20140928/赤い公園にデビューしてしまった。

次々といい音楽に出会うからネタに困らない。

音も歌詞も映像も素晴らしい。ジジイとして言えば、佐野元春『悲しきRadio』の2010年代版。「 #netsu 」認定。大絶賛!→赤い公園『NOW ON AIR』

赤い公園 『NOW ON AIR』はこの歌詞がいい。ラジオはこういう若者のためにある。「どんな人からも愛されやすい あの子は毎日のように 幸せそうな写真上げている 当の私には 夢も希望も遠いから どうかどうか Please Don't Stop The Music Baby!!」

なによりも上の歌詞がいい。「あの子は毎日のように 幸せそうな写真上げている」というリア充コンプレックスは正しく現代を反映している。

細かな話だが「♪Please Don't Stop The Music Baby」の発音が「♪プlease Don't Stop The Music Baby」になっているのが凄くいい。無意識のことだろうが、ここでグっとくる。

MVはAKB48《ヘビー・ローテーション》のパロディか。大サビ後でカウベル叩く女の子が可愛い。ここは大塚愛《さくらんぼ》の「イェイ」と符合する。

と、まぁいい曲はいいと言っておけばいいので以上。現段階では今年ナンバーワン。全民放ラジオ局はこの曲に敬意を表してガンガンかけるべきだと思う。

最後に余談。この曲の最高にいいところは「♪レイーディオ」のメロディ、「♪ソードドー」である。ポップスにおける「レイディオもの」(何だそれ)は、「♪レイーディオ」のメロディが印象的でなければならないのだ。

Bay City Rollers《Turn On The Radio》

「♪Turn On The Radio」→「♪ソソソラソソー

Charlie Dore《Pilot Of The Airwaves》

「♪listening to your show on the radio」→「♪ミミミミファーミミミーレレ

佐野元春《悲しきRadio》

「♪レイディオ~レイディオ~」→「♪ソーソミー・ソーソミー

アースシェイカー《ラジオ・マジック》

「♪レイディオマージーック~」→「♪ミミミファーミー」

松任谷由実《松任谷由実》

「♪レイディオー」→「♪レーソミー


松任谷由実_ Valentine's Radio 投稿者 pipi411

ほらね。



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20140920/昭和歌謡カバーブームに辟易とするけれど、岩崎宏美だけは別格。

これを読んでいただいているアナタもそうだと思うのですが、最近の安易な昭和歌謡カバーには辟易とします。

こういうことをグタグタと書いていても気がめいるだけなので、一言だけ苦言を呈しておけば、「君たち、どういう覚悟で『喝采』をカバーしているんだ?」ということ。

山下達郎は「《ジョージア・オン・マイ・マインド》ほど難しい曲はない。カバーなどできるわけがない」と言っていました。加えて《アメイジング・グレイス》もそのリストに入れるべきだと思います(だから、中島美嘉のカバーには驚きました)。

そんな昭和歌謡カバーブームは、徳永英明がその先鞭をつけたと思うのですが、徳永英明が、そのハスキーボイスによるカバーで成功したことの悪影響として、原曲の良さを歪めるようなカバーが多すぎると思います。

椎名林檎ぐらい確固たる自分のボーカル世界があり、そこにググっと引き寄せるカバーならいいのですが、中途半端なボーカル世界しかないくせに、昭和歌謡を素材と割り切って、遊び気分でカバーするのには我慢がなりません。

そもそも「昭和歌謡」という言葉に違和感を感じます。うまく言えないけれど、「素材」としてぞんざいに扱う空気を発している言葉。

おっと、グタグタと書いてしまった。今回言いたいことは、このアルバムが素晴らしかったということ、だけ、なのです。

自信を持っておススメします。何度も何度も聴きました。おススメする理由としては、「原曲の良さを歪めるようなカバー」ではないということです。

阿久悠の門下生として、リアルタイムで接してきた楽曲に最高のリスペクトを与えつつ、「素材」ではなく、あくまで「作品」として歌うという姿勢。 また、「原曲の良さを歪めるようなカバー」にありがちな過剰なフェイク(こぶし)やアレンジは一切なし。あのしっかりした声で、普通に平常心で歌う。そこがいい。

個人的には、三木たかし作品を好みます。あべ静江《みずいろの手紙》、清水由貴子《お元気ですか》、そして超絶名曲にして我が西城秀樹フェイバリットの《ラスト・シーン》。その3曲が抜群にいいと思いました。

ここまで来ると、「昭和歌謡カバー」という感じはしません。「昭和」を取って「歌謡カバー」、いや「謡」も「カバー」も不要です。単純に「歌」として素晴らしい。

大人っぽいアルバム。編曲もとても落ち着いています。でも、だからこそ、最近の安易な昭和歌謡カバーに対する堂々とした挑戦状のようにも感じるのです。



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20140915/西寺郷太『噂のメロディ・メイカー 』で懐古する「CM和製洋楽」の時代。

