》のイントロのパクリである。

まさか。

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20100505/twitter「公式アカウント」を叱る(その2)

今年の3月に書こうとして上手く書けなかったことを、1ヶ月寝かして再チャレンジしてみます。

まず、ダルビッシュ有のつぶやきは、とてつもなくすばらしい。

コメントでもちらほら。解説者の方達がダルビッシュは良くないと言っていたと。今の時代良くなくて5試合も連続で2ケタ三振なんて取れないと言いたい 打者の人が良くないと言うならまだしもさ。

そもそも球史に残る投手であるダルビッシュの生の声を聴ける(読める)ということ自体に商品価値があるのですが、それ以上に語っている内容もすばらしい。上のような解説者への批判だけでなく、

革靴のサイズがない。30センチ なかなかないわな

みたいな身辺雑記も、子供っぽい妙な盛り上がりのないとても抑制的な文章で、逆に大いに笑わせる(笑いのセンスがありますね、ダル氏は)。

そう。「子供っぽい妙な盛り上がり」が発生すると、とたんに違和感を感じるのです。たとえば、番組自体はとてもすばらしく、ながらく愛聴している某ラジオプログラムの公式ツイッターから。

打ち合わせ終了! 今日も短縮バージョンの13時50分までです! MPSはじまるまで後20分 ダイさんは大慌てで準備 ADクサッフーはカップラーメン食べていて チーフディレクターさんは外でタバコ吸ってるというスタッフだけダラダラしている気がしますw

こういう情報は要らないし、「子供っぽい妙な盛り上がり」だと思うのです。で、こういうテイストの文体は、中途半端な人気の番組や球団、タレントのつぶやきに多いのです。

おそらくフォロワーの人数が、2桁→3桁→4桁と増えていくに従って、ある種の勘違いが起こるのでしょう。自分が書いているふざけた文体や内輪話が何●人に求められていると。

違うって。ラジオ番組の公式ツイッターをフォローするのは単に曲目が知りたいだけだって。球団のをフォローするのは単に試合経過が知りたいだけだって。逆に「ADがカップラーメン食べて」ることなんて、いっさい知りたくないんだって。

中途半端な人気の番組・球団・タレントは、内輪話でしなだれかかってくる前に、本分であるパフォーマンスに精を出しなさい。番組界・球団界・タレント界のダルビッシュを目指しなさい。そしてそこではじめて「ADがカップラーメンを食べて」いる話をつぶやきなさい。

いや、そのときになれば、そんなことつぶやく気もしないはずだけど。

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20100502/上海万博を語る側への違和感。

音楽における盗作問題には興味があるので、遅ればせながら上海万博のテーマ曲を聴いてみた。あれは明らかに犯罪的盗作ですね。ただしサビの部分は岡本真夜というより、Jackson5《I'll be there》の歌い出しに近いと思いました。

ですが、そんなことより、上海万博における中国人の異常な盛り上がりと、そこに見られる「民度」の低さをあげつらうような日本のマスコミの態度はどうなのか?というところに個人的関心があります。

いつのまに日本は、そんなに冷静で「民度」の高い国民になったのでしょう?

なんでこんなことを言い出すかっていうと、大阪出身の40代のワタシは、たった40年前の大阪で行われた大阪万博のクレイジーな大騒ぎを、うっすらと、でも確実に覚えているからです。

たしかに上海万博のテーマ曲は犯罪的盗作ですが、あれぐらいの(洋楽からの)盗作、当時の日本にもいくらでもありましたよ。それ以前に、大阪万博のときの日本人の盛り上がりもいま見たらそうとう恥ずかしいモノがありますよ。

ただワタシが感じる違和感は「いまの中国と40年前の日本も同じようなものだから、そんなに上から目線になるなよ」というレベルではなく、もっと根が深いものなのです。

「そもそも世界的な派手なイベントを実施して、諸外国から攻められるような盗作とかをせずに、パジャマで外出するのをやめ、電線に服を干すのもやめて、下品にならないようクールに盛り上がる」。それが本当に国民の「民度」を測る基準なのか、という疑念。ここにワタシの違和感の根源があります。

たぶん、それ、違うと思う。すくなくともYESじゃないと思います(この文章の冒頭から民度というコトバに「  」を付けておいたのも、こう思っているからです)。

欧米が勝手に作った世界基準、国際標準(けっ)に合わせられることが「民度」なのではなく、ま、犯罪にならない程度に最低限のルールは合わせるにせよ、「うちの国は電線に服を干す国なのです」と、むしろ独立的な主張をすることこそが民度だと考えるのですが。

そもそも電線に服を干す中国人よりも、ワイドショー、上から目線で中国を嘲笑するコメンテーターどもの後ろにある、異常にケバケバしいセットのほうがよっぽど恥ずかしいって。

そして最新の乾燥機でパリパリに乾燥した服よりも、太陽の光を浴びた服の方がよっぽど文化的だって。おらが街に突然やってきて、そして二度と来ないようなガイジンへの見た目なんて知るもんか。

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20100425/河内ヤンケース、発進!

