20140628/ラジオNIKKEI2『スージー鈴木の月刊歌謡パンチ!』、突然の大団円。

さて突然ですが、ラジオNIKKEI2『スージー鈴木の月刊歌謡パンチ!』は次回、7/4(金)21時~のオンエアをもって最終回となります。

どういう番組かというと、オンエアリストを見ていただくのが早いですね。「日本一濃厚な昭和歌謡の番組」と自負しております。

(第1回)
・平山三紀《真夜中のエンジェルベイビー》
・奥村チヨ《嘘でもいいから》
・山本リンダ《きりきり舞い》
・林寛子《素敵なラブリーボーイ》
・新田恵利《冬のオペラグラス
・あいざき進也《君のハートに火をつけて》
・金井夕子《パステルラヴ》(アナログ盤)
・郷ひろみ《ハリウッド・スキャンダル》

(第2回)
・早見優《夏色のナンシー》
・アグネス・ラム《雨上がりのダウンタウン》
・杏里《コットン気分》
・井上順《昨日・今日・明日》
・岡崎友紀《風に乗って》(「ラブラブライバル」主題歌)
・中村晃子《虹色の湖》
・西田佐知子《くれないホテル》
・ヘドバとダビデ《ナオミの夢》
・西城秀樹《ブルースカイブルー》
・森田健作《さらば涙と言おう》

なにかと軽んじられがちな「歌謡曲」の魅力について、音楽性や風俗性、作家性の視点から、非常に分析的に語る番組です。ラスト一回、ぜひお聴きくださいませ。

最終回の内容について、少しだけネタバラシすると、「沢田研二《渚のラブレター》(アルバム・バージョン)最強説」という話をしたいと思います。沢田研二ファンの皆様、ご期待ください。

なお、同番組のFacabookページでは、【Songwriter Dictionary】をかなり書き貯めました。こちらも非常に分析的に書いております。なかなかの読み応えかと自負しております。ぜひご覧ください。

【あ】阿久悠(あく・ゆう):北原ミレイ『ざんげの値打ちもない』(1970年)
【い】井上忠夫(いのうえ・ただお):フィンガー5『恋のダイヤル6700』(1973年)
【う】宇崎竜童(うざき・りゅうどう):山口百恵『横須賀ストーリー』(1976年)
【え】永六輔(えい・ろくすけ):坂本九『上を向いて歩こう』(1963年)
【お】大瀧詠一(おおたき・えいいち):薬師丸ひろ子『探偵物語』(1983年)

【か】加藤和彦(かとう・かずひこ):YUKI『ドゥー・ユー・リメンバー・ミー』(1980年)
【き】来生たかお(きすぎ・たかお):大橋純子『シルエット・ロマンス」(1981年)
【く】呉田軽穂(くれた・かるほ):薬師丸ひろ子『Woman~Wの悲劇より』(1984年)
【こ】後藤次利(ごとう・つぐとし):一世風靡セピア『前略、道の上より」(1984年)

【さ】佐野元春(さの・もとはる):沢田研二『彼女はデリケート」(1980年)
【し】島武実(しま・たけみ):高田みづえ『硝子坂』(1977年)
【す】鈴木邦彦(すずき・くにひこ):ザ・ゴールデン・カップス『愛する君に』(1968年)
【せ】千家和也(せんけ・かずや):林寛子『素敵なラブリーボーイ』(1975年)
【そ】曽根幸明(そね・こうめい):藤圭子『圭子の夢は夜ひらく』(1970年)

【た】高橋研(たかはし・けん):中村あゆみ『翼の折れたエンジェル』(1985年)
【ち】近田春夫(ちかだ・はるお):ザ・ぼんち『恋のぼんちシート』(1981年)
【つ】筒美京平(つつみ・きょうへい):その1=昭和40年代編・南沙織『17歳』(1971年)
【つ】筒美京平(つつみ・きょうへい):その2=昭和50年代編・太田裕美『木綿のハンカチーフ』(1975年)
【つ】筒美京平(つつみ・きょうへい):その3=昭和60年代以降編・小沢健二『強い気持ち・強い愛』(1995年)
【て】寺山修司(てらやま・しゅうじ):カルメン・マキ『時には母のない子のように』(1969年)
【と】都倉俊一(とくら・しゅんいち):麻生よう子『逃避行』(1974年)

【な】なかにし礼(なかにし・れい):北原ミレイ『石狩挽歌』(1975年)
【に】西岡恭蔵(にしおか・きょうぞう):矢沢永吉『トラベリン・バス』(1976年)
【の】NOKKO(のっこ):レベッカ『フレンズ』(1985年)

【は】橋本淳(はしもと・じゅん):ザ・タイガース『モナリザの微笑』(1967年)
【ひ】平尾昌晃(ひらお・まさあき):小柳ルミ子『わたしの城下町』(1971年)
【ふ】藤井郁弥(ふじい・ふみや):チェッカーズ『Jim&Janeの伝説』(1988年)
【へ】ザ・ベンチャーズ(ざ・べんちゃーず):渚ゆう子『京都の恋』(1970年)
【ほ】穂口雄右(ほぐち・ゆうすけ):キャンディーズ『夏が来た!』(1976年)

【ま】松本隆(まつもと・たかし)その①:原田真二『てぃーんずぶるーす』(1977年)
【ま】松本隆(まつもと・たかし)その②:松田聖子『ガラスの林檎』(1983年)
【み】三木たかし(みき・たかし):テレサ・テン『時の流れに身をまかせ』(1986年)
【む】村井邦彦(むらい・くにひこ):赤い鳥『翼をください』(1971年)
【も】森田公一(もりた・こういち):和田アキ子『あの鐘を鳴らすのはあなた』(1972年)

【や】安井かずみ(やすい・かずみ):沢田研二『危険なふたり』(1973年)
【ゆ】湯川れい子(ゆかわ・れいこ):シャネルズ『ランナウェイ』(1980年)



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20140622/ゲスの極み乙女。《パラレルスペック》と山下達郎の間に見えた補助線。

今年上半期No.1の音楽は、ゲスの極み乙女。《パラレルスペック》。ネットで買ったミニアルバムもまだ聴いていないので、現段階で彼らの音楽はこの曲しか知らないのだが、いろんなアイデアが詰め込まれたこの曲を聴いて、オヤジ世代のワタシにはひとつの「補助線」が見えた。

