20120324/あけましておめでとうございます。



||リンク用URL||



20120317/今季の順位とタイトルを予想してみる。

某所でやっている今季の順位・タイトル予想という企画に参加した。せっかく考えたので以下に発表する。

◇順位予想(セ・パ両リーグ)

(パ・リーグ)
1.オリックス
2.埼玉西武
3.北海道日本ハム
4.福岡ソフトバンク
5.千葉ロッテ
6.東北楽天

金子の覚醒、平野→岸田の盤石のリリーフ、イ・デホが本塁打30本でT-岡田との激しい四番争い、坂口が3割2分で首位打者争いと、たいへん賑やかなシーズンとなりオリックス優勝。MVPは坂口。「そらそうよ」が流行語大賞に。

(セ・リーグ)
1.東京ヤクルト
2.巨人
3.中日
4.広島
5.阪神
6.横浜DeNA

昨年の優勝争いで精神的にタフになった東京ヤクルトが躍り出る。懸念されていた遊撃も、山田哲人が失策20をおかしながら、三塁宮本にどやされながら何とか死守。MVPは宮本。小川監督の「ファンの皆様、あけましておめでとう」が準流行語大賞に。

◇日本シリーズ

埼玉西武 4勝>3勝 東京ヤクルト
所沢での最終戦は、西武の涌井→岸の男前継投に対するヤクルトの館山→押本のブサイク継投となり、どこかで見たような片岡のギャンブルスタートでサヨナラ勝ち。

◇最多勝投手

・田中将大(E):超絶スライダーにますます磨きがかかり、登板翌日のスポーツ紙は「マー君にキリキリまい」(里田まいの写真付き)となる。優秀な投手のリーグから多数流出したことでまず敵なし。

・澤村拓一(G):「プレッシャーって何ですか?」と報道ステーションで言ったときのあと不敵な笑みを信じたい。急に成長した胸板が奏功すれば15勝もあり(ただし10敗もしそう)。

◇最優秀防御率

・金子千尋(Bs):ここはあまり根拠はないのだが、チームの勢いも期待できる中、右腕不安も今季は「金子の時代」になる気がしてしょうがない。

・吉見一起(D):昨年の日本シリーズのあのコントロールで投げられれば今季もかたいと思う。チェンの分までという責任感もプラスに出ると信じて。

◇最多セーブ

・岸田護(Bs):ファルケンボーグと接戦となるも今季は逃げ切れるのではないか。投球の方向性に迷ったら、球界一の地図好き、木佐貫君に教えを乞うてほしい。

・浅尾拓也(D):あくまで抑え専任になればの話だが(なったほうがいい)、タイトルはまず確実。どうでもいいことだが、男前で有名な浅尾は、漫才師ダイアンの西澤に似ている(ブサイクで失礼)。

◇最優秀中継ぎ

・森福允彦(H):80試合登板×11球。「森福の888球」。あの土肥ポン太のような顔が今季は本格的に全国区となる。

・松岡健一(S):ここは予想困難も、チームの勢いもあり、阪神榎田を抑えて松岡が初タイトルを獲得と予想。

◇首位打者

・糸井嘉男(F):坂口智隆との激戦を制して初首位打者。この糸井、坂口、そして今後頭角をあらわす西武の浅村との三つ巴の首位打者争いは、今後10年間楽しめることとなるだろう。

・長野久義(G):「平成の蓑田」。しばらく王座は続き、巨人の三番はあと10年安泰。できればそれを見て坂本が奮起すればさらに面白くなるのだが。あと長野には盗塁王も狙ってほしい。

◇最多本塁打

・中村剛也(L):ついに出るか。まさかの「55本越え」も今季はあり得る。2002年、「55本越え」に迫った西武時代のカブレラへの四球攻めの恨みをここで晴らす。

・畠山和洋(S):ここはすこし好みでの予想。21世紀にあの顔立ちは天然記念物として珍重すべき。本人で30本、バレンティンとの「HB」砲で60本を期待。

◇最多盗塁

・岡田幸文(M):今季あまり期待できないマリーンズも、ここだけは奮起してほしい。伊志嶺、荻野貴からの刺激で60盗塁を目指してほしい。まずはリードをさらに一歩大きく。

・石川雄洋(DB):今季は主将就任で覚醒し、長い脚をくるくると回しながら30盗塁達成を狙うべき。できれば石川・藤田の「エコカー・コンビ」で計50盗塁越えを狙ってほしい。