これだけ面白い本は久しぶりだ。増山実『勇者たちへの伝言』と並ぶ、今年の個人的小説大賞だ。ご存じ、ノーナ・リーブスの西寺郷太による『噂のメロディ・メイカー 』。

 

「ワム!《ラスト・クリスマス》の作者が実は日本人だった」という奇っ怪な噂が西寺氏の耳に入り、その真相を探求していくドキュメント・ノベル。

「半分ドキュメント、半分ノベル」という手法が奏功していて(『勇者たちへの伝言』にもそのテイストがある)、「完全創作・純粋小説」になかなかリアリティが得られない昨今において、この手法は、小説ジャンルの生き残りに向けたひとつのセオリーとなるのではないか。

西寺氏については、音楽家にしてこういう圧倒的な本を書けるということは、桑田佳祐よりも大滝詠一、古今亭志ん朝よりも立川談志、長嶋茂雄よりも野村克也のラインを行く人だと感じた。要するに、正直に言えば、本業よりも、批評業の方に興味を感じるラインである。次回作にも期待。

さて、ワム!である。この本のストーリーのキーになるのはこのCM。バックで流れる大ヒット曲《フリーダム》がレコードとは別バージョンであることから、ざまざまな疑念が湧いていくのだ。

真相については、この本を読んでいただくとして、80~90年代のCM音楽には、日本人がかなり関与した洋楽=「CM和製洋楽」がいくつかあり、独特の魅力を放っている。その代表は、この本の中にも出てくる《Overnight Success》だろう。

ソニーのCMのために作られた楽曲。手元のLP(持っていた)のクレジットを見ると、作者は外国人名になっているが、「EXCECUTIVE PRODUCER」は「KAZUO YOSHIE」(吉江一男)という有名なCM音楽プロデューサーであり、日本人が実際に深く関与していることが分かる。

その他にも、例えば井上大輔が作った第一興商のCM音楽、《Straight from the heart》も名曲だし(特に映像2つ目の「ブルックリン篇」)、

「キューピーハーフ」ののCM音楽、《Half as much》などは最高だ。歌うはフィリピンの女性シンガー、マリベスで、作者は吉江一男氏の後輩、ジェームス下地氏。

たった15秒で日本の若者のハートをつかむべく、まだ景気が良かった頃のジャパンマネーを使って、優秀な日本人が洋楽スタッフを動かし、抜群にキャッチーなメロディを作った時代―――そんな時代の空気が『噂のメロディ・メイカー 』の底辺を形作っている。

そして、この流れの終着点に、レイ・チャールズ《Ellie My Love》があるのだが、あそこまで行ってしまうと、それはそれで別の物語という気がする。

最後になるが、ワタシがずっと日本人製だと疑っていた洋楽曲がある。映画『ラ・ブーム2』のテーマ曲。これもハート型のレコードを持っているのだが(かけにくくってしょうがない)、作曲者の「JORDAN JEFF/COSMA VLADIMIR」って、松任谷由実の変名じゃないかなぁ?(笑) 《ロッヂで待つクリスマス》や《Woman~Wの悲劇》に通じる感じ。



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20140906/松たか子の『アナ雪』の歌い方を笑おう。

最初に宣伝。明日、 「弾丸☆野球シンガー」立花夢果さんのバースデーライブ『Full Swing♪~2014~』 で、ゲストとして何曲かギターを弾かせていただきます。ぜひ冷やかしに来てください。

季節はずれの『アナと雪の女王』話。ジブリ派のワタシとしては、映画は観ていないのですが、例の、松たか子が歌う「♪ありのーままのー」の歌をラジオで聴いて、なにか、「小骨が耳に刺さる」ような違和感があったのです。

その原因がやっと分かりました。まずはイディナ・メンゼルという人の原曲。

続いて、松たか子バージョン。

これは「物真似」でしょう。それもかなり精巧な。キーは言うまでもなく、発声、声量、音符の長さ、その上フェイク(こぶし)まで完全なるコピー。

ここまで似ていれば、そもそもの歌唱指導の段階で、「完全なるコピー」を要求されたと推測されます。楽譜に、こと細かにイディナ・メンゼルの歌い方の詳細が記入されていたと見ます。

いや、別に「完全なるコピー」だからと言って、音楽的クオリティを低く見積もるわけではありません。ブロードウェイ流の「正統」(とされている、でも日本人にとってはちょっと暑苦しい)な歌い方をコピーできるということ自体は、むしろ賞賛すべきことです。

ただ、松たか子がそれをやらなくて(やらされなくて)もいいのではないか。

詳しくは知りませんが、ワタシは彼女を優秀な音楽家と認識しています。《明日、春が来たら》などの自然な発声の歌い方には好感がを持っていました。日本最高のギタリスト、佐橋佳幸と結婚するあたりにも音楽センスが垣間見える気がします。

