20121230/2012年レコード大賞の発表。

過去のレコード大賞。

1992年:吉川晃司《せつなさを殺せない》
1993年:ザ・ブーム《島唄》
1994年:小沢健二《愛し愛されて生きるのさ》
1995年:Mr. Children《シーソーゲーム~勇敢な恋の歌》
1996年:(該当作品なし)
1997年:カジヒデキ《ラ・ブーム~だってMY BOOM IS ME~》
1998年:ゆず《夏色》
1999年:椎名林檎《翳りゆく部屋》
2000年:慎吾ママ《慎吾ママのおはロック》
2001年:ピチカート・ファイヴ『さえらジャポン』アルバム
2002年:RIP SLYME『TOKYO CLASSIC』アルバム
2003年:クレイジーケンバンド『777』アルバム
2004年:大塚愛《さくらんぼ》
2005年:YUKI《長い夢》
2006年:Def tech 《Power in da Musiq ~Understanding》
2007年:くるり『ワルツを踊れ~Tanz Walzer』アルバム
2008年:木村カエラ《Jasper》
2009年:木村カエラ《Butterfly》
2010年:ベッキー♪#《好きだから》
2011年:桑田佳祐《月光の聖者達~ミスター・ムーンライト》

さて、あらゆる市場が停滞・衰退傾向になっていることは歴然たる事実なのですが、その中で「音楽ソフト市場の凋落」話を見聞きしたときだけに感じる、喉の奥に魚の骨が刺さったような違和感は何だろうと思うのです。

その違和感の背景には、「市場凋落話を自虐的に語る、音楽という素敵なカルチャーに関わっている人たちは、幅広いリスナーが広く満足するような、言葉本来の意味でのポップスを本気で作ろうとしているのか?」という疑念があります。

昨夜観たNHK『夢の紅白』という番組。昭和のヒット曲から感じる、1億人を相手にしている緊張感。お金のニオイがぷんぷんするような手触り。そして、46歳のワタシが未だに見事にソラで歌えるほどに記憶しているという事実。

ちあきなおみ《喝采》に代表される、その魅力と迫力に数百万人の老若男女がひれ伏し、そして財布を開き数百円の対価を支払うような楽曲。そんな作品を制作することが困難なことは重々分かるけれど、まずは本気で作ろうとしているのでしょうか。

という疑念・懸念がここ数年ずっとあるのです。音楽という素敵なカルチャーに関わっている人たちに対して。

ここからはもうひとつの別の話。ここで何度か書いていますが、人生の中でもっとも強烈な感動を得た映画作品は『パッチギ!』。

そしてあの映画の中でもっとも強烈な感動を得た台詞は、放送禁止だった『イムジン河』のオンエアを上層部から止められたときに、大友康平演じるラジオ番組のディレクターが叫ぶ台詞、「世の中に歌っちゃいけない歌なんてねぇんだよ!」。

音楽とは何かということを考えるときに、これほど決定的な言葉はないと思うのです。と、同時に逆もまた真なりとも感じます―――「歌わなきゃいけないと決められる歌もあっちゃいけない」。

自民党の憲法改正草案。一般的には国防軍や基本的人権の問題で語られますが、ワタシは追加された第三条、「国歌は君が代とする」「国歌を尊重しなければならない」に注目します。

未だに積み残されているいろんな議論を強制終了して、「歌わなきゃいけない」と決めることはないんじゃないか、そしてそういうややこしい状況であれば、国歌とは別に、もっと合意と愛着を喚起しやすい「国民愛唱歌」を作ればいいんじゃないかと思うのです。

ワタシの知る範囲だと、坂本九《上を向いて歩こう》、赤い鳥《翼をください》、荒井由実《瞳を閉じて》、サザンオールスターズ《希望の轍》、スピッツ《空も飛べるはず》……。例えばサッカーの国際試合の前にこういう曲を「国民愛唱歌」として歌う。

戦争の臭いを強く残す他国の勇壮な国歌とは違い、これらの曲は曲調がちょっとセンチメンタルで、それは日本人のメンタリティにとっても合っていると思うのです。

「国」が制定した「歌」、ではなく、「国民」が自発的に「愛唱」する「歌」。ポップスの意味をもっとも本質的に突き詰めたら、こうなります。そして、あきらめずに、へこたれずに、そういう曲を作ってみろ、作ろうとしてみろ、とけしかけたいのです。

音楽という素敵なカルチャーに関わっている人たちよ、頑張れ!