「山下達郎=オリジナル・ラブ=スクービードゥー=ゲスの極み乙女。」。この国にいきいきとした16ビートを浸透させていく「山下亭」の系列。落語で言えば「古今亭」の雰囲気に近い、渋くオーセンティックな流れだ。

著書『【F】を3本の弦で弾く ギター超カンタン奏法~シンプルなコードフォームから始めるスージーメソッド』を書くために、音楽理論の視点から、日本ロックの歴史を丹念に調べてみた。

ごくごく簡単に結論づければ、メジャーセブンスは加藤和彦、分数コードは荒井由実、そして16ビートは山下達郎が、この国の日本ロックの歴史にもたらしたもの。

そういうことを考えると、例えば ここに書いたように、ねごとの《カロン》を聴くと、その師匠筋にあたる加藤和彦のことがしのばれるのである。「加藤さん、あなたの何代目かの弟子が、また奇妙なコード進行を編み出しましたよ」。

それと同じで、この《パラレルスペック》を聴くと、 ここ で書いた、70年代末期に、大阪のディスコでやたらと受けたらしい山下達郎《BOMBER》からの一本のまっすぐな線が見えるのだ。

「達郎さん、《BOMBER》から30数年、日本の16ビートはここまで来ましたよ」―――達郎氏は「こんなの認めねぇよ」とか言いそうだが。言えないか、同じくワーナーミュージック系列、MOON RECORDSの役員としては(笑)

《パラレルスペック》を聴いて満足するのはそういう背景があってのことだが、少し不満があるとすると、そんな「大阪のディスコ」的な下世話さがまだ少し足りない感じがすることだ。

もっとポップに、もっとベタに、そう、もっと「ゲス」に!

ちなみに、今年上半期No.2は、柴咲コウ《ラブサーチライト》。つきあいで観た映画『名探偵コナン』のエンディングで、小学生の悪ガキたちが「♪ずっとずっと~」と唱和したのは最高だった。ワタシ的は『アナ・雪』よりもこちらだ。



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20140615/つい一言言ってしまいたくなるW杯中継のこと。

自慢じゃないが、サッカーにはまったく詳しくない。嫌いというよりも、好き・嫌いを語るレベルに至っていない。サッカーと洋画とグルメの知識については、世の中の底辺レベルだ。

なので、試合についての論評などできるわけはないので黙っている。ただやはり、W杯について、いくつか思うところはある。

ランダムに書けば、まずW杯でいいのは、「日本の相手国の国籍で日本在住の人たちが、日本のどこかに集まって応援している映像」だ(まどろっこしい)。今朝もテレビで、在日コートジボワール人の方々がレストランに集まって応援している映像を観た。

いろんな経緯があって、コートジボワールから日本に渡ってきた。この国で、それなりの苦労や屈折も経験しているのだろう。そんな人たちがここ一番、寄り集まって日本と対決する母国を応援する。そして日本を倒し、歓喜の輪が広がる。

「あぁサッカーはいい。世界に広がっているのだから」と痛感する。この感じは野球ではまったく得ることが出来ないものだ。

でも、不満もある。テレビなどで見聞きする「サッカー評論」が、まったく腹に落ちてこないのだ。

まぁ「野球評論」もたいがいだが、もしかしたら、野球よりも「動的」なスポーツなので、サッカーは評論・分析が難しいものなのかもしれない。ただ、それにしても「身体能力」「決定力」みたいな、言っているようで何も言っていない言葉をのべつ羅列するのが評論と言えるのだろうか。

あとはテレビの中継。まぁ民放の中継に関しては論外としているので(これも野球と同様)、期待などしていないのだが、今回「野球音楽評論家」として改めて思ったのは、テレビ中継で繰り返される「サッカー音楽」が食い足りないこと。

Superflyというシンガーを一時期認めていたのだが、前回W杯のNHK中継テーマソングの《タマシイレボリューション》で腰を抜かした。このタイトル(特に「リュー」が嫌)に加えて、「♪前に道などナッシング」という歌詞にげんなりしたのが4年前。

今回のNHKは、愛しの椎名林檎ということで期待したのだが、何ということはなかった。ウカスカジーとやらも「Mステ」で観たが、うーむ。野球における、馬場俊英《ボーイズ・オン・ザ・ラン》のようなアンセムの誕生にはまだ時間がかかるか。

あと最悪だったのは、今日の昼の「アッコにおまかせ」。このツイートに書いた通り。

渋谷のスクランブル交差点にレポーターを派遣しているテレビ局は最悪だなぁ。平静を呼びかけながら、間接的に騒動を煽っている。「報道の自由」には「何を報道しないかを冷静に判断する義務」が付随すると思う。

と、まぁW杯に対して冷めた見解をいろいろ書きたくなる。それくらい圧迫的な何かがメディアから押し寄せてくるからだ。「日本、決勝トーナメント進出確率80%!」、ずっと、弱いパ・リーグのチームの応援をしていると、そういう言説の疑わしさに正直になってしまうのです。



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20140607/淡々と投げ続ける金子千尋へのささやかなリスペクト。

私たちはもっと、金子千尋のことを尊重しなければならないのではないか。

先月末、5/31の京セラドーム大阪、巨人相手に9回までノーヒットノーランの快投。そして、その後の延長戦でリリーフが打たれて負けるというゲーム。いかにも金子らしいイメージのストーリー。

そんな姿を「金子らしい」と形容してしまうと、金子自身にもいい迷惑なのかもしれないが、そう感じたのだから仕方がない。

余計な能書きを垂れず、人目を惹くような派手派手しさもなく、ただ淡々と投げ続け、生き続ける姿へのリスペクト。

たとえば、音楽界で言えば、筒美京平。自らは黒子に徹し、決して表舞台に出ず、ただ淡々とヒット曲を書き続けた姿。

そのくくりに沢田研二も重ねてみる。いろいろと揶揄されようとも、決して休むことなく、アルバムを出し、ライブを続ける姿。

お笑い界で言えば、ますだおかだの増田。このワタシの「ますだ愛」ついてはなかなか理解してもらえないのだが、ポイントは強い「お笑い愛」。その反作用として、決して知識人・文化人ぶらない姿。

筒美京平よりも秋元康、沢田研二よりも矢沢永吉、増田英彦よりも太田光が脚光を浴びるのは分かる。エンタテインメントは非日常のものだからだ。

ただ、そんな賑やかしい非日常の中に、淡々とした日常を生き続ける存在がいてもいいだろうと思うのだ。いや、そっちのほうが偉いんじゃないか、と言ってしまいたい気分がある。

なぜならば、ワタシたちが面と向かっている、この、呆れるほど途方もない退屈な日常!

