20110327/「ソーシャルメディア自宅闘争」のすすめ。

とにかく、まずはワタシがずっと言いつづけてきた形で球界が結束しつつあるのがたいへんうれしい。4/12の同時開幕、そして来週末に実施される大規模なチャリティゲーム。

できれば、これもワタシが提唱してきたことだが、4/12以降ももし関東・東北地方に電力不安が残るなら、関東の空の下、窮屈な感じで平日デーゲームを決行するよりも、思いきって西日本で試合をすればいい。移動費の問題などもあるのだろうが、とにかく野球に窮屈さや後ろめたさは一切不要だ。

さて、上記の言いぐさ、別に「俺のコトバが球界を動かしたんだ」と自慢したいわけではない。ただ、これまではバラバラだったみんなの想い(対セ・リーグ、対巨人、対ナベツネ)がツイッターという文明の利器を通じて世論としての広がりと厚みを持ち、それが球界を動かしたことはぜったいに間違いない(なぜかこのことは誰も書かない。マスコミはハッシュタグ「#NPB」をチェックしつづけるべきだ)。

ツイッター、ソーシャルメディア。デマがリツイートされて混乱を招くなどいろんな問題も多いと思うが、少なくともこの震災によって、その価値は数段上がった。ツイッターがあってほんとうに良かった。そしてワタシは、2004年の球界再編のときにもツイッターがあれば、もしかしたら結果は変わったのではないかと夢想する。

今回は「ソーシャルメディア自宅闘争」という考えを書く。

「自宅闘争」は一時期、20年ほど前にいとうせいこう氏が使っていたコトバだと記憶する。そのときはピンと来なかったが、ツイッターを目の前にして、突如このコトバにリアリティが備わった。

震災後、とにかくワタシはツイッターにいろいろと書き込みまくった。書き込んだらリプライ、リツイートされる。意見の交換が発生する。これは何気にすごいことで、これまでもこのサイトで地味に書いてきたけれども、その即時性、拡散性の限界より、意見の交換に至るのはかなりレアケース。結局は暗闇に向かって投球するような無力感を感じつづけてきた。

ツイッターはその瞬間に広がる。そして意見が戦わされ、同志がつながり、やがて世論としての広がりと厚みを持ち、ひとつの大きく健全な圧力世論となる。

そう考えると、アホみたいな言い方で恐縮だが、ツイッターは素晴らしい!

ここで「自宅闘争」という観念がいっきにリアルなものとなる。ワタシたち、学生運動世代の息子、孫世代は、デモや署名ではなく、もっと実効的で効率的な方法論として「ソーシャルメディア自宅闘争」を採用する。

この「ソーシャルメディア自宅闘争」運営上の問題点を付記すれば、ひとつは過度に情緒に流されず、具体的にメッセージすることだ。

「一日も早い被災地の復旧をお祈り(Pray)します」とか書いても、あまり意味がない。具体的に何が敵で、それに対してどのような行動を起こすべきかを明確にしないと、広がりを持ち得ない。

同様に一般的な物言いもここではあまり意味がない。「がんばって節電しましょう」などは誰もが言っていることで、別にあえて重ねていう必要もない。むしろ、そのような一般的な物言いを上書きして自己満足して終わってしまうのがいちばん問題だ。

「東日本大震災」とひとくくりせず、「東日本大震災」と「福島原発震災」の二つを区分して考えるべきで、とくに後者「福島原発震災」の不安は今後どういうかたちで決着するのかまったく分からない。

しかし、そんな中、ワタシたちができるもっとも実効的で効率的な方法論は「ソーシャルメディア自宅闘争」だ。「♪プルトニウムの風に吹かれ」(ブルーハーツ)ながら、今後も書き込みつづけていこうと思う。

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20110321/ラジオ日本『ミュージックパワーステーション』終了にあたり。

大好きなラジオ番組、ラジオ日本の 『ミュージックパワーステーション』が今月いっぱいで終了という。たいへん残念だ。

洋邦問わず、新旧問わず(ただ極端な新曲はかけない)。そして(これがかなり大事なのだが)、この番組のDJ、鈴木ダイ氏は、余計な理屈や能書きをほとんど語らず、その上リクエストの葉書やメールをほとんど読まない。要するに「More Music Less Talk」が本格的に実現しているのである。これは日本のラジオ界ではそうとう珍しい。

たとえば山下達郎『サンデーソングブック』(TOKYO FM)もかなり良質な番組だが、やはり達郎氏の知識やご託宣を拝聴するという感じになってしまう(あの番組の場合はそれが魅力である)。逆に大阪のAM局でよくある懐メロリクエスト番組は、リクエストの内容や、パーソナリティ(DJとは言えない)の語りが前面に出すぎる。これらの番組とは異なる独自のあり方を追求しつづけた『ミュージックパワーステーション』。

さて、実はこの番組はワタシとちょっとした因縁がある。このサイトでは野球や音楽、お笑い、テレビ、ラジオなど、自分の趣味の話しかしないという個人的規律があるのだが、今回はちょっとそこを逸脱して「昼間の仕事」の話を書く。まぁ古い話、時効だからいいだろう。

実はwikipediaにあるように、昔大手広告代理店に勤めていたことがあるのだが(笑)、そのとき、10年ほど前に、「マーケティング・プランナー」としてラジオ日本にプレゼンをした。そこでワタシ自身が作り、提案し、採用されたラジオ日本のステーション・スローガンが「オトコのパワーステーション」。込めた想いとしては、巨人戦や競馬、演歌のラジオ局なのだから、女子供は無視して、オトコ、オッサンを元気づける局になりましょう、というもの。

このコトバ、実際に放送の中でジングルとして連呼され、テレビCMも制作、系列の日本テレビで流された。たしか2年ほど使われたはずだ。

で、この「オトコのパワーステーション」というコトバの登場と同時期に、「パワーステーション」というコトバを引用して始まった番組が、『ミュージックパワーステーション』なのである。ちなみに現在も番組の中で「まさに音楽発電所!」というフレーズを鈴木ダイ氏が繰り返しているが、これはワタシのプレゼン、「パワーステーションというコトバには発電所という意味があるんですよ。なんか元気を与える感じがしませんか?」というトークが起源である(可能性が割と高い)。

つまり、平たく言えば、ワタシはこの番組の生みの親、とまでは言わないが、「義理の叔父のいとこ」ぐらいの立場なわけである(笑)。

そんな因縁もあって、開始から8年間、ずっと聴いてきた。さすがにオンエアでは聴けないので、最近はmp3オーディオに録音(アタマの30分間、特集、カウントダウンTOP40の3パート)して iPodで聴いていた。

どうでもいいことだが、アタマの30分間ではちょっとマニアックなつなぎをすることがある。記憶に残っているのは、レア・アース《ゲットレディ》→シブがき隊《100%Soかもね》や、《涙のラナウェイボーイ》(ストレイキャッツ) →《浮気なパレットキャット》(ハウンドドッグ)。ぶっちゃけていえばイントロパクリの指摘なわけだが、このような遊び、たいへんほほえましかっった。こういう事実は誰も書き残さないであろうから、ワタシがここで書いておく。