◇新人王

・藤岡貴裕(M):ローテ入りは確実。それどころか成瀬、唐川と「三本柱」に入り二桁勝利まで期待したい。

・山田哲人(S):高橋周平と争うも、昨季の「ポストシーズンデビュー」(なんだそれ)の経験をいかして飛躍。「T‐山田」は返上。「ヤマテツ」として遊撃定着の年。



||リンク用URL||



20120311/「マイ・トランジスタ・ラジオ」

ベイエリアから

リバプールから

アビー・ロードから

エレクトリック・レディから

シカゴ・チェス・スタジオから

スノウドニアから

CBSソニー信濃町スタジオから

ビクター青山スタジオから

LDKスタジオから


ヤスガーズ・ファームから

モントレーから

マジソン・スクエア・ガーデンから

日本武道館から

日比谷野外音楽堂から

新宿ACBから

つま恋から

大阪フェスティバル・ホールから

広島フォーク村から

博多照和から


半蔵門から

南青山から

みなとみらいから

有楽町から

四谷から

赤坂から

千里丘から

阪急ファイブオレンジルームから


川崎から来た薄汚い4人組がロックンロールで飛び跳ねているフジテレビ「リブヤング」収録スタジオから

青山学院を除籍になりそうなジョギングパンツの男が早口でがなり立てている新宿ロフトから

「I wanna be with you tonight!」というシャウトが放たれた渋谷区神南から

そして東京の、ここではないどこかにある「風街」から

このアンテナがキャッチしたナンバー!

君の知らないメロディ 聴いたことのないヒット曲



||リンク用URL||



20120303/尾野糸子のラスト・ワルツ。

ザ・バンドの解散コンサートを描いた『ラスト・ワルツ』というドキュメンタリー映画がある(1976年アメリカ、監督:マーティン・スコセッシ)。

ボブ・ディラン、ニール・ヤング、エリック・クラプトン、マディ・ウォーターズ、ロニー・ホーキンズ、ドクター・ジョン、ジョニ・ミッチェル、ポール・バターフィールド、ニール・ダイアモンド、ヴァン・モリソン、ロン・ウッド、リンゴ・スター……ザ・バンドにゆかりがある絢爛豪華なメンバーが次々とあらわれて演奏を繰り広げる。

解散コンサートといえば、お涙頂戴のセンチメンタルな雰囲気を想像するかもしれないが、この映画の健康的な空気感は、涙を感じさせず、淡々と、ドライに演奏が続いていくことに依っている。

ザ・バンドのギタリストであり、リーダー的存在、ロビー・ロバートソン。ステージに向かって左側に立って全体を統率するリーダーシップ。その毅然とした態度が、演奏にドライなタッチを与え、この映画全体を引き締める効果を発生させていた(写真左側。右はボブ・ディラン)。



さて、頭の中が『カーネーション』でいっぱいなので、くどくて申し訳ない、また「カーネーション」の話をさせていただく。

今風にいえば「神回」。今朝(2012年3月3日)の回はそう形容してもいい。1973年のだんじりの日に、亡くなった糸子の父の善作も含め、これまでの登場人物のほとんどすべてが、オハラ家に集まり、「尾野糸子」の最終回を賑やかに彩る。言ってみれば、中締めのような回だった。

想起したのは『ラスト・ワルツ』。ゆかりの人たち総出演という点もあの映画にそっくりだが、なにより糸子の振る舞いがロビー・ロバートソンに似ていて、安易なセンチメンタリズムに流れ込まない毅然さがあった。

多くの人が指摘するこのドラマの魅力。戦地で人を殺めて戦争で発狂した男、没落して「パンパン」になってしまった女、妻子ある男性との不倫。これまでの朝ドラにはないリアリティへの挑戦。反面、死を直接的に表現しないなど、安易なセンチメンタリズムを徹底して排除するスタンス。

きれいごとでもお涙頂戴でもない絶妙な方角にストーリーを進めていくドラマ。心にしみいるのはあたり前だ。なぜなら、ワタシたちが生きているショボくれた現実は、きれいごとでもお涙頂戴でもないのだから。



人生を変えたと断言できる3つのドラマ。

多摩川の堤防が決壊し、父親が人生を賭けて建てたマイホームがいまにも流されようとするギリギリの状況で、精神的に瓦解した家族の絆が復活し、母親役の八千草薫に「家族の想い出がいっぱい詰まった写真アルバムを持ってきてほしい!」と言わせる『岸辺のアルバム』。

担任する学級の転校生が、自らを虐げた転校前の中学教師を監禁し逮捕された事件の後、警察官に向かって、教師役の武田鉄矢に「私たちは機械やミカンを作ってるんじゃないんです、 私たちは人間を作ってるんです!」と言わせる『3年B組金八先生 Part2』。

就職活動の会社説明会、「一流大学」生だけが特別扱いされる中、「三流大学生でも胸を張ってりゃいいんだよ」と時任三郎に言わせる『ふぞろいの林檎たち Part1』。

『カーネーション』は、この3つと同列に並ぶ殿堂の入り口に立っている。あと一ヶ月間、夏木糸子がしくじらなければ確実に入れる。個人的採点で言えば、この一週間で「ちりとてちん」を超えた。



