20110625/もっともっと簡単にピアノを弾く方法。

いつか書いて比較的好評だった「もっともっと簡単にギターを弾く方法」の続編で、今回は3「もっともっと簡単にピアノを弾く方法」を書いてみます。

今回も弾き語りをすることをまずは目標にします。細かな音符を追って流麗なメロディを弾くのであれば地道にバイエルからやってみてくだい。ギターも含めて「鈴木メソッド」の目標は、まずはとにかくコードが弾けるようになって、いろんなポップスを弾き語れるようになることです。

はじめはちょっと理屈を覚えましょう。ちょっと面倒ですが、ここさえ覚えれば、後はスムーズにいけますので。以下の鍵盤の音名は暗記して下さい。

ではコードを覚えます。まずは「Cメジャー」です。表記は《C》。これはまず上で覚えたC(いちばん左の鍵盤)に加えて、上に4つ半音を乗せたEの鍵盤と、その上に3つ半音を乗せたGの鍵盤をいっしょに弾くのです(つまりCメジャーとはド・ミ・ソの和音です)。

このようにメジャーコードとは、その名前になっている鍵盤(CメジャーならCの鍵盤)の上に半音を「4つ」→「3つ」の順で乗せていくのです。たとえば《F》(Fメジャー)、《G》(Gメジャー)はこうなります。

逆に、半音を「3つ」→「4つ」の順で乗せていくのがマイナーコードなのです。たとえば《Em》(Eマイナー)《Am》(Aマイナー)はこうです。

言いたいことはこれだけです。これでメジャーとマイナー、すべてのコードを弾けるはずです。後は自分で押さえ方を確かめてみましょう。《D》《F#》《B♭》《Fm》《A♭m》《Dm》。

実は歌本などを見るともう少しややこしい表記のコードがあるのですが、それはまた後日。まずはすべてのコードをメジャーかマイナーに無理矢理してしまいましょう。

・例1)C, Cmaj7, C7, C9, ConG, Caug →C(シー・メジャー)
・例2)Cm, Cmmaj7, Cm7, Cm9, CmonG, Cdim →Cm(シー・マイナー)

さて、では弾いてみましょう。上で挙げた《C》→《G》→《Am》→《F》はビートルズ《Let It Be》の歌い出しのコード進行です。

《C》When I find myself in
《G》 times of trouble
《Am》 Mother Mary
《F》 comes to me
《C》 Speaking words of
《G》 wisdom, let it
《F》 be
《C》

ちょっとだけ余談をしておけば、実はややこしく見える和音も本質的には4つしかありません。半音を「4つ」→「3つ」のメジャー、「3つ」→「4つ」のマイナーに加えて、「4つ」→「4つ」のオーグメント、「3つ」→「3つ」のディムニッシュ。以下をご覧下さい。

はい、以上です。ギターもそうですが、ピアノも簡単なのです。げんみつにいえば、まったく努力をしなくても、ある程度は弾けるようになる、そしてそのためにはちょっとだけ理屈が必要ということです。

この「ちょっと理屈っぽいけど、すぐに弾き語りができる鈴木メソッド」、どこかの出版社の方、書籍にしませんか? レッスンDVDに顔出し出演もOKですよ(笑)。

 ||リンク用URL||

20110618/1980年の早口ラジオ。

ひさびさにラジオに出ます。6月21日(火)18時~21時30分、文化放送「槙嶋範彦セットアップ」。テーマは交流戦だそうです。もしかしたらワタシの野球ソングもかかるかも知れません(実質的な放送事故です)。関東地区の方はラジコもありますので是非聴いてみて下さい。

さて、ラジオといえば、先日都内某所でラジオについて語る機会がありました。こちらのテーマは「人生にたいせつなことはすべてラジオが教えてくれた」というもので、これまでワタシがラジオをいかに愛してきたかを切々と語るという内容です。

・ヤンタンバッグ、キーホルダー、ステッカーをすべて手中におさめた「天才ハガキ職人」小学生時代
・ビートたけし「オールナイトニッポン」、速射砲のようなしゃべりの衝撃
・渋谷陽一「サウンドストリート」で学んだ「ポップとは何か」
・「三宅裕司のヤングパラダイス」における、しゃべり方の重要性
・そして今、小島慶子を中心としたTBSラジオの先進性について

オーディエンスには若い人が多かったので、少し丁寧に論を進めた方がいいかと思い、上記の流れに関連する映像をYouTubeで見せました。ビートたけしについては、これを。

冒頭の「3つの地獄」の話は、ビートたけしのネタの中でも最高水準と思いますが、それはともかく、とにもかくにもこのしゃべり、速い!

