20130929/さいきん読んだ本と、エンタテインメント各部門半期表彰。

テレビドラマ部門(金・殿堂入り):『あまちゃん』(NHK)

テレビドラマ部門(銀):『放課後グルーヴ』(TBS)

テレビドラマ部門(銅):『夫婦善哉』(NHK)

俳優部門:小泉今日子(『あまちゃん』天野春子役)

音楽部門:大友良英『あまちゃん』オープニングテーマ

ラジオ部門(金):『ダイノジ大谷ノブ彦のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)

ラジオ部門(銀):『亀渕昭信のとことんビートルズ以前』(NHK FM)

プロ野球部門:田中将大(東北楽天ゴールデンイーグルス)

高校野球部門:高橋光成(前橋育英高校)

野球&音楽部門:吉川晃司『イマジン』(8月6日・マツダスタジアム「ピースナイター」)

映画部門:『風立ちぬ』



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20130921/テレビドラマ史が塗り替えられる瞬間。

さぁ、腹をくくるときがきた。

山田太一脚本のドラマ『岸辺のアルバム』を観たのは、1977年の本放送ではなく、再放送。1988年、溝ノ口の木造の部屋で、こたつの上に置かれた、室内アンテナ付き10型という小さなテレビで。

とても有名な、多摩川が決壊するラストシーンもそうだが、何気ないシーン、たとえば、小田急沿線のモスバーガーでアルバイトする風吹ジュンのバックで、コーデッツ《ロリポップ》が流れているあたりのリアリティに感心した。

1988年の夏は強烈な暑さ。突き抜けるような晴天の下、溝ノ口から多摩川べりに自転車を走らせて、登戸あたりから、多摩川越しに狛江方面を眺める。それは、ドラマの中での風吹ジュンが、昔住んでいた場所をうらめしく眺める視点だ。

『3年B組金八先生Part2』はリアルタイムで観ている。ただ、何度も再放送で確かめていく中で、このドラマの深遠さと骨太さに奮えることとなる。

「腐ったミカンの方程式」「卒業式前の暴力」。一般的には、例の中島みゆき《世情》のシーンで語られるが、ワタシにとってはその直後、この十数分における「長回し」が忘れられない。

どのような緊張感だったろう。出演者一同、何度も噛みまくりながら、テレビ史に残る1シーンに参加しているという歓びと誇りを胸に、最後まで走りきっている。

山田太一ではもう一作。『ふぞろいの林檎たちpart.1』。こちらは最終回、時任三郎の「胸張ってりゃいいんだ!」に尽きる。本放送は1983年。

さて、1986年から4年間通った大学で、ワタシは山田太一の講演を聴いている。そのとき氏は、「テレビ業界の環境が変わって、『岸辺~』や『ふぞろい~』のようなドラマを作ることが困難になってきている」と語っていた。

その予測は的中。ワタシが成人し、社会と格闘しているとき、音楽やお笑いはそれなりに支えてくれたが、ドラマはすっかりダメに成り下がっていた。

否、秀作はいっぱいあったのだが、上に掲げた、赤坂の放送局による、輝かしい歴史的傑作を超えるものはまったくなかった。超えようとする意志すら感じなかった。

それから、2000年に突如出会った、あさっての方角からの新しい才能。彼による、同じく赤坂の放送局から流れてきた実験的なドラマの数々。一作だけ挙げれば『池袋ウエストゲートパーク』の最終回。

そしてこちらは、まったく保守的な放送局から流れてくる、実に革新的な朝の連続ドラマ。とりわけ、昭和の大阪をこの上なく美しく描いた『カーネーション』。

その二つの流れが一つになり、ワタシのテレビドラマ・ランキングが、ひいては日本のテレビドラマ史が、大きく塗り替えられようとしている。オセロのコマがパタパタとひっくり返される瞬間をしっかりと見つめることができるのは、とても嬉しいし、そして誇りだ。

「宮藤官九郎さんらしいドラマだと思って楽しく見ています。テレビをよく知っていて、朝のドラマはこういうものが当たるという勘みたいなものが非常に素直に出ていると思います」(山田太一)

さぁ、あと一週間―――腹をくくるときがきた。



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20130916/(論文)《青春の輝き》と《卒業写真》の「後ろ髪コード進行」について。

桑田佳祐がカーペンターズ《青春の輝き》について、キーが【A】でサビが【D】から【EonD】に行くことを驚いていた。コード進行など知り尽くしているはずの桑田氏なのにと私が驚いた。しかし真に驚くべきは、ユーミンが何と約40年前にその進行を《卒業写真》で披露していること。

《青春の輝き》のサビ。キーがAで「【D】→【EonD】→【C#m7】→【F#m】」。このリンクは頭出し済。映像では1分12秒あたりから。

こちらは荒井由実《卒業写真》のサビ。キーが【C】で「【F】→【GonF】→【Em】→【Am】」。このリンクも頭出し済。映像では1分5秒あたりから。

今回はちょっとネタ切れなので、上の話をもう少し説明してみます(70年代音楽好き以外の方にはつまらないネタですいません)。

まず、そもそも「曲が終わった感じ」を醸し出すコード進行の代表的なものとして、以下のふたつがあります。キーがCとして、

(1)【G7】→【C】
もっとも基本的でベタな終止法。「ベタ終止」と名付けてもいいかも。音楽の授業の冒頭で先生が弾くピアノは【C】→【G7】→【C】。コントのエンディングの「♪ちゃんちゃん」はG7→C。有無を言わせず完璧に音楽を止めてしまうコード進行。

(2)【F】→【C】
こっちは教会音楽の終わり方。俗に言う「アーメン終止」。賛美歌の終わりで「♪アーーメン」と終わるときがこの進行。ある世代の方には、シュガー《ウエディング・ペル》の「♪アーーメン」も印象的。こちらは敬虔な感じのエンディング。