2012年レコード大賞:木村カエラ《Sun shower》



《上を向いて歩こう》、《翼をください》、《瞳を閉じて》、《希望の轍》、《空も飛べるはず》というキラキラしたラインナップに、2012年、この曲が並びました。

そこまで激賞する理由はすべてこちらに→ 「木村カエラがこれからもずっと歌いつづけるならば、いつか世界から戦争はなくなるのではないか」

きっと なくしたものや
きっと 失ったものは
ずっと 君の近くで
形を変えて 側にある きれいに



準レコード大賞:山下智久《愛、テキサス》



準レコード大賞:八代亜紀《夜のアルバム》



準レコード大賞:ヒャダイン《20112012》



それでは、よいお年をお迎え下さい。



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20121223/ワタシ的・コンテンツ・オブ・ザ・イヤー2012の発表。

映画・オブ・ザ・イヤー:『おおかみこどもの雨と雪』

『桐島、部活やめるってよ』を超えて、このとってもウェルメイドな映画がオブ・ザ・イヤー。この映画嫌いのワタシが二度も観た。家族3人が雪の上を滑っていくシーンは映画史に残ると思う。地味ながら素晴らしいのが音楽で、その雪のシーンのバックでかかっていた、これまでまったく聴いたことのないような音楽の素晴らしさ。アメリカよ、これが日本映画だよ。



ドラマ・オブ・ザ・イヤー:NHK『カーネーション』

文句なし。圧倒的。2位のTBS『イロドリヒムラ』を遠く引き離した完全勝利。あと数年経ったとき、2011年から2012年の心象風景を思い出すとき、必ず脳裏に出てくるであろうドラマ。特に素晴らしかったのは3月3日、尾野真千子としての最終回。「ヘタレはヘタれて泣いとれ。うちは宝抱えて生きていくよって」。ワタシもこの言葉を携えて生きていこうと思う。

ビューティー・オブ・ザ・イヤー:尾野真千子

2012年もっとも美しかったのは、武井咲でも、剛力彩芽でも、ましてやきゃりーぱみゅぱみゅでもなく尾野真千子である。とりわけ、例の「周防さん」との抱擁の回における彼女の佇まいはビューティー・オブ・ザ・イヤーの称号にふさわしい。

コメディアン・オブ・ザ・イヤー:バナナマン

「一歩抜け出した」という表現が実にぴったりくる大活躍。笑いを生み出すOSが他の芸人より数バージョン進んでいるという気がする。また上記『イロドリヒムラ』で見せた日村の新しい側面も含め、一皮むけた(バナナだけに)彼らの活躍を称えたい。

お笑いネタ・オブ・ザ・イヤー:さらば青春の光「ぼったくりバー」

お笑い界のブライテスト・ホープがキングオブコントで披露した抜群の発想。このネタで見せている新しい才能とセンスは、2013年のお笑い界を震撼させると思う。バナナマンはOSの進化だが、さらば~は、別のリーグ、別のルールでプレーをしているという感じだ。そのルールが来年以降の新しいお笑いのルールになるという気がする。



ナイトスクープ依頼・オブ・ザ・イヤー:「盲導犬と山に登りたい」(7月27日)

これも文句なし。映像冒頭、盲目の鍼灸師の「(ナイトスクープを)耳で楽しんでいるのですが、映像も浮かんでくるんですよ、皆さんの笑顔が」という発言はナイトスクープという番組にとっての一つの金字塔。ギャラクシー賞なんかより余程価値があるものだと思う。



バラエティ・オブ・ザ・イヤー:『ロンドンハーツ~フット後藤大解剖スペシャル』(10月23日)

同じく「抜け出した」のがフット後藤。「ツッコミ芸」に焦点を当てさせることで新しい魅力がぐんぐんと湧いてきた。『ゴットタン』でのジェッタシーの抜群なバカバカしさも含めて、フット後藤が有吉弘行に接近した2013年。

本塁打・オブ・ザ・イヤー:堂林翔太の第1号(4月28日・甲子園)

球宴の中村紀洋のスリーランを押さえて、この広島のプリンスの美しい第1号ホームランを推したい。決して大きくない身体でこの美しい弾道はどうだ。石井琢朗のスパルタ教育で枠にはめるより、自由に奔放にやらせた方がいいタイプではないかとも思う。



守備・オブ・ザ・イヤー:糸井嘉男のフェンス際キャッチ(9月30日・ヤフードーム)

2012年シーズン、阿部慎之助と並んでもっとも輝いた男のびっくりするような跳躍力。しなやかで、たくましく、その上おもしろい。相変わらずマリーンズ・ファンを続ける所存だが、糸井と中田と陽の外野だけは嫌いになれない。



MFP(Most Funky Player):セ=堂林翔太、パ=糸井嘉男

上記参照。

2012年レコード大賞:来週発表!

さて、いろいろあった2012年ももうすぐ終わり。来年もたくさん素晴らしいコンテンツに出会えることを祈ろう。ヘタレはヘタれて泣いとれ。うちは、エンタテインメントという宝抱えて生きていくよって!