これまで、「情報化社会はどんどん進行していく」→「ということは一気に大量の情報が流れてくることに人々は慣れてくる」→「そして人々のしゃべりもどんどん速くなる」と漠然と考えていました。

違いますね。この映像(1980年「THE MANZAI」)を見る限り、すくなくともお笑いに関しては、当時のほうが今よりもぜんぜん速い。たしか島田紳助、西川のりおもそうとう速かったはず。

そういえば、桑田佳祐が《勝手にシンドバット》でデビューし「早口ボーカル」と言われたのがこの2年前。佐野元春《アンジェリーナ》はまさに80年。

どうも1980年あたりに「早口の時代」のピークがありそうです。でこりゃ何なんだ?と。

ひとつには時代の勢い、今のような停滞・衰退の時代ではなく、80年あたりはまだ成長カーブを描いていた時代だった、ということはある程度作用していると思います。ただこの話はちょっと安易というか、AERAあたりに出てくるセンスのない経済学者がいいそうな話。

もっと大事なこととして視聴者における若者の含有率の多さ、さらに言えば彼の視聴態度(視聴質)の良さ=「若者がじっとテレビを観ていた時代」だったことがあると思います。

ポパイを読んだサーファーカットの若者が、テレビをじっと見つめていた。ビートたけしや桑田佳祐がまくしたてる速射砲のような日本語を一生懸命解読しようとする若者がたくさんいた。

若者は新しいトークスタイルへの受容性も持ち合わせているし、このころはテレビ(やラジオ)が最新で最高のメディアだったから注目率も今と全然違います。

さいきん人気の池上彰。あれは、そもそも若者の絶対数が少なくなり、シニア層が増え、かつイキのいい情報はすべてネットのほうにあって、要するに「テレビがちゃんと観られていない時代」のヒーローです。だから「ながら視聴」している人々にも分かりやすくという発想が出てくるのです。

とにかく「早口の時代」は終わりました。ラジオに話を戻すと、ビートたけしなどの早口パーソナリティの時代は終わり、シニアに向けた新しいトークスタイルが求められていくでしょう。

でも自分を形成したのは、早口でまくたてるラジオだ。なんだか分からないけど無性にエネルギッシュなラジオだ―――ということを改めて認識した次第です。

ただ火曜のラジオ出演は時代に合わせて、できるかぎりゆっくりしゃべってみようと思います。

 ||リンク用URL||

20110605/夏の甲子園に「節電タイム」を。

全国高校野球選手権大会を主催する朝日新聞社と日本高校野球連盟は18日、今夏の第93回大会臨時運営委員会を開き、決勝を午前9時半開始とすることなどを盛り込んだ節電対策と東日本大震災の被災地支援策を発表した。決勝の午前開始は大会史上初めて。

決勝は近年、午後1時開始だった。電力消費のピークを迎える昼過ぎに試合を行うことを避ける目的で、従来午前11時開始で1日2試合行う準々決勝と準決勝も、午前8時開始に変更。また、開会式(午前9時開始)がある初日を除き、1回戦から3回戦までは、夜間試合を回避するため、同じく午前8時開始とする(asahi.com 2011年5月18日)

なるほど。今回の原発問題に対して、果たして関西で節電をする必要があるのか、いや、そもそも関東でも節電の必要があるのかへの疑問がありますが(原発の部分を差し引いた総発電量を総使用量が超えたことはない)、それはひとまず措くとして。

分かりました。節電しましょう。ただし節電よりもワタシがいいたいことは、殺人的猛暑の関西で、昼間の試合をするということの理不尽さです。

夏の甲子園、決勝戦のスコアは、昨年が13-1、去年が10-9、一昨年が17-0。このスコアは野球そのものが健康的な状況で行われていないことを示しています。というわけで、節電だけではなく、猛暑から球児たちの体調を守る意味でも昼間に試合をしないという判断が正しいのです。