この番組でたくさんの音楽を知った。途方もない量の音楽を聴いたという自負があったが、奥には奥があることを知った。そして鈴木ダイ氏が叫ぶ「パワーステーション!」「まさに音楽発電所!」というコトバに、当時の自分がラジオに、音楽に込めた熱い想いを確認し、ちょっと大げさに言えば、8年間生きてこれた。

ありがとう。高田文夫も小島慶子もいいけど、やはり鈴木ダイが最高だったよ。

最後になるが、あと7回のオンエアは、必要以上にセンチメンタルにならないのがこの番組らしくっていい。というか、逆に最終回はカラっとへなちょこポップスで盛り上げてほしい。番組タイトルにもなっているルペッツ《シュガーベイビーラブ》とか、アーチーズ《シュガーシュガー》とか。それでこそMPSだ。

※『ミュージックパワーステーション』:ラジオ日本(1422khz)、月~木曜 12:00~15:00

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20110319/西日本チャリティシリーズ(WESTBOUND CHARITY SERIES)構想。

【スポーツ報知3月19日(土)8時0分】文部科学省は18日、日本野球機構(NPB)の加藤良三コミッショナー(69)に対し「東北地方太平洋沖地震に伴う協力のお願い」を通達した。首都圏での照明設備を使ったすべての試合の自粛を要請。NPBはすでに政府の要請に従う方針を打ち出していることから、25日に予定されていた東京ドームでの巨人―横浜、神宮でのヤクルト―阪神の開幕戦中止は確実となった。セ・リーグだけでなく、電力事情によっては、4月12日開幕のパ・リーグも日程の再編成に迫られる可能性が出てきた。

これを書いている時点(3月19日、午前)では、少しずつセ・リーグ開幕延期の動きが出てきており、おそらくこれは実際に延期せざるを得ないだろう。開幕を遅らせても試合数を維持するのであれば、世論に抗ってまで頑なに3/25開幕に固執する理由などないから。冷静に考えれば。

では次の問題は、パ・リーグが発表している4/12開幕も早すぎないか?ということになる。これだけは今後の状況を見ていかないとここでは判断できない。

で、ここでさらに冷静に考えれば、この問題の本質はそんなに複雑ではない。
(1)電力事情より、東北・関東地区でのナイターはやるべきではない。
(2)仙台地区の交通・生活の事情、球場のダメージからKスタ宮城はデーゲームでも実施困難。
(3)このような情況の中でプロ野球、やってる場合か。

(3)はいずれ時が解決する。(2)は当面神戸での代替開催で対応すると聞く(後述するがこの話は悪い面ばかりではないと思う)。問題は(1)だ。この問題がいちばん本質的である。

ここで、この「東北・関東地区でのナイター自粛」というピンチをチャンスに捉えなおす、新しいアイデアを提唱したい。

「西日本チャリティシリーズ」(WESTBOUND CHARITY SERIES="WCS")。

東北楽天、巨人、埼玉西武、東京ヤクルト、千葉ロッテ、横浜。当面(もしかしたら4/12以降も?)ナイター実施が難しい地区のチームが、たとえばゴールデンウィークまで西日本に行く(WESTBOUND)シリーズ。ただシリーズといっても、日本シリーズやCSとは違って、単にペナントレースの東北・関東実施予定試合を西日本に置き換えるだけ。

この機会を、各チームの西日本ファン拡大につなげられないかということを考えてみた。そのためにはサブフランチャイズ的に西日本のどこかに居を定めた方がいい。さらにいえばそれは縁もゆかりもないところではなく、ある程度の関係性があるところの方がいい。さらにさらに言えば、この期間、そこをホームタウンとしてチーム名に名乗ればいい。

以下、具体的に考えてみました。

■東北楽天→「東北楽天ゴールデンイーグルス(追記:以下の球団と異なりここだけは名称変更せず)」(本拠地:ほっともっと神戸):阪神大震災のときのオリックス「がんばろう神戸」の聖地のエールが、いま東北のチームを励ますという歴史的意義。

■巨人→「宮崎ジャイアンツ」(サンマリンスタジアム宮崎):ながくキャンプ地として使ってきた宮崎に公式戦開催で貢献。

■埼玉西武→「福岡ライオンズ」(福岡ヤフードーム):西鉄ライオンズの歴史より。ただ平和台がもうないので、ヤフードームをホークスと併用。北九州市民球場でも実施したい。

■東京ヤクルト→「松山スワローズ」(松山ぼっちゃんスタジアム):秋期キャンプ地として既に使用しているし、古田敦也が2000本安打を達成した地でもある。

■千葉ロッテ→「鹿児島マリーンズ」(鹿児島鴨池球場):ここもながくキャンプ地として使っていた球場。

■横浜→「下関ホエールズ」(下関球場):ホエールズ時代に一時期(1950~1952)本拠地として使っていた球場。その関係で98年には優勝パレードもしている。そのためせっかくだから「ホエールズ」と名乗ってみよう。

いっそのこと「WCS」限定のユニフォームも作って盛り上がるのがいいと思う。一般に言われるように「西日本で節電しても東北・関東には関係ない」のであれば、西日本では派手にガンガンやってくれ。そして一円でも多く入場料収入をあげて、その一部を震災にどんどん寄付してくれればいい。

それにちょっとマニアックな野球ファン心理をいえば、天然芝(ヤフードーム以外)の地方球場で躍動する選手たちの姿を見てみたいと思う。

前項と同じく、これも「たたき台」です。でもそろそろ、情緒的・感傷的なつぶやきではなく、ひたすら具体的・建設的にアイデアを出し合うことが大事な時期。被災地が戦っている。ワタシたちはアイデアを戦わせる。日本は、そういうフェーズに入りました。

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20110316/NPB今季展開案を考える。

【緊急追記】本件、めずらしくかなりの反響(賛同・異論含め)をいただいています。こういうものはあくまで「たたき台」でこれをベースにさらにいい展開案をつめていきたいと思っています(このような議論、往々にして「たたき台」がないから水掛け論になって鎮火してしまいます)。建設的な意見をツイッター(@suziegroove)にくださいませ!

昨日、NPBの方針が発表、セ・リーグは予定通り、パは延期というものでしたが、Twitterなどを見る限り、多くのファンが腑に落ちていない模様。その多くは、節電の視点とパとの足並みの不揃いさの視点から、3/25にセ・リーグが単独開幕することへの疑念のようです。

冷静に考えて、4月いっぱいはペナントレースの開催を見送り、その代わり、東日本大地震に非常に超・大規模なチャリティ募金を提供する期間限定のカップ戦を実施するのはいかがでしょうか。

以下に、ワタシの考えを整理します。こう見えても、技術論しか語れない選手出身の評論家ではなく、wikipediaによれば某大手広告代理店出身のワタシ(笑)、こういう企画を考え、それを書面に書くことは得意なのです。

(1)「オープニングチャリティシリーズ」3/26・3/27

・3/25(金)の開幕は中止。3/26(土)と3/27(日)の2日間で下記を開催。
・「ほっともっと神戸」(旧GS神戸・スカイマーク)からの実施。節電を意識したデーゲーム×屋根無しであることにくわえ、阪神大震災被災地からのメッセージとする。