人間は面白いもので、ベタも好きだけど敬虔な気持ちにもなりたい。ヤンキーの女の子にもお嬢さまにも憧れる。(1)と(2)、両方の気分を味わいたい。【G7】(ベタ)と【F】(敬虔)の融合。

そんなアンビバレントな気分を満たすために、複雑な印象を与える「分数コード」が登場するわけです。ピアノで言えば、左手の低音と右手の和音をちぐはぐな組合せにする。

で、(1)と(2)、両方の気分を味わうための分数コード活用として代表的なものが「【FonG】→【C】」(とその代用としての、響きがほぼ同一な「【Dm7onG】→【C】」)。ピアノで言えば、左手のベースはG(ソ)の音で、右手は【F】の和音を弾く。

これ、日本ではユーミンやオフコースが多用して広めた「ニューミュージック終止」という感じですが、これが全国的にポピュラーになったのは、1979年の超・大ヒット、西城秀樹《ヤングマン》のイントロの【Gm7onC】(キーは【F】)。日本中が分数コードに染まっていった季節。

そして、この【FonG】を逆にして、左手のベースはF(ファ)の音で、右手は【G】の和音を弾く【GonF】。これの前に【F】を付けて、この後を【C】に終止させず「【Em】→【Am】」(こちらはワタシ命名「純愛コード進行」)にしたものが、冒頭の「【F】→【GonF】→【Em】→【Am】」(【D】→【EonD】→【C#m7】→【F#m】)ということになります。

そこで当該部分の歌詞。

《青春の輝き(訳詞)》
愛なしで生きていけないって/わかっていたのよ/無駄な時間ばかり費やしてるって/わかっていたのよ

《卒業写真》
人ごみに流されて/変わってゆく私を

要するに過去を振り返りながら未来を考えているパートになります。ベースのFで過去を引きずりながら、【G】のコードで未来に向かっていく。そんな躊躇(ちゅうちょ)と希望が合わせて醸し出される感じになります。

コードが建前、ベースが本音とすれば、希望があるフリをしながら、本音は躊躇している。そんな感じのコード進行です。言わば「後ろ髪進行」と名付けていいでしょう(逆に「ニューミュージック終止」は実は希望があるのに、躊躇するフリをしている?)。

それにしても、個性的なコード進行。実は《卒業写真》のリリースは1975年6月20日、《青春の輝き》は1976年5月21日なので、カーペンターズのほうが1年遅い。そして、カーペンターズは1976年初頭に来日している。もしかしたら―――



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20130908/「アンダー・プレッシャー」と「アンダー・コントロール」。

クイーンの中で1曲選べと言われたら、一瞬、ちょっと迷うかも知れないが、この《アンダー・プレッシャー》を選ぶだろう。1981年、『ホット・スペース』という摑みどころのないアルバムの中で唐突な感じで入っていた名曲で、デヴィッド・ボウイの共作。

とっても個性的なベースラインに乗って、いかにもイギリス人的な、ポール・マッカトーニー的な、いろんなメロディが詰め込まれた曲で(だからアメリカではそんなに売れなかった)、聴いているだけでお腹いっぱいになる。ごちそうさま。

これがそのプロモーション・ビデオ。冒頭はなんと日本の通勤ラッシュのシーンから始まっている。たぶん新宿駅中央線ホーム。そして歌詞もある悲劇性を帯びている。特にこの、ボウイが出てくるパート。

It’s the terror of knowing
What this world is about
Watching some good friends
Screaming “let me out”
Tomorrow gets me higher, higher, higher...
Pressure on people - people on streets

そうさ この世界がどうやって成り立っているか
それを知るのは 余りにも恐ろしいことだ
仲間が叫ぶ 「ここから救い出してくれ!」
明日に向けて祈る 僕等を楽にしてくれ
人々への重圧 路上生活者への圧力

舞台は静まりかえり、一瞬無関心を装った自分を白状する。

Turned away from it all like a blind man
Sat on a fence but it don’t work
Keep coming up with love but it’s so slashed and torn
Why, why, why?

目が見えないかのように 顔を背け
フェンスの上に腰かけてみたが 効き目はない
愛を見出し続けても 愛は傷だらけでぼろぼろだ
なんで どうして なぜなんだ?

そして、ここからは洋楽ロックとしてかなり通俗的に「愛」を礼賛する歌詞に落ち着いていく。それはともかく、ラッシュ、「ここから救い出してくれ!」、重圧、路上生活者、無関心になる自分―――

これらは、どうしても震災のことを想起させる。『あまちゃん』もついに2011年3月11日を描ききったタイミングでもあり。

と、こういうことを突然書くのは、今朝、びっくりするようなフレーズを聞いたからだ。そう。安倍首相の五輪招致プレゼンテーション。

Some may have concerns about Fukushima. Let me assure you, the situation is under control. It has never done and will never do any damage to Tokyo. I can also say that, from a new stadium that will look like no other to confirmed financing, Tokyo 2020 will offer guaranteed delivery.

フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は制御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません。

「the situation is under control」=状況は制御されています。アンダー・コントロール……福島は「制御」されていた?

2013年の「アンダー・プレッシャー」と「アンダー・コントロール」。未だ状況は、「コントロール」じゃなく、「プレッシャー」の方角にあるだろう。

この曲の歌詞は、こう続く。

Insanity laughs under pressure we’re cracking
Can’t we give ourselves one more chance?
Why can’t we give love that one more chance?
Why can’t we give love, give love, give love..?