ワタシのプランはこれです。春の甲子園の平均試合時間が1時間58分だったらしいので1試合2時間前提で組んでみました。

上記記事には、実は論理の矛盾があります。「電力消費のピークを迎える昼過ぎに試合を行う」ことが大前提なのに、「1回戦から3回戦までは、夜間試合を回避するため、同じく午前8時開始とする」のフレーズは、その消費のピークである昼間は試合をするけれども夜間はしないということを意味していいます。つまり昼間と夜間、どちらを優先するかがチグハグな、よく分からない考え方になっています。

このように「朝日新聞社と日本高校野球連盟」の考えることには矛盾がありますので、ワタシが「昼間も夜間も両方試合をしない」という徹底した考え方を呈示します。

問題は(1)朝7時30開始が早すぎる、(2)1日3試合が限度なので開催期間が延びる、の二点。(1)は一種のサマータイムということで我慢してもらうとして、(2)に関して、昨年は4試合の日が8日ありました。それを3試合制にすると3日ほど日程が延びます。ただこれも3日程度であれば、上記、球児たちの体調を守る意味でもいいのではないでしょうか。

そして、ワタシのプランにおける最大の提案は、決勝戦をナイターでやろうというものです。

前日午前の準決勝から少しでも時間を空けることに加え、「電力消費のピーク」は「昼過ぎ」であるのなら、夜間はまだ許されるだろうし、そして何よりも、高校野球最高峰の試合をゴールデンタイムに設定して、少しでも多くの人々に見てもらいたいという想いがあります。

仕事帰りの野球ファンも動員して超満員の甲子園、キラキラしたカクテル光線の中、高校野球最高峰の試合が行われる。そしてNHKと朝日系列で完全生中継。勝負は緊迫した投手戦!

昨年ちょっと調べたら、夏の甲子園の運営はかなり保守的な体制の下でやられているようですので、実現の可能性はいちじるしく低そうですが、ここでご提案しておきます。ぜひ機会あればご検討いただければと思います。

 ||リンク用URL||

20110529/三宅裕司のおそるべき一貫性について。

渡辺プロ~アミューズラインの話がまだまだ続きます。

さて、伊東四朗との舞台のPRの関係もあるのか、最近三宅裕司のメディア露出が多く、いろいろと思いだすことがあった。

先週のTBSラジオ「キラ☆キラ」に三宅裕司が出演、三宅のファンだったというメインパーソナリティ小島慶子(そしてワタシは最近彼女のファンになっているのだが)が興奮していたのにとても好感が持てた。

青春時代、三宅の『ヤングパラダイス』を愛聴していたとのことで、初めて三宅に会ったときに泣いたという話もある(小島慶子『ラジオの魂』 より)。

あと、NHKの『あさイチ』に三宅が登場し、家族のエピソードを語っていたのも面白かった。

さて、ちょっと昔話。手元に(偶然)あった月刊『宝島』(1986年12月号)、特集「お笑いラジカル最前線」。ラジカル・ガジベリビンバ・システムの項。

三人乗り救命ボートに斉木しげるときたろうが乗っている。
大竹まことと中村ゆうじが溺れながら波間を漂って来る(中略)。
大竹「三宅裕司でーす」
斉木「うーん!問答無用!」と鉄砲で大竹を射殺する。
大竹「ぎゃっ私は下ネタ言わない喜劇の王様なのに~っ」(後略)。

1983年、高校2年のときに聴いたYMO『サーヴィス』。曲的には《以心電信》以外全く覚えていない。しかし曲間に挟まれる、三宅率いるS.E.T. (Super Eccentric Theater)のコントが、それはもう面白かった。

そして、サブカルチャーのニオイをぷんぷんさせていたスネークマンショーよりもS.E.T.のほうが面白いという自覚した瞬間、自分の生き方が少し定まった気がした。

そして1986年に東京に出てきて、小島慶子と同じく『ヤングパラダイス』の最盛期をよく聴き、中古盤屋でS.E.T.のアルバム『THE ART OF NIPPONOMICS』を買い。

そのオーソドックスなテイストがマニアックな研究意欲をそそらないこともあり、大滝詠一やいとうせいこうとは異なり、三宅裕司に対しては単なる一ファンとして過ごしてきた。

ただし、「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」なんて、いまやこの名前も恥ずかしいぐらいに風化してしまった「サブカルチャー」が揶揄した三宅裕司は、超然として「喜劇」を続け、そして本当に「喜劇の王様」になった。