【追記】本・オブ・ザ・イヤー:『あんぽん~孫正義伝』佐野眞一(著)

水道橋博士『藝人春秋』をふりはらいこの本がトップ。いろいろあったけれども、佐野眞一はここで終わるようなタマではない。





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20121215/「ぼくらが愛した『カーネーション』」をぼくらが語ろう。

読了。ほっしゃんや宮沢章夫、宇野常寛、石原壮一郎、スチャダラANIらがドラマ『カーネーション』について語る本。正直、期待したほどではなかったが、とはいえ語られる側である『カーネーション』自体のパワーだろうか、やはり読み応えがある。

減点するのは、彼らが陶然として語る『カーネーション』深読み解釈論を読まされることへの疲労感からだ。さらに正直に白状すれば、その疲労感には、「ちょっと待て、その点については俺にも語らせろ」と思うフラストレーションも上乗せされている。

エンタテインメントの本来的愉しみは多面的な深読み解釈をすることであり、そしてその解釈をみんなで戦わせることにあると思う。

「評論家気取り」という言葉があって、それは多分によくない意味で使われるけれど、少なくともエンタテインメントに関して言えば、「評論家気取り」で語ることほど楽しいことはない。そしてみんなが「評論家気取り」にならないから、日本のエンタテインメントはいつまでも貧弱なままなのだとも思う。

どれだけ貧弱かと言えば、『カーネーション』という金字塔を建てておきながら、そこから『梅ちゃん先生』、『純と愛』という、それこそ坂道を転げ落ちるような朝ドラの転落ぶりに表れている。そしてそれを指摘し批判する声があんまり聞こえてこないことにもまた、表れている。

あらためて思うのは、深読みに応える幅と奥行きに関して『カーネーション』は抜群に優れていたということだ。少なくとも「ぼくらが愛した『梅ちゃん先生』」という本は考えられない。

と、ここまで言い切るのは、ワタシ自身が当時、深読み解釈合戦に参加していたからだ。

20120204/NHK『カーネーション』をさらに面白くするための配役改訂案。

20120226/「カーネーション」に見る「大阪最強時代」。

20120303/尾野糸子のラスト・ワルツ。

20120324/あけましておめでとうございます。

このサイトで何度も書いていることだが、「エンタテインメントは受け手のほうが上位である」。ワタシたちが、評論家気取りでコンテンツを深読みし、解釈し、批評する言葉を持つ。『カーネーション』と『梅ちゃん先生』の段差をあからさまにする言葉を持つ(当然、逆の意見を持つ人はそれを語る言葉を持つ)。

そんな言葉が日本国中を覆い尽くしたときに、エンタテインメントはずんずんと進み、ぐんぐんと豊かになるだろう。だから、「ぼくらが愛した『カーネーション』」をワタシたちが語ろう。せっせと語ろう。



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20121208/12月8日の夜に聴きたい彼の歌。

今日12月8日は世界中のラジオで《Imagine》と《Happy Xmas》、《Starting Over》がやたらとオンエアされる日ですが、ワタシがDJとして、ある思い入れを持って選曲できるならば次の2曲を選びます。

「ビートルズとは何だったのか」という問いに対して、私は「ロックンロールに変なコード進行を持ち込み、おそろしいほどに彩り豊かにした連中」と答えます(余談ですがワタシは「前田敦子とは何だったのか」という広告が非常に苦手です)。

そのビートルズの初期を主導していたのはポールではなく明らかに彼。そして、デビューアルバムにおける彼の傑作がこの曲。歌い出し(♪I Love You~の「You~」)とエンディングに出てくる謎のⅢm(G#m)から匂い立つ彩り。色で言えば深緑のような陰影。

実に不思議なのは、どうして歌い出しにⅢmを使うという発想が出てきたのかということなのですが、まぁ要するに単なる思いつきなのでしょう。なぜなら、そんな変で奇妙なコード進行の曲をおびただしい数作っていますから、ビートルズは。

レナード・バーンスタインとスージー鈴木が絶賛する《Ask Me Why》。


さて、彼の最高傑作は言うまでもなく《Strawberry Fields Forever》なのですが、残念なのはボーカルがダブルトラック(二重録音)になっていることです。

宅録をしたことがある方なら分かると思うのですが、このダブルトラックには麻薬のような魅力があって、音程のズレを隠すことが出来、そして声をふわっとさせるという効果があります。

彼はこの麻薬に取り憑かれた結果、なんと「一回歌っただけで二回重ねたような効果」を発生させる機械(ADT=Automatic Double Tracking)をスタッフに作らせるに至ります。逆に言えば、それくらい自分の生声が嫌いだったのでしょう。

あの「黒く」ない、真っ白でペラペラな地声への自己嫌悪(対してポールは「黒い」歌い方が得意)。ワタシはその自己嫌悪が実に残念だと思うのです。あの声で歌われるホワイト・ロックンロールの魅力。もっと生々しい録音でもっとたくさん聴きたかった。

この曲も正式バージョンはダブルトラックなのですが、この生歌バージョンのほうがずっといい。なんだかよくわかりませんが「ざまぁみろ!」と言いたくなる素晴らしいボーカル。


