20110925/続・キングオブコント必勝法。

ある程度年も取ってきたので、同じ話を何度も引用し、同じ話を何度でも書きます。

これまで読んだであろう数千冊の本の中でもっとも好きな言葉のひとつをまた懲りずに引用。少年時代の高田文夫が、コント55号をはじめて観たときの感想。

「だって、いきなりカメラのフレームの外からダーッと走ってきて、パっと飛び蹴りして、そのままダーッといなくなったり(中略)、ああ、画面の向こうではすごいことが起きてる。 世の中は大変なことが起きているって思いましたよ」(高田文夫『笑うふたり―語る名人、聞く達人』

結論から言えば、ここで書いた話は2年経ってもまだ通用すると思ったのです。「キングオブコントに勝ちたければ、体技コントだ」。

上のリンク、2年前に書いた内容は、「地下の小劇場の狭い舞台で熟成された、動きが小さく言葉で笑わせるコントがキングオブコントの主流。だとしたらコント55号のような『体技の笑い』で一気に突き抜けることができるのではないか」ということ。

ただ、全盛期のコント55号の映像が見事に残っていないわけです。勘違いしがちなのは日本テレビ『コント55号のなんでそうなるの?』の映像ですが、あれは70年代中盤の放映で、60年代後半、彼らの全盛期から少しズレがあります。

また55号に並ぶ「体技コント」として紹介したかったアゴ&キンゾーのコント映像も検索してみましたが、ないのですねぇ。ということは上の主張がはなはだわかりにくいものだったのかもしれません。

ワタシの中では、ブレイクしたころの長い手足を躍動させていたとんねるず、新宿コメディシアターで観たウッチャンのバック転、同じく三宅裕司が「うちは全員がトンボ切れますから」と豪語したSET、そしてSMAPの後ろで見事なダンスを見せたナインティナイン岡村はすべて「体技の笑い」なのですが。

ただ、ここで再度同じ話をしようと思ったのは、今回、2700の1本目に「体技」を感じたからです。

このネタと同じネタを彼らは1本目にかけました。「体技」のニオイ、もっと言えば閉塞したコント界を「一気に突き抜ける」可能性も感じました(後で知ったのは昨年の『オールザッツ漫才』の優勝者とのこと。こちらの勉強不足を恥じます)。

細かな話をしますが、2本目の「キリンスマッシュ/キリンレシーブ」は「体技」度が弱い。音楽(リズムとラップ?)が録音だからです。「体技」で突き抜けるなら、音楽やリズムに関する部分はすべてライブの肉体から発せられなければなりません。歌や、英語の発音、ボイスパーカッションを本格的に追求するべきです。

でも、最後になりましたが、ロバートの優勝は良かったですね。ただネタで言えば3年前のこっちのほうがワタシは好みなのですが。

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20110919/千葉ロッテファンだから。

10数年マリーンズを見ているが、間違いなく今が最悪の状態である。このポスターをボランティア制作してから半年、このような状態でシーズンを終えようとしているなんて、正直予想もしていなかった。

「18連敗」はどうなんだ?と思われる方もいるかも知れないが、あのときに何かに取り憑かれているような謎の負け方だった。幸か不幸か、今の弱さは「構造的」で「必然的」である。

ストレートに言うのもはばかられるが、根元、塀内、高濱、渡辺正人で占められる内野陣と下位打線で勝てるわけがない。打撃のみならず、はっきり言って守備も一軍レベルではない。ここ数日の試合も観ているが、内野の見えないエラーでの失点も多い(西岡と今江の高水準の守備と比べてしまうのは許されたい)。

何度も書くのだが、ワタシはCS賛成派である。理由は過去の記事をさかのぼってほしい。簡単に言えば、今この段階でも、東京湾岸の2チーム以外の10チームがポストシーズンへの可能性を持っているという楽しさ。

ただいくつかの弊害があり、そのひとつは、3位から優勝したチームが、その肥大した時価総額に浮かれて、正しい補強を見誤るという事態。昨年はバブルだったのだ 。本当はもっと地道な補強が急務だったのだ。

「今岡シンドローム」という言葉がある。いや、いまここでワタシが考えたのだが(笑)、次期打撃コーチとは無関係。「今」江と西「岡」の台頭によって、優秀な内野陣の輩出があれぐらい簡単でスムーズなことだとタカをくくっていなかったか、編成陣は。その結果が現在の病的な状態なのではないか。