そんな人に、ここまで無理からに、声を張り上げさせて、いかにもアメリカ的なこぶしを回させなくてもいいのではないか。「♪ひーかーりー・あび・なぁぁがぁぁるあぁぁぁー」とか。

よく出来た物真似には、笑って応えるべきです。この無理からなアメリカン歌唱を笑いましょう。そう、この歌の延長線上には渡辺直美がいるのですから。

最後に真面目なことを言えば、やっとJ-POPが、日本人らしい、自然で表情豊かな歌い方を自給し始めたのに、この曲によって、子どもたちを中心に、アメリカン歌唱の方角に揺り戻しがくることを本気で心配します。

あと、この歌い方から、松たか子が戻れなくなってしまうんじゃないかという心配も。

じゃあ、どんな歌い方だったら満足できるのか。それは―――この曲の夏川りみバージョンのリリースを待つことにしましょう。



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20140830/1985年の大阪で観ていたTVK『ミュージックトマトJAPAN』の思い出。

横浜高島屋で行われていた「ヨコハマグラフィティ~ザ・ゴールデンカップスの時代展」に行ってきた(企画はすでに終了)。内容はこんな感じ。

感心したのは、どこから湧いてきたのか、横浜の地で当時を生きてきたであろう、トッポい老人たちが、ウヨウヨとたくさん詰めかけてきていたことだ。どこに生息していたのか。ぞれにしてもみんなオシャレでいい感じだった―――で、その場で、頭に浮かんだこと。

横浜高島屋、60年代横浜に関する展示会「ヨコハマ・グラフィティ」。どこから湧いてきたのか、大量のトッポいジジババに圧倒される。対して横浜そごうは、80年代横浜に関する「ミュージックトマト展」をやればいい。そのときは若者を圧倒してやる。

80年代に、横浜そごうから公開生中継(?)していたテレビ神奈川(TVK)の『ミュージックトマト』。それをネタにして、ハマトラに始まり、横浜博で終わる、あのめくるめく80年代横浜の展示会をすればいいと思ったのだ。

『ミュージックトマト』には思い入れがある。具体的には、そのJ-POP版、『ミュージックトマトJAPAN』(ミュートマJAPAN)に。

ワタシは、1986年に神奈川に引っ越してきた。当然それからも、室内アンテナの荒れた画像でミュートマJAPANを観ていたが、より強い思い入れがあるのは、その前、大阪時代。神戸サンテレビでネットされていた、横浜発、神戸経由のミュートマJAPAN。

1985年の4月からは浪人時代。予備校からフラフラと帰って来て、夕方テレビをつける。阪神戦中継で有名なサンテレビは当時、昼間によく、おそろしく古いドラマの再放送をよく流していた。当時は、『ザ・ガードマン』と『プレイガール』。

余談だが、「再放送文化」はどうして無くなってしまったのだろう。放送禁止用語など、いろいろな問題がありそうだが、サブカルチャー史を学ぶ上で、あんなに素晴らしい教科書はない。宮沢章夫の長々とした「講義」よりも、『プレイガール』、片山由美子の一瞬の「パンチラ」を観るほうが、よっぽど本質的だ。

そんな強烈な再放送の後に、突然その番組は流れる。マイケル富岡のナレーション「ミュージッ・トメイトゥ・ジャピャーン!」に乗せて、ただJ-POPの「プロモーション・ビデオ」がつながれていく番組、ミュートマJAPAN。

こんな映像が落ちていた。懐かしい!

1985年は、阪神優勝の年でもあるが、尾崎豊の年でもある。この人ほど、絵を描いたような右肩下がりの道筋を歩んだ音楽家はいないと思う。それが少々ネガティブに聞こえるならば、ごめんなさい「デビュー時がいきなり、とてつもないピークだった」と言い換える。

ワタシにとって、ミュートマJAPANと言えば、尾崎豊《卒業》のこのクリップである。浪人時代という、世の中的には何者でもない時代に、同世代の若者が、既にとてつもないピークを迎えているという衝撃。細かい話になるが、尾崎豊はひとつ上、夏の甲子園を沸かせる清原くんはひとつ下。その間で、何者でもない、宙ぶらりんの自分。

代々木ゼミナールの撤退話が騒がしいが、ワタシが通っていた「大阪予備校」はとっくに潰れた。難波・大阪球場のすぐ近く。いつもは閑散としている大阪球場が、尾崎豊がコンサートをするということで、突如若者で溢れかえったのを、とてもリアルに思い出せる。

佐野元春、尾崎豊、レベッカ、渡辺美里、ハウンドドッグ、大江千里……ソニー系(CBS・EPIC)の、自分と同世代の音楽家たちがのしてくる時代。がらんとした部屋で、そんな彼ら・彼女らのPVを観ているときの、あの、疎外感と期待感が混ぜ合わさったわけの分からない感じ、1985年、大阪、初夏のころ。