1940年生まれ、1980年に40歳で殺される。とても計算しやすい組合せです。生きていれば72歳。没後32年。《Imagine》より、《Happy Xmas》より、《Starting Over》より、この2曲を。



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20121202/ナイツがいない『THE MANZAI 2012』に期待はあるか。

『THE MANZAI 2012』の組合せ抽選会の番組を観ていて重要な事実を確認する―――ナイツが出ない。

日曜22時からのTBS『日10演芸パレード』という、なんともしまりのない演芸番組がある。前回の「清水ミチコの前でエハラマサヒロに矢野顕子のモノマネをさせる」という、まるで演芸の神様に歯向かうような構成に象徴されるしまりのない番組。

ただこの番組の唯一の魅力は、ナイツがレギュラーで出演し、毎回きっちりと漫才ネタを見せていることである。これは素晴らしい。大英断である。ナイツの新作ネタを毎回見られる歓び。

言うまでもなく、ナイツは今いちばん面白く、かつ安定感を保っている漫才コンビである。ただこの発言には注釈が必要で、以下のような、ワタシなりの漫才の定義・好みに強く依ったものである。

(1)漫才とは、(動き=ムービーではなく)コトバ=テキストの笑いである。
(2)漫才とは、既成の権威に対する毒・風刺・批評が介在する笑いである。
(3)漫才とは、時代性を色濃く反映した笑いである(だから決して落語のように古典化しない)。

『M-1グランプリ』で言えば2002年のますだおかだネタを珍重するのもこの考えに基づくものだし、またタカアンドトシの見事なテキスト能力を偏愛したり、そしてナイツを最高水準と認定するのも同じく。

昨年の『THE MANZAI 2011』、決勝戦におけるナイツのネタをさっき確認した。改めて素晴らしいと思った。酒井法子を揶揄した上で「ドラマのヘロイン」と落とすあたりのスピード感は芸術的とさえ言える。

ただ、ひとつ思ったのは、そのナイツの漫才を尊重する空気に乏しいということ。詳しくは昨年、 「THE MANZAI 2011総括~漫才の番組ではなく、番組の中の漫才」に書いたが、端的に言えば、爆笑問題がネズミの格好をしている段階ですでに場が緩い。緊張感に乏しい。M-1には決してあんなことはなかった(その上、優勝はパンクブーブーにさらわれた)。

渾身の漫才を披露しながら、それをちゃんと受け止められない緩さ。番組のそんな雰囲気に呆れて撤退したのではないか、ナイツは。

とはいえ、『THE MANZAI 2012』は少し改善される可能性が高い。まず時間が12月16日(日)の17:30~19:58と、時間が短縮されること(昨年は長すぎた)、あと松竹芸能期待のオジンオズボーンの躍進(優勝してほしい)など。ただしあの悪名高きワラテンシステムはまた継続するようなので、改善といえどたかが知れているとも言えるが。

というわけで、今回は数年ぶりに「ツイッター・リアルタイム批評」などの野暮なことを止めて普通に観させていただきます。でも…一応願望込めて軽く予想。

○=決勝進出 ◎=優勝

【Aグループ】
1.テンダラー(予選11位)
2.ウーマンラッシュアワー(予選6位)
3.ハマカーン(予選5位)
4.◎オジンオズボーン(予選2位)

【Bグループ】
1.トレンディエンジェル(予選10位)
2.NON STYLE(予選9位)
3.○磁石(予選4位)
4.千鳥(予選1位)

【Cグループ】
1.スーパーマラドーナ(予選8位)
2.アルコ&ピース(予選7位)
3.○笑い飯(予選3位)
4.ワイルドカード決定戦勝者→囲碁将棋

追記:上記、M-1と比べた場合の雰囲気の緩さ、悪さについては司会者に依るところが大きいと思う。残念ながら今田耕司とナインティナインの差は大きい。加えて、高島彩はこのような番組のアシスタントには不向きである。



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20121124/日本の恋と、荒井ユーミンと。

洋楽ロックが好きで、グループサウンズの中でもトッポいバンドが好きで、正直、器量はそれほどでもないけれど、絵を描いても音楽を作ってもセンスは抜群。そんな少女が八王子にいた。

その恐ろしい才能に大人が寄ってくる。六本木キャンティの川添梶子、かまやつひろし、そして、優れた作曲家であり、経営者としてアルファレコードを立ち上げた70年代音楽業界のキーパーソン、村井邦彦。

村井の号令一下集められたのは気鋭の音楽集団、ティン・パン・アレイ。言うまでもなく、細野晴臣、鈴木茂、松任谷正隆、林立夫。彼らと少女の出会い。これが良かった。その後も少女は強運をところどころで発揮するが、ティン・パン・アレイとの出会いはその中でも屈指の幸運だったと思う。

