20141231/「第65回紅白歌合戦」見どころ予想ベスト10

(1位)薬師丸ひろ子『Woman Wの悲劇より』 41曲目・紅組
今回の紅白の、ほとんど唯一にして最大の見どころ。詳しい楽曲分析は以下に書いたので参照していただくとして、こうなれば生演奏であることを祈りたい、と思ったら、松任谷正隆(原曲の編曲者)がピアノ演奏で参加して「スペシャル・アレンジ」を施すとのこと。これは、かつての紅白で、同様に松任谷氏がピアノ参加した、ゆず『栄光の架橋』同様、生演奏じゃない可能性が高いと見た。まぁそれはそれでいいから、あまり作り込んだデジタルな編曲にはしないでほしい。

(2位)中島みゆき『麦の唄』 46曲目・紅組
言わずと知れた朝ドラ『マッサン』主題歌。ドラマの前半の内容は、『カーネーション』の糸子や、『あまちゃん』のアキがイライラしそうな出来だが、朝ドラ主題歌としては近年にない傑作(相手方の敵失という感じもするが)。中島の出身地であり、ドラマの舞台となる北海道からの中継と思いきや、NHK「スタジオ101」からの「中継」だそう。『マッサン』名場面を後ろで重ねるか。「疑似生中継」(録画の生中継的処理)になりそうな嫌な予感が少しする。前フリはエリーで決定。

(3位)関ジャニ∞『オモイダマ』 30曲目・白組
こちらは言わずと知れない「週刊ベースボール・2014年野球レコード大賞」に輝く、『熱闘甲子園』テーマソング。おそらく華美な演出なしで歌うと思うので、ここはひとつ、天才シンガー、渋谷すばるの熱唱に期待である。歌の前に、「夏の甲子園出身で今季プロで活躍した選手」が出てきそうだ(今回はゲスト審査員にプロ野球選手・監督はいない)。優勝チーム・ホークスからとして、中村晃と今宮健太あたりか。ちょっと地味か(笑)。大谷翔平なら文句なしだが。

(4位)美輪明宏『愛の讃歌』 47曲目・白組
こちらは朝ドラ『花子とアン』絡み。審査員にいる脚本家の中園ミホがハシャぎそうな予感。「ここまで司会お疲れさま」と嵐に言われて、吉高由里子が涙ぐむのが前フリ。『花子とアン』の名シーンなどは、24曲目の絢香のところにすべて任せて(そもそも紅白はこれまでも、絢香を接待し過ぎだと思う)。歌をしっかりと聴かせてほしい。まぁ、歌の方は当然堂々たるものでしょう。で、この後にサザンが来るはず。桑田佳祐は大昔、日本生命のCMでこの曲を歌っている。素晴らしかった。絶対にありえないが、ア・カペラで歌ってくれないかな。

(5位)T.M.Revolution&水樹奈々『紅白2014スペシャルコラボレーション』 11曲目
ある意味、もっともプロフェッショナルなステージを見せるのがここだろう。少なくとも声量で言えばナンバーワン。歌う曲は知る由もないが、本当は、こういう二人に、スタンダードナンバーを生声で堂々と歌ってもらいたいと思う。おそらく、近年まれにみる見ごたえの無さになるであろう前半の、唯一の刺激物となってほしいと思う。

(6位)TOKIO『LOVE YOU ONLY』 36曲目・白組
デビュー曲にして、彼ら最大の名曲に原点回帰。ここもおそらくシンプルな演出だろうが、好ましいパフォーマンスになること間違いなし。生演奏すればいいと思う。

(7位)ゴールデンボンバー『女々しくて』 28曲目・白組
ある意味、小林幸子や美川憲一が担っていた、紅白のある見世物小屋的部分を支える人たち。若いのに、そういうところを担おうとしている姿勢が尊敬に値する。文句が言えるはずがない。

(8位)椎名林檎『NIPPON 紅白ボーダレス編』 39曲目・紅組
椎名林檎様でありながらこの位置と言うのは、たぶんに楽曲のせい。右翼的だとか言われていたが、そんな高次元の話ではなく、単純に曲として見どころがないと思うのだ。「紅白ボーダレス」という今回の曲のタイトルも期待薄。

(9位)郷ひろみ『99は終わらない』 8曲目・白組
90年代~00年代に、歌謡史に残る水準(と断言する)ボーカルを披露してきた(なのに、その部分を誰にも賞賛されなかった)郷ひろみも、ここ最近はコンディションが悪い。SKE、NMB、バナナマン日村も参加したキワモノ演出で扱われそうなのが残念。

(10位)ポルノグラフィティ『アポロ』 10曲目・白組
いつもとても前向きなパフォーマンス。なのにいつも、まったく邪険に扱われる人たち。司会が吉高由里子でサザンも参加という「アミューズ臭」の強い回なので、何か見どころがあればと願う。



||リンク用URL||


20141228/祝・紅白~薬師丸ひろ子《Woman "Wの悲劇"より》の聴き方。

今年の紅白の見どころのなさ。そんな中、唯一、薬師丸ひろ子には期待したいが、多くのマスコミが予想する『セーラー服と機関銃』という選曲は止めてほしい。薬師丸の透明な声を素材とした「80年代前半のソングライター頂上対決」である、『探偵物語』か『Woman "Wの悲劇"より』でないと。