高島屋に対抗して、横浜そごうはぜひ『ミュージックトマト展』をやるべきだと思う。ゲストはマイケル富岡、シャーリー富岡。ワタシも、トッポい中年として駆けつけたいと思う。



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20140824/もしナンシー関が生きていたら、この時代に何を言っただろうか。

以下、私ではありません。ナンシー関が語っています(笑)。

私が死んでから普及した、SNSとやらの影響か、さいきんはいろんな話題が突然盛り上がって、そして突然しぼんでいくようだ。

あいかわらず盛り上がっているのは夏の高校野球だが、例の「おにぎり女子マネ」の問題。まぁ、おにぎりを2万個作った(本当か?)云々はどうでもいいが、彼女をいっしょうけんめい擁護するオヤジの気持ちの何%かは、「あぁ、こんな真面目で健気な女子高生におにぎり作ってほしい」というスケベ心だろう。残念ながら、お前にはおにぎり作んねぇよ。

要するに「質実剛健な男子」を珍重するマッチョな意識が、高校野球をここまで盛り上げてきたと思う。女子マネの話も、「マッチョな男子をサポートする女子」への憧憬だろうし、超・スローカーブのピッチャーに対する批判も、つまるところ、「それはマッチョじゃないじゃん」ということだと思う。

それに対して批判などしないし、どちらかといえば高校野球は好きなんだけど、「マッチョ価値観」から高校野球を愛している世のオヤジどもは、まずその前提を認めた方がいいと思うんだな。「健やかなる青少年の育成」とか、言ってる段階でもうマッチョじゃん。

あと、例の氷水をかぶるブーム。あれもなんだか突然盛り上がっている。趣旨自体は結構なことだが、それに対して、嬉々として氷水かぶっている連中の「オレ、ちょっと社会にイイことしてるよね、でも真面目腐った形じゃなくウィットもあるよね」という、実はものすごく尊大な本性への嫌悪感が先に立つ。

このウィット(ユーモアやギャグとは違うらしい。けっ)のあたりが曲者だと思う。「本場アメリカでは」「おフランスでは」、日本人みたいに真面目腐ってなくて、ちょっと遊び心を効かせた生き方をしているだよ的な。そういう言説が70年代までに、虚実含めて、テレビから垂れ流されてきた。

ただ、そこに問題があって、日本人がそのウイットとやらを体現すると、大橋巨泉になっちゃった。政治からジャズ、競馬まで守備範囲にしたウイットが効いた大人。でも、なんだか「ウイット」という前提とは食い違って、とても暑苦しいオッサンに象徴化された。

そういう大橋巨泉的なるもの、ひいては、「本場アメリカ」「おフランス」的なるものを、80年代に、ビートたけしを先鋒として、時代はきっちり排除したのだ。

そして私自身もそういう動きに影響を受け、90年代にはそういう動きに加担したという自負もあるので、言っておかねばならないと思う。「甲子園には魔物が住んでいるけど、日本にはウイットという、もっと面倒くさい魔物が住んでいる」と。

広島でえらい大規模な土砂災害が起きたらしい。私は、そのときに首相がゴルフをしていても別に構わないと思う。いっしょにゴルフしていた相手が、日本マッチョ連合のドン、森喜朗だったとしてもだ。

ただ、あの五分丈ズボンに白いハイソックスという格好はいかんと思うぞ。根本的な部分で、何かをなめてないか。

私が亡くなって、「日本に住む魔物、マッチョやウイットを指摘し、あげつらう動き」がしぼんでしまった感じがある。西原理恵子も、水道橋博士も、リリー・フランキーもまだ私の水準に達していない。

このたびスージー鈴木くん(よく頑張っているけど地味だな)のはからいで、久々に言いたいことを言わせてもらった。みんな頑張ってほしい。

だって、まだ中山秀征がテレビに出てるのだから。



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20140815/ザ・ベスト・オブ・「週刊スージー」(2)

お盆ですから、過去を振り返っておきます。自分で書いて自分で褒めていたら世話などありませんが、ついつい読みふけってしまう、我ながらよく書けている記事を自薦。

20140511/ポール・マッカートニー武道館公演「アリーナ席10万円」に感じること。

20140410/同業者の若者に勧めたい本~水道橋博士『藝人春秋』。

20140208/ダフト・パンク《Get Lucky》は鳴り止まないっ。

20140202/大阪文化を自分で矮小化する大阪人(その2)

20131109/ 星野野球と落合野球。または、日本シリーズの田中将大へのワタシの見解。

20130812/大阪文化を自分で矮小化する大阪人。

20130511/松井と衣笠、この2人の国民栄誉賞プレーヤーについて思うこと。

20130209/ザ・タイガースの再結成は沢田研二の「普通性」のたまものだ。

20121104/木村カエラがこれからもずっと歌いつづけるならば、いつか世界から戦争はなくなるのではないか。

20121111/桑名正博《哀愁トゥナイト》の聴き方。

20120930/「この曲、めっちゃええやんなぁ!」~1979年大阪の山下達郎に思いを馳せて。

20120923/さらば青春の光は笑いのOSが違った(キングオブコント2012評)