サイト「野球浴」の中のファンタジーベースボールのコーナーで、ワタシがオーナーとなっている「河内ヤンケース」。ロゴマークやユニフォームも決まり、いよいよ本格稼働!

この編成で「日本海オーシャンズ」「東海スリーリバーズ」「関東プレインズ」と「セクシャルヴァイオレット・リーグ」(略してセ・リーグ)を争います。ご声援よろしくお願いします。

【球団概要】

所在地:大阪府東大阪市
本拠地:タツタ電線ヤンケーススタジアム(通称ヤンスタ。近鉄若江岩田駅前)
球団歌:「河内のオッサンの歌」(ミス花子)
スポンサー:ハウス食品、つんく♂、南河内大学
売店メニュー:回転寿司(東大阪市発祥)
オーナー:スージー鈴木,青田赤道

【ロゴマーク】

「河内のオッサン」をモチーフにした、とっても河内トラディショナル(カワトラ)なデザイン。

【ユニフォーム】

70年代の南海ホークス、近鉄バファローズを受け継ぐ、こちらもカワトラなテイスト。

【メンバー】

府内北部の豊かなエリアの出身者を極力排し、河内地区を中心としたディープサウス、ディープイースト出身者で固めました(選手名/現所属/出身市・区)。

<投手>

ダルビッシュ有/北海道日本ハム/羽曳野市
クルーン/讀賣/(米国)
建山義紀/北海道日本ハム/大東市
前田健太/広島/泉北郡忠岡町
薮田安彦/千葉ロッテ/岸和田市
岩田稔/阪神/守口市
大沼幸二/埼玉西武/東大阪市
川井貴志/東北楽天/大阪市住吉区
桟原将司/阪神/大阪市大正区
鶴直人/阪神/寝屋川市

<捕手>

矢野燿大/阪神/大阪市平野区
田上秀則/福岡ソフトバンク/大阪市住之江区

<内野手>

T-岡田/オリックス/吹田市
中田亮二/中日/八尾市
宮本慎也/東京ヤクルト/吹田市
田中雅彦/千葉ロッテ/富田林市
中村剛也/埼玉西武/大東市
中村紀洋/東北楽天/大阪市淀川区
西岡剛/千葉ロッテ/大東市
大引啓次/オリックス/大阪市住吉区
金泰均/千葉ロッテ/(韓国)
李ボム浩/福岡ソフトバンク/(韓国)

<外野手>

谷佳知/讀賣/東大阪市
金城龍彦/横浜/大阪市東成区
佐伯貴弘/横浜/大阪市東成区
平田良介/中日/大阪市都島区
松坂健太/埼玉西武/大阪市旭区
ムニス/千葉ロッテ/(キューバ)

<監督・コーチ>

福本豊監督/阪急/大阪市生野区
新井宏昌ヘッドコーチ/南海など/大阪市東成区
牛島和彦投手コーチ/中日など/大東市
土井正博打撃コーチ/近鉄など/柏原市

<基本スタメン>

1.西岡剛(6)
2.金城龍彦(9)
3.谷佳知(7)
4.中村剛也(5)
5.T-岡田(3)
6.中村紀洋(D)
7.平田良介(8)
8.田上秀則(2)
9.大引啓次(4)
先発.ダルビッシュ有

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20100418/2010のバイオリン(私信)

この旅この旅の2010年版として、鹿児島・熊本へ。昨夜、熊本市内のアーケード街にある某カラオケボックスでスージー鈴木さんが熱唱したブルーハーツの名曲に託して私信。

2010のバイオリン(鹿児島・熊本編)