とにかく一度リセットである。フロントやチーム人事のことはよく分からないので憶測でものは語らない。ただ高橋慶彦には残ってほしかった。

「千葉ロッテファンだから」

原曲:南海ファンやもん(歌:アンタッチャブル)
東野博昭、野本弦助作詞/野本弦助作曲/土井 淳編曲

だって俺たち だって俺たち 千葉ロッテファンだから


去年の話が 酒のあてになる頃

そん時だけに 目の輝きが戻る

あん時ゃよかったね あん時ゃ強かったねと

言いたいばかりに 今日も幕張本郷の飲み屋へ

沈みかける夕陽に向かって 俺ひとり

ニシオカも サブローも テギュンもいない

だって俺たち だって俺たち 千葉ロッテファンだから


酒とグチと 千葉ロッテマリーンズ

一人で語る 05年のことを

散歩がてらに 浦和をたずねれば

オーこれがマリーンズ なんとも言えぬイー感じ

いつかきっとよくなるさ そのうちみてろとつぶやいて

夢をかたるほどに わびしい気持ちになってくる

だって俺たち だって俺たち 千葉ロッテファンだから


酒を飲めば底なしで どうせダメだとくだまいて

やっぱり足を運ぶ モノクロのユニフォーム好きだから

だって俺たち だって俺たち 千葉ロッテファンだから


参考:「20101115/ワタシがマリーンズを好きになった理由(日本一に寄せて)」

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20110910/「9.11」から10年。

2001年9月11日、ワタシはロスアンジェルスにいました。友人(の友人)の豪邸に身を寄せた次の日の朝、テレビの中で航空機が世界貿易センターに突っ込みました。予定していたMLBのゲームは1試合も観られませんでした。

街中には《GOD BLESS AMERICA》が流れていました。実は、その曲を流しながら走っているクルマを運転している人の多くは白人ではなく、ヒスパニックや黒人だったと記憶しています。案外重要な事実かも知れません。

日本に帰ってくるのも一苦労でした。友人(の友人)のツテでなんとかタイ航空の往復チケットを入手。日本→ロスの復路は無駄になったわけです。ただそんな無駄な買い物をしなければいけないくらい、航空券状況は逼迫していたわけです。

それからワタシはアメリカを訪れることはなく、そして10年が過ぎて、今、2011年9月11日を迎えます。いつかワタシが「週刊ベースボール」誌に書いた原稿と、この10年間のアメリカを強烈に皮肉るハイロウズの歌詞を(無断)転載(失礼)します。

□ 「週刊ベースボール」誌への拙稿(抜粋)

「アメリカの野球と音楽は大好きだ。でもアメリカという国は大嫌いだ」・・・というと必ず 怪訝な顔をされるのだが。

物騒なことを書くが、基本的にアメリカは白人の国であり、戦争の国だと思う。

白人が黒人を奴隷として扱ってきた国。「有色人種」が先住していた北米大陸、ハワイを収奪し続け、さらに今でも(発見すらできなかった)「大量破壊兵器」にイチャモンをつけてイラクを攻撃する国。

実は、野球と音楽は、このような真実を覆い隠し、「自由と平和のアメリカ」というイメージを醸成させる「装置」として機能しているのだ。

様々な国からの選手が平等に競っている野球・・・自由だ! 黒人のビートが席巻している音楽シーン・・・平和だ!

野球と音楽が「装置」となっていることと同時に、「装置」自体の発生からまだ日が浅いことも知っておくべきだと思う。

来年(註:2007年)は、ジャッキー・ロビンソンが黒人初のメジャー選手としてデビューしてから60周年。黒人と白人混成ということがとても驚かれたスライ&ファミリーストーンの結成から40周年。

アメリカの野球と音楽で、白人と黒人の融合が示されたのは、たった数十年前の話なのだ(以下略)

□ アメリカ魂(作詞・作曲:真島昌利)

USA USA USA …

有色人種はつぶせ
都合よくルール作れ
自分のミスは認めず
それがアメリカ魂

ジョン・ウェイン気取りで
やってやってやりまくれ
有色人種のくせに
小生意気な連中だ

おい、俺の言うこと
聞けないって言うのか
おい、俺を誰だと
思っているのだ

アメリカ人、俺はアメリカ人
俺が世界チャンピオンだぴょん
アメリカ人、俺はアメリカ人
限り無き正義だぴょん

ならず者はぶっとばせ
俺は月にも行ったぜ
俺ってカッコいいだろう
俺って頭いいだろう

君たちの悲しみは
俺にはわからないけど
俺の悲しみはどうか
君たちは分かってくれ

USA USA USA …

最後に。『東洋は西洋ほど命の価値が高くない。人口が多いから命が安くなる』(ベトナム駐留米軍総司令官、ウェストモーランド氏)

参考:「20091115/賢介、ブッシュを撃て!!」

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20110903/岡村靖幸の最高傑作『靖幸』のこと。

1989年の夏は「マジックサマー」。ここにも書いたように『服部』(ユニコーン)、『Three Cheers for our side~海へ行くつもりじゃなかった』(フリッパーズ・ギター)とともに岡村靖幸の『靖幸』が発売された夏。