ここまでくると空気のように毎日になじんで意識することも少なくなるが、実は椎名林檎による主題歌も圧倒的に素晴らしい。あの主題歌のリズムは三拍子。最終回、つまり本当の「ラスト・ワルツ」は3月31日の土曜日―――



||リンク用URL||



20120226/「カーネーション」に見る「大阪最強時代」。

あいかわらずNHK「カーネーション」が面白くって仕方がない。野暮なおこないだと知りつつ、名作「ちりとてちん」との比較を頭の中で繰り返している。まだ「ちりとてちん」の方が僅差でリードしているのだが(今夜、徒然亭草若臨終の回を観て「僅差」を確認した)、「カーネーション」もそうとうである。歴史に残る名作であることは確実。

さて、ドラマはいよいよ昭和40年代に突入。かくいうワタシが東大阪に生まれるころだが、物心をついたのは昭和45年の大阪万博のあと。要するにワタシは昭和40年代前半、イケイケドンドンの「大阪最強時代」を知らない。

ドラマで語られた、岸和田の街をミニスカートの女性が闊歩した時代、コシノ三姉妹が、東京に、パリに、ロンドンに旅だっていった時代、そして大阪万博に向けて大阪の街が豹変した時代をワタシは知らない。そしてイメージはどんどん広がる。



南海ホークスの最強時代が続く。昭和40年に三冠王を獲得した野村克也が我が物顔でミナミを闊歩する。「今に見とけ」と藤井寺で走り込みを続ける近鉄の新人、鈴木啓示。何も知らないいがぐり頭の江夏豊はまだ高校生。高校のグラウンドでびっくりするような直球をひたすら投げている。

そのミナミのジャズ喫茶「ナンバ一番」でザ・スパイダースが公演をするとなると阪急電車で駆けつける京都の高校生たち。その中のとりわけ大きな瞳の少年の名は沢田研二。洒脱なMCを繰り広げる堺正章や、ビートルズの複雑怪奇なコードの分析に余念がないかまやつひろしは、その大きな瞳の少年が自分たちのライヴァルとなり、そして踏みつぶしていくことをまだ知らない。

まだクルマがまばらな御堂筋で、最新のスポーツカーを法定速度以上で走らせるのは、人気絶頂「漫画トリオ」の横山ノック、横山パンチ。パンチの後の名前は上岡龍太郎。「古くさい演芸なんてくそくらえや、テレビジョンとロックンロールで培った鮮やかな感性で新しい笑いを見せつけてやる」。スポーツカーのスピード感はそのまま、彼らの笑いのスピード感になっている。

そこからちょっと奥に入ったなんば花月で、彼らを横目で見ながらひとつの確信を持った天才漫才少年。「あの男と漫才コンビを組んだら絶対に売れる」。天才少年の名は横山やすし、「あの男」は高知から出てきた苦労人、西川きよし。漫才の経験がない西川を口説き、なだめ、叱りながら、漫才ブーム、そしてM-1グランプリへの大河につづく最初の一滴が落とされるのだ。

「オリンピックが東京やったら、大阪は万博や」。東京に負けることなんて誰も考えすらしていない大阪。ミナミには力が吹きだまり、南海ホークスが日本一になり、つづいて、沢田研二のザ・タイガース、やすし・きよしが全国にのしていく。大阪制作のテレビ番組が電波となって、今よりも濃厚な大阪弁が全国に広がっていく。万博に向けて、高層ビル、地下鉄、高速道路がニョキニョキと延びていく。

そして岸和田から、南海電車に乗ってミナミを経由した伊丹空港から、優子、直子、聡子、つまりヒロコ、ジュンコ、ミチコが旅立っていく。これが―――大・阪・最・強・時・代!



細かな時代考証を確認していないものの、だいたいこんな感じだったろう。で、物心がついたワタシの前に広がっていたのは、阪神工業地帯からのスモッグが立ちこめ、南海ホークスは転げおちるように衰退、ザ・タイガースは解散、大阪制作のテレビ番組はがくんと減って……

それは、東京に完全に掌握されていく大阪の姿。のちのちワタシは大阪のど真ん中の高校を出て東京に行くこととなるのだが、それはまた別の物語だ。

と、いろいろあって今、東京のメディアの中で大阪が存在感を発揮するのは「カーネーション」と、そしてやたらとスタンドプレイが目立つあの市長のニュースしかないのだ。



||リンク用URL||



20120219/岡村靖幸を笑うな!