田中将大がどんな悪路も走破できるパワフルな4WDで、ダルビッシュが超高性能コンピューターを積み込んだ次世代のF1マシンとすると、金子千尋は、国産の最新鋭ハイブリッド・カー。

田中やダルビッシュよりも平凡で地味だけれども、とっても廉価でエコロジー、この国の日常の暮らしにピッタリ。そしていつまでも、淡々と走り続ける。

それもそのはず、だって、金子千尋はトヨタ自動車の出身なのだから。



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20140601/密かなる大連載【Songwriter Dictionary】のご紹介。

さて、いよいよ『スージー鈴木の月刊歌謡パンチ!』の第2回オンエアが、今週金曜、6/6の21時からに迫っております。

というわけで、今回は、この番組のFacebookページで連載している、密かなるライフワーク、【Songwriter Dictionary】をご紹介いたします。

「五十音順で作詞家・作曲家を徹底評論。ソングライターで聴くと、歌謡曲はさらに面白い。」という触れ込みのこのコーナー。すでに【あ】阿久悠(あく・ゆう)から始まって【ふ】藤井郁弥(ふじい・ふみや)まで進んでおります。

かなり濃厚な筆致で書いております。ぜひお読みくださいませ。

【あ】阿久悠(あく・ゆう):北原ミレイ『ざんげの値打ちもない』(1970年)

【い】井上忠夫(いのうえ・ただお):フィンガー5『恋のダイヤル6700』(1973年)

【う】宇崎竜童(うざき・りゅうどう):山口百恵『横須賀ストーリー』(1976年)

【え】永六輔(えい・ろくすけ):坂本九『上を向いて歩こう』(1963年)

【お】大瀧詠一(おおたき・えいいち):薬師丸ひろ子『探偵物語』(1983年)

【か】加藤和彦(かとう・かずひこ):YUKI『ドゥー・ユー・リメンバー・ミー』(1980年)

【き】来生たかお(きすぎ・たかお):大橋純子『シルエット・ロマンス」(1981年)

【く】呉田軽穂(くれた・かるほ):薬師丸ひろ子『Woman~Wの悲劇より』(1984年)

【こ】後藤次利(ごとう・つぐとし):一世風靡セピア『前略、道の上より」(1984年)

【さ】佐野元春(さの・もとはる):沢田研二『彼女はデリケート」(1980年)

【し】島武実(しま・たけみ):高田みづえ『硝子坂』(1977年)

【す】鈴木邦彦(すずき・くにひこ):ザ・ゴールデン・カップス『愛する君に』(1968年)

【せ】千家和也(せんけ・かずや):林寛子『素敵なラブリーボーイ』(1975年)

【そ】曽根幸明(そね・こうめい):藤圭子『圭子の夢は夜ひらく』(1970年)

【た】高橋研(たかはし・けん):中村あゆみ『翼の折れたエンジェル』(1985年)

【ち】近田春夫(ちかだ・はるお):ザ・ぼんち『恋のぼんちシート』(1981年)

【つ】筒美京平(つつみ・きょうへい):その1=昭和40年代編・南沙織『17歳』(1971年)

【つ】筒美京平(つつみ・きょうへい):その2=昭和50年代編・太田裕美『木綿のハンカチーフ』(1975年)

【つ】筒美京平(つつみ・きょうへい):その3=昭和60年代以降編・小沢健二『強い気持ち・強い愛』(1995年)

【て】寺山修司(てらやま・しゅうじ):カルメン・マキ『時には母のない子のように』(1969年)

【と】都倉俊一(とくら・しゅんいち):麻生よう子『逃避行』(1974年)

【な】なかにし礼(なかにし・れい):北原ミレイ『石狩挽歌』(1975年)

【に】西岡恭蔵(にしおか・きょうぞう):矢沢永吉『トラベリン・バス』(1976年)

【の】NOKKO(のっこ):レベッカ『フレンズ』(1985年)

【は】橋本淳(はしもと・じゅん):ザ・タイガース『モナリザの微笑』(1967年)

【ひ】平尾昌晃(ひらお・まさあき):小柳ルミ子『わたしの城下町』(1971年)

【ふ】藤井郁弥(ふじい・ふみや):チェッカーズ『Jim&Janeの伝説』(1988年)



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20140525/ワタシがコンサートに行かない理由。

前回の記事を書いてから2週間、改めて痛感したこととして、「あぁ、ワタシは本当にコンサートというものがキライなんだなぁ」。

野球の観戦や寄席は大好きです。こちらに関しては、「野球(演芸)ファンたるもの、生で観なければダメだ」と一言、つぶやきたくなります。しかし、コンサートはそうではない。

もう少し具体的にいえば、日本における「コンサート文化」みたいなものが苦手なのです(海外でコンサートに行ったことはないのですが)。

球場や寄席には、ものすごくシビアなファンがいます。「つまんない試合(漫才)をしたらタダじゃおかねぇ」という、プレイヤーとオーディエンスとの「健康的なにらみ合い」がある。

それがどうでしょう? コンサートは、始まる前からプレイヤーがオーディエンスに対して圧迫的になれる力関係が出来上がっている。そして、やたらと大音量な中、NO!と言えないオーディエンス。

いや、問題の本質は、「NO!と言『わ』ないオーディエンス」のほうにあると考えます。大金を払って損したと認めたくないからか、セットリストに付け加えて、提灯な感想ばかりアップされる。

プレイヤー文化はいい感じで高まった。次はオーディエンス文化だ。

と、日本の音楽界に言いたくなります。プレイヤー、最近の若者で言えば「ゲスの極み乙女。」とか聴いていると、日本の「プレイヤー文化」は本当に「先進国」になったなぁと思います(ただ、このバンド名のセンスは「二流国」?)