今回は、この決定的なアルバム『靖幸』の話を書いてみようと思う。時は1989年の7月、ワタシが慣れないスーツを着て就職活動を始めていたころ。

溝ノ口の下宿、部屋の割には大きなスピーカーから聞こえてきたNHK-FM。座談会のような番組で、メンバーはうろ覚えだが、渋谷陽一、萩原健太、ピーター・バラカン、今井智子という感じだったような気がする。

萩原健太が自慢げに《Vegetable》をかけて、この曲が面白いとメンバーに紹介する。ただメンバーみんな非常に低調な評価、たしか渋谷が「プリンスの物まね」と言ったような気がする。それで萩原が抗弁したような…すべては曖昧な記憶なのだが。

この、NHK-FMで聴いた《Vegetable》が衝撃的で、プリンスの物まねかどうかなんて話とは無関係に、ワタシは異常に興奮したのである。そしてアルバム『靖幸』を、いやアルバム『靖幸』だけを聴きつづける夏が始まった。

「沢田研二⇒佐野元春⇒大沢誉志幸⇒吉川晃司⇒岡村靖幸」。80年代のビート歌謡の最先端として。

さらには、「大滝詠一(はっぴいえんど)⇒矢沢永吉(キャロル)⇒桑田佳祐(サザン)⇒佐野元春⇒岡村靖幸」。日本語ロックの歌い方を牽引したシンガー系譜の最先端として。

そして、「大沢(誉志幸)よりもファンキーで、久保田(利伸)よりもセクシーで、そしてプリンスよりも背が高い」。これはワタシが、無名ライターとして1989年末の祥伝社『Boon』誌で『靖幸』を「89年レコード大賞」にしたときのリード・コピー。

今一度確かめてほしいことはこのアルバムが「Produced, Composed, Arranged & Performed by 岡村靖幸」(クレジットより)であるという事実である。(ほとんど)全て岡村氏がひとりで考え、作り、演奏し、歌って(、そして踊って)いるという事実である。おそろしいカロリーが投入されている。

「♪ピーマン にんじん ナッツ 食べなくちゃ うまい うまい うまい」「♪しゃかりきなりなよ 正直な心で 証明しな今すぐに」「♪Crazy × 12 - 3 is me」、誰にも邪魔されずに駆け回る岡村氏のセンス、能力、エネルギー。

言いたいことのひとつは、冷静に考えてこのアルバム『靖幸』が岡村氏の最高傑作であり、そしてピークであったということだ。『靖幸』の前や『靖幸』より後の岡村氏を否定しているわけではない、それぐらい『靖幸』が凄いんだということ。

岡村氏がまた活動を再開するようで、『靖幸』を後追いで聴いた若い世代が盛り上がっているという噂を聴いた。言いたいことのふたつめは、まぁ冷静になりなさいということだ。

《Vegetable》のような名曲が再度作れるわけがない。あれからの彼の軌跡を考えれば、残念ながら《Vegetable》の境地に立てる道理がない。そんな中で若者が、過剰な期待、自己アピールや、もしくは逆に半笑いのネタとして「岡村ちゃん」(この言い方もあまり好きではない)をリスペクト(ごっこを)するのはあまり愉快なことじゃないと思うのだ。

「♪電車の中で漫画を読む親父ぐらいの人」のいうことだ。信じてみてほしい。

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20110828/彼を引退に導いた「哲学」の不在について。

彼の芸能生活をデビューから通して見てみると、「哲学」の不在を感じるのである。

ここでいう「哲学」とは、もう少し平たくいえば、いろんな活動をしたとしてもそれらに必ず共通する一貫した「信念」、独自の「強み」のような意味。私だけかも知れないが、非常に混乱した、もっといえば、やや場当たり的な印象を、彼の軌跡から受けるのである。

彼を混乱させた陰には、三人の人物がいると思う(ここからの分析は勝手な憶測をはさんでいるので留意されたい)。

ひとり目は言うまでもなく、明石家さんま。同じ事務所の同年代のライバルとして、きらびやかな華があるさんまと、陰気な自分。この差をどう埋めるかという意識から発生した混乱。

ふたり目はお互いに敬愛しあった大先輩、上岡龍太郎。上岡の圧倒的な知性、「哲学」に強いジェラシーと距離感を感じたことは言うまでもないだろう。後年の報道番組や司会業への執着へのキッカケは上岡との出会いにあるはずだ。

そして…これは、さんまや上岡との関係性ほど明白ではないのだが、ワタシは彼がそうとうに笑福亭鶴瓶を意識していたと推測する。後年の作詞作品に見られる独特の臭気、「深イイ」「素敵」な話好きの側面は、やや形はちがうものの、特にラジオの深夜番組における鶴瓶の持ち味だった。

たとえば、70年代後半~80年代、ラジオ大阪の日曜深夜、『ぬかるみの世界』。フォークソングをかけながらぼくとつと人生を語る鶴瓶とツッパリキャラを強要される自分との隔たり。「深イイ」「素敵」な話で大衆を泣かせてやろうと思うに十分な劣等感だと思う。