そして今でもラジオに出演しつづけ、神業ともいえる葉書(メール)の読み方を披露しつづけている(余談だが、三宅の葉書読みテクニックは日本一だと思う。どんなつまらないネタでも面白い方向に変換させる)。

新しい、先進的、とんがっている、ラディカル。そんなものを粋がっている連中は、ど真ん中を突き進む人間にツバを吐く。でも、ツバを吐いた連中はすぐに息切れしてどこかにいなくなってしまう。

時代の寵児として持ち上げられて、ツバを吐き逃げしたスネークマンショーやラジカル・ガジベリなんとかに比べて、三宅裕司の一貫性、なんとかっこいいこと。

実はライブや演劇などは体質的に苦手なのだが、もしまだチケットがあるのであれば、今回に限って三宅の舞台を観てみたいと思う。

三人乗り救命ボートに三宅裕司と小倉久寛が乗っている。
大竹まことと中村ゆうじが溺れながら波間を漂って来る。
大竹「ラジカル・ガジベリビンバ・システムでーす」
三宅「あなた誰ですか?」と超然と無視して進んでいく。
大竹「ぎゃっ私は三宅にツバを吐いた時代の寵児だったのにぃー」。

 ||リンク用URL||

20110522/渡辺プロが登りつめた、とてつもなく大きな山脈。

キャンディーズ、田中好子の死を契機にして、渡辺プロダクション関連の本を一気に読んだ。すべて面白かった。

渡辺プロといえば、一時期隆盛を極め、その後凋落したというイメージだが、これらの本を読んでいると、その凋落は、渡辺プロの時代の読み違えによるものではなく、むしろある歴史的必然性によるものだという気がしてきた。

テレビ局(レコード会社)→大手芸能プロダクション→タレント・アーチスト。この流れで富が移行していく大きな歴史的流れ。

具体的に言えば、昔はテレビ局が番組を作り、レコード会社がレコードを作っていた。そんな中、プロダクションがテレビ番組やレコード原盤を制作、それによって自社タレントを売り出し、そのタレントの「原盤権」で稼ぐ手口を考えた男がいた。

渡辺晋。これこそが渡辺晋による20世紀日本芸能界最大の発明。

だが、その方法論が成熟すれば、たとえば渡辺プロを支えてきた沢田研二が自分の思うがままに自分をマネージメントしたいと思いはじめる。そして個人事務所を立ち上げ、いまや沢田研二はインディーズでCDを発表することとなる。

ナンシー関が書いていたこと。「1975年の紅白歌合戦のビデオを観たら、ほぼ全曲歌えた」。

日本のエンタテインメントが、ひとつの大きな山脈だった時代。日本国民誰もが憧れていた「ザ・芸能界山脈」。美空ひばり、石原裕次郎、加山雄三、沢田研二、キャンディーズ、ピンクレディー、山口百恵……

それがだんだん小さな山、丘に分断・分散されていき、いまや日本のエンタテインメント界は小さな雑木林が数千個ならんでいるような状況だ。AKBと嵐ぐらいがやっと山の体裁をなしている。

そしてワタシは、この山脈から雑木林への分散化を健康的な進化だと思っている。そもそも紅白歌合戦が50%を超える視聴率をとっていた状況のほうを異常だと思っている。

さらにいえば、ドリカムや浜崎あゆみ、宇多田ヒカルのアルバムがバカ売れしたとき、その関係者が自分たちが「山脈」だと勘違いしたふしがあって、それが非常に不愉快だった。歴史は必然性をもって流れていく。勘違いなんて、ひどくみっともない。

ただし。渡辺晋、ザ・ワイルド・ワンズ、ザ・タイガース、そしてキャンディーズが、一億人を相手にした異常な緊張感のパフォーマンスによって「ザ・芸能界山脈」を登りつめていった過程をこれからも愛していくだろう。