それに見合うオーディエンス文化を。いやいや、難しいことではないのです。コンサートに、そして楽曲に、アルバムに、もっと冷静な批評が飛び交う風土を作ればいいのです。

そしてその分かりやすい形として、「いくらポール・マッカートニーとはいえ、10万円は高すぎるんじゃないか?」という、至極真っ当な意見がもっと交わされなければいけない。

こんなところで、孤立無援の状態で、無名のワタシが一人つぶやいていても状況はなんら変わりはしないのですから。

だいたいが、70年代、武道館の舞台の上で泥酔してヘロヘロの演奏をしたエリック・クラプトンに喝采をしたことから、日本のオーディエンス文化の停滞が始まったと思うのです。

そのとき喝采したのは、まだ髪の毛を長くしていた若かりしころの団塊世代。彼らが年を取り、いまポール・マッカートニーに10万円を払おうとして、更なる停滞が生まれている。

ちょっと迷惑な話だなぁ。



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20140511/ポール・マッカートニー武道館公演「アリーナ席10万円」に感じること。

ポール・マッカートニーの「追加公演の追加公演」的コンサート。5月21日、日本武道館。チケットが本日発売。アリーナ席100,000円、S席80,000円、A席60,000円、B席40,000円。

一応、格安席のC席1,500円というのがあるが、「25歳以下限定販売」とのことなので、その世代でポールを観たいという人は少ないだろうし、また利益のことを考えてもこの席に多く割り当てる理由もなく、まぁ、申し訳程度の処置だろう。

たいがいにしておこう。

ワタシがネットを見ていると、そういう人と判断されたのだろうか、さかんに「エイジア再結成公演」のバナー広告が出て辟易する。そういえば、ライオネル・リッチー武道館公演というのも先ごろあったらしい。

たいがいにせねば。

いや、当時を知る世代で、いま、もう一度観たいという人が少なからずいることはわかる。その世代は、ちょっと小金も持っていて、5万円以上払って(小金じゃない、大金だ)ポールを観たいという人もたくさんいるだろう。

また、昔と違って、最近の「再結成モノ」は、ジジイの同窓会的なものではなく、それなりに満足できるパフォーマンスをしているのも知っている。

それでも「程度問題」だと思う。上品じゃない言葉で恐縮だが「入れ食い」という言葉を想起する。海の向こうから、「日本のジジイどもは、俺たちが行ったら喜んで金を払うぞ、いっちょ老体にムチ打って稼ぎに行くか」と言われている感じだ。

そして、世代的に「日本のジジイども」に属するワタシも、当然「再結成モノ」に行った人の感想などをいろいろと目にする。みんな超満足している。手放しでほめている―――本当に、そんなことでいいのだろうか。

ワタシには、「あいつら喜んで金を払うぞ」と言われている感じが耐えられない。その耐えられない感じが先立つので、「再結成モノ」(それ以前に洋楽のコンサート自体)にはほとんど行かない。これは数年に一回行われる「日米野球」にも通じる感覚だ。あれにも絶対行かない。

言いたいことは、世界最大級の洋楽消費国は、世界最高級の洋楽批評国にならなければいけないということだ。そして最高級の批評とは、お金を払うことに最大限シビアになることだと、少なくともワタシは思っている。

なんだか当たり前のことを書いているようで疲れてきたので、最後に、ある音楽家の発言を引用して終わる。

いまのオレたちは、頭にくるほど対等ではないんだ。"外人タレント"が一方的に日本にくるだけで、オレたちはまるで外に飛び出すチャンスなどないんだよ。アメリカなんかビートルズが上陸したとき、すぐに『外タレ規制法』を作った。アメリカに来るミュージシャンのかわりに、アメリカのミュージシャンも、その国で演奏させるという交換条件をつけたんだ。(中略)日本の政府はほんとうにバカだよ。"円"がどんどん流れていくのに、なんの手も打てないんだからな。

―――その音楽家の名前は矢沢永吉。なんと今から約40年前、1975年キャロル解散時の発言である(『暴力青春』KKベストセラーズ)。



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20140505/さいきん注目のテレビとラジオと本の一覧。

NHK『ロング・グッドバイ』

「あまちゃん」系では、音楽・大友良英に古田新太の出演、「カーネーション」系では、脚本・渡辺あやに綾野剛出演という、昨今のNHKドラマの頂点2作の融合、「あま・ネーション」な一作。レイモンド・チャンドラーの有名な原作(知らない)を戦後日本にインポートしているのだが、極端な映像美も含めて、見ごたえたっぷり。主演・浅野忠信に加えて、小雪がいい。「池袋ウエストゲートパーク」以来、この人は作品運がある。

TOKYO MX『淳と隆の週刊リテラシー』

MX土曜17時~という、玉袋筋太郎と宇多丸の「5時に夢中サタデー」の流れを汲む、一種の「MX・ゴールデンタイム」の新番組。田村淳がイキイキとしていて、「この人はこういうことがやりたかったんだなぁ」とつくづく痛感する。「隆」は上杉隆。正直、あまりいい評判を聞いていなかった人だが(失礼)、この番組での飄々とした語り口には好感が持てる。そして嘉門達夫に激似なのも、個人的にはプラス。鈴木奈々は余計。

フジテレビ『極悪がんぼ』

さすがに登場人物が多すぎるのではないか。「カーネーション」→「最高の離婚」と来て増殖した尾野真千子ファン(オノマチスト)は、彼女が笑って、泣いて、怒って、人をシバくだけで満足なのだから、ここまでぎゅうぎゅう詰めの展開にしなくていいのだ。宮藤官九郎や板尾創路、オダギリジョーあたりは、「俺、このドラマに本当に必要か?」と不満なのではないか。ただ、それでも尾野真千子が出ているだけで満足度は高い。つまりは私が「オノマチスト」なのです。