これを読んでいる方々は、ここに松本人志を入れるべきだと思われるのではないか。しかしワタシは、彼が執拗に松本を持ち上げることに一種の作為を感じるのだ。松本を持ち上げて、その関係性で自分の立場を担保するという計算。

彼は引退会見で、松本に加えて、和田アキ子、武田鉄矢、そして孫正義の名前まで引用している。このような「関係の誇示」が彼は非常に好きで、また上手い。実のところ、漫才を止めるなどの「混乱」に松本はそんなに影響していないとワタシは見るのだが、どうだろうか。

さて、話を戻すと、さんま、上岡、鶴瓶の才能を見て、自分の立場をどこに置くかという混乱がはじまり、漫才を止めて、司会業、作詞業、プロデュース業、そして(よく知らないが)実業界への進出。幅広く、そして雑食的な成功に至る。

ワタシが彼を嫌いになった―――いや厳密には「苦手になった」という感覚に近い―――きっかけとして、彼が関西でやっていた番組に「土建屋よしゆき」という、面白くも何ともない人物を出演させていたことがある。

円広志もそうかも知れないし、高原兄もそうだし、そしていうまでもなく「クイズ!ヘキサゴン」の連中。要するに「ファミリー」を囲いこみ、徒党を組みはじめたのが良くないと思ったのだ。

上岡ファミリー、鶴瓶ファミリーがあるか? ジミー大西や村上ショージなどのさんまファミリーはあるにはあるが、それは彼が組み立てた非常に統制的なファミリーとはまったく別の物語である。

今回の引退騒動で、そのファミリーの連中が泣きながら彼の魅力と引退の残念さを訴えていた。いっぱしの芸能人なら、自分がファミリーに属していて、その「家長」が引退すると自分のポジションが失われる危険にさらされることを恥じて、少なくともカメラの前では超然としていなさい。

ファミリーを(文字通り)アゴで使いこなし、聴くにたえない歌詞の曲を歌わせていた末期の彼。少なくともワタシにとって必要な存在ではなくなった。

さて、最後になるが、ワタシが思う彼の強烈な魅力。それは(関西人がよく使う表現の)「うまいこという」能力である。設定、登場人物、空気を総合的に計算し、そこで見事に「うまい」一言を言いはなつ能力について、彼の右に出る者はそうはいない。少なくともさんまよりは上だ。

そこに自身の「哲学」を置けば良かったのだ。使えない反素人のような者を寄せ集めたファミリーなど作らずに、二流の作詞業などに時間と労力を浪費せずに、ひたすらマイクで「うまいこと」を言いつづけて、周囲から「師匠、うまいこといいたいだけやないですか?」とツッコまれていれば良かったのだ。

以上が、ワタシが彼について勝手な憶測も含め感じたことである。暴力団との関係については、善悪以前に興味がないので触れなかった。そして最後に。

「俺ら私立高校は体育館建てようと思たら金持ちOBがドーンと寄付してくれるねん。こいつ(竜介)ら貧乏の公立高校の奴らはサッカーボール一個買うのにもベルマーク集めよんねん」

彼が引退することについては、どちらかといえばせいせいする感じがするのだが、30年以上前に、すでにこの絶妙なネタを生み出した才能が消えることについては、非常に惜しいと思う。

さようなら―――島田紳助。

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20110821/2011年夏の読書は楽しい!

「夏の読書は楽しい!」の2011年版。厳選して3冊。

「斎藤佑樹が球界を代表するピッチャーになる確率は限りなく低い」

「由伸の親父の土地が焦げ付いていて、それが60億(円)ぐらいだそうです。おそらくこれをなんとかしないと獲得は難しそうです」

「私はヤクルト時代、スカウト部長と監督という本来であれば強力し合う関係の野村克也と『呼吸の合わないバッテリー』だった」

ヤクルトの元スカウトの方が、当時の記憶を生々しく語る本。面白かった。

「ホームプレート近辺に描かれている円をご存じだろうか。(中略)いったい何の意味があるのだろう。(中略)正しくは『円内を出たら振り逃げが成立しない』のである」

「野村克也前監督が好んだのが『偽装スクイズ』だ。無死または一死一三塁で三塁走者を走らせ、打者にはわざとスクイズを空振りさせる。三塁走者はアウトにならない程度の飛び出しをして、その間に一塁走者を二塁に走らせる作戦だ」

「(内野手一人あたりの守備角度を15度としたら4人で60度。投手を6度として計66度。これをフェアゾーンの90度から引くと24度)90度に対する24度は.266。この数値はチーム打率のほぼ一致するのだ」