狂気がプレッシャーの下で笑う 僕たちは壊れかけていると
もう一度チャンスはつかめないのか?
なんで僕たちは 愛にもう一度チャンスをやれないんだ?
どうして僕たちは愛に与えてやれないんだ?
愛に 愛に 愛に 愛に 愛に
愛が全く時代遅れの言葉だからなのか

(なお、訳詞はこちらから転記させていただきました)



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20130830/さらば青春の光は「さらば、シュール」と言う(『キングオブコント2013』予想)。

「信号赤だよ」「女房に言うな」という、立川談志の小噺があったらしい。ワタシはこういうのが好きだ。自由奔放奇想天外に噺が飛んでいくさま。その飛距離が長ければ長いほど、脳の中が、あさっての方向からブっとばされる快感を体験できる。

その快感を得たのは、最近ではやはり『あまちゃん』である。蒸発したユイちゃんのママ(八木亜希子)が東京を歩いている横に、三又又三が歩いている感じ。そこには抜群の飛距離が埋め込まれている。

お笑い業界において、一般的に、こういう意味不明なネタは「シュール」と表現される。シュール、「超・現実主義」(シュール・リアリズム)の「超」。ただワタシはこの「シュール」という表現が好きではない。むしろ嫌い。大嫌いだ。

意味不明なこと(「意味から自由になっている」などの表現が使われる。ケッ)を知的で進歩的だと思う風潮の愚かしさ。スネークマン・ショーやラジカル・ガジベリビンバ・システム、そして彼らに影響を受けた下北沢の演劇連中が、80年代にまき散らした田舎くさい価値観。

意味不明なことが重要なのではない。そうではなく、自由奔放に話が飛んでいく、その飛距離こそが重要なのである。そういう意味では、立川談志にならって、「シュール」ではなく「イリュージョン」のほうが言葉として適切なのかも知れない。

前にも書いたように、『あまちゃん』が「シュール」という言葉に鉄槌を喰らわす。そして、正しく「イリュージョン」が愉しまれる時代へ。ではその時代の雄は誰だ。

さらば青春の光というコントグループに出会ったのは、この 「こんにちは、さらば青春の光」 の記事で書いたとき。そして、たしかこの年のM-1グランプリの敗者復活で観たネタが最高だった。

「ローソン」と「NASA」が会話の中で入れ替わるという漫才。「俺、昨日、帰りにNASAに寄ったんや」「NASA!?」。あぁ飛距離が素晴らしい、と感動をしたもの。そのときの リアルタイム審査 にはこう書いてある。「松竹芸能の新星!これは何かがある。何かがあるぞ。新しい世代だ」と書いている。

そして、昨年の「キングオブコント」を実質制圧したネタ、「ぼったくりバー」。

さて、今年の『キングオブコント』の決勝進出者が発表された。
・うしろシティ
・ジグザグジギー
・さらば青春の光
・天竺鼠
・アルコ&ピース
・鬼ヶ島
・かもめんたる
・TKO

久しぶりに予想すれば、さらば青春の光の圧勝だと思う。歴史的な圧勝をすると思う。2位のアルコ&ピースを軽く蹴散らして、さらば青春の光が『あまちゃん』無き時代の雄となるだろう。

そしてみんなが「イリュージョン」のとりことなる。そのときのBGMはもちろん、マイケル・シェンカー・グループのコレ。



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20130826/太田裕美『木綿のハンカチーフ』の聴き方。

(「聴き方」シリーズ過去3作)
・『あまちゃんオープニングテーマ』の聴き方。
・松田聖子《チェリーブラッサム》の聴き方。
・桑名正博《哀愁トゥナイト》の聴き方。

キーは【A】で、イントロの冒頭はいきなり【Amaj7】。これは、筒美京平による荒井由実、そして彼女に代表される「ニューミュージック」に対する返答だと思う。ここからニューミュージックvs筒美京平の「十年戦争」が始まる。

イントロでは7小節目で出てくる【C】が聴いている。登場人物の男女2人の関係が移ろいやすく変わっていくような印象に拍車をかける。

歌い出しから4小節でメロディは怒濤の跳躍を見せる。「♪こいびとよー」(ドドドレミー)→「♪ぼくはーたーびだつー」(ミソラーラーララー・ミー)」と一気に1オクターブ以上上がって頂点に達する。北島三郎『函館の女』の「♪は(ド)ーるばるー来たぜはこだてー(ミミミミー)」と同じ、下のドから上のミへ。

面白いのは、それに続く「(はなやいだま)ちでー|きみへのおくりも|のーさが|すーさが|すーつもりだ|ー|ー」が計7小節と、8小節を定型とすると1小節足りない。実はビートルズ『イエスタデイ』も歌い出し冒頭が7小節。名曲には、たまにこういう不思議なことがある。

ご存じのように、歌詞は男女のやりとりになっている。男の言葉を受けて、女の言葉パートに入った途端、ハイハットの裏打ちが強調されてせわしなくなる。このあたり、歌詞内容と見事に呼応していて、編曲としてとても上手い。

その全体の編曲で基調をなすのは、右チャンネルに聞こえるエレクトリック・ギター。鈴木茂のストラトキャスターだと思うがどうだろうか。鈴木は同時期、荒井由実のセッションにも顔を出していたわけなので、いわば「十年戦争」のスパイのような役回り。あと中央にフルートが複数聞こえるのがいい感じ。

そして2番でとつぜん左チャンネルから沸いてくるのがシンセ(のような音)。詳しくないのでよく分からないが、ビートルズ『ヒア・カムズ・ザ・サン』の音に似ているのでムーグ(モーグ)シンセではないか。

実は、同時期にヒットした、『木綿~』と並ぶフォーク歌謡の傑作、南沙織の『想い出通り』のイントロでも似た音が聞こえてくる。同じくCBSソニーということで、同一機材だと思われるのだが。