【3/26(土)】 座席は入れ替え制。全席指定で5000円~1万円程度
- 「てなもんやダービー」阪神vsオリックス(10:30)
 ※ 関西チームの対決=集客狙い
- 「日本シリーズクラシック」中日vs福岡ソフトバンク(14:00)
 ※ 前年リーグ1位の対決=昔の日本シリーズ

【3/27(日)】 入れ替え制。指定席価格同
- 「フォッサマグナ・ダービー」東日本7チーム代表vs西日本5チーム代表(10:30)
- 「がんばろう東北!オールスターゲーム」東北楽天vs他11球団オールスター(14:00)

・このシリーズの収益金は全額チャリティ。収益金向上に向けてスポンサーもつける。
・なお、同日夜、仙台にて「M-1グランドチャンピオンシップ」開催(過去10回のM-1チャンピオンが集結。真のチャンピオンを決める。宮城出身サンドウィッチマンはシード(詳細はコチラ)。

(2)「プレシーズンチャリティカップ(PSCC) in西日本」~4/28

・全12球団のホーム&アウェイ総当たりカップ戦(1チームあたり22ゲーム)。節電観点より西日本の球場を転戦。
・同カップでの勝率1位チームに、そのチームが属するリーグのクライマックスシリーズ3位出場権を付与。なお同チームが下記ペナントレースでリーグ2位以上になった場合はこの「3位出場権」は消滅。
・このカップ戦の収益金は一定額チャリティ。スポンサーもつけたい。本カップ戦の実施に伴い、交流戦は実施せず。

(3)「ペナントレース」~9月末

・従来同様。ただし1チームあたり100ゲーム程度。両リーグの1~2位がクライマックスシリーズ進出。

(4)「クライマックスシリーズ(CS)」~10月末

・両リーグの1~2位が従来の「CSファイナルステージ」方式で対決。
・ただし上記「PSCC」優勝チームがペナントレースで3位以下になった場合は、そのチームが属するリーグで従来の「CSファーストステージ」方式のゲームを実施。勝者が本CSに臨む。

(5)「日本シリーズ」=従来通り

※関係概念図

※以上をまとめた提案書(A4縦 PDF方式)

(この構想発表からいただいたご意見追加 3/16 14時時点)
・「がんばろう東北オールスター戦」は、東北福祉大(和田一浩など)、東北高校(ダルビッシュなど)など、東北ゆかりの選手も東北楽天に加勢するべき。
・ペナントレースの開始は状況を見て考えるべき。復旧状況によってはゴールデンウィーク以降の開幕も検討。
・スポンサーについてはこのような素晴らしい意見を掲げている吉本興業を想定する。例「よしもとプレシーズンチャリティカップ」

正直、一日も早く野球を観たい。でも後ろめたさがあれば野球なんて楽しめない。まずは西日本という安全な場所で野球バカから金を集めて、巨大な募金を東日本へ。それが野球への渇望と後ろめたさ回避を両立する唯一の方法と考えたのです。

さぁ、どうでしょう?日本野球機構、選手会の皆さん(メールします。マジで)。

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20110313/クレジットカードで寄付しよう。

「特定非営利活動法人ジェン」が主宰する東北大震災(東北地方太平洋沖地震)への寄付のサイトをご紹介します。勝間和代(@kazuyo_k)氏が 推薦していた団体で、ワタシ自身はよく知らないのですが、ある程度は信頼できるとみましたので、時間優先でご紹介します。ワタシも寄付してみました。

ただし寄付自体はご自身の責任において実施してください。当方は責任を負いません。

とてもダサイですがアイコンも作ってみました。クリックするとJENのサイトに飛びます。以下のHTMLテキストを使えばご自身のサイト/ブログにも貼ることができる(はず)。

※以下のHTML、コピペしていただき、<(全角)<(半角)に、>(全角)>(半角)に変えてお使いください。

<a href="http://www.jen-npo.org/contribute/form01_1.php" target="jpg"><IMG SRC="http://homepage2.nifty.com/suzie/JEN.jpg" border=0></A>

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20110312/こんなときだからこそ、みんなでなにかを書こう。

自分にできることはなんなのか、みんなそのように考えていると思う。ワタシはいま南河内芸術大学の講義で大阪にいて、対岸の火事的にテレビで惨状を見ながら、あぁ微力だしなにもできないなぁ、と考えていた。

そんな中、サンドウィッチマン伊達みきおのこのブログを読んだ。グっときた。正直にいえば大学のトイレでちょっと泣いた。

文章のチカラはすごい。よし、ワタシもできることをする。書く。微力であることを重々承知で、ここで文章を書く。

ココロがささくれている人、不安でしょうがない人、停電の中、ラジオと携帯を握りしめている人、そして被災地の方々。誰かが読んでいる。その方々に対して、心をこめて書く。一銭にもならないけれど。

そしてワタシはいまここで、「みんなで書こう」ということを書く。

有名な方はもちろん、ワタシレベルの無名な方々も、いやズブの素人でもいい。ネットでなにかを発言できる環境がある人は、書こう。

たんなる励ましや慰めでもいい。ただあまりに情緒的で類型的な「がんばれ」を連ねるのであれば、地震にまったく関係ない話のほうがいいかもしれない。たとえば野球の話、音楽の話、バカ話。ここまでくれば、ちょっと笑いたい、ほっこりしたい気持ちもあるだろう。

ツイッターで、Facebookで、mixiで、ブログで。ただSNS、ソーシャルメディアはライフラインとしての側面があるから自分のブログでのほうが適切だろう。

みんなで書こう。伝え聞くところでは地震そのものだけでなく、その後の精神的不安が大きな「二次被害」となるらしい。不安な方々が励まされるように、元気が出るように、大声で笑えるように。

文章のチカラはすごいぞ。

ワタシが書けることはこのくらいなので、最後に転用で終わる。「情緒的で類型的な『がんばれ』」を越えた「ガンバレ」。無断転載ご容赦。

気が狂いそう やさしい歌が好きで
ああ あなたにも聞かせたい

このまま僕は 汗をかいて生きよう
ああ いつまでもこのままさ

僕はいつでも 歌を歌う時は
マイクロフォンの中から ガンバレって言っている
聞こえてほしい あなたにも
ガンバレ!

人は誰でも くじけそうになるもの
ああ 僕だって今だって

叫ばなければ やり切れない思いを
ああ 大切に捨てないで

人にやさしく してもらえないんだね
僕が言ってやる でっかい声で言ってやる
ガンバレって言ってやる 聞こえるかい
ガンバレ!

やさしさだけじゃ 人は愛せないから
ああ なぐさめてあげられない

期待はずれの 言葉を言う時に
心の中では ガンバレって言っている
聞こえてほしい あなたにも

ガンバレ!