愛甲氏はこんなに知的な人なのか。書評マナーとして本人が書いたと信じさせていただく。面白かった。

「いまコンビニに立ち寄ると、マガジンラックのコーナーにある異変が起きていることら気づくだろう。人妻をテーマにしたアダルト系雑誌で大部分が占領させているのだ」

「昭和46年11月、栄えあるロマンポルノ第1作目を飾ったのは、昭和40年代郊外に出現し、新しいライフスタイルと注目された団地の住人を取り上げた作品だった。タイトルは―――『団地妻 昼下がりの情事』」

「学生時代の大親友である久子の夫を寝取ってしまった英子は、死を選びかねないほど後悔する。彼女が悩んだ末に選ぶ行動は、宏を忘れるためにフランスに行くことだった。(中略)21世紀のいまから見たら、なんと純なことであろうか!」

あべのアポロビルの本屋で何気なく買った新書がやたらに新鮮で一気に読んだ。面白かった。

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20110814/夕陽に別れを告げて、明日へのマーチ。

2011年は、東北が揺れ、津波が襲い、そして原発が爆発した年。私が生きてきた44年間の中でも指折りのショッキングな年と言える。ただ別の側面から見れば、「桑田佳祐の名曲に救われた年」と言い換えることもできる。

桑田佳祐、新曲、《明日へのマーチ》、素晴らしい。

思えば恋しや忘れ難き故郷(ふるさと)
願うは遠くで生きる人の幸せ
風吹く杜 君住む街

良いことも辛いこともそれなりにあったけど
野も山も越えていこう 明日へのフレフレ

夢にも寄り添う 愛しい人の面影
もう一度逢えたらあるがままの姿で
涙の川 溢る想い

子供らが笑うとき 新しい朝が来る
希望を胸に歩き出す 足音よフレフレ

思えば恋しや忘れ難き故郷(ふるさと)
芽生えよ かの地に 命の灯を絶やさず
輝く海 美しい街

ここからは野暮ながら歌詞の深読みをする。私には、「遠くで生きる人」が「東北で生きる人」、「杜」が「杜の都、仙台」、「涙の川」はもしかしたら「阿武隈川」、「かの地に 命の灯を絶やさず」は「福島に、命の灯を絶やさず」と読み取れる。

桑田佳祐をずっと聴きつづけて思う、もう少し具体的に言えば鼻につくのは、彼一流のバランスだ。リスナーを100%満足させようと思うのか、もしくはある方向に偏るのが照れくさいのか、妙なバランスを取ろうとする人である。

今回のシングルもこの《明日へのマーチ》以外に、《Let’s try again ~kuwata keisuke ver.~》《ハダカDE音頭 ~祭りだ!! Naked~》の「トリプルシングル」となっている。バランス論とはすなわちこういうことで、《明日へのマーチ》だけで十分なのに、つまらない音頭(テレビで観たがまったくもってつまらなかった)とカップリングしてしまう感覚のことである。ここにも書いたことだけれども。

ただその分を差し引いてもこの曲はいい。震災復興!がんばろう日本!と肩肘を張るのではなく、名曲《それ行けベイビー!!》で自身が歌ったように「適当に手を抜いて行こうな」的な、いい意味での脱力感があって好感が持てる。

「リスナーを100%満足させよう」と思わなくていいのだ。桑田佳祐はもう、鼻歌で一億人を陶酔させるレベルに来ているのだから。

私が考える「桑田鼻歌メロディ」の代表は『KAMAKURA』に入っている《夕陽に別れを告げて》だ。

あの日々はもう帰らない
幻に染まる
Ohもう合えないのだろうMyFriends
時が流れるまま

《明日への・・・》《夕陽に・・・》のような曲を聴きつづけていきたい。だから、適当に手を抜いて行こうな、桑田さん。そんなあなたにフレフレ!だ。

桑田佳祐は「明日へのマーチ」「それ行けベイビー!!」によって、自殺者を少なくとも50人は減らすのではないか。

私もそう思う。

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20110807/真夏の夜のブラバン祭。

ついにスージー鈴木さん、テレビ全国ネットに進出です。高校野球の応援歌をピアノの前に座って音楽的に分析するという変な役回りで。フジテレビ「とくダネ!」(全国28局ネット)、8/10(水)放送予定の「フカボリ」コーナー(通常は9:00前後に放送)、ただし生放送ですので、放送時間や放送日が急に変わることがあるらしいので、予めご了承を。

…という出演に向けて、いくつか高校野球の応援歌を耳で聴いて階名を取って分析をしてみました。で、いろいろと聴いて個人的にいちばん好きなのは、やはりこれですね。《海のトリトン》。

まずイントロに流れるホルンがいいですね。そして「ラーラソ・ラーラソ・ラーラソ・ラシドレ・シッシラソー」という繰り返しのしつこいメロディ(歌詞はたいへん字足らずですね)はとても印象的で高校野球にピッタリです(応援歌の特性のひとつに「繰り返し」があります。詳しくは番組内で)。