ニッポン放送『大谷ノブ彦 キキマス!』

「オールナイトニッポン」から昼帯に移動。個人的には、こちらの枠の方がダイノジ大谷氏に合うと思う。脊山麻理子というアンニュイなパートナーもいいが、この番組の面白さは、水曜日の「キキマスター」の森脇健児に極まる。長い低迷期の中で、「屈折芸」みたいなものを仕入れたようで、一度「堕ちた」者からの視点から、やたらと熱っぽい人生論を話す(ように演技する)のがひどく面白い。同じく松竹芸能で言えば、一時期の「横山たかし・ひろしブーム」のような感じか。ということはここから息が長そう。

さいきん読んだ本



ラジオNIKKEI2『スージー鈴木の歌謡パンチ!』

そして、おかげさまで第1回が終わったワタシの番組。セットリストは以下でした。次回(6/6の21時~)もよろしくお願いいたします。

■今月のテーマ「中二歌謡」

平山みき「真夜中のエンジェルベイビー」
作詞:橋本淳 作・編曲:筒美京平
1975年

奥村チヨ「嘘でもいいから」
作詞:川内康範 作曲:筒美京平
1970年

山本リンダ「きりきり舞い」
作詞:阿久悠 作曲:都倉俊一
1973年

林寛子「素敵なラブリーボーイ」
作詞:千家和也 作・編曲:穂口雄右
1975年

新田恵利「冬のオペラグラス」
作詞:秋元康 作曲:佐藤準
1986年

あいざき進也「君のハートに火をつけて」
作詞:小泉まさみ 作曲:加瀬邦彦
1975年

■「今月のスポットライト」

金井夕子「パステルラヴ」(アナログ盤)
作詞・曲:尾崎亜美
1978年

■エンディング

郷ひろみ「ハリウッド・スキャンダル」
作詞:阿木燿子/作曲・編曲:都倉俊一
1978年

【追記】選曲が好きでずっと聴いていたTFM『キユーピー・ハート・オブ・サンデー』は、DJがnonaから替わってしまいとても残念。実は選曲だけでなく、nonaの声も含めてあの番組だったと痛感した。NHK朝ドラ『花子とアン』は、高梨臨の無駄遣い。「放課後グルーヴ」派としては、もっとはっちゃける高梨が観たい。



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20140427/15年ぶりのラジオ番組レギュラー出演決定!

宣伝です。このFMヨコハマ時代から、ついに15年ぶりのラジオ番組レギュラーが決まりました。

ラジオNIKKEI2で月イチ、毎月第一金曜日の21時から1時間、『スージー鈴木の月刊歌謡パンチ!』。

番組内容は、ワタシと、パートナーの「芸能界裏事情通」のイベッチが、うだうだと語りながら、歌謡曲をかけていきます。

スタジオのブースの中に、CDプレーヤーとレコード・プレイヤーを持ち込み、まるでオヤジ二人が居酒屋で歌謡談義をしながら、気に入った曲を紹介しあう雰囲気になっています。

待望の第1回は、来たる5月2日金曜日の21時~。ラジオNIKKEI2は「Radiko」で聴けます。全国ネットになります。PCやスマホでどうぞ。

なお、上画像リンクから行けます、『月刊歌謡パンチ!』のFacebookページでは、50音順で作詞家・作曲家を評論する【歌謡パンチ!Songwriter Dictionary】を執筆しています。ぜひご覧ください。

♪子供たちが 笑ったり 泣いたり する限り 歌謡曲は死なない!

ネタバレでちょろ出し。第1回、記念すべき第1曲目は、平山みき《真夜中のエンジェルベイビー》!



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20140419/「芸獣」としての尾野真千子in再放送「カーネーション」。

再掲。平成朝ドラ三大傑作。 #ちりとてちん は美しい絹、 #あまちゃん は親しみの木綿、そして #カーネーション は個性的でアクが強くて少々面倒くさい麻。一週間観ただけで、深さと濃さにかなりのスタミナを費やした。これが半年続きます。心してかかりましょう。

世間の嗜好はまちまちで、ワタシにとっては、「梅ちゃん先生」あたりを好んでいる人はとても意外だ。中には「純と愛」を好んでいた人もいるのだろう。世間は広い。

ただ、冷静に考えて、「ちりとてちん」「カーネーション」「あまちゃん」が、「平成朝ドラ三大傑作」だという考えに賛同する人は多いのではないか。もちろんこれは、「『ごちそうさん』が『あまちゃん』の視聴率を超えた」などの話とはほぼ無関係な、エンタテインメントの純度だけを重視する視点からのものである。

だとしたら、後は、この3作品の比較を論じることになる。

昨年度下期の再放送で「ちりとてちん」を再見して痛感したのは、そのプロットの流麗さである。最近よく目にする言葉で言えば「伏線」と「回収」。その構造があまりに見事。役者、とりわけヒロイン・貫地谷しほりの演技力もあるが、それでもこのプロットの魅力が8割を占めると思う。

「あまちゃん」も同様に、宮藤官九郎による脚本の魅力が先立つが、こちらはプロットというより、もっとベーシックな、「地方アイドル」という着想自体が抜群に素晴らしい(この秋からの「マッサン」も同様)。あとは逆に具体的なレベルの「小ネタ」の集積。

言いたいことは、「ちりとてちん」「あまちゃん」ともに、すでに脚本の段階で勝利していて、逆にいえば、貫地谷しほりや能年玲奈でなくとも「傑作」になりえたのではないかということだ。

さて、「カーネーション」の再放送が始まった。2週間観て、これは脚本というより、尾野真千子のドラマだと痛感した。

「演技力がある」という表現ではおさまらない、もっと本能的で動物的な何かを振りまいている。小林信彦が正司敏江を形容した「芸獣」という言葉を思い出すくらい。

もちろん脚本も、特に言葉遣いが素晴らしく、特にナレーションでは、えらく文学的な含みのある言葉が続くのだが、それでも脚本はこのドラマの魅力の3割に満たない。魅力の半分以上を尾野真千子が占める。それが「ちりとてちん」「あまちゃん」と決定的に異なる。

「カーネーション」本放送開始時、尾野真千子は29歳。「朝ドラ」ヒロインとしては、かなりの年齢である。そこから来る、焦り、割り切り、賭け……などのもろもろがゴチャマゼになって、あの演技に結実したのだろうか。