20120616/ナンシー関がいなかった10年間。

それ以前のベストについては以下を。

20120603/ザ・ベスト・オブ・「週刊スージー」



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20140810/女性アイドル100年の歴史から見る現代アイドル論。

一冊は我がギター本の出版元でもある彩流社から発売された、とても意欲的な本。戦前にも女性アイドルと呼ぶべき存在がいて、夏目漱石に代表される知識階級から労働者まで、幅広い層の男性を魅了していたという事実の検証。

もう一冊は、相変わらず文句を言いながら買ってしまうレコードコレクターズ誌のランキングもの。ただし今回は、サエキけんぞう、半田健人、鈴木啓之、高島幹雄など、評者に安心感があったので、思いきって買ってみた。

さて、これらの本を読んでわかるのは、AKB48や、ももいろクローバーZなど、いま世界的にモテはやされている日本の「アイドル」産業は、決して今に始まったものではなく、それこそ戦前から、もう100年以上の歴史を持つ伝統産業であるということである。

もう少し具体的にいえば、10代から20代前半の「女子」が、完璧なパフォーマンスというよりも、いくぶん未熟な部分を前面に出し、また、そのキャラクターやパーソナリティも含めて、狂信的な男性の支持を得るという産業。これがずっと昔から存在したという歴然たる事実。

一般的に「アイドル」産業は、1971年の南沙織のデビューから始まったといわれるが、これは、レコード産業の一部としての「アイドル音楽」に限った話で、意味論的には、明治時代の娘義太夫、竹本綾之助にまで遡れるということ。

さて、と考えると、現在のAKB48や、ももいろクローバーZも、突然変異ではなく、むしろ伝統産業の中の最新バージョンに過ぎないことがよくわかる。

彼女たち、最近のアイドル音楽を聴いて感心するのは、そのメロディである。何より素晴らしいのは、その作曲家の面々が無名(失礼)であることだ。ヒャダイン(前山田健一)は別格として、AKBの傑作《ヘビーローテーション》の山崎燿、《ラブラドール・レトリバー》の丸谷マナブ、あと、男性アイドルではW杯のときに流れていたNEWS《‎ONE -for the win -》を作詞・作曲した「take4」氏。

70年代アイドルの楽曲群を、筒美京平、都倉俊一、森田公一ら、(当時)気鋭の若者作曲家の新しい音楽感性が支えたように、現代アイドル音楽も、無名ながらも新しい才能の手に委ねられているのが何とも好ましい。

ただ、文句を言わせてもらうと、そういう才能を信じることを放棄して、布袋寅泰や中島みゆきに依頼したももクロ楽曲のつまらなさ。あと、これはAKBらも含めて、ユニゾンを多用することによる音楽的なつまらなさ。もっと個人個人の生声で、いきいきと歌えばいいのに。

加えて、さすがに作詞家・秋元康はもう限界じゃないか。1958年生まれにして、あの多作ぶりには恐れ入るしかないが、タイトルだけを見ていても、もう燃えカスのようになっていることがよく分かる。

断言できるのは、ワタシが彼の全盛期を重々知っているからだ。ちょっとした秋元マニアだった時期すらある。その視点から言えば、例えば「じゃんけん大会」に見られる、秋元の「80年代的な遊びゴコロ」も個人的には耐えられない。というか、それに没頭している若者たちが不憫でしょうがない。

歌詞の話に戻れば、アイドル音楽とは、つまりは歌詞だと思う。古臭い演歌作詞家を阿久悠が蹴飛ばし、その阿久悠を、ロック上がりの松本隆が蹴飛ばし、そして、その松本隆を、放送作家上がりの秋元康が蹴飛ばして、70年代以降の芳醇なアイドル音楽が形成されてきた。

誰か、アイドル音楽に、次のコトバを持ちこまないか。私は、70年代における安井かずみや、竜真知子のような女性作詞家が、もっとアイドル音楽に入ってこなければダメだと思っている。

―――と、久々に声を荒げてみた。でもね、上にあるようなアイドル研究本を読むとわかるのですよ。女性アイドルに100年の歴史があるということは、そういうムーブメントに対して眉をひそめる大人にも100年の歴史があるということが。



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20140728/夏の甲子園を15時開始にできないか?

今年の夏は、これまでと少し違う心持ちでいる。これまでは、平均的な高校野球ファン以下と言えど、夏の甲子園が近づいてくることに軽い興奮があった。毎年最低1日は甲子園で観戦している。ただ今年は、「タイブレーク」「球数制限」などの話題が盛り上がっていることが、ココロにある鈍い波紋を呼んでいるのだ。

―――実は、夏の甲子園で盛り上がっているワタシたちが、高校野球の保守性を堅持させ、さらには、多くの球児の身体と可能性を壊しているのではないか?