この発言が影響してか(そんな訳はない)、めでたく紅白で、薬師丸ひろ子が《Woman "Wの悲劇"より》を歌うこととなった。見どころの少ない今回の紅白で、「薬師丸sings《Woman》」は、唯一にして最大の見どころだと思われるので、久々の「聴き方」シリーズを書いてみたい。

まず、薬師丸ひろ子のディスコグラフィ。

《タイトル》(発売月)作詞/作曲/編曲→売上枚数
・《セーラー服と機関銃》(1981/11)来生えつこ/来生たかお/星勝→86.5万枚
・《探偵物語》(1983/5)松本隆/大瀧詠一/井上鑑→84.1万枚
・《メイン・テーマ》(1984/5)松本隆/南佳孝/大村雅朗→51.2万枚
・《Woman "Wの悲劇"より》(1984/10)松本隆/呉田軽穂/松任谷正隆→37.3万枚

全曲、薬師丸が主演する角川映画のテーマ曲であることは言うまでもない。80年代前半のもっともイキのいい音楽家を集めた、贅の限りを尽くした作家陣である。

とりわけ出色なのは、『ロング・バケーション』の超大ヒットで乗りに乗る松本隆=大瀧詠一による《探偵物語》と、松田聖子で大ヒットを連発した松本=呉田軽穂(松任谷由実)の《Woman》。真ん中に挟まれた南佳孝は少し可哀想である。相手が悪すぎる。

ここで《探偵物語》と《Woman "Wの悲劇"より》を聴き比べると、奇妙な共通点に気付くのである。 「両方ともキーが【Cm】で、一瞬【A♭】に転調する」。その上、エコーが深いナイアガラ流の音作りも共通している。これはどうしたことだろう。そこで一つの仮説に至る―――《Woman》は《探偵物語》のアンサーソングだ。

一説には、《探偵物語》が大滝詠一《雨のウェンズデイ》の姉妹作品だという話もあるのだが、それはともかく、《Woman》は、ユーミンから(あまり接点はなかったはずの)大瀧詠一に対する音楽的返答だと思われるのである。

「返答」と言えば、何だか冷静なやりとりに聞こえるが、実際のところは「やい大滝、ユーミン様の作曲テクを聴きやがれ」ぐらいの気持ちだったのではないか。それくらい《Woman》のメロディは異様に完成度が高い。

その凄みは、何といってもサビである。「♪ああ 時の河を渡る船に オールはない 流されてく 横たわった 髪に胸に 降りつもるわ 星の破片(かけら)」。

ここのコード進行は「♪【B♭m7】ああ時の河【B♭m7/E♭】を 渡る船【A♭M7】に オールはな【Fm7】い 流されてく【B♭m7】横たわっ【B♭m7/E♭】た 髪に胸【A♭M7】に 降りつもるわ【G7sus4 G7】星の破片」なのだが(ここのキーは【A♭】と考えると分かりやすい)、問題は、メロディがほぼ非和声音のみで構成されていることである。

非和声音とは、要するに伴奏の和音には入っていない音、歌い出しの「♪ああとき(のかわ)をわた(るふ)ね」は【B♭m7】=シ♭・レ♭・ファ・ラ♭に対して、ドの音で歌われる。同様に、「オー(ルはな)い なが(さ)れて(く)」は【A♭M7】=ラ♭・ド・ミ♭・ソに対して、シの音、要するに、専門用語で言えば、ずっと9th(ナインス)の音になっているのである。

これは「20051121/考えて作られた『粉雪』の『な』」で書いたことに似ているのだが、レミオロメン「♪こなーゆきー」の「な」の音のような一瞬ではなく、持続的に非和声音を歌い続けるというのは、かなり高度な作曲テクだし、さらには、歌い手にもかなり高度な力量を求めるものである。

と、こういう話は、なかなか文字で表現しずらいので、もう少し直感的な表現で説明すれば、このサビは、「ずっと音程を外して歌う」「ずっと不協和音で歌う」のである。ぜひ一度カラオケで歌って確かめてみていただきたい。ついつい1音下の、もう少し平凡な音程で歌ってしまうはずなので。

もっともっと直感的に言えば―――「『時の河』で1音分浮いている船のようなメロディ」!