さいきん、岡村靖幸のことをふと思い出す瞬間が多く、そんな瞬間に思いついたことをこまめにツイートしています。まずは昨年8月のツイート。

「大沢(誉志幸)よりもワイルドで、久保田(利伸)よりもセクシーで、そしてプリンスよりも背が高い」、無名ライター時代、1989年末の光文社「Boon」誌で岡村靖幸『靖幸』を「レコード大賞」にしたときのリード文。

次に2月11日のツイート。

1989年ごろ、NHK FMの番組で萩原健太が岡村靖幸『ベジタブル』を自慢げに紹介して、渋谷陽一、今井智子、ピーター・バラカンが「プリンスの物真似だ」と嘲笑したことを覚えている。

とにかく岡村靖幸はその「岡村ちゃん」性によって値踏みされることが多い。佐野元春を継ぐ先端的日本語ボーカリゼーションや作詞作曲編曲演奏歌唱をこなす超才人ぶりは殆ど評価されない。彼をリスペクトする若者も基本的には半笑いである。

岡村靖幸の傑作『靖幸』は、変な言い方だが「傑作すぎた」。あまりに軽やかにとんでもないアルバムを作ったので周囲がその真価をよく確かめないままピークが終わった。『家庭教師』以後の彼ははっきり言って遺産の食いつぶしである。

責任の一端は当時最盛期を迎えていた音楽雑誌にある。アーティスト礼賛の提灯記事ばかり書いて岡村靖幸の音楽性のような複雑だけど重要なテーマに切り込まなかった。とてもパチパチ!と拍手を贈れるものではなかった。

最後に個人的な話をすれば、岡村靖幸『靖幸』、ユニコーン『服部』、フリッパーズギター『海へ行くつもりじゃなかった』を聴いていたのは1989年、大学生最後の夏。ミュージシャンへの夢を断つには十分な傑作3枚の夏だった。

以下、昨日のツイート。ひさびさにカラオケボックスに行って…

(1)久々にカラオケに出陣し岡村靖幸を歌うという暴挙に出た。と言っても私が選曲したわけではなく勘所のいい若者が勝手に入れたのだが。で、「カルアミルク」「どぉなっちゃってんだよ」などのノーマルな選曲だけではなく「Super Girl」が入ったのには驚いた。セカンド『DATE』#2。

(2)往々にして岡村靖幸の語られ方というのは、半笑いで「岡村ちゃん(笑)」と評される、要するに「ステージでパンツ一丁になる変態シンガー」とていうもので、それは間違ってはいないのだが、あまりに一面的、いや0.5面ぐらいしかない。「愛と平和のジョン・レノン」ぐらい食い足りない。

(3)まぁ事実としてアルバム『靖幸』以降は、本人もそんな「変態性」で商売をしようとしたフシがあるのだが、この『DATE』のときはまだかなりまともで、佐野元春に次ぐ「EPICソニーの屋台骨」の座を渡辺美里やTMネットワークと争っていた時代の作品。

(4)その分、岡村氏の才能がピュアに炸裂していると思われる。カラオケの画面は歌詞を確かめる機会。「Baby I Got 愛が人生のMotion ベンジョンソンも証明済み」。こんな歌詞だったんだ。改めて驚いた。 http://t.co/On5xrrcH (了)

とまぁ、岡村靖幸が軽んじられること、もしくは「半笑い」で語られることへの違和感があるわけですね。当時、リアルタイムで食いついた世代としては。

『家庭教師』以降、現在にいたる「停滞期」だけを見て勝手に「半笑い」で「ステージでパンツ一丁になる変態シンガー」と言うなよと。そうだとしたら俺の青春はどうなるんだと。そう思うわけですよ。

いま欠落している岡村論は、「佐野元春の後継者としての岡村靖幸」論です。要するに「日本語をロックに乗せる方法論の最先端を走っていた岡村靖幸」という捉え方だと思います。

大滝詠一→矢沢永吉→桑田佳祐→佐野元春、そして岡村靖幸。この流れで日本語が英語的に発音され(母音のバリエーションが増えたり、破擦音を強めたり)、ロックのビートに乗りやすくなっていった歴史。

そして重要なのが、この佐野元春→岡村靖幸が同じレコード会社、EPICソニーだったということです。このレコード会社は80年代に、日本語をビートに乗せるある独特のテクニックを持っていました。

佐野元春《サムデイ》→♪|街の|歌が聴こえてきて

渡辺美里《My Revolution》→|非常|階段 |急ぐ|くつ音

TM NETWORK《SELF CONTROL》→♪君を連れ去る|クルマ|を見送って

大江千里《GLORY DAYS》→♪|きみの|目に映るぼくがいて

そうです。言ってみれば「16分音譜歌詞詰め込み歌唱法」です。| |内の歌詞がギュッと詰め込まれてことが歌ってみると分かると思います。

佐野元春が編み出し、EPICだけでなく日本語ロック全体の潮流になった方法論なのですが、震源地である青山一丁目付近、EPICソニーのアーチストが特に多用したのです。

という流れの上に、岡村靖幸の歌詞、「上にのせた「Baby I Got 愛が人生のMotion ベンジョンソンも証明済み」を位置づけるのです。つまりは当時、佐野元春の方法論をより過激にした「日本語をロックに乗せる方法論の最先端」の存在だったわけです。