ほんとうに申し訳ないのだが、年齢的に、もう見知らぬ雑木林に分け入っていく元気はないのだ。

 ||リンク用URL||

20110519/「あゝ素晴らしき二十世紀」

リバプールの教会でジョン・レノンとポール・マッカートニーが出逢っている

公園で草野球をやっている王貞治に荒川博が話しかけている

大滝詠一と細野晴臣がバッファロー・スプリングフィールドについて語り明かしている

雑誌のバンド募集記事を見た北山修が加藤和彦の家に向かっている

野村克也が江夏豊にいっしょに革命を起こそうと口説いている

沢田研二が歌っているのを内田裕也がじっと見つめている

桑田佳祐がサークルの合宿で知り合った原由子のピアノに聞き惚れている

松本人志が浜田雅功と放送室のマイクに向かっている

甲本ヒロトと真島昌利が下北沢の商店街を颯爽と歩いている

山下洋輔が飲んだくれている宴会場にタモリが忍び込もうとしている

漫才やってみないかと横山やすしが西川きよしを舞台袖で誘っている

ミック・ジャガーとキース・リチャードが駅で黒人音楽の話をしている

矢沢永吉がジョニー大倉に向かって熱っぽく人生を説いている

長嶋茂雄が杉浦忠とグラウンドでキャッチボールをしている

堺正章と井上順がジャズ喫茶で披露するMCの練習をしている

ジミー・ペイジがロバート・プラントにさぁ金を稼ごうぜと握手している


出逢いは織り重なり積みかさなり あゝ素晴らしき二十世紀

二十一世紀はいま最悪の地平の上

でもいまエネルギーとプライドになるのは 二十世紀の輝かしい出逢いの数々

出逢いは 織りかさなり積みかさなり あゝ素晴らしき二十世紀

出逢いは 織りかさなり積みかさなり あゝ素晴らしき二十世紀

そして 素晴らしき二十一世紀に向けて―――

 ||リンク用URL||

20110516/球宴を東北へ。

できれば下記ツイートボタンで拡散お願いします。

 ||リンク用URL||

20110508/高護氏の押し相撲について~「歌謡曲」(岩波新書)読書感想文。

もうちょっと異常な筆圧なのです。「面白い!」という感動よりも「恐れ入りました」という屈服感のほうが強い感じです。高護氏の著作「歌謡曲」(岩波新書)。

本の構成はきわめてシンプルで、昭和の歌謡曲の歴史を彩った曲を1曲ずつ取り上げ、その構成やスケール、コード進行、歌詞の内容などを丹念に分析するというけれんみのないもの。安易に時代論、昭和史論になっていないところが、とっても素晴らしいのです。

ちあきなおみ《喝采》の項:Aパートが11小節でB(サビ)が9小節という型破りな構成である。この不定形な構造こそが「喝采」の独創性であり、小説的な楽曲を成立させた最大の要因となったと考えられる。

この国には、たとえばビートルズの一曲一曲に関してジョージ・ハリスンがどのギターを使ったか、などの執拗な研究をしている人は何人もいますが、「歌謡曲」という実体がつかみにくい難敵に関して、このように実証的に、体系的にアプローチした例は皆無でしょう。

面白かった!GWの暇つぶしを超えて、今後なんども風呂の中で読みふける本になりそうです。

高護氏といえば、ワタシが大学時代に、穴が開くまで、というより、事実綴じている部分がほつれるぐらいまで読みふけった本の編者だったりします―――「定本はっぴいえんど」(白夜書房)。

この「定本」も、余計なコンテンツは皆無、はっぴいえんどや関係者へのインタビューのみを通じて、ぐいぐいと押し相撲のようにはっぴいえんどという難敵に迫っていく、けれんみのない方法論。

このサイトで何度か「80年代後半といえばすぐにバブル時代、と決めつける風潮」に異を唱えています。その理由としては、世の中自体、もっと多面的なものだったということもありますが、それ以上に「バブル」という言葉の響きと、DCブランドにもディスコにも目もくれずこの本を読みつづけていた自分の体験とのギャップがあります。

大滝、細野、松本、鈴木が、初めてセッションをした。そのとき、鈴木が《12月の雨の日》のあのイントロを弾いた。その瞬間をただただ想像しつづけていただけの大学時代。80年代後半の日々。

あれから20数年経って、もう一度高護氏の本と出逢って分かったこと。読み手を本当の意味で感化させるためには、中途半端に情緒的な言葉でごまかすのではなく、実証的、体系的、けれんみのない、ぐいぐいと、押し相撲で行かねばならないということ。