吉高由里子は不幸だと思う。そういえば堀北真希も。再放送「カーネーション」と同時期に放映される「花子とアン」、本放送「カーネーション」の次の「梅ちゃん先生」。小林信彦は正司敏江を「芸獣」と評したが、小林薫を睨みつける尾野真千子もまさにそれ。比べれば吉高、堀北は単なるお人形に見える。

おかしなことになっている。再見にも関わらず、糸子が激怒したら自分も気分が高揚し、爆笑したら自分も幸せな気分になり、号泣したら自分も泣いている。私は「芸獣」尾野真千子のエモい演技のファンになったようだ。変顔シーンだけ集めたDVDがあれば数万円でも買う。

「ちりとてちん」「カーネーション」「あまちゃん」を三大傑作と捉えることは、つまり「度胸と信念を持った女性が、逆境に負けずに健気に頑張り、何事かを達成する」という、「朝ドラ」で何度となく使いまわされた、ありがちなストーリーに対する飽きと嫌悪感が背景にある。

「ちりとてちん」はプロットで、「あまちゃん」は着想で、そんなありがちな「朝ドラ」像を踏み潰していった。そして「カーネーション」は、小原糸子=尾野真千子の生足によって踏み潰していく。そこを、半年間の再見でじっくりと確かめていこうと思う。

「最高の離婚」も良かった。「極悪がんぼ」も悪くない、が、「カーネーション」の尾野真千子は突出している。いや、「カーネーション」の尾野真千子という表現はなんだかアベコベだ。尾野真千子こそが「カーネーション」なのだから。



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20140413/「飛ぶボール」問題に足りないのは野球愛だ。

「大衆はバカだから、分かりやすい楽しさが必要だ」という考え方が、エンタテインメントにおいては、しばしば支配的になる。しかし、そう判断する人自体が、実は、そのエンタテインメントを愛していないのではないかと思うことがしばしばある。

ラジオ業界の関係者は「音楽だけかけていても仕方ない。ネットとの連動を図れ、アイドルをパーソナリティに呼べ」と言う。

ハードロックでは、ギターの速弾きだ。「情感なんて不必要、とにかく高速で正確に、16分音符でひたすら弾きまくれ」となる。

お笑い業界では、M-1グランプリのことを想起する。「4分間の中に、とにかく手数を増やして、爆笑を取りまくるで」という、ウエイトトレーニングで筋肉を固めた人工的な漫才。

大衆が欲しているのは、本当にそんな粗雑なものなのか?

そもそも、この「大衆」という言い方が怪しい。エンタテインメントの顧客層を1割の固定票(マニア)と9割の浮動票(大衆)で捉える感覚。それは言ってみれば、エンタテインメントが貧弱で、経済は成長し、そして人口が増えていく昭和のころの感覚だろう。

エンタテインメントは豊富、経済は衰退、そして人口が減っていく平成は、まず顧客層の中で固定票を5割以上と捉え、その確保を第一義に考えなければいけない。

固定票の人たちは、ラジオからかかってくる「聴いたことのないヒット曲」(RCサクセション)を、クラプトンのロングトーンを、20分ほどかけてコトバがうねるような漫才を―――愛している。

だから、これからのエンタテインメント・ビジネスは、これまで以上に、そのエンタテインメントを愛している人が携わるのがいいのだ。

「大衆はバカだから、ぽんぽんホームランが飛びまくるゲームを欲している」

いわゆる「飛ぶ統一球」問題の背景にあるのだろう、そういう考え方が不愉快で仕方がない。その上、時代錯誤な気がするのだ。

いっそ、MLBと同じボールを使えばいいのではないか。この広尾晃さんのブログにある比較表を見るかぎり、おそろしく飛ばないボール。これでいい、というか、この判断がいちばんシンプルで「分かりやすい」。

すべては、ラジオ愛、ロック愛、漫才愛、そして野球愛からはじめよう。



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20140410/同業者の若者に勧めたい本~水道橋博士『藝人春秋』。

(某媒体に寄稿したものの再利用です。ここでいう「同業者」は広い意味で捉えていただいて結構です)

「日本語というものに、もっとデリケートになってみよう」ということなのです。

この文章を読まれている方には、『週刊文春』という雑誌を読んだことのある方は少ないかもしれません。また、読んだ経験のある方も、『週刊朝日』『週刊新潮』あたりと同列の「一般週刊誌」として、この雑誌を分類していると思います。

でも、私にとっての『週刊文春』は、「サブカル系ライター業界、最高峰の舞台」。尊敬しつづけて、愛しつづけてきた小林信彦や近田春夫が書いている雑誌。そして、みうらじゅんや宮藤官九郎が、彼らに挑んでいる雑誌。もうちょっとあからさまに言えば、この雑誌で連載を持つことが、私の人生3つの夢の1つなのです(あとの2つは、プロ野球の始球式と、紅白歌合戦の審査員)。

その『週刊文春』で、実はいま、一種の革命が起きています。そうです。水道橋博士『藝人春秋』の連載開始。内容については細かく触れませんが、『藝人春秋』を立ち読みして、脳髄の奥のほうがガクガクするような感覚に襲われない人は、その方面のセンスがない人と言い切れます。

で、革命とはどういうことかというと、水道橋博士の登場によって、小林信彦や近田春夫が一気に古ぼけて見えてきたということなのです。さらには、彼らを愛しつづけてきた私自身の感覚も、いよいよ古ぼけてきたことを認めなければいけないというショックも付随します。

さて、水道橋博士による文章のスゴさの本質は、わかりやすく、リズミカルで、それでいて笑わせる日本語力です。その背景に、尋常じゃない読書量からくる語彙の多様さ、それを配置・整列する文章力、そして、(たぶん)徹底的な校正(をしているはず)。

私たちは、それこそマシンのように日本語を量産する仕事をしています。猛烈なスピードで読み、書き、そして話す。ちょっと下品ですが、日本語を垂れ流しているという感覚すらあります。そこでの大量な日本語のすみずみまでに、水道橋博士のような、日本語への強烈なこだわりが必要、とは思いません。

思わないのだけれど、脳髄の奥の、そのそばに、『藝人春秋』のような文章に対するリスペクトをインストールしておくべきではないか。そして、少しだけ、日本語に対してデリケートになってみる。そういう意識の有無が、長い目で見ると大きな差になると思うのです。