そしてその後に出てくる非常に雄大なメロディ、「ミーミーミー・ソーソソー・ソーミレド・ラーララー」。海の底から一気に空に舞い上がるようなスケール感。「今夜は最高」でお姿を毎週拝見していた、鈴木「コルゲン」宏昌氏の最高傑作でしょう。ちなみに深みがあるボーカルは《この木なんの木》のヒデ夕木(樹)。

はい、今日は(珍しく)理屈っぽい話は一切止めて「真夏のブラバン祭」です。元オーケストラ部トランペッターの私が、「真夏の夜のジャズ」ならぬ「真夏の夜の管楽器の素晴らしい世界」に皆様をいざないましょう。

同じくホルンだと、ベイシティローラーズ《二人だけのデート》の間奏(1分49秒~)の左チャンネルに入っているホルンのオブリガートも好きですねぇ。

ではホルンの次に金管の花形、トランペットを。私が知る限り最高のトランペットイントロは、このチェイス《黒い炎》でしょう。確かトランペット3本。1分16秒からのやたら派手な間奏も聞き物です。

次に木管楽器といえばこのスモーキー・ロビンソンのイントロが忘れられません。ファゴット(中央に定位するモコモコした低音の楽器)の細かな動きが可愛いですね。

そして最後に、真夏のブラバン魂の締めにふさわしい曲は、クラシックのこれ、ショスタコービッチ交響曲第五番第1楽章のここ(1分58秒)から。金管楽器がこんなに元気にそして変態的に演奏される音楽はない。クラシックでありながら、どんなブラスロックよりもロックで、どんなプログレッシブ・ロックよりもプログレッシブ。

まだまだ暑いですが、ご自愛のほど。

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20110731/1989年のBE MY BABY、2011年のRAMBLING MAN。

やはりそうだったか。 昨夜ツイッターを見ていて、COMPLEXの再結成ライブが行われていることを知り、いろいろと過去がフラッシュバックし、「《BE MY BABY》の発売は89年の4月ではないか」とふと思ったのだ。

図星。89年4月8日らしい。そしてアルバム『COMPLEX』も89年4月26日リリース。

なぜそんなことを思い出したかというと、89年4月というのはちょうど大学4年生になった月。3月まで青春をつぎ込んでいたFM東京『東京ラジカルミステリーナイト』が終わり、よそいき顔で就職活動へのボタンを押した時期。

プロモーションビデオはこれ。テレビ神奈川、室内アンテナの荒れた映像で録画したVHSテープが今でもある。当時、桑田佳祐《いつか何処かで》や山下達郎《Get Back In Love》に陶酔していたワタシのセンスにはとても新鮮に響いた。

突然余談になるが、就職協定をもう一度復活させて、就活は大学4年生(の夏)からにするべきだと思う。大学3年だった88年の夏は、人生の中でもっとも輝かしい思い出。真っ黒になりながらなにも考えず《いつか何処かで》と《Get Back In Love》を聴いていた日々。そんな自由な日々が、人生にはかならずあったほうがいい。

さて、《BE MY BABY》発売のちょうど3年前、「86年」の4月8日と言えば、これは岡田有希子の投身自殺の日。大阪から上京し、東京の大学生としての生活をスタートした月。下宿にまだテレビがなく、大きなラジカセ、AMラジオで自殺のニュースを聞いたことがリアルに思い出される。

つまり、ワタシの大学時代とは、岡田有希子自殺(86年4月8日)にはじまり、《いつか何処かで》(88年3月)と《Get Back In Love》(88年4月)で最盛期を迎えて、《BE MY BABY》(89年4月8日)で実質的に終了、あとは、就職活動のボタンを押して、とるに足らない付録のような1年間がくっついているだけ(しかし音楽的にはその1年間が強烈だった。その話はコチラに)。

話は再び、89年の春。FM番組の最終回が終わり、夜が明けて(深夜番組でした)、その番組にたむろしていた学生が三々五々、半蔵門のFM東京から散らばっていく姿を覚えている。ワタシもそそくさと帰って下宿に戻り、そこから数日間、何もする気が起きず、FM東京でパクった《BE MY BABY》のサンプル盤(アナログシングル)ばかりを聴いていたことを思い出す。

以上、なんてことはない、COMPLEXにまつわる個人的な回想でした。ただひとつだけ今につながる話があるならば、それは今でもこの歌詞を忘れたことがないということ。

たかが お前のことなんて
世の中 誰も知りやしない
YOU'RE JUST A RAMBLING MAN
思い知らせてやれよ

《RAMBLING MAN》(詞:吉川晃司)

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20110725/福島の避難所で観たオールスターゲーム。

仙台の球宴は素晴らしいイベントでした。このようなことこのようなことを提唱していた私としては、ほぼ理想のかたちで実現されたことに感動します。

先発は田中将大と由規でしたし、その他、ダルビッシュ含めた東北関係者が意図的にフィーチャーされていましたし。

その前日は福島に宿泊しました。とくにボランティアをするわけではなく、単に一泊して「お金を落とす」という、意志薄弱な一泊だったのですが、せっかくなので現実を直視しようということで 郡山市の大規模避難所「ビッグパレット」に立ち寄ってみました。