※南沙織の『想い出通り』:こちらも作曲は筒美京平、ただし編曲は萩田光雄。

コード進行に話を戻せば、「♪そまらないでー」のところのコードが効いている。楽曲のコードを紹介するサイトがいくつかあるが、ここについてはまちまちで、それぞれ弾いてみてもなんだか少し違う気がする。私の見立て(聴き立て)ではディムニッシュ(【C#dim】)じゃないかしら。

【9/23追記】あらためてギターで確かめたら、【C#dim】ではなく【C#m7-5】でした。

そして、新(珍)発見。「太田裕美『木綿のハンカチーフ』の3つの間奏は全て異なる!」

・1番と2番の間(2小節)
・2番と3番の間(4小節)
・3番と4番の間(2小節、シンセ付)

「筒美京平×松本隆」というゴールデンコンビのそうとう初期の一作。荒井由実が切り拓いた、日本人がそれまで聴いたことのないようなコード進行による「ニューミュージック」の登場に畏怖の念を抱き、それに戦いを挑もうとしていた筒美京平。逆に、「ニューミュージック」の側から、歌謡曲に挑もうとしていた元はっぴいえんど松本隆。この2人の劇的なマリアージュ。

(wikipedia「松本隆」より) 初めは歌謡界を見下していたが、「この詞には曲をつけられないだろう」と作曲家の筒美京平に「木綿のハンカチーフ」の歌詞を持っていったところ、あっさりと曲をつけられてしまう。以後、作詞に没頭するようになった。

そう考えると、「ニューミュージック」の側からやってきた長髪のロック青年に対して筒美は、間奏を3つとも変えるという職人技を見せつけようとしたのではないか。「目にもの言わせたるわ、歌謡曲なめんなよ」みたいな気分だったのだろう。

そして、この筒美×松本の代表作と言える、近藤真彦『スニーカーぶる~す』は、『木綿』(1975年12月)のちょうど5年後(1980年12月)。この「5年」という月日は、『木綿』と『スニーカー』の意味や風景の違いを考えれば、とても短い。逆に言えば、この時代の歌謡界がそれだけ豊潤だったということだろう。



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20130825/やわらかくふくよかな大阪文化を取り戻そう。

前々回の続き。それではなぜ、「大阪人が大阪文化を矮小化」するようになったのか。ここで一人の大阪を代表するアイコンに登場願おう―――明石家さんま(奈良出身だが)。

多くの人がお気づきの通り、さんまの言葉遣いは独特である。「~でんねん」「~まんねん」という、おおよそ古風な演芸的言い回しを多用する。島田紳助も同様の傾向があったが、より濃度が高く、確信犯的である。

あれは、「東京人が見た大阪人」を演じていたのではないだろうか(笑福亭鶴光の「ええかええか」も同様)。お調子者で、軽薄で、そしてちょっと好色という、大阪人のパブリック・イメージを演じるツールとしての「~でんねん」「~まんねん」。

言うまでもなく、マクロ環境として、経済的・文化的な東京一極集中現象があり、その東京の中で、うまく生き残るために、「東京人が見た大阪人」を意識的に演じて、東京の需要に応えようとする、さんまの計算高さの象徴だと思う。

そして、このような計算によって、さんまは、タモリ・たけしと並ぶ「ビッグ3」の地位を手に入れた。

余談だが、大昔に読んだ「宝島」誌で、さんまが若いころ、女を追いかけて、師匠(笑福亭松之助)のもとを飛び出し、東京に身を隠したというエピソードを読んだ記憶がある。このときの東京原体験が、上に書いた計算高さの素地にあると思う。

さらに余談。この「ブレイクのために出身地を過度に演じる」という行いは、エンタテインメント界では実はよく取られる手法。YMOの東洋人イメージ(なんせ「イエロー」ですから)も、ひいてはビートルズの襟無しジャケットもそうだろう。

そして、さんまのブレイクが契機となり、「大阪人が大阪人を演じる」傾向に拍車がかかる。個人的には、みうらじゅん(とりわけみうらがプロデュースしたビデオ『吉本ギャグ100連発』)と『探偵!ナイトスクープ』の存在が大きいと見る。

さてさて、言いたいことは、大阪人が東京にほんろうされず、独自の、(反・さんま的、よしもと的な)やわらかくふくよかな文化性を取り戻すべきだということ。

ただしこれ、 ここ にも少し書いたように、大阪人の生活行動範囲は極端に狭く、また定住意識も強いので、大阪人が大阪を客観視する機会が(他の都市よりも)非常に少ない。だから、やわらかくふくよかな文化性に気付くチャンスが少ないなのだ。

というわけで、最後に、ながらく東京から大阪を眺め続けていた大阪人であるワタシが、その視点から注目する誇らしい大阪文化を挙げておきたい。

(1)NHK「夫婦善哉」

「おまえらNHK東京が『あまちゃん』で、クドカンとかそんな反則技出してくんねんやったら、こっちはザ・なにわ小説『夫婦善哉』で『ミスJOBK』尾野真千子+BK朝ドラオールスターズをめっちゃ艶っぽく撮ったるわ」という感じだろうか。徹頭徹尾、美しい映像と正しい大阪弁。大満足。

これが第1回感想。NHK東京『あまちゃん』の成功と、自らの『カーネーション』の継承(と『純と愛』の大失敗)に向けた、NHK大阪(JOBK)の最新の返答だ。

(2)MBSラジオ「ありがとう浜村淳です」

こちらは長寿番組だが、改めて8時台、新聞のニュースを独自の言葉でかみ砕いて説明するコーナーの分かりやすさ、楽しさはどうだろう。大阪人はあれを「普通」と思ってはいけない。みのもんたの数段上。それをずっと毎日やっている。