現在の『週刊文春』連載の話ばかりしましたが、その連載のもととなっているのがこの本です。どうしても、その方面への興味が湧かない方は、せめて最後の「稲川淳二」の項だけでも立ち読みしてみてください。

サブカル系ライターの方々の日本語力で言えば、リリー・フランキーや松尾スズキ、西原理恵子のこの文章、そして最近一部で話題の、この本を書いたライターの日本語も非常に優秀だと思っているのですが、スペースが尽きました。また機会があれば。



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20140406/スージー鈴木のネイキッドロフト・トークライブの詳しすぎるセットリスト。

すこし経ってしまいましたが、「サブカル界の武道館」新宿ネイキッドロフトでの、石黒謙吾さんとの「トークライブ」に来ていただいた皆様、ようこそのお運びで、厚く御礼申し上げます。

さて、せっかくなので、「詳しすぎるセットリスト」を掲示しておきます。アウトテイクスということで、当日、披露できかった音源もご紹介します。また、当日用意した映像(もしくはそれに近似した映像)でYouTubeにあったものについては、そのリンクも掲載します。

当日のインデックス「おしながき」はこれ。これに沿って全曲紹介を。

1.古賀森男:レベッカ《Friends》(1985年)
「ギターソロのために歌メロがある」ような曲。ソロは4小節の流麗なメロディを2回。2回めはオクターブを上げて弾くという正攻法。レベッカは小暮武彦といい、古賀森男といい、ギタリストが居付かなかったバンドの印象が強い。憶測だが、その原因に後藤次利の存在がありそう。
→YouTubeリンク(ギターソロ頭出し済)

2.佐橋佳幸:ぢ・大黒堂《踊れボンボン》(1999年)
テレビ番組の企画で生まれた、ビートたけし、トータス松本、ユースケ・サンタマリアによるユニットのシングル。ここぞとばかりに松たか子の旦那、佐橋佳幸が弾きまくっている。ギターソロは最高。佐橋佳幸のファンになったのは、「山下達郎singsシュガーベイブ」のライブ。「おくゆかしさ」のまるで無い、派手でうるさいギターが気に入った。この人、身体は小さいくせに、音は大きい。

3.小沢健二:《僕らが旅に出る理由》(1994年)
TBS『CDTV』における、自身のギター、ピアノ、ベースによる生演奏。小沢健二の16ビートカッティングが素晴らしかった。小沢健二のギターは、山下達郎と同じ意味で上手い。そういえば『笑っていいとも』のときのギターも素晴らしく、丹念なリハーサルをしたと見る。

4.ローレンス・ジューバー:《Let It Be》(1979年)
当日未オンエア。「カンボジア難民救済コンサート」におけるギターソロ。世の中にあるギターソロの中でもっとも好きなものの1つ。この曲といえば、原曲通り、メジャー・ペンタトニックのソロ(ドレミソラ)をイメージするが、ここぞとばかりに「ファ」や「シ」をいれてメロディアスに弾きこなしている。
→YouTubeリンク(ギターソロ頭出し済)

5.アベフトシ:ミッシェル・ガン・エレファント《ミッドナイト・クラクション・ベイビー》(2003年)
『ミュージック・ステーション』でt.A.T.uがドタキャンしたときに急きょ演奏したときの映像。「あぁ、カラオケを使わない、生歌・生演奏はいいなぁ、すべての音楽番組がそうなってくれないかしら、特に紅白歌合戦は」と思う演奏。ギターの音が、これだけしっかりと鳴っているライブ演奏は、テレビでは珍しいと思う。
→YouTubeリンク

6.奥田民生:ユニコーン《スターな男》(1990年)
当日用意したものは、1990年の大阪八尾プリズムホールにおけるライブからの生中継映像。あれほど客席がノリにノっているライブは、テレビも含めて私が観たものの中で最高だと思う。ユニコーン度は、手島いさむより奥田民生の方が、ギタリストとして上等。奥田は「ひとり股旅」での、しっかりしたコードストロークを見てまた惚れた。
→YouTubeリンク(この映像は当日用意したものとは異なるが、こっちの方が「ギタリスト奥田民生」が堪能できる)

7.チャー:《闘牛士》(1978年)
若きチャー、『ザ・ベストテン』からの映像。おそらく《Long Train's Running》に影響を受けたカッティングのリフ。時間の関係で飛ばしたが、最後チャーは、床にギターを投げつける。

8.松浦善博:ツイスト《SOPPO》(1979年)
こちらも『ザ・ベストテン』。後期メンバーのこの人のスライドギターは本当に上手い。惚れ惚れする。再評価が必要な人だと思う。

9.村山孝志:オリジナルラヴ《ボディ・フレッシャー》(1991年)
当日未オンエア。ドラムの宮田繁男氏が亡くなったタイミングなのでかけたかったのだが残念。彼(ら)が後に放つヒット曲よりも、このころのやたらとスウィングする演奏を愛する。ギタリストの村山氏は、一説には予備校講師になっているとのこと。

10.桑田佳祐:《さんまのまんまのテーマ》(1986年)
珍品。『さんまのまんま』の番組内で桑田氏本人が弾くボサノヴァ・ギター。それに対して明石家さんまのツッコミ、「EmからA7行って、そこからウルトラセブンへ」というギャグがあるのだが、「Em→A7」とは、偶然にせよ、なんともいいセンスしている!