再放送で盛り上がるドラマ『カーネーション』の中でいちばん好きな台詞。糸子(尾野真千子)が、焼跡の中で健気に生きる戦災孤児に対して、「生き延びや おばちゃんら頑張ってもっともっとええ世の中にしちゃるさかい 生き延びるんやで」。

ワタシのような野球バカのオヤジが、夏の甲子園が好きだ好きだということによって、その問題が温存される構造になっているのであれば、これはもうタマらない。「オッサンら頑張ってもっともっとええ高校野球界にしちゃるさかい」と言う勇気を持たなくちゃ。

そこで、建設的なプロポーザルを掲げたくなる。今回考えたのは、「試合を15時開始に出来ないか?」というものである。

第1試合 15:00プレイボール
第2試合 17:30
第3試合 20:00

主に重視したのは、それこそ世界的に見ても屈指の不快さであろう、大阪湾岸の瀬戸内海式気候における気温ピーク、13時~15時のあいだに試合をしないということだ。

夏の甲子園の気温問題については、案外、リアリティを持って捉えられているない気がする。マスコミ情報の多くは関東発信だし、また、昔より今の方が明らかに気温が高いため、直近の苛酷さについては、関西出身者(別地区在住、つまりワタシ)にも分かられていないと思うからだ。

このプロポーザルの利点と問題点をまとめる。

(利点)
・酷暑の13~15時に試合をしないことによる選手の身体保護。
・夕方以降の開催で、観客の身体保護にもなり、サラリーマンを中心に観客も増えそう。
・(下記問題点にあるように必然的に)日程が緩やかになることによる選手の身体保護。
・決勝戦を19時開始にして、ゴールデンタイムのコンテンツとして視聴率が見込めるのではないか。

(問題点)
・1日4試合の開催が難しく、試合日程が延びる。
・試合日程が延びるということは、選手の拘束期間も延び、宿泊費などが膨らむ。
・第1・第2試合が長引いたときに第3試合(20時開始予定)が深夜に及ぶ可能性もあり。
・(NHKはいいとして)民放(といっても全試合中継は大阪ABCだけ?)のゴールデンタイムが潰れる。
・第2・第3試合では、選手が慣れていないナイターでの開催となる。
・深夜に及ぶ開催による、観客動員の問題。
・同じく深夜に及ぶ開催による、倫理的・教育的見地からの異論。

残念ながら、明らかに問題点の方が多い。しかし、その問題点は、どちらかといえば運営上・ビジネス上の問題が多く、選手とそのプレー、及び観客という「野球そのもの」の観点から利点が構成されていることに気づかれるだろう。

そして、決勝戦。カクテル光線の中での頂上決戦。ABC/テレビ朝日系のゴールデンタイムで全国ネットという誇らしさ。

実は、この意見、反論も多いだろう、無茶な部分も多いだろうということを承知で書いている。要は、こういう抜本的意見が交わされることから始めなければいけないと思うのだ。高校野球については、黙っていると、どんどん固着化していく気がする。とにかく議論することから始めなければ、ワタシたちは糸子になれない。

少なくとも、「高校野球ファンでござい」と言って、「灼熱の下での青春の汗と涙」を美化するだけして、自分はエアコンが効いた部屋でテレビ観戦しながら、球児の身体と引き換えに原稿料やらをもらうということは、なんだか良くないんじゃないかと、特に今年は思うのだ。

実は案外根強いのは、問題点の7番目、「深夜に及ぶ開催による、倫理的・教育的見地からの異論」だと思う。そういう反論も多いだろう。でも、そこにワタシは返したい。

「倫理的・教育的に、部活は夕方からはじまるものなのです」

(深夜に追記)選手のことだけ考えれば、朝から始めて、14~15時のあいだをブランクにして、15時から再開というプログラムで良いということになりますが、さすがにブランクは、観客のことを考えるとあまりに酷と考えました。また早朝~14時というプログラムもアリですが、一般の野球ファン向けには夜の方がよいかと。あと他の球場(ex.ほっともっと神戸)の活用もありますが、とりあえずここでは、「夏休みに全試合甲子園で行う」を与件としています。



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20140720/2014年球宴随想~真のMVPは金子千尋である。

何度も書いていることだが、大谷翔平についてはもう降参したほうがいいと思う。パターン認識しようとせず、投打、両方ともスゴい「バケモノ」だということを認めた方がいい。実際にそうだと思うし、何より、そう捉えた方が面白い。

ロック史で言えば、プリンスの位置に近いと思う。シンガー、コンポーザー、プレーヤー(それもあらゆる楽器の)、アレンジャー、プロデューサー、パフォーマー、すべてにおいて偏差値70を叩き出す。それゆえに、彼の登場から数年間は、多くの音楽ファンがプリンスの神髄を捉えられなかった。あの感じを思い出す。「大谷翔平=プリンス説」。