ザ・ブルーハーツ《人にやさしく》(作詞・曲:甲本ヒロト)

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20110311/ねごと《カロン》と加藤和彦。

ねごとの《カロン》という曲が面白い。一見チャットモンチーの影響下にあるように見えて、実はそれ以上に、このサイトの2005年レコード大賞に輝く YUKI《長い夢》 に影響を受けていると思われるのだが(このことを指摘するのはもしかしたら私が初めてかも知れない)。

以下楽譜を見ずに書くので誤認あったらすいませんが、キーはB♭、だけれども歌い出しからはB♭にはぜんぜん落ち着こうとせず、変なギターの弾き方を印象的につかいつつ、IVmai7=E♭maj7や、IIIm7=Dm7あたりをウロウロする。そしてとてもヘンテコで面白いサビに突入。なんとE♭maj7→E♭mmaj7という奇天烈な進行の上でボーカルが「♪君にあえるのー」の「の」で地声のまま上のDの音(つまりメジャーセブンスの音)に行き着く。

長い間いろんなコード進行を見てきたが、これはかなり強烈である。E♭からE♭mや、E♭m→E♭mmaj7は山ほどあるが、E♭maj7→E♭mmaj7はかなり珍しいのではないか。単なるE♭→E♭mではなくそれにmaj7が乗っているため「♪君にあえるのー」の「の」の部分が、普通のE♭mにくらべて、もっと複雑で絶望的な音に感じるのである。

思い出したのは、日本で初めてmaj7を使った曲を作ったと言われる加藤和彦のことだ。今から45年ほど前の京都の街で加藤氏が、ビートルズの《Ask Me Why》や《No Reply》を参考にしておそるおそるmaj7のコードをギターで弾いた瞬間があったはずだ。その瞬間はモノクロだった日本のポップスが、天然色に変わりはじめた瞬間。

フォーククルセダーズの名曲《オーブル街》 からメジャーセブンスの微妙な色彩感ある音がこの国にひろがる。フォークルが後追いのワタシのリアルタイム体験でいえば、フィンガー5《恋のダイアル6700》でブルーノートを知り、南沙織(尾崎亜美)《春の予感》でメジャーセブンスを知り、布施明(ミッキー吉野)の《君は薔薇より美しい》でディムニッシュを知り、南佳孝《スローなブギにしてくれ》でオーギュメントを知った。

日本人の音楽感覚が、モノクロから少しずつ色が加わり、いまや総天然色の音がこの国を埋め尽くし、そして《カロン》に至る。そんな大河のような雄大な歴史の流れは、加藤和彦が京都で投じたとても小さなメジャーセブンスの水滴を源流とする。

加藤さん、あなたがもし生きていたらこの曲を聴いてどのように感じたかを聴きたかった。でもあなたの遺伝子は確実に子供世代、孫世代に受け継がれてますよ。

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20110307/自分をセールスします。

ワタシももう今年45歳。スカしている場合じゃないと思いましたので。

率直に書けば、人生の目標を、雑誌「週刊文春」で書くことと、ラジオ(AMでもFMでもその他でも)で再度自分の番組を持つことに定めようと思っているのです。

これまで、色んな雑誌に寄稿をしてきましたが、さすがに小林信彦、近田春夫、そして故ナンシー関が書いていた「週刊文春」に自分の文章が載ったことはありません。昔、イチャモンはつけましたが。

ラジオも、FMヨコハマの伝説のコーナー「スージー・ア・ゴーゴー」 が終わり、あれから何度かAM、FMに出演しましたが、定常的に出たことはありません。あと、死ぬまでに一冊ぐらい自分の思いや考えをぶちまけた本を出してみたいし、あと、世の中に出る音楽作品の作曲もしてみたい。

文章力、音楽への見識、その他もろもろのセンスは、このサイトにあらわれている通りなかなかのもの(笑)。というわけで、なにか原稿かラジオ、その他のお仕事あればよろしくお願いします。こう見えても案外、早い・うまい・安い、いい仕事しますので。

ご依頼はお気軽にsuziegroove@nifty.comまで。

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20110227/『MUSICMAN』、大傑作!

こういう瞬間のために、けた外れの枚数のLPやCDを買ってきた。その大半はたいした出来ではなく、結局まったく聴かなくなるのがオチなのだが、定常的に聴くことになる作品にも年に数枚の割合で遭遇する。そしてこのような、人生の中で長く連れ添うことになる決定的な作品には…そうだなぁ、5年に一枚ぐらいだろうか、いや、10年に一枚もあるかないか、か。

『MUSICMAN』、大傑作。

本人も言うように、テレビ番組『音楽寅さん』や、『ひとり紅白歌合戦』の経験が大きかったのだと思うが、「歌謡曲」というものを強く意識した経験が生きている気がする。

これまでの作品と比べて(と言ってもこの10年ぐらいはちゃんと聴いていなかったのだが)、「歌謡曲」ぽいと感じるのである。もう少し具体的に言えば、ポップなメロディ、下世話な歌詞、丁寧な演奏、そして歌唱力。くわえてコンパクトにパッケージされた3~4分台の長さの楽曲。

とくに歌唱力に恐れ入る。たとえば《恋の大泥棒》の「♪ダンチョネーーー」のフレーズとか。ぞくっとする。なんて上手いのだろう。30年前に、アルバム『タイニイ・バブルス』、《ふたりだけのパーティ》、「♪あめーのささやきほどー」の音程でフラフラしていたあのころからの差はどうだろう。桑田佳祐、沢田研二、郷ひろみ。40を越えてなお歌が上手くなった珍しい例。

他人の歌をたくさん歌って、まぁ楽しかったはずだ。そしてソングライターとしてよりも「歌手」としての自分の魅力に気づいたのであろう。そしてそれは、我々リスナーにとってとても幸せな判断だったと思う。誤解を怖れずいえば、これは「歌手・桑田佳祐」としてのアルバムだ。

それにしてもサービス精神が過剰な作品である。そもそもサービス精神の塊のような人なのだが(それがストレスになり、腫瘍の発生につながったと個人的には憶測する)、このアルバムのサービス精神はさらにtoo muchである。

上記のような「歌謡曲性」を保ちながら、なんとバラエティにあふれた17曲。これだけのものを作るのは、そうとうなストレスになったはずだ。そうとう爆発的に売れることは確約されたはずだ。猛烈なパブリシティは不要だろう。ゆっくり休んでほしい。

そして、最高傑作はやはり《月光の聖者達》。もうこれは桑田佳祐作品の、いや日本ロック史に残る大傑作だと思う。個人的な「桑田佳祐作品ランキング」では《Melody(メロディ)》についで2位の称号を与えたい。《希望の轍》より上だ。

ビートルズを、遠い国の憧れバンドとしてではなく、日本人の生活と感性の中で消化して歌った日本ではじめての曲ではないか。分かりやすく言えば、イギリス人に堂々と聴かせることができるはじめての、日本人によるビートルズ関連曲。

ビートルズ来日時、加山雄三がスパイダースの「ミッシェル」(歌:井上順)を彼らに聴かせたという話を聞いて「なんてことをしてくれんたんだ!」と怒ったという話を、大昔、雑誌「音楽専科」でしていた桑田氏。この曲なら、イギリス人、いやポール・マッカートニーに聞かせても大丈夫だよ。

ちなみに周りで知らない人が多かったので野暮を承知にいっておけば、「ミスター・ムーンライト」はビートルズ来日公演の中継で、羽田から首都高で向かうビートルズの映像のバックで使われた同名の曲のことを指す→参考「ビートルズが首都高を走ってきたヤァヤァヤァ!」

日本ロック史を代表するバンドを5つ挙げれば、スパイダース、はっぴいえんど、キャロル、サザン、ブルーハーツ。3つに絞れば、はっぴいえんど、キャロル、サザン。1つだと、サザンオールスターズ。