うーむ。ちょっとヘコたれる……けれども、それはGW明け前夜のペシミスティックな気分だと思うことにしましょうか。

※なお2011年2月の第1刷発行のものを読みましたが、和音や旋律の部分に若干の誤表記があります。この本はワタシのような偏執狂がギターで和音や旋律を確かめながら読む可能性がありますので、早めの修正が必要かと思います。あと、階名表記はやはり「固定ド」ではなく「移動ド」がよかったかと思いますが、どうでしょう?高護さん。

 ||リンク用URL||

20110502/キャンディーズから観る日本ロック史。

まずは、キャンディーズ初期のシングル、《危い土曜日》(1974年、詞:安井かずみ、曲:森田公一)のこの演奏を聴いてみてください。

この演奏、この映像のど迫力はどうでしょう。田中好子の早すぎる最期から約一週間、告白すればワタシはこの映像を毎日観ていました。

これは解散寸前(1978年)のNHK「ひるのプレゼント」での映像。そのため解散という頂点に向けて歌・踊り・演奏ともある高みに達していたころのようで、事実、「日本キャンディーズ協会」代表の石黒謙吾さんのツイートでも「ファイナル直前の特番で歌と演奏が完成度高い」とのご指摘をいただきました。

それにしても素晴らしい演奏です。そして、いくつか奇妙なポイントが指摘できるのです。

まずひとつは、そもそも論として、アイドル歌手のくせに(とあえて書きます)ロックバンドをバックにしているということです。当時のアイドルだったら普通フルバンドでしょう。

たとえば沢田研二はロックバンド、「井上堯之バンド」をバックにしていましたが、女性アイドルでバックにロックバンド、それも後述する異様に目立つホーン(金管楽器)付きというのは空前絶後だと思います。

次に、おそろしくノリノリの演奏であること。原曲も当時にしては黒っぽい派手なアレンジ(竜崎孝路)ですが、この演奏はそれに輪をかけてテンポも速く異常にノリノリ。キャンディーズの3人も相当乗せられて踊っている感じです。

そしてバンドのレイアウト。普通バンドというものはギターが主役で、ホーンなどは添え物、左右どちらかの後ろで邪魔にならないように、というのが定石ですが、ここではホーン3人(トランペット×2、サックス×1)が後ろの真ん中でどーんと立っていて、ギターやベースは前にいるけど目立たないという不思議な配置になっています。

1978年当時のホーンセクションの意味を考えれば、それはたとえばEW&Fであり、タワー・オブ・パワーであり、シカゴであり、《黒い炎》のチェイスであり。要するに単なるロックンロールではない、もっとファンキーでジャジーな大人の音を意味します。

つまり、この映像から読み取れるものは「キャンディーズはガキ向けの"商品"じゃないんだぞ、大人でも聴くに値する"作品"なんだぞ」という強烈なメッセージだと思います。そして小学生相手のピンクレディーとは異なり、大学生リスナーを惹き付け、引き連れ、解散への高みに登りつめていったのでしょう。

さてこの年の夏に起きた、日本ロック史最大の事件。サザンオールスターズ《勝手にシンドバッド》でデビュー(6月)。《勝手・・・》のホーンセクションがこの映像のホーンの3人、「ホーン・スペクトラム」。そしてサザンを世に送り出したのが、キャンディーズ解散の仕掛け人でもあったアミューズ社長、ご存じ大里洋吉。

さぁどうでしょう。この音源に耳を澄ますと《勝手にシンドバッド》が聞こえてくるのです。この映像に目を凝らすと日本ロック史最大の革命が見えてくるのです。

そう考えるとキャンディーズ解散までの一連のプロジェクトは、サザンオールスターズの成功に向けた、大里氏のテストマーケティング期間だったのではないでしょうか。そしてこの期間のリサーチがあったからこそ、この演奏に輪をかけて賑やかしい《勝手・・・》のサンバビートによる鮮烈なデビューがあったと思えてくるのです。

また、キャンディーズの解散で尻に火がついた渡辺プロがその切り札である沢田研二のロック指向を認め、そして沢田を通して、佐野元春、伊藤銀次、大沢誉志幸などの新しい才能が生まれていったのも、この演奏の間接的な結果なのかも知れません。

「歴史は現在と過去の対話である」(E.H.カー)

 ||リンク用URL||

20110424/祝!九州!