11.橋本絵莉子:チャットモンチー《風吹けば恋》(2008年)
『ミュージック・ステーション』より。 チャットモンチーは日本のポリスだ。 こんな奇想天外なギターアレンジが日本人から生まれるとは。新しい才能というのは本当にうらやましい。すごい天才か変態か。たぶん両方だ。

12.内海利勝:キャロル《グッド・オールドR&R》(1975年)
キャロル解散コンサートの伝説の名演。すべての楽器、すべてのボーカルに無駄なし。「キャロルはストーンズより全然上手い。それも段違いに」と誰か言ったほうがいい。そう、キャロルには「上手い」という言葉で報わなければいけない。
→YouTubeリンク

13.押尾コータロー:《戦場のメリークリスマス》(2006年?)
「日本ギタリスト界のイチロー」と呼びたい。特にパーカッションのように右手を使う奏法は、世界的にも稀有なテクニックだと思う。大阪の誇り、その1。

14.トニー・ペルーソ:カーペンターズ《ジャンバラヤ》(1974年)
当日未オンエア。アルバム『NOW AND THEN』でDJも担当した才人ギタリストの、とても楽しくアレンジされた、何度も聞きたくなるギターソロ。コピーしようとして諦めた。
→YouTubeリンク(ギターソロ頭出し済)

15.アルヴィン・リー:テン・イヤーズ・アフター《アイム・ゴーイング・ホーム》(1969年)
昨夜のコンテンツの中ではもっとも長尺。有名な『ウッドストック』出演時の映像。一切の情緒なし、とにかく速いだけ。ということは後のエディ・ヴァン・ヘイレンにつながる。クラシックの時代から、どんな楽器であれ、とにかく速く正確に弾きたがるのがヨーロッパ人の特徴。重要な事実として、最後の舞台に転がる果物はスイカとのこと。
→YouTubeリンク

16.ピート・タウンシェンド:ザ・フー《マイ・ジェネレーション》(1967年)
当日未オンエア。これもとても有名な、『モンタレーポップフェスティバル』におけるギターぶっ壊し映像を用意していた。これに感化されたジミ・ヘンが、その後ギターに火をつけて、「すべてを持って行った」。
→YouTubeリンク

17.高中正義:松任谷由実《恋人はサンタクロース》(1986年)
1986年の桑田佳祐プロデュース『メリー・クリスマス・ショー』より。ヤマハSGを抱えた高中が途中で乱入。必要以上に賑やかしいソロを弾き続ける。この人のギターのうるささは有名で、ミカバンド時代は、うるさすぎるということで、ベースの小原礼に殴られた。
→YouTubeリンク(ギターソロ頭出し済)

18.ジミ・ヘンドリクス:《アメリカ国歌》(1969年)
有名中の有名、『ウッドストック』の演奏。ハードロックの成立は精神性云々ではなく、マーシャルのアンプに代表される、こういう官能的な音が出せる音響インフラが整備されたからこそ。
→YouTubeリンク

19.吉田拓郎:《高円寺》(1972年)
東京12チャンネル時代の映像より。F#m7→B7の弾き方がなんだかファンキーで、ジェームス・ブラウンぽい。フォークの一言でくくってはいけない人だと思う。「フォークのプリンス」と呼ばれ続けたことについて、本人はとても不愉快だったのではないか。
→YouTubeリンク(これは後年の演奏でよりファンキー)

20.大沢誉志幸:《ビリーの災難》(1989年)
当日未オンエア。これは是非かけたかった曲。大沢の、ジミー・ペイジ風スライドギターが素晴らしい。「ギタリスト大沢誉志幸」の再評価を。
→YouTubeリンク(昨夜用意した映像とは異なるが、同様の演奏を愉しめる)

21.鈴木茂:岡林信康withはっぴいえんど《私たちの望むものは》(1970年)
おそらく動くはっぴいえんどが観られる唯一の映像だと思う。鈴木茂のジージー鳴りつづけるリードギターに注目。「動く大滝詠一」も、少しだけ堪能できる。
→YouTubeリンク

22.大森隆志:サザンオールスターズ《勝手にシンドバッド》(1978年)
「石黒謙吾枠」。1978年8月31日、新宿ロフトから全国に流された歴史的映像。その裏話は昨夜の通り。キャンディーズの流れが、アミューズ大里氏によって、このバンドに結実する。獣のような眼をした桑田佳祐、日本ロック史最大の要人誕生の瞬間。

23.ジョージ・ハリスン:《ヒア・カムズ・ザ・サン》(1971年)
当日未オンエア。『バングラデシュ難民救済コンサート』の演奏。カポタストを7フレットに付けるという「発明」。
→YouTubeリンク

24.夏川りみ:《アメイジング・グレイス》(2009年)
ギターではなく、「ボーカル枠」。この10年くらいの中でテレビから流れてきたボーカルの中での最高峰だと思う。グレイテスト。
→YouTubeリンク

25.岡村靖幸:《スウィート・メモリーズ》(1990年)
「ボーカル枠」。ギターと無関係ながらも、当日いちばんウケた曲。冷静に聴いたら声が若い!
→YouTubeリンク

26.カレン・カーペンター:カーペンターズ《涙の乗車券》(1972年)
「ボーカル枠」。当日未オンエア。もともと天才的に歌がうまいカレンだが、その中でもこの歌は本当に上手い。私見だが、カレンは絶対に、何も考えずに歌っていた初期がいい。
→YouTubeリンク

27.キャンディーズ:《危い土曜日》(1978年)
「石黒謙吾枠」。ノリノリの演奏に抜群のハーモニー。解散寸前の円熟したパフォーマンス。より詳しく分析は こちらに。
→YouTubeリンク

28.筒美京平イントロ:郷ひろみ《恋の弱味》(1976年)
昨夜未オンエア。日本歌謡曲史上もっともカッコいいギターイントロをかけたかった!
→YouTubeリンク(なんだか回転が速くてキーが高いですが)

29.内田勘太郎:憂歌団《おそうじオバチャン》(1998年)
「スージー・ギター殿堂」入り。日本人のブルースが本物のブルースを超える瞬間。圧倒的にモダンでカラフルなブルースはアメリカにもないだろう。大阪の誇り、その2。
→YouTubeリンク

30.追悼・佐久間正英
「ギター殿堂」入り。日本でもっともギターをカッコよく響かせる人。
・ヒステリックブルー《春 -spring-》(1999年)のイントロ
→YouTubeリンク
・BOØWY《わがままジュリエット》(1986年)のイントロ
→YouTubeリンク

31.追悼・大滝詠一
「ギター殿堂」入り。爆音で聴いた《君は天然色》(1981年)は一生忘れません。
→YouTubeリンク

32.西慎嗣(MMP):スーパーキャンディーズ(1978年)
「スーパー石黒謙吾枠」。もっともマニアックなものがかからなかった。追悼・渡辺茂樹の音源でもある。後にスペクトラムに入る西慎嗣の絶叫。それではまた、機会があれば。
→YouTubeリンク



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