個人では、加藤和彦、大滝詠一、吉田拓郎、矢沢永吉、桑田佳祐。3人では吉田拓郎、矢沢永吉、桑田佳祐。1人に絞れば、桑田佳祐。

いや、かねてからそのように思っていたのだが、今回のこの作品で決定的に確信した。日本は、桑田佳祐の国だ。

『MUSICMAN』、大傑作―――この歳になって、こうぬけぬけと言える、言いたくなるアルバムに出逢った感動。最高だ。ほんとうに最高だ。(桑田佳祐の誕生日を一日過ぎて)

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20110221/ビートルズを大阪弁に訳そう。

ハッシュタグ「#beatles_osaka」が異常に盛り上がっています。きっかけは私がつぶやいたこのネタ。

【ビートルズアルバム邦題】「喜ばしてんか」「ほなご一緒に」「しんどい夜」「大安売り」「殺生だっせ!」「ゴム底」「チャカ」「ペパーはんのヘタレ楽団」「てなもんや珍道中」「まっちろけ」「めちゃケバい潜水艦」「アビー筋」「まんまでええやん」

これがきっかけになって、ビートルズの曲を大阪弁に訳すという「ネタつぶやき」が一部で狂乱的なブームに。

現在のところの全ネタはこちらに→「大阪ビートルズ」。ちなみに個人的に好きなネタを以下にまとめておきます。ぜひみなさんもご参加ください。

Here, There, And Everywhere→「あっちこっち丁稚」

Wait→「ちょっと待ってね~」

NO REPLY→「こんにちは、どなたですか、桑原の和ちゃんです、おはいりください、ありがとう」

Two Of Us→「ハートスランプ二人ぼっち」

Yes,It Is→「せやねん!」

Paperback Writer→「近松門左衛門」

I'LL FOLLOW THE SUN→「わっ、七回でABCの中継終わった…あっ、続きサンテレビでやるわ」

I've just seen a face →「夢路いとし」、I call your name→「喜味こいし」

Her Majesty→「ミヤコ蝶々」、lady madonna→「ミヤコ蝶々」

The End→「ヒサヤ大黒堂」

I Am The Walrus→「誰がカバやねん」

I'm Down→谷町筋、Matchbox→松屋町筋、Rain→御堂筋

Across the universe→「味園」

【メドレー】ASK ME WHY〜TELL ME WHY〜BECAUSE→「なんでやと思う?」「なんでやねん」「いや実はな…」

Mr. MOONLIGHT→「はげ」、THE INNER LIGHT→「づら」

A Hard Day's Night→「週刊おとなの絵本」

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20110214/勝手な聖者達~ミスター・シンドバッド。

BRUTUS誌の桑田佳祐特集がたいへんよろしい。その中の冒頭、川勝正幸氏による桑田氏インタビューのリード文にハっとした。

「桑田佳祐も、タモリもいない日本を、僕らは想像もできないし、したくない」

なるほど。実はここで何度も書いたように、この10年ほどの桑田氏が生み出した音楽に満足したことはなかったし、タモリにも学生のある時期、非常に深くハマったが、最近ではまったく関心がない。

でも、というか、だからこそ、桑田佳祐であり、タモリなのではないか。

その作品、そのありようは多面体。いろんな人、言ってみれば日本国民全員が、自分なりの接地面を見つけている。100点の札を挙げる人はそんなにいないけれど、みんなが自分なりに60点を出している。そしてその結果としての別格的な君臨。

この特集、実はいちばん印象に残る企画は、新アルバムの歌詞を桑田氏本人が直筆で書いているコーナー。三井住友銀行のCMで使われている《月光の聖者達~ミスター・ムーンライト》の歌詞を確かめた。ビートルズへの想いを切々と語っていることを確かめた。

ちょっと感化された。この曲の歌詞をベースに、桑田氏への想いを語ってみる。ひさびさに80点以上の札をあげようとしているワタシの今の桑田氏への想い。

勝手な聖者達~ミスター・シンドバッド

夜更けのライブハウス 客席は異様なムードで
"勝手な聖者達の歌"が 番組を盛り上げる

知らずにすめば良かった 聴かずにおけば良かった
"さらば、背を向け茅ヶ崎!"って 胸が張り裂けた

ひとりぼっちの狭いベッドで 夜毎 涙に濡れたのは
古いラジオからの 切ない"Ya Yaの歌"

今はこうして大人同士に なって失くした夢もある
時代(とき)は移ろう この日本(くに)も
変わったよ 知らぬ間に

二度とあの日の僕には 戻れはしないけど
瞳(め)を閉じりゃ煌めく季節に
みんなが微笑(わら)ってる

ひとりぼっちの狭いベッドで 夜毎 涙に濡れたのは
海の近くの球場(アリーナ)
巨大(おおき)な陽が燃え尽きるのを見た

現在(いま)がどんなにやるせなくても
明日(あす)は今日より素晴らしい

月はいざよう秋の空
勝手な聖者達(ミスター・シンドバッド)
Come again, please
もう一度 抱きしめたい

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20110213/もっともっと簡単にギターを弾く方法。

この南河内芸術大学で講義の合間にサイト更新すると比較的評判が良いみたいで、昨年芸大で書いた このネタも、昨日のネタも、めずらしく多くの反応がありました。

でもそのコメントを見ていると、Fで挫折した人が予想以上に多いみたいですね。本当にもったいないことです。しかしそう考えると、昨日の原稿は「ある程度は弾ける人」向けで、完全に挫折して最近はギターをぜんぜん触っていないという人には不親切な原稿かと。

分かりました。そのような完全ビギナー向けに、1時間で弾けるようになるメソッドを教えましょう。これがギターの「鈴木メソッド」。

少しだけ能書きです。ワタシの昨夜のツイートより。

蛇足で言えば、とにかくFはこう押さえろという理不尽さと、ピアノのバイエルの存在は近い。つまらぬメロディを楽譜通り弾けだと?あれをやるヒマがあればピアノでコードをガンガン叩けるほうがどれだけ楽しいか。「Fをきちんと押さえろ」「バイエルを完璧に弾け」・・・なんと音楽的でないことか。

というのは、ピアノとギターはとても珍しい「和音が弾ける楽器」。だから弾き語りができる。音楽の最強の快感は和音。ラジオから流れる曲に合わせて適当に和音で合わせる快感。逆にピアノがうまくて音大に行けても楽譜がないと何も弾けない。どっちが豊かな音楽人生と言えるでしょうか?