昨日の球宴(第二戦)については、そのバケモノとしての凄みを存分に味わわせてくれた。ただ、個人的には、球速表示原理主義みたいな価値観/報道のされ方はあまり好きではない。また、162Km/hを声高に語るなら、それを打った、鳥谷敬とバレンティン、マートンも同時に称えられなければならないと思う。

あと、大谷の162Km/hよりも、たとえば全盛期の藤川球児の150Km/hのほうが速く感じられた。たぶん藤川の方が回転数が多く、揚力が発生していたのではないだろうか。

大谷について、ある意味球速よりも褒められるべきは、ゲーム前の藤浪との遠投と、最後のグラブタッチである。こういうことは、日本の野球界をリードしていく立場にあることを分かっていないとできないことだ。テレビでこの瞬間を見て、この47歳のオッサンが少女のようにときめいたことを白状する。これがパルビテーションかと(笑)

あとはホークス・柳田悠岐が全国区に名乗りを上げた球宴として記憶すると思う。凄かったのがゲーム前のホームラン競争。このツイートの通り。

柳田悠岐、ホームラン競争にも関わらず規格外の飛距離を右へ左へと打ち分けて、最後はバッターボックスの土をきれいにならしていた。競争自体は日ハム・陽に負けたが、実質的勝利。

では個人的MVPは誰かと言えば、金子千尋である。そもそも金子は、選出時にこういう発言をしている。

「球宴は直球勝負になりがちだが、『逆にストレートを投げないくらい、変化球で勝負したい』と宣言。『ずばぬけた能力がなくてもプロでやれることを、子供たちに見せられれば』と思いを語った」(デイリースポーツ)

そう。大谷対藤浪のストレート球速勝負を見透かしたかのように、明確にそのアンチテーゼを発言しているのである。大谷→金子のリレーは、いろんな意味でバランスがとても良かった。そして、何気ない顔で、不気味なチェンジアップを連投し、三者凡退にしあげてクールにベンチに帰っていく、小さい(大谷・藤浪の後にはそう見える)金子がMVPだ。

20140607/淡々と投げ続ける金子千尋へのささやかなリスペクト。

10年前の球宴は、ビデオに残して何度も観ているので、おそろしく具体的に覚えている。長野オリンピックスタジアム、新庄がホームスチール(具体的にはディレイド・ホームスチールか)。球宴に関する論議は、とどのつまり「お祭りか真剣勝負か」ということになるが、何ということはない。新庄のこのプレーはその両方を満たしている。

10年前の球宴を思い出すと、こういうこともつぶやきたくなる。

ちょうど10年前の球宴で新庄剛志が「これからはパ・リーグです」と言ったとき、球界再編騒動は真っ最中。パ・リーグファンが1リーグ化を覚悟した頃だった。署名やデモ、そしてストがあって、今まだパ・リーグは健在で、そして今、セと戦って勝っている。10年前の自分に伝えてあげたい。

あとは2011年球宴の中村剛也。観客からの「おかわり・おかわり・もう一杯」の応援に応えてQVCマリンのバックスクリーンに叩き込んだ姿。これも「お祭り」と「真剣勝負」の見事なる両立。

最後に言っておけば、これだけ濃厚な随想を喚起するコンテンツの受け皿として、テレビ朝日の中継はあまりに食い足りなかった。延長なし(第一戦)は論外としても、工藤公康と古田敦也にも一定の責任があると思ったのだ。

分かりやすく言えば軽薄な感じが過ぎて「お祭り」の度合を強くする。字数の関係上乱暴にまとめるが、要するに彼ら2人の本質に残る「80年代性」(軽薄短小性、石橋貴明性とも言い換えられる)がよくないのではないか。

大谷と藤浪、そして金子千尋が切りひらいていく、日本球界の輝かしいイチゼロ年代。そこに80年代的なあれやこれやは足枷でしかない。



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20140712/作詞家としての木村カエラの凄み。

木村カエラ『10Years』。このサイトの「レコード大賞」を、2008年《Jasper》2009年《Butterfly》2012年《Sun shower》と3回も獲得している「常連」アーチストのベスト盤(ジャケット最高)。

まずボーカリストとして非常に優秀と思いハマった。ビブラート少なめで中音域が太く伸びる。系譜で言えば西田佐知子のライン。そして音程を取るのが抜群にうまい。《Butterfly》のような器楽曲メロディを軽々と歌いこなす。素晴らしい。

だが今回、歌詞カードを眺めてみると、作詞家としても非凡な才能を持っていることがあらためて分かった。新しい才能は新しい言葉とともにやってくる。木村カエラが連れてきた、おかしな、それでいて印象的な言葉たち。