「岡村ちゃん」(この言い方自体好きではない)を軽々しく「変態シンガー」と安く見積もる風潮が嫌いな理由を分かっていただけたでしょうか。



||リンク用URL||



20120212/『コメ旬vol.003』を読んで下さいませ。

はい。今回は宣伝ですいません。キネマ旬報社から2月16日に発売される「全方位型・お笑いマガジン『コメ旬vol.003』」に原稿を寄せております。

これがその目次なのですが、ここ(の右側114P、ダイノジさんの下)にありますように、「お笑いを聴く―――音楽としてのお笑いについて」というタイトルのコラムです。

友近とタカ(アンドトシ)、東京03角田、2700八十島のボーカル、フットボールアワー後藤とAMEMIYAのギター、その他、お笑いの音楽的側面について鋭く斬り込んでいます。

少なくとも「友近はちあきなおみ『喝采』をカバーするべきだ」と激賞するコラムなど、これが最初にして最後だと思われます。

その他歴史に残る名番組、TBS『クイズ☆タレント名鑑』特集(あの「カラオケスーパー素人」直撃など)という、これもまた最初にして最後の大特集も控えております(あの番組、終わると言われてますから)。ぜひ書店で手に取ってみて下さい。



||リンク用URL||



20120204/NHK『カーネーション』をさらに面白くするための配役改訂案。

NHK『カーネーション』がいよいよ面白い。世の中的にはヒロイン糸子と「周防さん」(綾野剛)との純愛でそうとう盛り上がったようですが、ワタシとしては、今週になってから、つまり三姉妹の長女と次女が大人になってから、盛り上がりに拍車がかかってきた気がします。

ツイッターでなんどもつぶやいてしまったように、次女の直子、川崎亜沙美が素晴らしいのです。


朝から凄いものを観た。 #カーネーション の次女直子の迫真の演技。周防さんのくだりからのロマンティックな空気にソースとマヨネーズを塗りたくるような。目力と運動神経、とんでもない原石がいたもんだ。「第二の藤山直美」になれる。つまり関西喜劇界の心臓になれる。

「この鋭い目をした娘が川崎亜沙美や、近く天下取るよってに覚えとけ」というサービスカットでしょう、長女と次女の喧嘩のシーンは。幸い名前が「美」で終わる。藤山直美に養子縁組して、寛美→直美→藤山亜沙美を継いでほしい。大阪からの新しい才能に興奮するのはブラマヨ以来だ。 #カーネーション

2012年大阪のブライテスト・ホープ。女優部門では「カーネーション」の次女直子(川崎亜沙美)、お笑い部門では松竹芸能の「さらば青春の光」。この1分30秒の予告編でも底知れぬパワーと知性が堪能できます。 http://youtu.be/rHyqBmuCVoY

さて、これとは別にこのようなことをかつてつぶやきました。

#カーネーション が良いのはほぼ関西人のみで演じられていること。関西舞台のドラマは関西人だけで演じろと狭量なことは言わないがニセ関西弁が入るとえらく興ざめするのも事実。感心したのは近藤正臣。関西人なら分かると思うが、ああいう桂小文枝のような喋り方のジジイは法事になると必ず出てくる。

そうです。このドラマの隠れた魅力として、関西出身者が関西人を演じるリアルさ、もっといえば「ただしい関西弁」で構成されているということがあると思います。

むかし『週刊ベースボール』で「地域密着とはすなわち、その地域に住む人々のその地域へのプライドを喚起することだ」と書きました(我ながら至言)。朝から正しい岸和田弁を堪能することで、東大阪市出身、河内人のワタシも、大阪に対するプライドが喚起される。なんと幸せなことでしょう。

さて、最後に細かな話をしておけば、一部「非関西人」がいて、彼らがちょっと違ったイントネーションの発音をすることが、少しだけこのドラマの完成度を損なっている気がします。ここで、今更ですが私案として、このドラマを関西人のみで塗り固める配役改訂案を書いておきます。こうだったら、もっと良かった。

長女優子(新山千春:青森県青森市出身)→池脇千鶴(東大阪市出身)
新山千春については、東京にかぶれる役回りなのでまだ許されるのですが、関西弁がちょっと変な瞬間があります。あとスタイルが良すぎることと、やはり年齢的に無理がある配役でした。ここはひとつ新山と同い年ながらももっと若く見え、そして小柄な池脇千鶴でどうでしょう。ワタシの同郷、東大阪市出身。

吉田奈津(栗山千明:茨城県土浦市出身)→水川あさみ(京都市出身、茨木市育ち)
栗山の聡明な感じは得難いキャラクターですが、あのような顔立ちは大阪にはいません。もうちょっとキツめの関西顔として水川あさみを充てましょう。たしか『風のハルカ』でもいい雰囲気を出していました。

昌子(玄覺悠子:石川県出身)→本上まなみ(茨木市出身)
玄覺悠子も残念ながら関西弁がギクシャクする瞬間が何度かありました。ちょっとイメージが違うが本上まなみで。サディスティックにヒロインをサポートする本上まなみを見てみたい。

アメリカ商会木之元(甲本雅裕:岡山県出身)→トータス松本(兵庫県西脇市出身)
関西人のアメリカかぶれということでロック界からの異色の配役を。店の前に置いてあるギターを自分で弾くイメージです。