というのは、少女が作るヨーロッパ教会音楽的な、いやもっと具体的に言えば、複雑で奇妙なコード進行の楽曲に対して、アメリカンでファンキーな音作りに長けたティン・パン・アレイ。この異種混合が初期楽曲の絶妙な味わいに結実している。

たとえば、初期の《そのまま》という曲。この中間部でとぼけた音のバンジョーが使われている。天才少女がグランドピアノに向かって、眉間に皺を寄せて作った構成的な楽曲に対し、手練れのティン・パン・アレイが、もっとポップに、もっと気楽に、と声をかけている感じのアレンジだ。

そして、そんな異種混合の演奏に乗せられる歌詞は、地味ながら日本ポップス史に燦然と輝く。

あなたの好きなものは ひとつ残らず言えるわ
鏡の前のすみれが きのうようやくひらきはじめた
ずっとそのまま 咲いていて
あなたの心が 変わらないように
そのまま

繰り返すが、少女の最大の幸運はこのような、人々とのエキサイティングな出会いと交流にある。

そして少しばかりの不幸があったとすれば、この混然にして劇的な制作体制が長続きせず、ティン・パン・アレイの中のひとりと結婚、少女の作詞・作曲の才能は持ちこたえるも、(ここは独断であることを承知で言わせていただくが)少女の夫になった彼による安全で凡庸なアレンジによって塗り固められてしまったことだ。

オールタイムベスト、『日本の恋と、ユーミンと。』をワタシが選曲できたなら。

#1.生まれた街で
#2.やさしさに包まれたなら
#3.よそいき顔で
#4.卒業写真
#5.瞳を閉じて
#6.そのまま
#7.セシルの週末
#8.あの日にかえりたい
#9.A HAPPY NEW YEAR
#10.翳りゆく部屋
#11.空と海の輝きに向けて
#12.ひこうき雲

その多くを荒井由実作品が占めるだろう―――日本の恋と、荒井ユーミンと。



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20121118/白黒の『時間ですよ』から1970年の赤坂の街を妄想する。

森光子が亡くなった。そのことに関して特別な思い入れはないのだが、生前の映像として、1970年の白黒の『時間ですよ』が流れるのがたまらない。



ワタシは世代的には『ムー(一族)』であり、その前にシリーズ化されていた『時間ですよ』は再放送で観ていた世代のだが、それでも『時間ですよ』には強烈な印象が残っている。

森光子を核として、全身これ運動神経という具合に飛び跳ねる堺正章、20代とは思えないクセのある枯れた演技を見せる悠木千帆(樹木希林)、ドラマと現実が交差する人を喰ったような脚本。

あのドラマの印象をたぐっていくと、うまく言えないのだが、1970年前後、「テレビ・エンタテインメントという銘柄の株価がいちばん高かったころ」のキラキラしたイメージが広がる。

特に、今や見る影もない(失礼)のTBSのキラキラ感。赤坂サカスのBizタワーのところに本館ビルがあり、地下に「ざくろ」「グラナータ」があり、ロビーには目一杯着飾った芸能人がたむろする。

とりわけ当時の堺正章だ。加瀬邦彦の著書にある当時堺評。「洋傘を銀座の傘専門店に持ち込みきれいに巻きなおしてもらう。ただそれだけのために雨の日には必ず銀座に立ち寄る。本当にオシャレな人っているんだなと驚いた」

他にも、一本入った裏通りでは加藤茶がハーフのモデルを口説いている。タイガース解散間近の沢田研二はつまらなそうな顔をして一ツ木通りからタクシーに乗り込む。

夜の輝きがひき潮のように消え去ったはきだめのような早朝、辛気くさい風情で楽器を持っている長髪の若者4人組は、『ヤング720』生出演を終えたはっぴいえんどか。

あの時代の赤坂の街は、芸能人と、とっぽい若者と、そして暴力団の巣窟だったろう。TBSがあり、ディスコ「MUGEN」「ビブロス」があり、そして芸能事務所、ホテル・ニュージャパン。数年前には目と鼻の先のラテンクオーターで力道山が刺されている。

赤坂はその後、麹町に追い越され、河田町にも追い越され、そして今やテレビ・エンタテインメント自体の株価は見る影もなく、パーソナル・コンピュータとスマートフォンの画面の中だけが輝いている時代になってしまった。

1970年の白黒の『時間ですよ』から広がる、当時のキラキラした赤坂への妄想。白状すればそんな、手の届かなかった赤坂、手の届かなかったテレビ界が今でも、死ぬほどに好きだということだ。そんな気持ちは一生変わらない。



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20121111/桑名正博《哀愁トゥナイト》の聴き方。

(以下、 Facebookにて10月30日に書いた記事の増補版です)

追悼というわけではないのだが、桑名正博が亡くなった10月26日から数日の間、桑名初期の名曲である《哀愁トゥナイト》を数十回と聴きつづけた。それで分かったこと・憶測したことがいろいろとあるので一気に書いてみようと思う。