※ザ・ブルーハーツ《1000のバイオリン》(作詞:真島昌利)より

桜島ほどの消しゴムひとつ
楽しいことをたくさんしたい
阿蘇山ほどのペンを片手に
おもしろいことをたくさんしたい

夜の扉を開けて行こう
支配者達はイビキをかいてる
何度でも春の匂いを嗅ごう
フェリーで海を渡って来たんだ

夜の金網をくぐり抜け
今しか見ることが出来ないものや
なつかしの友に会いにいく
台無しにした昨日は帳消しだ

桜島ほどの消しゴムひとつ
楽しいことをたくさんしたい
阿蘇山ほどのペンを片手に
おもしろいことをたくさんしたい

揺籠から墓場まで
馬鹿野郎がついて回る
2010のバイオリンが響く
九州新幹線でブッ飛ばす

誰かに金を貸してた気がする
そんなことはもうどうでもいいのだ
思い出は熱い火山灰の上
アイスクリームみたいに溶けてった

桜島ほどの消しゴムひとつ
楽しいことをたくさんしたい
阿蘇山ほどのペンを片手に
おもしろいことをたくさんしたい

(原曲。この歌詞は日本ロック史に輝く名作)

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20100415/ロックンロールとしての井上ひさし。

「日本最古のメジャーセブンス・ポップスはどの曲か?」研究のように、観念的に語られがちな「J-POP」の歴史を具体的に、唯物的に考えたいという気持ちが昔からある。

その流れで「日本最古のロックンロールはどの曲か?」を考えてみる。条件は、日本人が作り、歌詞が日本語で、演奏も日本人の3コード・ロックンロール。

思いつくところでは、これもまたスパイダースの《フリフリ》(1966年)で、それ以前にも加山雄三あたりがつくっているかも知れないが、実は案外この曲もそうとう早いと思う。

アニメ『ひみつのアッコちゃん』エンディングテーマ《すきすきソング》。1969年1月。ボーカル水森亜土。ワタシが生まれて初めて聴いたロックンロール(上の映像のバックのまだら模様には明らかにサイケデリック文化の影響があります)。

で、このイカすロックンロールを誰が作ったか? 実は先頃亡くなった井上ひさし(と山本護久)が作詞、小林亜星作曲という、とても豪華なソングライターチームだったわけです。

アッコちゃん来るかと 団地の外れまで出てみたが
アッコちゃん来もせず 用もないのに納豆売りが
ハ ハ ナットオー

昨日の日経新聞で小沢昭一が書いた井上ひさし追悼の文章、井上作品の基調となっていたのは「終戦の解放感」だという指摘。なるほど!ハッとした。

戦後すぐに生まれた団塊世代に比べて、その10数年ほど前に生まれ、思春期に終戦を迎えた世代、井上ひさし(昭和9年)や小林亜星、くわえて小林信彦(両小林ともに昭和7年)の作品の背景に、昭和20年8月15日の抜けるような青空の存在を確かに感じる。言われてみれば。

憶測するに、これはかなり強烈な体験で、この戦争から解き放たれた感覚と、そしてそこから生まれた反骨精神こそが、井上氏、両小林氏の創作のスタミナになっていた(いる)のであろう。

サブカル=ノンポリになってしまう団塊世代に比べて、井上氏らはもっと本質的にラディカルでタフだと思う。

そんな視点で《すきすきソング》を聴いてみる。オルガンの破天荒なアドリブをバックに展開される、井上氏によるとってもシュールな歌詞(唐突に「納豆売り」!)。この曲が子供向けアニメで流されるというデタラメさ。

終戦から24年後に生まれた、井上ひさしのラディカリズムの端緒。井上ひさし's ロックンロール!

《すきすきソング》の作詞に言及する井上ひさし追悼文などないと思うし、それはそれでいいのだが、ワタシとしては、松本隆や桑田佳祐よりも早かった「ほぼ日本最古のロックンロール作詞家」としての井上氏について書いておくべきだと思い、ここに記しておきたい。

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20100411/2009年度【殿堂】入りネタの発表。

祝!we"a"kly suzie!11周年。ブログのコンセプトを早々と11年前に先取りし、しかしいつのまにか時代に取り残され、未だにHTML手打ちというアナログな作りに成り下がってしまったこのサイト、11周年です。というわけで、過去の665ネタ(!)の中から部門別に「殿堂入り」の文章を選んでみます―――と昨年のコピーペーストで。

というわけで、この1年間に書いたネタの中で【殿堂】入り=自分なりに「名作」「名文」と思うもの=を発表します。自分で書いて自分で褒めるというなんともオメデタイ企画ですが、お許しください。