民放ラジオの企画で、最近、永六輔と浜村淳とつボイノリオが集まる企画があったらしいが、正直、他の二人とは格が違うのではと思った。

繰り返すが、「今言うたんは『未婚率』ですよ。『離婚率』ちゃいますよ。りんごの『り』やなくて、みかんの『み』ですよ」という素晴らしいラジオトークを聴かせる浜村淳を「普通」と思ってはいけない。ラジオ界の人間国宝だ。

(3)憂歌団

そして最後はやはりこれ。そういえば抜群に面白い本が出ていた。

日本語でブルースを歌うようになった経緯、矢沢永吉、清志郎、ヒロトについて。パチンコを止めた理由。そして在日である自分について。ライターを使わず自分で書いている(「むつかしい」という表記が山ほど出てくる)。

アメリカ人に、自信を持って示すことが出来る日本ロックは憂歌団だと思う。大阪は、実は人口の割には優秀な音楽家を輩出していないと思う。広島の足元にも及ばない。

しかし、大阪には木村充輝がいる。これは音楽好きの大阪人であるワタシが、もっとも誇りに思う事柄のひとつだ。



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20130817/「あまロス(あまちゃんロス)」時代を予測する。

小林信彦がいう、居酒屋のサラリーマン全員が『てなもんや三度笠』のテーマ曲を唱和した「テレビの黄金時代」。そのころに生まれた私は、その時代のことがひたすら羨ましかったが、私たちが今、毎朝8時に目を凝らして観ているのは、「テレビ衰退時代」に突然降って湧いた黄金ではないか。

そうツイッターに書いたが、そのように浮かれているのも、あと一ヶ月半である。そろそろ『あまちゃん』以後の時代=「あまロス(あまちゃんロス)」時代を予感し、覚悟しておいたほうがいい。

そこで、その「あまロス(あまちゃんロス)」時代にどんなことが起きるか、それは楽観すべきことか、悲観すべきことかを、じっくりと考えてみた。

(1)本格的80年代回顧ブームが到来。

ワタシも含めた当時思春期を過ごした世代が、上の世代に比べておくゆかしかったせいか、回顧するにはまだ早すぎたのか、これまで世間は、80年代を堂々と回顧し、偏愛することに臆病だった。

ただし、ドラマの中での春子の部屋に象徴される、「奇妙な日々」としての80年代の取り扱われ方を観るに付け、「80年代の面白がり方」に市民権が与えられたような気がするのだ。今後、本格的に、80年代がイジられていくだろう。

ただし、それは80年代の前半に限られる。80年代後半のバブル時代をイジるにはまだ早すぎる。というか、エンタテインメント界にまだ反省が足りない。

(2)アイドルブームが一巡、過渡期へ。

AKBやももクロなどのアイドルブームは、一部の熱狂的なファンと、それを取り巻くフォロワー層で構成されていて、今や、ワタシも含めた後者の裾野の広がりが市場の成長を支えてきた。

ただし、フォロワー層(その多くは、熱狂的なファンのありように違和感を感じながら、おそるおそるCDを買っていた)が、ドラマで、熱狂的なファンの心理を疑似体験してしまった。GMTの誰かを「推す」気分を知ってしまった。

このことにより、何か、新しく奇妙なものへの興味本位でアイドルに触れていたフォロワー層が、その興味を充足させた結果、アイドルから離れていくのではないか。少なくともワタシは、変に満足してしまった面持ちでいる。

(3)お笑い界における「シュール」という物言いの終焉。

80年代以降のお笑い界で、意味不明なネタをなんだか知的なものと勘違いし、「シュール」という、とても乱暴なレッテルを貼る(個人的にはとっても苦手な)慣習が崩壊するような気がした。

「千円返して」「暦の上ではディセンバー」、その他、あのドラマに埋め込まれたテキスト・ギャグは、意味が不明なだけでなく、もっと無節操で、乱暴で、狂気的なレベルまで行かないと笑いとして成立しないことを教えてくれた。

逆に言えば、それぐらいに切っ先鋭いテキスト・ギャグを、日本の数千万人が知ってしまったと言うことだ(余談だが、『半沢直樹』と比べて視聴率が低いと報じるマスコミの不勉強さ。こちらはBS含め、毎日4回放映されているのだ)。

5歳で《おどるポンポコリン》、10歳で『ハッチポッチステーション』、15歳で『M-1グランプリ』、20歳で「欧米か!」という世代が、もう30歳近くになるのだ。だからもう「シュール」はいいだろう。

―――と、(1)~(3)を併せて考えれば、「あまロス(あまちゃんロス)」時代、いい時代じゃないか。日本テレビコメディ史の最高傑作が終わってから、なにかもっと楽しいことが起きそうだ。ワクワクする。



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20130812/大阪文化を自分で矮小化する大阪人。

この時期、個人的には恒例となっているのだが、某大学のスクーリングで大阪にいる。いつのまにか阿倍野にとてつもなく大きなビルが建っていて、そして相変わらず、東京よりも更にむし暑い。

たまに大阪に来ると、大阪的なるものについて考えてしまう。

さて、先週、東京新聞にコメントを寄せた。テーマは阪神の例の決めポーズについて。某テレビ番組で掛布氏があのポーズを非難したことをキッカケとして、その是非がちょっとした論争を呼んでいるのだという。ワタシも、あまり好きではなかったので、否定的なコメントを寄せた。

それに対して、ワタシのツイッターにいくつかリプライが送られてきた。決めポーズに対して賛成7割(主に阪神ファンより)、反対3割くらいで、予想された結果である。ただ、ここでは、これについては書かない。