ヒロイン糸子(夏木マリ:東京都豊島区出身)→秋野暢子(大阪市中央区出身)
夏木マリについては実はぜんぜん心配はしていません(大阪にあのような怪女はよくいる)。ただしヒロインなので細心の検討が必要でしょう。とても暑苦しい秋野暢子なら安心だ。

と、このようなことを言いたくなるのも、元が面白いからです。あと二ヶ月、毎朝楽しませてもらいます。

【同日追記】夏木マリ代役に秋野暢子はちょっと濃厚すぎるので、萬田久子(堺市)でもいいような気もしてきました。あと知名度的に難がありますが、長女は我がアイドルちすん(大阪市)がベスト。彼女も確か『風のハルカ』で好演。



||リンク用URL||



20120129/スージー鈴木inラジオ・デイズ。

むかしむかし、FMヨコハマ土曜夕方に「トワイライト・ナビゲーション」という番組がありまして、その番組内に「6時35分の男」「謎のマーケティング・プランナー」という触れ込みで登場していたスージー鈴木という変なパーソナリティがいました。

彼のコーナーは3年半、全180回続いたのですが、その中でベストな出来の音源を15ネタ集めた「Radio Days」のコーナーがこのサイトにありまして、しばらく閉ざしていたのですが、このたびまた復活させます。


(1)第27回:コストパフォーマンスCDの世界(1996年4月20日O.A.)
(2)第28回:在日ガイジンのための日本語講座(1996年4月27日)
(3)第34回:デジャーブ・クラシック特集(1996年6月8日)
(4)第38回:5分で出来るギター弾き語り(1996年7月6日)
(5)第42回:スージー鈴木ピアノリサイタル(1996年8月3日)
(6)第45回:盆踊り特集(1996年8月24日)
(7)第46回:横浜市内めちゃめちゃ小さな旅(1996年8月31日)
(8)第58回:カラオケ一人リミックス芸(1996年11月23日)
(9)第99回:神奈川銘柄のCMソングを歌おう(1997年8月30日)
(10)第110回:ドラムンベース特集(1997年11月15日)
(11)第116回:年忘れバカリミックス祭り(1997年12月26日)
(12)第119回:ロックンロール予備校(1998年1月17日)
(13)第123回:バカリミックス祭りpart3(1998年2月14日)【最高傑作】
(14)第156回:Baystars Hitting Order Remix(1998年10月3日)
(15)第161回:ウエダ君ショウ!(1998年11月7日)

タイトルだけ読んでもどんな内容かまったく分かりませんが、いまから10数年前、青春真っ盛りのスージー青年の才気溢れるトークが今となってはとても新鮮です。

いまやたいへんに世慣れてしまったスージー中年の安定したトークもなかなかのものですがですが、このころのちょっと緊張したテンション高めのトークの荒削りな魅力も捨てがたいものがあります。

「日本一の器用貧乏」、スージー中年にぜひラジオのお仕事を。スージー本人になりかわりお願いいたします。



||リンク用URL||



20120122/羽曳野のダルビッシュくん、テキサスに行く。

ここ数日いろんなところで書いたが、ワタシはダルビッシュ有を「日本プロ野球史最高の投手」だと思っている。

時代が違うから比べるのも実に不毛なのだが、確かに「1959年の杉浦忠」「1961年の稲尾和久」「1968年の江夏豊」は壮絶だっただろう(生で観ていない)。ただし客観的な視点で冷静に考えれば、「2011年(までの数年間)のダルビッシュ」は彼らを上回ると思う。

それぐらい、この50年間の日本野球の進化は凄まじいはずだし、だから多分、いまの千葉ロッテでもV9巨人に勝てるのではないか(勝:成瀬、負:堀内、本塁打:大松10号、王55号)。

さて、ここ数日の「ダルビッシュ騒ぎ」でワタシの心にいちばん深く刺さったのは、彼の記者会見。それも自信満々の発言(当たり前だ。球史最高の投手なのだから)ではなく、このひとことだ。

―――(問.注目されることをどう思うか)「『大阪の羽曳野市で生まれ育った野球好きの子ども』ということは変わらない。日本でもそうだったが、注目されることには戸惑っている」

羽曳野(はびきの)。ワタシが生まれ育った東大阪市にほど近い河内の小都市。ワタシが近鉄大阪線ならダルビッシュは近鉄南大阪線。才能は月とスッポンの爪の垢ぐらい違うが(こんにちは、垢です)、同じように生駒山を見ながら育ってきた少年だった。


大きな地図で見る

「街はずれ」という言葉があって、河内のあたりを表現する形容として実にふさわしい。大阪市内ほど都会ではない、豊中や池田の阪急沿線ほど裕福ではない、なんとかニュータウンほど新しくはない、かといって和歌山に近い和泉のあたりほど寂れてはいない。まさに「街のはずれ」。