なお、上の||過去の全ネタ索引||にも【殿堂】マークを入れておきました。ご参考まで。

【音楽部門】

(今期の新【殿堂】入りネタ)
20100220/週刊文春『80年代懐かしの邦楽名盤』批判。
20091017/「一番背の高い日本人」のこと。

(既存の【殿堂】入りネタ)
20081207/沢田研二の相対性理論。
20080526/サザン活動停止?何じゃそりゃ?
20080303/北中正和『Jポップを創ったアルバム』批判。
20061030/ミカ・バンドの再結成が、なぜ不愉快か。
20030804/岡村靖幸への手紙。

【野球部門】

(今期の新【殿堂】入りネタ)
20100206/新球団「松山ポンジュース」構想。
20090829/拝啓、堂林翔太さま。

(既存の【殿堂】入りネタ)
20080601/オリックスは復刻ユニフォームを着るべきではない。
20080412/WBCをボイコットすればいい。
20060614/後藤光尊くん、背番号1を返上したらどうかね?
20051219/仰木彬を殺したのは誰だ。
20040309/問題をウヤムヤにする装置としての長嶋。

【演芸部門】

(今期の新【殿堂】入りネタ)
20100219/Gag of the decade=『欧米か!』
20091003/『キング・オブ・コント』必勝法。

(既存の【殿堂】入りネタ)
20081026/爆笑問題太田とますだおかだ増田との間に。
20071224/パンクからニューウェーブへ~M-1 2007観戦記。
20051127/太田光を殺さないで。
20050110/M-1グランプリ2002のDVDは犯罪的だ。
20030616/なぜ「ネタ」をやらせないんだ?

【その他部門】

(今期の新【殿堂】入りネタ)
20091230/20年ぶりの半蔵門。
20090905/男の子ものがたり。

(既存の【殿堂】入りネタ)
20081123/手紙~拝啓、十五歳の鈴木君へ。
20080114/二十歳のころ。
20060507/サークル・ゲーム。
20050418/アメリカと中国から遠くはなれて。
20020805/えのきどいちろう氏珠玉の名文。

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20100404/音楽二題。

まずはメジャーセブンスの歴史研究の進捗を。現在のところ、フォークル《オーブル街》ではなく、その2ヶ月前、1968年5月に発売された加山雄三の《ある日渚に》が日本最古のようです。

そういえば、Salyuという子の《新しいYES》という曲に感動しました。なんという声の大きさ。ソウル風フェイクがどれだけうまくても地声が小さければダメなのです。この子はそうとう地声が大きそう。少なくともデビュー当時の和田アキ子や、シュガーベイブ時代の山下達郎レベルに。

とここまで書いて、メジャーセブンスががんがん鳴っているある曲のことがあたまに浮かび、確かめてみたら……やはり。1968年3月5日発売のザ・スパイダースのシングル、《あの時君は若かった》のカップリング《もう一度もう一度》(作曲:かまやつひろし)のほうが早い! 日本初の「和製ビーチボーイズ」モノ。

というわけで現在の暫定ランキング(2010年4月4日時点)

1968年3月:ザ・スパイダース《もう一度もう一度》(作曲:かまやつひろし)
1968年5月:加山雄三《ある日渚に》(作曲:弾厚作)
1968年7月:ザ・フォーククルセダース《オーブル街》(作曲:加藤和彦)
1968年12月:ザ・ゴールデンカップス《過ぎ去りし恋》(作曲:エディ藩)

とここまで書いて、またまた追記! 同じく「和製ビーチボーイズ」モノのザ・スパイダース《サマー・ガール》(作曲:かまやつひろし)! 聴いてみたところ、各コーラスに一カ所だけメジャーセブンスが出てきているみたい。なんと1966年7月。記録大幅に更新。

||この音源の1分4秒のあたりはmaj7かと||

というわけで現在の暫定ランキング(2010年4月4日時点)

1966年7月:ザ・スパイダース《サマー・ガール》(作曲:かまやつひろし)
1968年3月:ザ・スパイダース《もう一度もう一度》(作曲:かまやつひろし)
1968年5月:加山雄三《ある日渚に》(作曲:弾厚作)
1968年7月:ザ・フォーククルセダース《オーブル街》(作曲:加藤和彦)
1968年12月:ザ・ゴールデンカップス《過ぎ去りし恋》(作曲:エディ藩)

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