実は、気になるリプライがあったのだ。「東京のマスコミが決めポーズを批判している」→「大阪には東京とは異なる独自の文化があるんだ」→「この決めポーズも大阪人は喜んでいるんだ。だから、いいじゃないか」という文脈の意見。

このような、「大阪人が、東京との比較意識を非常に強く持ち、東京に対する大阪の特殊性を必要以上に肯定する」という傾向が、この10年ぐらいの間に、非常に高まってきた、高まりすぎたと思うのだ。

ワタシは東大阪出身で、そして大阪を離れて20数年経っている。だから、大阪に住み続けているよりも、大阪人の変化に関して敏感だと自負する。

「大阪の家には必ずタコ焼き器がある」「大阪のオバちゃんはヒョウ柄を着ている」「大阪人はピストルを撃つ真似をされると殺されたフリをする」。

『探偵!ナイトスクープ』あたりがキッカケとなり、こういう東京(に代表される他地域)から見た大阪の特殊性を、大阪人自身がやたらと面白がり、誇らしげに喧伝する気運。『ケンミンショー』などが、その気運に、さらに拍車をかけている。

その結果、多面的で奥行きの深かった(と思う)大阪文化が、とても粗雑でゲスで薄っぺらい一面に矮小化されていく、いや、大阪人がわざわざ自分で矮小化しているようにみえるのだ。

少なくとも、阪神の決めポーズの首謀者である西岡剛は、大阪弁で言う「いちびり」で、やることなすことツッコまれるべき人格だろう(マリーンズファンとしてワタシはよく知っているつもり)。東京が批判したからといって、大阪人が無批判に尊重するのがとても不自然な人だ。

と、まぁ、ここまで書いてなんだが、実は、阪神の決めポーズの件を、ワタシはさして重要な問題であるとは思っていないのだ。ただ、ワタシがもっと気にしているのは、このような「大阪文化の矮小化」の行き着く先に、「橋下徹的なるもの」があるような気がしてしようがないことなのだ。

「そんなん、なんか、めっちゃ田舎くさないか?」

大阪人、そして大阪文化はもっと多面的で、雑多で、個性的であってほしい。そして、東京から何か批判されたときに、こう返せばいい。

「大阪にもいろいろありましてな。あんたが言う大阪って、摂津でっか?河内でっか?和泉でっか?」

(参考)本件についての、広尾晃氏のコラム 「シャドーノックが見たい」。恐れ入りました。



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20130803/日本には、浜田省吾《I am a father》が足りない。

続いてまた広島ネタ。先週NHK BSプレミアムでオンエアされた『浜田省吾ライブスペシャル~僕と彼女と週末に~』の中で流れた、名曲《I am a father》が良かった。

「ダサイ」とか「暑苦しい」とか言わずに、こういう歌詞に感動する中年男性が増えると、日本はもっといい国になるんじゃないか。

I am a father

作詞・曲:浜田省吾

額が床に付くくらい 頭を下げ毎日働いてる
家族の明日を案じて 子供達に未来を託して
傷ついてる暇なんか無い 前だけ見て進む
スーパーマンじゃない ヒーローでもない
疲れたどり着いた家 窓の明かり まるでダイヤモンド
I am a father

TVニュース観るたびに 子供達が巻き込まれた事件
ドアの外 すぐそこまで近づいてること感じて眠れない
嘆いてる暇なんか無い 命がけで守る
チャンピオンじゃない リーダーでもない
妻と今日一日を 無事に過ごせたことを祈ってる
I am a father

子供が幼く尋ねる 「何故人は殺し合うの?」
抱き寄せ 命の儚さに熱くなる胸の奥…

He was so lonely in the days of youth.
He never thought of fatherhood.
But now his life is like a Merry-go-round.

迷ってる暇なんか無い 選んだ道進む
ムービースターじゃない ロックスターでもない
明日は今日よりも 良い日になることを信じてる
I am a father

かつて夢見る少年だったこのオレも今ではFather

追記:サザンオールスターズの活動再開に向けて読んでおくべき文章。村上龍による「無敵のサザンオールスターズ」(1984年)の最後の部分を抜粋。



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20130727/吉田拓郎のもっと大きな功績について。

このサイトで何度も書いているが、日本ロックの歴史の見方は、「東京(出身者)中心史観」「はっぴいえんど中心史観」みたいなものに囚われていて、地方出身のミュージシャンの功績をないがしろにする傾向がある。

たとえば矢沢永吉(広島出身)。論理的背景がなく、かなり感覚的に編み出したようなので低く見積もられがちなのだが、キャロル時代のあの、日本語を英語のように歌う発声法がなければ、桑田佳祐の登場はなかっただろう。

もう少し分かりやすい範囲で言えば、日本における通俗的なツッパリファッション=「リーゼントに革ジャン」もキャロルの発明ではないか(これは「ガッツポーズ」を生んだと言われるガッツ石松にも比肩する功績だ)。

そのような流れでふと思いついたのは、同じく広島出身の吉田拓郎。一般的には、「ダミ声歌唱法」「字余り作詞法」などが彼の功績と言われるが、そんなものはつまらないものだ。もっと大きな(かつ分かりやすい)功績として、「日本的なものの若者文化化」があるのではないか。

ちょっともってまわった奇妙な表現になっているが、要するに、英米コンプレックスに翻弄されず「日本の経験・土地・風景・記憶……を歌うことを若者トレンドに乗せた」ということを言いたいのだ。

ヒットアルバム『元気です。』は、そんな曲がぎっしり詰まっている。はっぴいえんど《さよならアメリカさよならニッポン》という、東京のインテリのちっぽけな煩悶をあざ笑うかのように堂々と「日本」を歌っている。極めつけはこれ。