とにかく、どんな形でもいいので和音を奏でるのです。そこにはハーモニーそのもの快感や、流れる歌に合わせられる快感が発生します。それこそがギター生活のスタート。まずはスタートラインに立つことを優先しましょう。

そこまでいけばしめたもので、1は2になり4になり。Fで挫折していると0のまま。0にはなにをかけても0。

というわけで、「1」というスタートラインに楽ちんに立つ方法を教えます。

(1)いきなり、ギターの5~6弦を取っちゃいます。こんなものは当面不要です。いや本当は必要だけれど、このせいでスタートラインに立てないなら、勇気を持って取りましょう。

(2)残る4弦を精魂込めてチューニングします。ここだけは狂っていると洒落になりません。最近は安くて正確なチューナーがありますのでご活用を。

(3)そして、自分の好きな曲のコードを確かめます。歌詞の横にコード(CとかAmとか)が添えられているテキストを探しましょう。いわゆる「歌本」でもいいし、最近ではネットでも検索できます。

(4)そのコードについて、コードネームについている数字や「maj」などの記号はすべて無視。小文字の「m」(マイナー)が入っていればすべてマイナー、入ってなければすべてメジャーとして認識します。単純化することでスタートラインに近づくのです。

・例1)C, Cmaj7, C7, C9, ConG, Caug →C(シー・メジャー)
・例2)Cm, Cmmaj7, Cm7, Cm9, CmonG, Cdim →Cm(シー・マイナー)

(5)その上で下記のコードフォーム一覧表(click!)を見て弾く。この場合たとえば、AからDmに行くときにちょと左手の動きが激しくなりますが、そこは我慢我慢。左手の使い方は、人差し指、中指、薬指の3本使ってもいいし、初心者の方なら人差し指の上に中指を乗せて寝かせて3弦とも押さえてもいい。

ほら、弾けたでしょう?音楽的クオリティは別として、とにかく1曲弾けるでしょう?快感でしょう?ご参考にしてください。

え?好きな曲がコードチェンジが多すぎて、弾くのが大変?しょうがないですね。ではコードチェンジのないワンコードの曲をご紹介します。ビルボード1位。相手に不足はないでしょう?手元に楽器がないのでキーが取れないのですが、探ってみてください。

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20110212/もっと簡単にギターを弾く方法。

昨日のR-1ぐらんぷりでAMEMIYAのギター、BmやF#mのコードを押さえることに苦労しているのを見て、ここ大阪にて、かねてからいいたかったことを書く決意をしました。

セーハなんてする必要なし!

セーハというのは、例の人差し指で6弦ともすべて押さえるコードフォームのことで代表的なのはこの「F」。「Fが押さえられなくてギターをやめた」という方が多いですが、本当にもったいない。人差し指で6弦ともすべて押さえる必要なんて、ほとんどないのですから。

上のFのフォームをよく見てください。まず、3~5弦は人差し指の1フレットよりも右側を別の指で押さえているので、げんみつに言えば、人差し指で押さえなければいけないのは1フレットの中でも1、2、6弦だけなのです。まずこれを知るだけでも「6弦ともすべて押さえなければ」と思うより、そうとう力の抑揚をつけられると思います。

じゃあ、その1、2、6弦の中で、6弦は絶対に弾かなければならないものなのか。ここでちょっと右手の話に移ります。コードを右手でストロークするときに6本の弦をすべて均等に弾くのは案外難しいことで、だいたいの場合は、状況に応じて上の方か下の方かどちらかにウェイトを置いて弾いているはずです(そもそも平たく6本の弦を弾くよりも、そのようにウェイトを置いた方が音楽的に豊かな場合が多いでしょう)。

ならいっそのこと、もっとも低くて、つまり音的にはいちばん地味な6弦を無視して、その変わりに1~5弦をきちんと弾けばいいという考えがでできます。つまりはこの簡易版Fのフォーム。ほとんどの場合はこれで十分。

そしてこのフォームをそのまま右にずらしていけば、このようなAのフォームが作れます。5弦の開放を入れベースを聞かせたうえで、1弦が5フレット(五線譜の上のA)まで行っているという、音の構成としてとても幅の広いワイルドな響き。ワタシは好きです。

おなじくB♭もこれでいいのではないでしょうか。一般的には1弦の1フレットを優先して、5~6弦を×にする方法のほうがよく紹介されていますが、ルートのB♭(5弦1フレット)を強調したほうが和音として安定すると思うのでこちらを基本線にすればいいと思います。

ちなみに上のAと同じく、開放弦をうまくいかせば、鬼門のE♭もこのようなフォームで弾くことができます。これ、ワタシが高校時代に発見したものなのですが、使っている人も多いかもしれませんね。

ま、以上はあくまで例なのですが、杓子定規に「人差し指で6弦ともすべて押さえなければ」と思いつめて、挫折して、ギターの楽しみから遠ざかってしまうのはあまりにもったいない。

ピアノもそうですがギターも、そもそもは手がバカでかいヨーロッパ人が考えた楽器なのですから、手が小さい日本人はちょっと工夫をしないと楽しみにくい楽器です。でも上のように、ちゃんと考えてみれば、押さえる必要のない弦やフレットはたくさんあります(教則本の類も、いきなり「6弦すべて押さえろ」ではなく、このように合理主義的に段取りを踏んで教えてほしいものです)。

楽して、楽しみましょう。手は小さく、指の細さと握力は女子なみ、そしていまだにセーハができないのに30年間ギターを楽しんできたワタシがいうのですから信じてみてください。

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20110211/佐久間一行の知性について。

ただいま大阪にいます。天王寺のホテルで「R-1ぐらんぷり」を鑑賞。でもその話の前に、大阪毎日放送平日18:15~のニュース「VOICE」という番組のキャスター、高井美紀、松川浩子が上品でよかった。東京の民放もちょっと落ち着いてほしいと思う。個人的備忘録として。

佐久間一行の優勝は素晴らしかった。もしかしたらR-1史上最高のパフォーマンスだったかも知れない。その読後感は「知的だなぁ」というもの。

「知的」という言葉はこれまた曖昧で危険な言葉なので話を継ぎ足します。「知的だなぁ」という印象がもっとも強かったのは2ネタめ。あの現地人(?)の「あるあるネタ」パロディ。

「知的」というのは知識×センスだと思います。知識=状況をよく知っていること。今回で言えばR-1という場を熟知していて、この舞台の基本軸が「あるあるネタ」であるということを認識する能力。

そして、その基本軸を一気に古くさせて、舞台の主導権を自分がゲットするべく「現地人あるある」というネタを思いつくセンス。

これまでの経験的に「異常に優れた音楽家は異常な量の音楽を聴いている」と思います。これはある意味当たりまえで、聴きこむ中で自分を取り巻く状況の本質が分かって、その結果、その次の流れを読み当て、そして創ることができるわけですから。

とにかく佐久間一行がR-1という場で「あるあるネタ」パロディを選択したことに感動を覚えます。これまでここで「知的」という言葉を濫用してきましたが、ワタシがいう「知的」とは、このような意味です。

AMEMIYAもよかったけど、残念、ギターが下手。バレーコードは6弦全部ちゃんと押さえること、そしてチューニングはきちんとすること。そういうことって案外大事で、そして知的なこと、なのです。

参考(昨年作品):20100228/R-1のルールをこう変えればいい。

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20110206/批評になっていないものまねは貧乏くさい。

言いたいことは、最近人気らしいものまねの青木隆治が苦手だということなのですが、この件、よく考えてみれば、いろいろ複雑な背景があるなぁと思い出してきたので、ちょっと説明してみたいと思います。

まず第一に「ものまねというジャンルはお笑いか、そうじゃないのか」という問題です。80年代に「ものまね四天王」を生んだフジテレビのものまね番組が、のちに(たしか)森口博子らの「感動路線」にシフトしてきたことを、ナンシー関が痛烈に批判したことがありました。