《Magic Music》

雨なBOY
外はBeautifulでPerfectなeveryday
日傘Girl
一体何をねlooking for もとめ

《リルラ リルハ》

私のおまもり
お花 マーガレット
ひたむきで 可憐な
かわいい花 私の支え
こころが 強くなる

《Sun shower》

きっと なくしたものや
きっと 失ったものは
ずっと 君の近くで
形を変えて側にある
きれいに

《ワニと小鳥》

涙止まらなかったんだ
ダメな ボクは君を食べた

《dolphin》

私はイルカ 言葉をしらなくて
いつも 君を求める
波打つはるか 楽園の海なら
君と音を 奏でられるだろう

《Magic Music》の「雨なBOY」「日傘Girl」、《リルラ リルハ》「お花 マーガレット」という言葉遣い。《Sun shower》の仏教的?な死生観。《ワニと小鳥》の「ボクは君を食べた」という発想。《dolphin》の情景が浮かび上がってくる感じは、荒井由実《空と海の輝きに向けて》の味わい。

未だに「ポップ・アイコン」という薄っぺらな表現で語られることが多い木村カエラ。「ポップ・アイコン」って意味が分からないが、それはきゃりーぱみゅぱみゅなどへの形容だろう。そういう視覚的な信号性の奥に、とても凄みのある歌声と言葉が潜んでいる。それをつかまなくちゃダメだろう。

小西康陽と木村カエラは、作詞家として、もっと語られるべきだと思う。



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20140705/大谷翔平と忌野清志郎。

白状すれば、ワタシもずっと「二刀流なんて止めて、投手一本で行くべきだ」と思っていた。いや、筆が滑ってどこかでそう書いたかもしれない。

ツマらないことだ。

ワタシたちが今見ているのは、日本プロ野球史上初(と言って差し支えないと思う)の「二刀流」選手、それも、投打それぞれを片手間ではなく、それぞれを超ド級のレベルでこなす選手―――大谷翔平の成長の軌跡である。

野球に関するなんらかの認識を、栗山英樹に覆される日がくるとは思ってもみなかった。

栗山は、2012年の日本シリーズの前に「ファイターズらしい野球をしたい。ウチの選手が跳んだりはねたりするのは格好いいんだよ」と発言している。これは抜群にいい言葉だと思ったが、そういう、選手を信じる信念の強さが並大抵のものではないということだろう。

そして、そういう「大谷翔平的」な事柄が他にあったのかと考えてみた。そして気づく。「いやいや逆だ。『大谷翔平的』な事柄こそが、エンタテインメントを進化させてきたのだ」と。

―――「ローテーション投手と3番打者、両方やっちゃえばいいじゃん」

―――「俺たち白人だって、黒人みたいに歌えるって。歌っちゃえばいいじゃん」

―――「プレスリーが歌うような曲、俺たちでも作れるって。作っちゃおうぜ」

―――「お前、♪ドードードーと上のドのままな。俺は♪ドシラソーラソミーと下がるからさ」

―――「レコードでしか再現できない音にするんだ。コンサートなんてやめちゃうんだ」

―――「アルバム1枚分を、俺たちじゃない、ある架空の楽団のコンサートみたいにするんだよ」

―――「ホれた・ハれただけじゃなく、社会的なこともどんどん発言して、どんどん歌うんだ」

いちばんロックンロールが熱かった時代だけを振り返ってみても、ビートルズだけでなく、ストーンズも、ボブ・ディランも、大滝詠一も、加藤和彦も、吉田拓郎も、矢沢永吉も、桑田佳祐も、つまりは「大谷翔平的」な事柄だったと言える。

なんだか当たり前のことを書いている気もする。ただ、そんな当たり前のことを再度確認し、改めて気付かせるほど、目の前で起きている、大谷翔平という現象がエキサイティングだということだ。

はっぴいえんど時代の松本隆が書いたシビれるフレーズ、「日本語はロックに乗らないというが、それは前提であって結果ではない。前提を簡単にくつがえすのもロックの魅力だ」。大谷翔平の躍動感ある投打を眺めて思ったのは、そういうことである。日本語を二刀流、ロックをベースボールに変えて。

「前提」が「結果」ではなくなる瞬間。「前提」がいとも簡単に覆される瞬間。それを「大谷翔平的」と言うならば、それこそがエンタテインメントでありロックンロールなんだということだ。

さらにいえば、「前提」=固定観念や同調圧力、先入見、空気に支配されない「大谷翔平的」な生き方へ。

さらにさらにいえば、昨今の「集団的自衛権」問題、「アメリカの下僕として戦争できる国にしよう」という「前提」、強力な同調圧力に対して、こう返せる生き方へ。

―――「この国の憲法第9条は、まるでジョン・レノンの考え方みたいじゃないか? 戦争を放棄して世界の平和のためにがんばるって言ってるんだぜ。俺たちはジョン・レノンみたいじゃないか。戦争はやめよう。平和に生きよう。そして、みんな平等に暮らそう。きっと幸せになれるよ」(忌野清志郎)



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