なぜこういうことを書きたくなるのか、私自身ちょっと謎なのだが、告白すれば、それぞれの曲に関してこういう勝手な憶測をしながら聴くのが趣味なのである。ただし、この80年代の音楽界を牛耳る男たちが既に勢揃いしているさまを見るにつけ、憶測したい気持ちは頂点を超える。

プロデューサー:小杉理宇造、作曲:筒美京平、作詞:松本隆、編曲:萩田光雄、ピアノ:羽田健太郎、ドラム:高橋幸宏、ベース:後藤次利、ギター:高中正義、パーカッション:斉藤ノブ、コーラス:桑名晴子……ボーカル:桑名正博。

筒美京平のプロフェッショナルな仕事を見て、当時、歌謡界を色眼鏡で見ていた桑名は「耳栓が抜けた」と言って賞賛したという。桑名正博に初めて会ったときの筒美京平の感想は「かっこいい人、スターになるだろう」。このフレーズもいい。1977年6月、歌謡曲とロックの劇的な出会い。



小杉理宇造:言わずと知れた山下達郎のビジネスパートナーでありジャニーズの顔役。当時はRVCレコードに所属、山下達郎はまだうだつがあがらず、桑名正博に賭けた想いは強かったはず。この「ファンキー歌謡」の音作りの成功が、翌年の達郎のアルバム『GO AHEAD!』の《BOMBER》や《LET'S DANCE BABY》につながり、そして80年代に入り、RVCの歌謡曲のピークとも言える山下達郎作曲、近藤真彦《ハイティーン・ブギ》に結実する。

筒美京平:この「ファンキー歌謡」を生み出した張本人。サウンド先行の印象を受けるが驚くべきことに松本隆の詞が先にあったという(後述《木綿のハンカチーフ》も同様)。 コード進行 は比較的平凡だが、サビ終わりでF(キーはEm)が登場するのが面白い。

松本隆:「哀愁トゥナイト」という、「I shoot night」と響きが近似するフレーズの発明が大金星。既に《木綿のハンカチーフ》をヒットさせており(1975年12月発売)、またこの曲の直後に原田真二を手がける時期。つまりこの曲のような、ニューミュージックと歌謡曲の中間的な言葉遣いに自信を持っていた時期であろう。そして80年代を迎え、この「ニューミュージックと歌謡曲の中間的な言葉遣い」が世の中のメインストリームとなっていき、その中に大滝詠一から寺尾聰、松田聖子までがすっぽりと包まれていく。

萩田光雄:この完成度が高い曲の中での画竜点睛。始終鳴り響くホーンのうるささ、ダサさはこの人の仕業。まぁ当時の歌謡曲は必ずホーンとストリングスが付いていたのでそのノリで保険をかけたアレンジか。同じホーンでも筒美自身がアレンジすると郷ひろみ《恋の弱味》(1976年)のイントロのように劇的に格好良くなるのだが(日本歌謡史で最もかっこいいイントロ!)。



羽田健太郎:この曲に参加し、直後に沢田研二《勝手にしやがれ》のイントロのあのピアノを弾き、そして80年代に入ってすぐ、佐野元春《アンジェリーナ》のイントロのピアノを弾くのだから、この人は「持っている」。

高橋幸宏:こたつに入って細野晴臣からイエロー・マジック・オーケストラの構想を聞かされる一年前。この曲の特徴としてリズムが「走ってしまっている」(速くなっている)ことがある。おそらくセッション的に録音され、高橋、後藤、高中という当時の「サディスティックス」の面々がノリノリのまま数テイクで一気に録ったのだろう。16ビートの細かなノリのサビに行くとリズムが走り出す。エンディングはさらに走る(イントロのテンポとの差を感じられよ)。普通、リズムが走る演奏は不快なものだが、この曲はまったく不快ではないのは何故だろう。

後藤次利:作曲や編曲にこびを売らず、まごうことなき「ベーシスト」として超然と活動していたころの超然とした演奏。一見、後藤らしくない地味な演奏と思いきや、サビの部分での16分音譜の細かい動きは実に見事。75年、ミカバンドのロンドン公演でのチョッパーベースでロンドンっ子の喝采を受け、78年に木之内みどりと「恋の逃避行」をする間の時期。そしていろいろあって、80年に沢田研二《TOKIO》の変態ベースで80年代という時代と寝はじめ、レベッカがあって、おニャン子があって、河合その子と出会って……と、別の物語が動き出す。

高中正義:この曲について、桑名正博ともう一人の主役がいるとすれば高中のギター。おそらくストラトキャスターによる爆発的な早弾きは全編アドリブのはず。エンディングの狂ったような演奏は、高橋、後藤と演奏したミカバンド時代の歴史的名演《塀までひとっとび(スキスキスキ)》(ロンドンライブ)の延長戦の味わい。皮肉にもこの「俺のギター、スゲェだろ!」期を過ぎてリゾート音楽にシフトしてから、80年代という時代が高中を迎え入れる。



桑名正博:……という背景の中での見事なセクシー・ボーカル。 サビ終わり(2分20秒)の「♪ウォウホホー」のシャウトから高中の早弾き、いや馬鹿弾きにつながるところの感動はどうだろう!―――桑名正博。ザ・グレイテスト・ボーカル!