同様に、青木隆治のものまねが「感動的である」「とくに美空ひばりのものまねは泣ける」という触れ込みで説明される段階ですでに違和感があります。

つまり、ものまねはまずお笑いであるべきだと思うのです。というか、感動したいのなら本物を見ればいい。美空ひばりに感動したければ美空ひばりの映像を買うべきだと。

とはいえ、本当に完璧に似ていれば、そこに感動性や芸術性が発生するでしょう。でもワタシが見る限り、青木隆治のものまねは、そこまで至っていない。そんなに似ていない。

だとしたら、なぜ彼がこんなにモテはやされるかというと、単に歌唱力があるからでしょう。つまり、ものまねとは名ばかりで、単に上手い歌が聴きたいという需要に応えているという構造。

以下、原則論。ものまねとは、お笑いである。お笑いとは、批評である。

この「批評」という言葉が危険な、馬鹿が濫用しやすい言葉なので意味を「開いて」おけば、完璧に似せることではなく(そんなことはそもそも無理)、「あの声をワタシはこのように捉えます、と解釈・誇張すること」がものまねのエンターテイメント性だと思うのです。

たとえば、昔ではタモリ、そして清水ミチコを経て、最近の松村邦洋はこのような「批評ものまね」の骨頂です。

「木村拓哉は、このように口先でしゃべると捉えます」
「福山雅治は、このように語尾を伸ばすと捉えます」
「巨人のオビスポは、たぶんこんな風に話すんじゃないかなぁ」

松村氏のものまねは、すべて、独自の解釈がある。もっと言えば、独自のプレゼンテーションになっている。

だから、松村氏のほうが青木隆治に比べて、批評的だと思うし、知的だと思うし、豊かなエンターテイメントなはず。逆に青木隆治は正直、貧乏くさいと思います。

なぜ、こんなことを改めて書くのかというと、それは、このシーンをリアルタイムで見た世代としての使命感と責任感です。

「ワタシは、春日八郎の顔を、このように捉えます」―――あのときの衝撃たるや!

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20110130/吉川晃司《モダンタイム》の放り出される感じについて。

吉川晃司がファン投票で選曲したベスト盤を出すというニュースを見た。さっそく自分でもフェイバリットソングを選んでみる。こういう作業は楽しい。

1位:《せつなさを殺せない》
2位:《すべてはこの夜に》
3位:《You Gotta Chance~ダンスで夏を抱きしめて~》
4位:《プリティ・デイト》
5位:《ラ・ヴィアンローズ》

90年代最高の楽曲のひとつといっていい1位は別格的としても、それ以外の4曲のクオリティも素晴らしい。80年代のあの時代―――バブルとは決して言わないし、言えない―――「あの空気」が詰まっている。「You Gotta Chance」に「ダンスで夏を抱きしめて」をつけると、その感じは際立つ。

しかし、順位付けできない、ある特別な位置に置かれている曲があり、マイ吉川メモリーを語るときにそれは外せない―――1986年3月発売の《モダンタイム》。

1986年春の大事件といえば、岡田有希子の自殺である。そして、クズよりも軽い事件は、大学入学のため、ワタシが東京に出てきたこと。

京都の大学に落ちて東京へ。入試にまつわるさまざまな瑣末事は忘れてしまったが、京都の入試前日、書店で景山民夫の『極楽TV』という本を見つけて興奮したことと、東京の大学の合格発表、早朝の品川駅で《My Revolution》が流れてきたことはよく覚えている。

あと覚えていることは、4月の段階、まだテレビすらなかった部屋に、大阪から持ち込んだラジカセ、夕刻の文化放送から流れてきた《モダンタイム》!

この曲、シングルでいえばはじめて吉川自身の作曲。そのことが影響しているのか、アレンジの後藤次利の仕業なのかは不明だが、イントロから歌メロにいくときに妙な転調をする。

専門的に言えば「F#m→C」なのだが、そんなことより、歌メロ「♪ポケットにー」がはじまるときに、身体が真空地帯に放り出されたような妙な感じを受けるはずだ(イントロが14小節という半端な譜割りも影響していると思う→上記映像では0分51秒のあたり)。

その感じは、大阪から、京都から放り出され、広い関東平野の一室で、吉川晃司を聴くことになってしまった自分自身そのものだった。

たしか当時、大学の正門から渋谷駅に向かう都バス、高田馬場から、フジテレビがあった牛込、そして原宿を経由して渋谷へ、というルートをたどるバスがあり、それに乗り込んだ。

フジテレビ周辺ではおニャン子の追っかけがいて、原宿ではセーラーズを着飾った女の子がいて、そんな風景を見たときも、ワタシは「放り出された」感覚でいた。

その後、F#mできっちり固められた渡辺プロ的価値観から、自由なCメジャーへの脱出をはかった吉川晃司、同様にF#mな大阪から、Cメジャーな東京に放り出され、こちらでの生活のほうが長くなってしまったワタシ。比べるのもおこがましいが、それぞれ現実と格闘して、いまに至る。

繰り返すが、吉川晃司といえば《せつなさを殺せない》だと思う。しかしそんな作品主義とはねじれの位置にあるマイ吉川メモリーの中で《モダンタイム》はさんぜんと輝く。

放り出されてから、もう25年だ。

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20110123/山下達郎の新曲が食い足りない件。

山下達郎の新曲《愛してるって言えなくたって》(TBSドラマ『冬のサクラ』主題歌)がよくなかった。山下達郎としては中域のあたりの音程を機械的に小刻みに行き来するのですが、なんというか音楽的なエクスタシーがないのです。

達郎氏は大好き、どころか最も影響を受けた日本人音楽家のひとりですし、長いキャリアを持つ人なので、たった一曲で彼自身を一刀両断する気はさらさらないのですが。

達郎氏は、根本的なところで市井の人々を捉えそこねている気がするのですよ。

《愛してるって~》の曲調は、アルバム『ARTISAN』の《Endless Game》あたりからつづく、マイナーコードの達郎ソングの流れ。この一連の作品が全体的によくない。

別に、達郎氏はメジャー(セブンス)コードであるべし、なんて了見の狭いことは言わない。いや、ちょっと思っているけど、さすがに声高には言いません。

こんな話があります。達郎氏の奥様、竹内まりやが「テレサ・テンの全曲集を買い、三木たかしの作曲法を研究し」て《シングル・アゲイン》を作ったらしい(当時の新聞記事より)。

《シングル・アゲイン》、悪い曲ではないですが、でも三木たかしの域には至っていない。テレサ・テン、特に《時の流れに身をまかせ》などは歴史に残る傑作と思うので、比べるのも竹内氏には気の毒なのですが。

じゃ、その「三木たかしの域」とは何かというと、もっとベタでシンプルで、それゆえ歌うことでエクスタシーを満喫できるメロディではないでしょうか。たとえば《時の流れに身をまかせ》の、「♪だからおねがいーそばにおいてねー」の史上最強のマイナー半音下降進行(クリシェ)。

《シングル・アゲイン》はともかく、《愛してるって言えなくたって》に足りないのはそのあたりで、もっと単純に言えば「パンチ」。世間を下世話に賑やかす「パンチ」が足りない。

そりゃ達郎氏一流の完全主義的な歌唱を聴きたいとも思いますが、それ以上に、達郎氏本人が言ったように「No Excuse」……言い訳抜きで世の中にエクスタシーを与えるメロディ、カラオケで歌われる頻度で圧勝するようなメロディを聴きたいのです。歌いたいのです。

以上、実はそんなにこの場を借りて強烈に言いたい話ではなかったのですが、あえて書きました。もう完全に出来上がってしまった達郎神話を「裸じゃないか!」と指摘するような酔狂な人がかなり少ないであろうと思い、ちょっとした使命感を感じましたので。

でもね、本当はワタシのようなアマチュアではなく、プロ中のプロである近田春夫氏がこういう話を「週刊文春」で書かなければいけないとも思うのですよ。ここ数年の近田氏の文章は、テクニカルな話が多くって音楽批評的な視点ではちょっと食い足りないかと。

あーあ、また敵が増えるかなぁ。すいません、ぼやきジジィで。

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20110116/センター試験はほんとうに必要なのか?