東大阪、八尾、松原、藤井寺、羽曳野。まぁ、柄はお世辞にもいいとは言えない、どちらかと言えば貧しい、ただいわゆる田舎ではないので「都会に出ればなんとかなる」という希望もない。ある意味でもっとも末期的な街と言えなくもないのだ(だから平田信が東大阪に住み着いた理由もなんとなく分かる)。

このような育ちである「河内の子」の郷土観は複雑である。過剰な郷土愛もなければコンプレックスもさほどない。ただ、末期的な街で育った変な自信みたいなものがあって、それは、より都会の人間にもより田舎の人間にも負けないという感覚。スモッグと町工場とヤンキーと日本一汚い(と言われた)大和川という末期的風景で育った力強さとしたたかさ。

あまりよく知らないので憶測で語りたくはないが、河内という地に育ったイラン人ハーフの少年としてはそれなりの軋轢もあったろう。彼の弟の素行にもいろいろと複雑な背景が感じられる。羽曳野生まれというベースに、そのような育ちの複雑さも含めてダルビッシュの強靱さがある気がする。

「『大阪の羽曳野市で生まれ育った野球好きの子ども』ということは変わらない」とアメリカ人記者に言ってのけるセンス。同郷(と言ってしまおう)のワタシが彼の成功を予感するのは、「日本プロ野球史最高の投手」という事実よりも、この精神面への強い信頼からである。



||リンク用URL||



20120115/不定期連載「世界一簡単なギター教則本」第1~2回

ひょんなことからFacebook(http://www.facebook.com/suzie.suzuki)上でこのような「連載」を始めました。ご興味のある方はぜひフィード購読下さいませ。

第1回「ギターはケースから出して裸で立てかけておこう」

昔、英語の先生が言った言葉で忘れられないのが「英語の勉強は、まず辞書のサックを捨てることから始まります」。サックとは、辞書をすぽっといれる紙製の包みですね。その先生はサックや、辞書本体についているビニールカバーをその場で捨てろと指示しました。要するに、辞書を何度も見るのが英語の勉強なのだから、余計な手間が必要となるサックやカバーなど百害あって一利もなしだと言うのです。

ギターを学ぶことも同じで、思い立ったらすぐにギターに触れられることがたいへん重要です。つまり、「ギターの勉強は、まずギターをケースから出し、そのケースを押し入れにしまうことから始まる」のです。

同様に、ギターをいつもピカピカにキレイにしている人がいますが、プロならともかく、いまから、とにかくなんでもいいからギターを弾けるようになりたいというド素人のあなたにそのような習性は危険です。乱暴に扱ってもいい、キズつけてもいいから、とにかくギターを何度も触って、弾いて、感じることが重要なのです。

写真は「港南台のジミーペイジ」、スージー鈴木先生の部屋です。ギタースタンドが安く売られていますからそれを買ってきて、このように裸で立てかけておくのです。どうでしょう、この雑な置かれ方は。でも主役は自分。自分が弾くこと、弾く快感であって、ギターが主役では決してありません。第1回の結論、いつでも手に取れるようにギターはケースから出せ、そして雑に扱え、です。

第2回「まずは2~4弦だけで『Everyday People』を弾こう」

さて第2回です。いきなりですがもう一曲弾いてしまいます。今回は省略しますがチューナー(安くていいのがいっぱいあります)を使って完璧なチューニングをしたあとで、2~4弦だけを使います。逆に言えば1弦と5~6弦は使いません。外してもいいですがそれも面倒なので、セロハンテープを弦とネックをつないで貼ってミュート(消音)してもいいですね。

実は2弦、3弦、4弦はそれぞれシ・ソ・レの音で、これを一気に鳴らすと【G】のコードになります。勘違いされがちなのですが、コード(和音)とは使う音の組合せ(【G】ならソ・シ・レ)を示しているに過ぎないので押さえ方は無限にあります。この、何も押さえない(=「開放弦」)2弦、3弦、4弦も、見かけはヘナチョコですが立派な【G】コードなんですね。

(このパラグラフは少し上級者向き)ちょっと余談に行きますが、同じメジャーコードでも音程が変わると雰囲気が変わると思います。私の感覚で言えば【A】=明るい元気者、【B】=貧血気味のガリ勉、【C】=温和な優等生、【D】=やんちゃ坊主、【E】=喧嘩好きの番長、【F】=メガネの芸術肌、そして【G】は底抜けに明るい体育会系のイメージです。屈託がありません。そうですね、The Eagles『Take It easy』(http://youtu.be/5zuhxfrXocw)のキーが【G】であることが全てを象徴している気がします。西海岸風味のコード、【G】。

さて、この世界一簡単なギター教則本で用いている「鈴木メソッド」のキーワードは感動です。あなたは今【G】が弾けるのです。西海岸の底抜けに明るい太陽と風を手に入れたのです。「じゃ【G】の次は?」などのさもしい思いに駆られるのではなく、今、もうすでに「【G】が弾けたこと」に感動しましょう。感涙してもいいです。