麦わら帽子は もう消えた
たんぼの蛙は もう消えた
それでも待ってる 夏休み

姉さん先生 もういない
きれいな先生 もういない
それでも待ってる 夏休み

《夏休み》 作詞:吉田拓郎

そして、この《旅の宿》の大ヒットで、彼はスターダムにのしあがり、そして、このような日本的な事象を歌うことも、日本ロック史の中で「アリ」となる。

浴衣のきみは 尾花の簪
熱燗徳利の首 つまんで
もういっぱいいかがなんて
みょうに 色っぽいね

ぼくはぼくで 趺坐をかいて
きみの頬と耳は まっかっか
ああ風流だなんて
ひとつ俳句でも ひねって

《旅の宿》 作詞:岡本おさみ

折からの「ディスカバージャパン」「アンノン族」の流れに加えて、このような歌詞が、拓郎メロディ特有のペンタトニック・スケールに乗って歌われ、大げさに言えば、若者文化における日本ナショナリズムが復権する。

たしかに、はっぴいえんどが「日本語ロックの始祖」と言える側面がある(曖昧な書き方をするのは、いくつの留保条件があるから。たとえば 「スパイダースはどうなんだ?」 )。ただたとえば、はっぴいえんどの《夏なんです》などよりも、超大ヒット《旅の宿》のほうが、日本語ロックに与えた影響は劇的に大きい。

矢沢永吉の「日本語を英語のように歌うことがカッコいい」という発明に加えて、吉田拓郎の「日本人が日本を歌うことがカッコいい」という発明。この、広島県人によるふたつの発明があって、日本ロックが確立されたのだ。

というわけで、日本ロックの首都は広島に制定します。そして、このふたつの発明をさらに発展させた桑田佳祐を、広島県人として認定します。

(参考)
「広島風ボーカルの歴史的意義について。」
「続・歴史に残るボーカリストはなぜ広島から高確率に輩出されるのか。」



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20130721/とってもシンプルな作品―――映画『風立ちぬ』評。

あまりに待ち望み、初日に足を運んだ『風立ちぬ』は、「ジブリ作品」と括ってはいけない、これまでとは別の宇宙にある作品という印象。

ストーリーはいたってシンプル。サイトなどで語られている「あらすじ」を愚直に映像にしているという感じ。言うまでもなく、お化けや怪獣、珍獣もいっさい出てこない。

話は転じて(また)『あまちゃん』の話になるが、あの作品の魅力は、ネット世代をも圧倒する、抜群の情報量と、とめどなくばらまかれた布石が見事に回収されていくメカニズム。

ただ、最近思うのが、エンタテインメント中毒者が大好きな「解釈合戦」が、『あまちゃん』についてはなぜか、あまり盛り上がらないこと。

つまり、抜群の情報量の中で、「ここはこういう意味でした」「ここはあそこにつながりました」と、脚本が箇条書きで示してくれている感じがするのだ。結果、視聴者の解釈幅は、いきおい狭まる。

言われてみれば1年半前は、『カーネーション』の「解釈合戦」を愉しんでいた気がする。『あまちゃん』については、解釈というより、より直接的に、一次的に脚本のダイナミズムを愉しんでいる(これは無論、誉め言葉)。

そして、『風立ちぬ』。ジブリ史上最高に、シンプルで、ストレートな作品と言える。だからそれは、解釈の幅がいっぱいいっぱいある。飛行機から見えた、果てしなく広い緑の大地ほどに。

「大正から昭和前期にかけて、みどりの多い日本の風土を最大限美しく描きたい」(宮崎駿)

脚本の中には、過去と現在、夢の現実の端境(はざかい)がほとんど示されていない。「ここを笑え」「ここを悲しめ」などの補助線もほとんど無い。

だから観る側は、その圧倒的に美しい映像に酔いながら、自分なりにいろんな解釈を愉しもう。そしてそれを語り合おう。

日本映画史上、最高の「小品」のひとつとなる。だから、この作品の話を語り尽くそう。そういう映画だと思う。

追記:シンプルで、ストレートということは、グローバルということでもある。この作品で、ハヤオ・ミヤザキは、東洋に対する珍奇の目を超えて、真に世界的な評価を得るのではないか。



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20130714/吉川晃司の豪速球を観に、8月6日はマツダスタジアムに行こう。

最初に、2011年の暮れに「週刊ベースボール」に寄稿した拙稿より。

今年の8月6日、原爆記念日に広島で開催された広島=巨人は、「8月6日の広島」で開催される53年ぶりの公式戦だったらしい。

これには、広島の条例でこの日が休日になっており、広島市民球場が使えなかったという事情があったという。もちろん、この日を静かに過ごしたいという市民の気持ちもあっただろう。

08年の同日に栗原健太がブログに書く。「8月6日は広島にとって(広島だけではありませんが)とても大事な日ですが僕たちは毎年遠征で広島にいません。理由は色々あるのでしょうか?」。そこでは、妻が被爆三世である事実が明かされ、そしてこの日に広島で野球をしたいという気持ちが込められていた。

このブログがきっかけとなり、今年の8月6日、公式戦が開催され、セレモニーでは高木いさおの詩「8月6日」が朗読された―――「8月6日がやってきたら『忘れてはいけない!』と声に出そう」

残念ながら広島は負けてしまったのだが、栗原はこの日ブログに記した。「今日、マツダスタジアムの打席に僕が立てたこと、光栄に思います」(以下略)