気のおけない仲間との年に一度の旅、今回は小倉→下関でした。お疲れさまでした。

さて、ネット上ですでに話題となっていて、私も先週ネットで観たのですが、今回の旅の途中、門司港駅という格別なシチュエーションで観て感動を新たにしたのが、このCM。

ワタシは、東京以外の地域(地方)の人々が、自らの町に誇りをもっているさまを観るのが好きです。今回の旅の最後はマツダスタジアムでしたが、広島というチーム、広島という町に誇りをもっている多くのファンの姿を観て泣きそうになりました、いや、実際に泣きました。

大震災の影響で、今後いろんな変化が訪れるでしょう。そのひとつに東京一極集中への見直しという機運も含まれると思います。電力不安の後、東京がどれほど脆弱な都市に見えたか。限界的に緻密なダイヤ、その電車に乗りこむおびただしい数のサラリーマン、窓すら開かない超高層オフィスビル、エレベータが止まったらひとたまりもなかったオール電化のタワーマンション。

こんな街、狂ってる。こんな街、ヤバすぎる、とみんな思ったのではないでしょうか。

でも、大丈夫です。日本には、鹿児島が、熊本が、博多が、小倉が、下関が―――あります。東京みたいにいびつに肥大化していない、もっとタフで健全な町がたくさんあります。そこに人と金とシステムをゆるやかに移転していけばいいのですよ。

(「週刊ベースボール」2011年1月掲載の拙稿より)

21世紀、ふたつめの10年が始まる。日本プロ野球にとって次の10年のテーマは「地域密着」だと思うのだが、この「地域密着」という言葉、球界再編問題以降、お題目のように繰りかえし唱えられながらも、実態がどうにもはっきりしない。チームのマスコットが本拠地近辺の幼稚園を訪問すれば「地域密着」なのか、と。

私の考えを言えば、「地域密着」とは、「ホームタウン市民に密着すること」であり、さらにいえば「ホームタウン市民が持つ、その地域へのプライドを尊重し、昂揚させること」だと思う。北海道民プライド、宮城県民プライド……福岡県民プライドの尊重と昂揚。

(中略)さて、ヤンキースタジアムの『ニューヨーク・ニューヨーク』の例を出すまでもなく、地域プライドの昂揚に向けては、その地域から生まれた音楽が強力な旗頭になる。この曲は、名古屋出身のnobodyknows+が歌う「チア・ドラゴンズ」公式テーマソング。昨年のナゴヤドーム開催の日本シリーズでも、本人たちが歌い好評を博していた。

こうでなくっちゃ、いけない。12球団は、観客動員数よりも、地域住民がその球団に感じるプライドの総量で勝負することだ。それが観客動員につながる。絶対に。

え?でも移転って大変だろうですって? いえいえ、新幹線で一本ですよ。

 ||リンク用URL||

20110416/「停・原発」運動のすすめ。

大学生時代、実家に住んでいる先輩の家に行く。その家は国際交流に熱心な家で、その日行ったら白人のおばさんがいた。当時タバコを吸いはじめていたワタシがそのおばさんに吸ってもいいかと聞いたら、彼女、毅然と「I Hate Smoke!」(それもゆっくりと噛んでふくめるような発音)。あのときの何ともいえない嫌な感じを覚えている。

逆に最近、爆笑問題の太田光がタバコ問題の文庫本に登場し、専門家相手に、喫煙擁護論をとうとうと語るのを読んだときの嫌な感じ。

ワタシ自身は、長く喫煙してきたけど最近は禁煙している。ただ喫煙中においても、低脳な喫煙者が言いがちな「俺は俺の責任で吸ってるんだ、文句は言わせねぇ」みたいなことを言ったことはないし(副流煙出しているのだから)、タバコなんて百害あって一利なしと思っていた。

だから、本質的に知的な太田光が喫煙を擁護するのを見聞きしたときの残念さったらない。ただ、白人の教条主義的な嫌煙主義、健康志向にも強烈な違和感を感じたのも確かだ(それは、日本の政府との癒着でアメリカのタバコ会社が日本に一気に浸透した頃だったから)。

極端なのである。白人と太田光の間にもっと冷静で現実的な議論があるべきだろう。まぁ、タバコが「百害あって一利なし」であることはほぼ全面的に証明されているのだが、その害は瞬時に現れず、ゆっくりと時間をかけて身体をむしばむ「ゆるい」種類のものなので、害はないと思いこもう(狂信しよう)とする層がいるから面倒なのだろう。