避難所の中はさすがに撮影ははばかられました。そして屋外では吉本芸人がイベントをやっていました。ワタシが好きな若手漫才コンビ「天狗」も来ていました。

それでも施設の中にはこのような計測器があるのです。ほんとうに何という事故なんだろう。何ということをしてくれたのだろうと絶句します。

原発問題については、つまらない事情もあり、ここであまり強いトーンで語れないのですが、いろいろと調べを進めていて、このような事故に至った犯人であるメーカー、政治家、具体的経緯をすこしずつリストアップしています。

ただその中でひとつだけ救われた気分になったのがこの光景です。ビッグパレットの横にある「川内村災害対策本部」の中で、テレビがあって、その中に映っていたオールスターゲーム第二戦(無断撮影ご容赦)

0.13マイクロシーベルトの空気の中、「災害対策本部」というものものしい空間の中、プレハブの窓を通したテレビに映ったQVCマリンの外野席。その美しさたるや。

野球は、こんなところにも確実にある。そして誰かを確実に勇気づけている!

翌日の嶋基宏のスピーチと合わせて、これが「野球の底力」を痛感した瞬間でした。そしてワタシも微力ながら「野球馬鹿の底力」を見せなければと思います。

日本の野球馬鹿をなめんなよ。

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20110718/2010年度「殿堂入り」ネタの発表。

すっかり忘れていました。例年「年度」区切りで、我ながらよく書けた文章を表彰しておりました。遅ればせながら2010年度の「殿堂入り」を発表します。ぜひ再読いただければと思います。過去の全ネタ索引(殿堂マーク付)も更新しておきました。

20100523/とんねるずとのモヤモヤとした20年。
とんねるずに感じていた「モヤモヤとした」気持ちをライムスター宇多丸氏によって具体化してもらった。

20100613/2010年の「ドアノック・ダンス」。
小沢健二復活コンサートについての噂を聞いて妄想を膨らませた雑感。

20100717/難解な文章を捨て去る勇気を。
未だにたまに目にする、ひどく難解な文章に対する徹底的な嫌悪感を説明する。

20100925/彼らが教えてくれた。
スージー鈴木現代詩シリーズ(?)、吉田拓郎《ビートルズが教えてくれた》のオマージュ。

20101115/ワタシがマリーンズを好きになった理由(日本一に寄せて)。
昨年度、ワタシなりに最高峰の文章かと思います。その背景には最高峰の喜び。

20101228/M-1通史~画面の向こうで起きていたすごいこと。
M-1の10年間の大きな流れを書き尽くそうという試み。案外誰も書いていないことかと自負します。

20110214/勝手な聖者達~ミスター・シンドバッド。
早くも今年最高傑作で我がレコード大賞確定の曲を激賞し、サザンを追悼するネタです。

20110327/「ソーシャルメディア自宅闘争」のすすめ。
いとうせいこうが昔言っていた「自宅闘争」の強力な武器としてソーシャルメディアを手に入れた。

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20110710/「やらせメール」のとっても気持ち悪い文章について。

ひさびさに船酔いするような気持ち悪い文章を目にしました。九州電力による例の玄海原発「やらせメール」全文(日経新聞サイトより)。船酔いのツボに下線を施しておきました。ぜひお食事前にお読みください。

【ご依頼】国主催の佐賀県民向け説明会へのネット参加について

協力会社本店 各位

平素よりお世話になっております。メール投げ込みにて失礼を致します。標記については、報道等により今週末に開催される旨、既にご承知のことと存じます。

●件名:国主催による佐賀県民向け説明会(原子力発電所の安全性)

●日時:平成23年6月26日(日)午前(10時?11時30分の予定)

●内容:説明会の方式は国が調整中。混乱を避けるため、県民、4、5人が経産省原子力安全・保安院と資源エネルギー庁の担当者から説明を受け、疑問点や不安に思う点などを質疑する予定。

●配信:(1)やり取りはケーブルテレビとインターネットで生中継され、視聴者からの質問もファクスや電子メールで同時に受付。(2)アクセス可能なwebsiteアドレスは、現時点で未公開ですが、佐賀県庁HPや経産省HPに掲載予定。あるいは、Ustreamにて“genkai”あるいは“玄海”等で検索することによりアクセス可能。(3)小職にて、継続してサーベイし、判明次第、追って追伸予定。

●その他:本件については、我々のみならず協力会社におかれましても、極めて重大な関心事であることから、万難を排してその対応に当たることが重要と考えております。つきましては、各位他関係者に対して、説明会開催についてご周知いただくとともに、可能な範囲で、当日ネット参加へのご協力※をご依頼いただきますよう、御願い致します。