桑名正博の遺体はクルマに乗せられ、御堂筋をゆっくりと走る「お別れパレード」をしたという。その様子、その桑名正博最期の瞬間にデビュー曲の歌詞がぴったりはまるのがまた美しい。この人は最後の最後、最期の最期まで、とにかく美しかった。

「スウィートホーム大阪」

にいさん あの娘をたのんまっせ
わいは旅に出ることに決めたんや
そんで今日は大阪見物やってまんねん

ほんまに世間は広おまんなァ
わいも若いし まだこれからや
そんでついに大阪を離れまんねん

おっさん ここが通天閣だっせ
まあ一杯やりまひょ
大阪もこれがたぶん見おさめや
わいはたぶん もう帰りまへん

Sweet Home大阪 Sweet Home大阪
Sweet Home大阪
わいはたぶん もう帰りまへん



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20121104/木村カエラがこれからもずっと歌いつづけるならば、いつか世界から戦争はなくなるのではないか。

天然モノのボーカル。ボイストレーナーに筋肉を増強された人工養殖モノではなく、突き抜けるようなノン・ビブラートのナチュラルな発声。

木村カエラ本人による歌詞。大サビの歌詞を聴いてワタシは想起した。ドラマ『カーネーション』を。

きっと なくしたものや
きっと 失ったものは
ずっと 君の近くで
形を変えて 側にある
きれいに

上品なメロディ、そしてアレンジもとっても好ましい。上の大サビの次の「♪この辺りで心を休めようか何も間違いじゃないって染まるまで」のAメロのバックで大サビのメロディが鳴っているのがすごく良い。ポール・マッカートニーの味わい。

そしてこの映像。4分半のスペクタクル。「♪羽を広げて飛んでゆける」のところの美しさに脱帽。


ワタシが選ぶレコード大賞、 2008年の《Jasper》 2009年の《Butterfly》、そしてこの曲。

これだけ高潔で清廉な作品を、彼女がこれからも歌いつづけることが出来るのならば、世の中はもっと優しい気持ちになり、そしてゆくゆくはつまらない争いを放棄しようという気分に覆われるのではないか。

世の中を正しい方向に導いてくれる歌。



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20121028/80年代とは小泉今日子の水平志向である。

80年代を語ろうとしたら、なんとも億劫な感じが心に発生するのはなぜだろうか。

たぶん、80年代前半であれば、ニューアカデミズム、新人類、朝日出版社(最近変に話題)の『週刊本』みたいな気持ち悪さを思い出すから。80年代後半であれば、最近でもまだ死に絶えていない「バブル自慢中年」の気持ち悪さを思い出すから、だと思う。


『週刊本28号~卒業 KYON2に向って』より

ただ小泉今日子のNHK『SONGS』を観て、すこしワインも飲んでしまったので、意を決して小泉今日子を、そして彼女が代表していた80年代を振り返ってみようと思う。うむ。緊張する。

当時ウヨウヨと出現した気持ち悪いライター群の中で、田中康夫だけには妙に心酔し、著作もいろいろと読んだ記憶がある。印象的な言葉は「価値紊乱(びんらん)の時代」。つまり80年代は価値が混乱しはじめた時代で、(うろ覚えだが)「今やマルクス主義と松田聖子は等価である」みたいな意味合いのことをよく書いていた。

水平型、フラット型と言い換えてもいいと思う。マルクス主義やクラシック音楽、純文学を頂点とした垂直構造が崩壊、マルクスと簿記会計、クラシックと松田聖子、純文学と『なんとなくクリスタル』が水平に等価に並んでいる構造がやってきたのが80年代だったと言えよう。

NHK『SONGS』で聴いた小泉今日子の歌は、まぁ当時に増して不安定でボーカル・トレーニングをしていないことが丸わかり。ただしそれを否定する気はない。なぜなら、当時からずっと思っていたのだが、小泉今日子は「日本一、歌の下手さを改善してほしいという欲求が起こらないボーカリスト」だからだ。

1985年11月、ワタシが19歳になった月に起きた大事件、《なんてったってアイドル》の発売。「アイドルがアイドルをはじめてパロディ化した」という一点において、それは革命と言っても過言ではない(作詞:秋元康)。当時出始めのおニャン子クラブと並んで、アイドルと普通の女の子が水平に並んだ時代。

小泉今日子はその鋭敏な感性で、自ら垂直型の頂点から水平型に飛び降りることで商売をしつづけた人という印象がある。だから「歌の下手さを改善してほしい」という気が起きない。歌唱力という観念も実は垂直型のものだから。