はい。ではさっそく一曲弾きましょう。突然ですが1968年のビルボードナンバー1に輝く名曲、Sly & The Family Stoneの『Everyday People』です。この曲は延々と【G】だけで進行します。なのでなんと2~4弦だけを適当に鳴らしていれば伴奏が出来るのです。

ちなみに歌詞は「黄色い肌したヤツが黒い肌を受け入れない。黒い肌のヤツが赤い肌を受け入れないし、赤い肌のヤツは白い肌を受け入れない」など人種問題を歌った曲です。ま、この曲が好きかどうかはともかく「弾きたい曲を弾くのではなく、弾ける曲を弾いて、感動する」。これが鈴木メソッドのポイントです。ではまた。

(注)添付した『Everyday People』のYouTube音源はキーが【G】より少し高く【A♭】との中間ぐらいになっています(テープ録音の当時にはよくあることです)。この映像に合わせるならチューニングをやや高めにしてください。



||リンク用URL||



20120107/新年のごあいさつ~唯一性と永遠性について。

紅白歌合戦の椎名林檎のステージが圧倒的に良かったですね。何が良かったかといえば、歌が上手いとかそういうレベルではなく、「いま、世界中でこのパフォーマンスが出来るのは彼女しかいない」という、いわば「唯一性」みたいな部分が良かったと思うのです。

トヨタのCMでブロンディの《ハート・オブ・グラス》が使われていて、それでふと、この曲の元ネタといわれたサディスティック・ミカ・バンドの《ヘーイごきげんはいかが》を思い出して、そこからミカ・バンドをこの正月休みによく聴いていました(そうなんです。嘘のような本当の話、「元ネタ」なのです。 サエキけんぞうさんご本人から承認ツイートをいただきましたもの)。

聴くアルバムは『ミカ・バンド・ライブ・イン・ロンドン』。まぁこちらも圧倒的な演奏。実はこの演奏が繰り広げられた1975年秋の段階で、イギリスではチョッパーベースという奏法があまり知られていなくて、後藤次利の派手派手なチョッパー奏法がかの地のロックキッズの度肝を抜いたといいます(当時のイギリスの新聞に「ツグトシ・ゴトーのフラメンコ奏法」と書かれています)。

ただ、このアルバムを聴いて不思議に感じるのは、リーダー加藤和彦の存在感がとても薄いことです。言ってみれば「サディスティックス(高橋、高中、後藤、今井)featuring ミカ」の演奏になっていて、「リーダーの加藤和彦はこの演奏でほんとうに達成感を感じていたのか」ということが気になりはじめたのです。

音楽家というより、スタイリッシュに新しい文化・風俗を雑食していく人だった加藤氏が、あこがれの地のロンドンで、チャイナ服を着て、《黒船》などのオリエンタルな曲を、曲芸みたいなベースやギターをバックに歌って、あげくの果て「我々が見た一番背の高い日本人」なんて言われ方をすることは、加藤和彦の本意じゃなかったんじゃないか?

それからミカ・バンドは、加藤和彦とミカの離婚もありすぐに解散します。ただそんな離婚がなくても、もしかしたら加藤和彦はもうミカ・バンドという器に限界を感じていた、飽きていたような気がします。単なる一リスナーの憶測ですが。

さらに一昨年の加藤和彦の自殺。正月からこんな話もどうかと思いますが、このサイトで しつこく何度か書いているように、音楽家として自らの永遠の立ち位置を見つけられなかったことがその背景にあるような気がして仕様がないのです。

さて、ミカ・バンドのあの演奏は1975年のロンドンにおいて、こちらも「唯一性」あるパフォーマンスだったわけです。でも2012年の正月にワタシはこう考えるのです。

「唯一性」だけじゃダメなんじゃないか、「永遠性」がなければダメなんじゃないか。

紅白の椎名林檎には「永遠性」も感じることができます。つまり、「ワタシはこのような歌を歌っていくぞ、そして紅白という日本の芸能界の頂点でこのような違和感ある輝きを保っていくぞ、永遠に」という覚悟が見えます。

ひるがえって、ミカ・バンドには「唯一性」はあれど、もう本当に一瞬の花火のような、ガラスのようなパキパキの輝きがあるだけで(それはそれでとても魅力的なのですが)、椎名林檎のような覚悟は見えてこない。むしろ加藤和彦の限界やあきらめが臭ってくる。ミカ・バンドは大好きでこれから何度も聴いていくはずですが、ただ今、ワタシが求めていることは椎名林檎の方角なのではないか。

長くなりました。野球で、音楽で、お笑いで、「唯一性と永遠性」あるパフォーマンスを追っていきたいと思います。あわよくば自らの「唯一性と永遠性」あるパフォーマンスも追求したいと思います。こんな感じで暑苦しく、今年もよろしくお願いいたします。



||リンク用URL||





suziegroove@nifty.com

Copyright © 2011 Suzie Suzuki & Attackammo office