さて、最近話題の「ゆっくりと時間をかけて身体をむしばむ」「ゆるい」害、といえば原発問題である。これもタバコ同様「反(脱)原発」と「原発推進」がつばぜりあいをしている。

放射能を浴びたら即死、ならもっと議論は明快なのだが、「ただちに健康に影響を及ぼすレベルではない」(ただ数年後に甲状腺ガンになるかも知れません・・・)だから、「反(脱)原発」派はその不安から必要以上に直情的になりがちだし、「原発推進」派はそれを知識で押さえ込もうとする。

ここでワタシは「停・原発」運動を推奨したい。

ワタシ自身の考えを言えば、充分な知識がない中で言わせてもらえば「反(脱)原発」のスタンスである。というか、いまこれだけのトラブルが発生しているのだ。そこに問題がないとは言わせないよ。

ただ、もし今後の電力消費量が原子力に頼らざるを得ないレベルになるのであれば、やみくもに「反(脱)原発」を唱えるのも乱暴だろう(いろいろ調べてみると、総電力から原子力のシェア26%を引いた残りの74%を、使用電力が超えたことはないようだが=「女性セブン」4.28号=その問題はひとまずここでは措いておく)。

でも、現在はあきらかに有事なのである。再度大きな地震(余震)が来る確率は充分にある。こんな有事の状態の中で、イチかゼロかの極端な議論をしている暇はないと思うのだ。とりあえず、ひとまず、いま、国内すべての原発を停めてみるべきではないのか。

それで真夏に向けてじっくりと議論をし、それも今みたいに「反(脱)原発」と「原発推進」が勝手にバラバラと発言しあうのではなく、ちゃんとした公開討論をすればいい。とにかく今は「反」か「推進」ではなくまず「停」だ。

その上で廃炉にしていくのか、やはり動かすのか、動かすならどういう工夫をするのかをちゃんと結論づける。これが当たり前のことだと思うのだ。命に関わる問題だ。このような行いを面倒くさがることはない。

節電はつづける。エスカレータが止まっていても、地下鉄の駅が暗くてもなんとかなる。夏場はスーツをやめて開襟シャツと短パンをフォーマルとしよう。積極的に窓を開けよう。それぐらいはする。

ただそんな草の根的な努力をしても、再度強い余震が来て浜岡原発が福島と同じようになれば・・・何の意味もない。「停・原発」。まずは停めてみよう。そしてその上でじっくり考えようじゃないか。

||リンク用URL||

20110412/千葉幕張にも、東北仙台にも、あけましておめでとう。

20110406/最近読んだ本(寸評なし)

||リンク用URL||

20110405/「2011年の桜」

新曲発表。下の「野球浴」ロゴをクリック。

2011年の桜

作詞・作曲:スージー鈴木

花吹雪 高い空
ぼくらはまた出会う
長い冬 乗り越えて
ここへやってきた

灯りが消えた街角で
想いをこめて
遠い夢 東北の地に
届きますように

桜が咲きみだれてる
僕らはいま歩きだす
桜の風に吹かれて
野球の国へ
いま 春は来たりぬ

春の夢 夏のときめき
秋のよろこび
冬を耐え 待ちつづけてた
季節の中へ

季節の中へ!

桜が空にひろがり
怪しい風も蹴散らす
桜に誘われるまま
野球の国へ
いま 春は来たりぬ

桜が咲きみだれてる
僕らはいま歩きだす
桜の風に吹かれて
野球の国へ
いま 春は来たりぬ
いま 春は来たりぬ

||リンク用URL||

20110403/日本野球史に永遠に残るスピーチ。

NPBから基となる原稿が与えられたらしいが、これは嶋が自分でゼロから文章を考えたらしい。日本のプロ野球選手がやっと自立的で豊かなコトバを持ちはじめた。そうなるとスポーツが文化になる。

4月2日、3日に行われた「12球団チャリティーマッチ」。サッカーのそれに比べて準備や宣伝も不十分で、動員も今ひとつという結果であったが、この嶋基宏によるあまりに高潔なスピーチによって、この取り組みは、野球史に永遠に残るものとなった。

||リンク用URL||



suziegroove@nifty.com

Copyright © 2011 Suzie Suzuki & Attackammo office