その日から2年。今年も「8月6日の広島」でナイターが行われる。題して「ピースナイター」。

ワタシはここで宣伝めいたことを書くことを控えているが、今回は、このイベントが成功してほしいと心から願うので、微力ながらここで書かせていただく。

まず、このイベントに加担したいと思ったのは、 カープ公式サイトにあったこのフレーズを目にしたからである。

「お父さん、みんな何をしとるん?」 「これはね、みんなで平和を願いよるんよ」 ―――昨年耳にした親子の会話が、今年もマツダスタジアムのあちこちで聞かれますように。広島にとって特別な日8月6日に、復興のシンボルでもある広島東洋カープの公式戦から平和の願いを届けられますように。ヒロシマの願いが世界に届きますように。

次に、今回の始球式の人選が吉川晃司だということ。

「父は広島で入市被爆しており、僕は被爆2世です。広島県府中町で育ち、幼い頃から両親や親戚に原爆の話を聴かされた。8月の平和記念式典にも毎年参列していたので、子供なりに核への嫌悪はありました。3年前、府中町の母校の子供たちから依頼され、反核の思いを込めた『あの夏を忘れない』という歌の制作に加わりました。改めて広島に生まれた者の使命を考えるようになりました」(朝日新聞)。

ちなみに、『はだしのゲン』で有名な、熱烈なカープファンの漫画家、故・中沢啓治氏は上記2011年8月6日の前日に始球式を務め、「カープのグラウンドで始球式できるとは夢にも思わなかった。こういうときに野球をやると不謹慎と言われるけど、平和だからできることを喜ばないと」という言葉を残している。

さらにここから、今回のイベントに関して、あまり大っぴらになっていない、2つの追加情報をお知らせする。ひとつは、今回のイベントの性格を考え、両チームの応援団とも、鳴り物を廃止するという取り決めをしたということ。

そしてもうひとつは、始球式を務める吉川晃司がそうとう本気のトレーニングを積んでいるという噂を耳にしたということ。修道高等学校水球部の実力をもって、もしかしたら150Km/hの豪速球を投げ込む可能性もある。

歴史的な夜になると思う。2013年8月6日。広島マツダスタジアム。吉川晃司の豪速球を観に、「ピースナイター」に行こう。

追記:広島&ロック&野球と言えば、浜田省吾だ。サプライズ・ゲストとして来てくれないか。以下、浜田発言。「私には『人類には共通の暦がある』という私見がある。それは、After Atomic Bomb(A.A.B.)だ。核兵器誕生以前の人類と、1945年8月以降の人類は全く違う時代を生きているのだ。(2004年は)A.A.B.60年になる」



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20130707/1985年のサザンオールスターズは、それはもうカッコよかった。

(前回の続き)と、まぁ分析的にサザンオールスターズについて語るのもいいけれど、たいせつなことはやはり、サザンの素晴らしさをちゃんと正しく位置づけて、称賛することだとも思います。

というわけで、自分自身の経験としてサザンが、最高に素晴らしく輝いたのはいつかと考えれば、それは、『ザ・ベストテン』で《メロディ-Melody-》を歌ったときの彼らだなぁと改めて思いました。

調べれば、この曲のリリースは1985年の8月21日。ということは、その『ザ・ベストテン』のオンエアはおそらく9月。ワタシは大阪在住最終年。予備校からドロップアウトしたころ。阪神タイガースの躍進と山口組の抗争で騒然としていた大阪。

番組の中でサザンは、スタジオのようなところで歌いました。その様子がとてもカッコよく、まぁ、「カッコいい」なんてフレーズはとても幼いのですが、そうとしか表現し得ない、クールで凛とした感じ。

ここで少しばかり、また分析的な書き方をすれば、まず大前提として、《メロディ-Melody-》はサザンオールスターズの最高傑作と断言したいのです。その理由として。

(1)「桑田佳祐と彼のバックバンド」という構造になる前、6人が民主主義的に音作りをしている、つまり「バンドとしてのサザン」としての最高のコラボレーション。

(2)その結果としての、後にも先にも、日本にも欧米にもない、前衛的で、奇妙な音作り(とりわけ、サキソフォンの間奏はれっきとした前衛音楽)。

(3)それでいて、カラオケで何度も熱唱したくなるような、強烈なポップさ(≒異常なセンチメンタリズム)も併せ持っている。

要するに、青山通りにたむろしていた洋楽オタクが、同格の立場で熱いセッションを繰り返していた時代の到達点として、《メロディ-Melody-》があると思うのです(実際のところは知りませんが)。

あのときの彼らしか作れなかった、再現不可能、HDDに保存できないコピーガードがかかった音楽―――《メロディ-Melody-》。

それに比べれば、《みんなのうた》以降、桑田佳祐のバックバンドとしてのサザンオールスターズや、「桑田佳祐のソロ」、「KUWATA BAND」、そして「SUPER CHIMPANZEE」も、すべてが再現可能・量産可能な感じがするのです。

具体的にどこが再現不可能かと言えば、大サビ、「♪素肌で歌う 秘密のメロディ」の下線部のコード。あのスリリングで、ハチャメチャな、あの感じ……

あぁ、1985年のサザンオールスターズは、それはもうカッコよかった!

(追記1)どうでもいいことですが、同日の『ザ・ベストテン』には、カール・ルイスが出てきて歌を歌い、感想を求められた桑田氏は、気まずそうにお世辞を言った。

(追記2)当時、アルバム『KAMAKURA』のプロモーションとして、桑田氏は『オールナイト・ニッポン』を担当。そこで聴いた《Brown Cherry》の、それもカッコよかったこと。ワタシが、何者でもなかった浪人生の夜。

(追記3)同『KAMAKURA』収録の《怪物君の空》は「オロナミンC」のCMソング。サザンのメンバーが空を飛ぶという、あまり感心しない出方。「笑っていいとも」の中でいつも流れていて、それを「サッポロ一番・塩らーめん」を食べながら見つめていた、宅浪生の自分―――



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