そもそもセンター試験って、誰の何のためにあるのだろう?

昔よく言われたのは、マークシートを使った「暗記型」「非人間的」なテストによって、国家や企業の言いなりになる秀才くんを選抜するという話だっだが、よく考えたら、「暗記型」の人間がほんとうに国家のいいなりになるのかは疑わしいし、それ以上にこのご時世において、そんな人材を企業の側が欲しがるとも思えない。

さらに言えば、大学の側から考えてみても、そんな学生で埋め尽くされるのは嫌だろうと思うのだが。

では別の視点で、大学の側の「入試アウトソーシング」としての機能があるのだろうか。要するに、実施が面倒な入試の外部委託先としてセンター試験があるという考え方。

ワタシ自身も学生にレポートを出して、それを採点するということをしているからちょっとだけ分かるのだが、出題の作成、採点という行いはかなり面倒くさい。これが入試という、よりオフィシャルなものだと、桁外れに面倒でかつ多額の出費が必要なはず。だからセンター試験に委託しちゃおうという意識があるのだろうか。

でもそれだったら、多くの学部でセンター試験にくわえて一般入試を実施する理由に説明がつかない。どのような形式であれ一般入試を実施するのなら、結局、実施の面倒さや出費はそんなに変わらないわけで、ということはこの「入試アウトソーシング」としての効果もそんなにハッキリとしたものではないはずだ。

と、こう考えると、センター試験が誰の何のためにあるのか、センター試験の存在意義がまったく分からないのである。こんなに続いているということは、誰かが確かに得をしていて、その既得権益を継続する力学が働いているはずなのだが(なにかご存じの方がいらっしゃれば、誰か教えてください)。

もう、やめたほうがいいんじゃないか。セキュリティの面も含めて、この寒い時期に日本全国で、55万人(!)にまったく同一の形式のテストを行うのはたいへんだろう。

さてここで、今年の「現代社会」の一問目を読んでいただきたい→||pdf形式||

プリンセス・プリンセス《Diamonds》の話から入るラジオ番組のパーソナリティのトーク形式で、あえてくだけた感じを装っている感じの出題。一部ではこのような出題を好意的に受け止める論調があるらしいが、ワタシはあまり清潔には思えない。むしろ出題者の「ドヤ顔」が目に浮かぶような違和感を感じる。

その上、その「ドヤ顔」本文が、各設問とほとんど関係なく、要するに本文を読まなくても答えられるような体裁になっている。要するに設問としてのクオリティが低いような気がするのだ。

原則論でいえば、大学入試の出題は、その大学から学生へのプレゼンテーションだと思う。「こういう出題をする我が大学は、こういう出題に応えられる学生を求めているのだ」という。だから労力と費用をかけるべきだと思うし、それを億劫になる大学に未来はないと思う。

仮にセンター試験が、日本の最高の知性をかきあつめたクオリティの出題であればまだいいのだが、この出題を見るかぎり―――この事業、「仕分け」たほうがいいのではないか。

ワタシは、センター試験の前身、共通一次試験を二度受けた。たしか二回目、1986年の回、「国語」の出題で、伝えたい内容がまったく分からない、めちゃくちゃ複雑な構造の文を読まされて、その文の構造を樹形図で図示している選択肢の中から「正しいもの」を選ぶという問題をやらされた。

ちょって待って、伝えたい内容がまったく分からない、めちゃくちゃ複雑な構造の文なんて、アカデミズムには無関係の、学生が読む必要のない文章なんだよ。あのときの不愉快さは、一生忘れないですよ。ワタシは。

繰り返すが、センター試験って、誰の何のためにあるのだろう?

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20110115/横浜ベイスターズ活性化戦略。

最新号の雑誌『野球小僧』がとても面白い。タイトルは「プロ野球 10強2弱時代」。

「2弱」は言うまでもなく、広島と横浜なわけですが、とくに横浜について、何人かの識者が辛辣に意見を述べているのがとても爽快です。

ではワタシも、ということで、3年前に個人的に考えた「横ベイスターズ構想」の企画書をご紹介します。特にオーダーがあったわけではなく、個人的な仮説をいっきに書き上げたもので、幾人かの野球関係者に見てもらいましたが、結局は黙殺されたものです。

論じているのは、本格的な球団事業計画というよりも、観客動員向上に向けてトラッドでファンキーな「横濱」イメージを活用するべきだという、マーケティング戦略、ブランド戦略の企画です。

下記に掲示しておきますので、いろんな方に広く読んでいただき、ご意見をいただければと思います。もちろん、横浜球団の関係者になんらかのアイデアを刺激する契機になればたいへんうれしく思います。

||「横濱ベイスターズ」構想・企画書(2008年作品)||

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20110108/憂歌団の聴き方について~年頭挨拶にかえて。

今年もよろしくおねがいします。さて、新年早々YouTubeをうろうろして巡りあった憂歌団「ラストライブ」における《おそうじオバチャン》の映像。

こういう言い方はめったにしませんので、まずは信じてみてください。「だまされたと思って6分間、観てみてください」。

「なんじゃこれは!」―――もう腰を抜かすほどびっくりして、そして興奮しました。

よく聴くと、形式こそそうなのですが、アメリカ黒人の「ブルーズ」とはまったく異なるとてもオリジナルな音楽です。とくに内田勘太郎のギターの華やかさ。こんなギターを弾くギタリストは世界中どこを探しても見つからないのではないでしょうか。

日本のポップスの中の一定の割合のものは、洋楽の影響を直接的に受けすぎていて、たとえば近くにアメリカ人がいるとして、彼らに聴かせるのが恥ずかしいと感じるものだと思います。

でも、憂歌団は胸を張って聴かせることができる。なぜならばそれはとてもオリジナルだから。ベタなレトリックでいえば、ブルースと言うよりも、これはもう「憂歌団」というジャンルだから。

こういう音楽を演奏したい。いや、こういう音楽を演奏するような感じで、考えたり、書いたり、話したり。つまり、ほかの誰にも言えないオリジナルな意見をこのサイトで示しつづけることができれば。

40代も半ばにさしかかり、すこし焦っています。ワタシは憂歌団になれるのでしょうか。がんばってみましょう。2011年もよろしくです。

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