と、ここまでは何だか平凡な論旨なのだが、最近思うのは、当時青春を過ごした世代、つまりワタシもこの水平型に飛び降りるパロディ精神がDNAとして骨の髄に埋め込まれているなぁということである。

茶化したい、鼻を明かしたい、愉快犯でありたい、パロディ化して垂直の緊張から自分を解放したいという強烈なDNA。だから身丈に合わないテレビ出演などをしてしまうのだが、格好悪いことにスタジオでは垂直型に取り込まれて冷や汗をかいたりする(笑)。

そんな世代が中核となっているこの国に持続的な成長などあり得ないと思いつつ、一歳上の女性が今、不安定なボーカルで《まっ赤な女の子》を歌う姿にすこしだけ勇気づけられるのだ。

(極私的小泉今日子シングルベスト5)
1.夜明けのMEW:秋元康最高傑作。
2.My Sweet Home:ドラマ『スウィートホーム』の良さで加点。
3.なんてったってアイドル:価値紊乱の80年代を象徴する1曲。
4.あなたに会えてよかった:ビートルズのパロディソングと捉える。
5.素敵なラブリーボーイ:キャンディーズ《夏が来た!》と並ぶ穂口雄右の傑作。



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20121020/小西康陽のK点超え~八代亜紀『夜のアルバム』評。

現段階で今年最高傑作。


小西康陽という人は、日本ポピュラー音楽史上、もっとも音楽を知り尽くした人ではないかと考えている。これは 「ダルビッシュが日本野球史上最高の投手」 という考え方と同じで、長い歴史を超えて現代に最高があると判断するのである。

作曲、編曲、そして作詞(あまり語られないが実に素晴らしい歌詞を書く)、大衆音楽作りの奥義が完全に頭にたたき込まれている。

ライヴァルは、筒美京平。ただし作詞に加え、自らもプレイをするということも含め、大胆にこう言い切ってしまう―――「小西康陽はK点(京平地点)を超えた」。

徳永英明のカバーアルバムがヒットして以降、いろんな歌手が続々とカバーをリリースしている。それらの中には看過できないものがいくつかあり、例えば大友康平がちあきなおみ《喝采》や和田アキ子《あの鐘を鳴らすのはあなた》をカバーしたという情報には怒りすら覚える。

かつて中島美嘉が《アメイジング・グレース》をカバーしたときに感じたのと同様の憤り。「あなたはどういう覚悟でその曲を選んだのだ?」と言いたくなるのだ。早急に「日本カバー曲審議委員会(NCC=Nippon Cover Council)」を立ち上げ、歌手×選曲を審査するべきだと思う。

音楽を知り尽くした小西康陽による、八代亜紀にジャズを歌わせるというアイデア。ジャズのスタンダードからりりィ《私は泣いています》までの見事な選曲。そして見事にスウィングして歌いきる八代。これなら「日本カバー曲審議委員会」も太鼓判を押すだろう。

収録曲の中でのベストトラックは《私は泣いています》と《ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー》。スローな曲より、リズムが強くスウィングした曲の方が出色。また英語よりも日本語の方がグルーヴが出るのも八代らしい。

ちなみに、ジャケットや歌詞カードのセンスも抜群。パッケージメディアで持っておくべき一枚です。



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20121006/「東京野球ブックフェア」の歌謡曲イベントに出演します。

来週日曜日、「東京野球ブックフェア」における以下の謎のイベントに参加します。、ぜひお越し下さい。

「東京野球ブックフェア」とは?

17:00~18:30 プロ野球×歌謡曲ナイト

@月島「相生の里」8階デイサービスセンター

スージー鈴木 × ヨシノビズム(プロ野球 音の球宴) × 特別ゲスト 駒田徳広

プロ野球と音楽、一見、深いつながりはないように見えて切っても切れないその関係に、興味はありませんか?

今回は野球文化評論家でもあるスージー鈴木氏と、「プロ野球 音の球宴」で野球DJとして活動するヨシノビズム氏(ファンタスティック・ピッチング・マシーン中嶋氏は残念ながら欠場…)、そして、特別ゲストにはあの「満塁男」駒田徳広氏(野球解説者)が登場!

実は駒田さん、歌謡曲が大好きなんだそう。それぞれ歌謡曲についても造詣の深いスージーさん、ヨシノビズムさんとプロ野球と音楽について語っていただきます。

夕方からのスタートで、会場はさながらクラブのように(えっ?)盛り上がること間違いなし。 参加費/1000円

参加を希望される方は info@yakyubookfair.com まで、タイトルを「プロ野球×歌謡曲ナイト」として、お名前/人数/お電話番号/メールアドレスをお送りください。

イベントは18:30までですが、ブックフェア自体は18:00に終了します。イベント終了後にブースをご覧いただくことはできませんのでご了承ください。

未だにどんなイベントで何をするのか分かっていないワタシですが(笑)、何かが起きるでしょう。ぜひお越し下さいませ。



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