※説明会ライブ配信websiteにアクセスの上、説明会の進行に応じて、発電再開容認の一国民の立場から、真摯に、かつ県民の共感を得うるような意見や質問を発信。なお、会社のPCでは処理能力が低いこと等から、是非、ご自宅等のPCからのアクセスを御願い致します。また、ネット参加に当たっては、接続後アカウントの取得等操作が必要になりますので、ご承知置きください。

以上

「メール投げ込み」…こういう言葉遣いをするんですね。でもよく考えたら、このような内容のメールをぶしつけに関係会社に送ることは、静かに送り届けるというよりも、たしかに「投げ込む」感じがします。言い得て妙です。

「小職にて、継続してサーベイし、判明次第、追って追伸」…自分を「小職」と呼ぶのは何度か目にしたことはあるのですが、このように使うのですね。そして「サーベイ」をこのような意味で使うのは初めて見ました。一般的にはこの場合「サーベイ(survey)」ではなく「リサーチ(research)」と思うのですが。「追って追伸」もなんだか変です、「頭痛が痛い」と同様に。

「本件については、我々のみならず協力会社におかれましても、極めて重大な関心事であることから」…本音で言いたいことは「原発を再開させることが我々の重大な関心事」ということなのですが、そこをぼかして本件としながら、下記の内容につなげるところもなんだか気持ち悪く、そして…

「発電再開容認の一国民の立場から、真摯に、かつ県民の共感を得うるような意見や質問を発信」…ここがいちばん気持ち悪い表現です。「原発再開というメールを送ってくれ」とストレートに書けばいいのに、ただ内容が内容だけに直接的な表現を避けて、迂遠に迂遠に書いている。とにかくここが気持ち悪く感じました。

「会社のPCでは処理能力が低いこと等から、ご自宅等のPCからのアクセスを御願い致します」…会社のPCに履歴が残ることを怖れたのでしょうか。でも関係会社のPCはそんなに古かったのでしょうか。メールを送ることなんてPCへの負荷がほとんどないとは思いますが。まぁ、結局ばれているからこの姑息な手口も奏功しなかったわけなのですが。

と、気になるポイントを整理してみましたが、気持ち悪さの本質は、「原発再開賛成のやらせメールを送ってくれ」という劇的に悪質な、でもとてもシンプルな内容を、慇懃無礼に迂遠に妙な日本語で取り繕いながら書いているところにあります。そして、どちらかといえば内容の悪質さよりも、取り繕うための不気味な日本語のほうに気持ち悪さのツボがあります。

また、このような気持ち悪い文章が飛び交う世界によって原発が推進されてきたということがよく分かります。ワタシは、平たく言えば原発に反対ですが、より具体的に言えば「現在の科学のレベルは原子力をつかいこなすに至っていない」という考えです。

原子力技術そのものを敵とした論議は話を曖昧にしてしまいます。技術に問題があるのではなく、あくまでそれを使いこなす人間の側に問題があるはずです。

少なくとも上のような文章をやりとりしている人たちに原子力は任せられないと思いました。

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20110702/仙台での球宴は東北選抜vs日本選抜で。

来たる7月24日は歴史的な一日になる。いや、歴史的な一日として記憶されるような試合にすることがプロ野球関係者の義務だと思う。震災後、当初の予定を変更して同日、Kスタ宮城で実施されることとなったオールスター戦。

噂によれば、この仙台球宴開催が決定にこぎつけるまでには、そうとうの紆余曲折があった模様。それでも、あの腰が重い日本プロ球界がこのような大英断をするに至ったのは、震災直後、開幕戦をめぐるゴタゴタに懲りて、とにかく前向きな結論を出していこうというコンセンサスがあったのだろう。

ただし今年は球宴が3試合もある。そこで宮城でのゲームを特別形式で実施するのはどうだろう。たとえば「がんばろう東北選抜」対「がんばろう日本選抜」。東北選抜は楽天と東北の(学校、企業)出身者で構成、それ以外の選手を日本選抜とする。東北選抜のメンバーも考えてみた。

【スタメン】1.坂本(遊)、2.後藤(二)、3.栗原(三)、4.和田(左)、5.金本(指)、6.山崎武(一)、7.畠山(右)、8.長谷川(中)、9.嶋(捕)

【投手リレー】ダルビッシュ→田中将→由規→石川→攝津→岸田

どうだろう。投手陣がかなりいいので、なかなかいい試合をしそうではないか。

長らく野球不毛の地と言われた東北が、いま「日本」を相手に堂々とした戦いを見せ、東北のファンを勇気づけるときが来た。花試合上等。誤解を怖れず言えば、どうせ花試合ならば東北の人々を勇気づける大輪の花試合にしよう。

まぁ、「東北選抜」のような画期的な(?)企画がなくとも、7月24日が本当に東北を元気づける一日になることを祈る。頼む、見せてくれ、ニッポンプロ野球の底力を。

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