あとは、このツイートにも書いた、歌い出しのキー【Cm】からサビの【B♭m7】(=A#m7)に入るところの奇妙な転調感覚。

祝・薬師丸ひろ子の紅白曲目が『Woman "Wの悲劇" より』に決定。聞きどころは、このCmからA#mへ1音下がる転調。「時の河」にドボンとはまる感じが良く出ている。見どころが少ない紅白だが、この「時の河転調」を愉しみたいと思う。

大瀧詠一を意識しながら、「あんな田舎者の音楽オタクに負けるわけないじゃない。ワタシを誰だと思ってるの?ユーミン様よ」と吐き捨てて、松本隆のところに楽譜を持って行ったのではないか。そんな妄想が広がる、力作にして会心作である。

大晦日の夜は、薬師丸ひろ子を、否、ユーミンを聴こう。

【12/30追記】 これだけ力入れたメロディですから、予行演習があったようです、「♪ああ時の河を」のメロディを松任谷由実は前年、同じく角川映画『時をかける少女』の主題歌の「♪過去も未来も」のところで試していますね。本当にどうでもいいことなのですが、気付いてしまったので。



||リンク用URL||


20141221/2014年レコード大賞の発表~愛すべき「ラジオ女子」

過去のレコード大賞。

1992年:吉川晃司《せつなさを殺せない》
1993年:ザ・ブーム《島唄》
1994年:小沢健二《愛し愛されて生きるのさ》
1995年:Mr. Children《シーソーゲーム~勇敢な恋の歌》
1996年:(該当作品なし)
1997年:カジヒデキ《ラ・ブーム~だってMY BOOM IS ME~》
1998年:ゆず《夏色》
1999年:椎名林檎《翳りゆく部屋》
2000年:慎吾ママ《慎吾ママのおはロック》
2001年:ピチカート・ファイヴ『さえらジャポン』アルバム
2002年:RIP SLYME『TOKYO CLASSIC』アルバム
2003年:クレイジーケンバンド『777』アルバム
2004年:大塚愛《さくらんぼ》
2005年:YUKI《長い夢》
2006年:Def tech 《Power in da Musiq ~Understanding》
2007年:くるり『ワルツを踊れ~Tanz Walzer』アルバム
2008年:木村カエラ《Jasper》
2009年:木村カエラ《Butterfly》
2010年:ベッキー♪#《好きだから》
2011年:桑田佳祐《月光の聖者達~ミスター・ムーンライト》
2012年:木村カエラ《Sun shower》
2013年:大友良英『あまちゃんオープニングテーマ』

さて、ワタシのラジオ・エアチェック・リストを公開しましょう。

(日曜日)
ニッポン放送『イルカのミュージックハーモニー』
TOKYO FM『山下達郎サンデー・ソングブック』
NHK-FM『洋楽80'sファン倶楽部』
ラジオ日本『全米トップ40 THE 80'S DELUXE EDITION』

(月曜日)
J-WAVE『J'S SELECTION』
ラジオ日本『ザ・スタンダード』
ラジオ日本『山本さゆりのミュージックパーク』

(火・水曜日)
TOKYO FM『BIG SPECIAL』

加えて、日中にラジオが聴けるときは、ニッポン放送『大谷ノブ彦 キキマス!』や、Radikoのエリアフリーを使って、大阪のFM COCOLOを聴いています。

相変わらずのラジオ好き。一時期テレビ誌に無署名連載していたほどのテレビ好きだったワタシが、今やほとんど観なくなって、でもラジオだけは離れられない。好きが高じて、某ラジオ局で今年、たった3回で終わる伝説の歌謡曲番組に出演したりしました。

で、FM COCOLOを聴いていると、ワタシ世代の大阪人にはとても懐かしいDJ、マーキー谷口が未だに超・健在であることが分かります。この人は、浜村淳といっしょに「ラジオの殿堂」入りすべき人だと思います。

長くなりましたが、このマーキー谷口がDJを務めている、FM802『Saturday Amusic Islands Afternoon Edition』で聴いて、衝撃を受けたのがこの曲。今年のレコード大賞。

2014年レコード大賞:赤い公園『NOW ON AIR』

そこにはまず、うだつの上がらなさそうな女子がいる。

今も私には 才能も趣味もないから
せめて せめて
Please Don't Stop The Music Baby!!

当の私には 夢も希望も遠いから
どうか どうか
Please Don't Stop The Music Baby!!

「リア充」の女子はこうなのに。

どんな人からも愛されやすい
あの子は 毎日のように
幸せそうな 写真上げている

そんなの私を支えるのが、ラジオ。

レディオ
冴えない今日に飛ばせ 日本中の耳に
他愛もないヒットチャートを めくるめくニュースを
この先もずっと 聴いていたいの

ラジオの未来には、少し不安もあるけれど。

レディオ
居なくならないでね 今夜も東京の街のど真ん中
ひとりぼっちで NOW ON AIR

それでも。

レディオ
冴えない今日に飛ばせ 日本中の耳に
異論のないグッドチョイスな いなたいビートを
いつもありがと この先もずっと

また別の話をしますが、最近「OL」という存在がいなくなってきているのではないかと思います。90年代までのイメージで言えば、正社員で、制服着て、コピーとお茶くみをして、社内恋愛して、という、快活で消費意欲に溢れた女性たち。

「男女雇用機会均等」とは名ばかりで、「お気楽OL」とは対極、正社員と同等の仕事をさせられながら、契約社員や派遣社員として、しんどい状況と戦っている女子たち。

もし「アベノミクス」とやらで大企業が潤っているとしても、その内実は、そういうギリギリの女性たちで支えられているという、ギリギリの状況がある。

この曲で感じるのは、そういう(「リア充」ではない)女子たちが、いまラジオに向っていて、ラジオを握りしめているのではないか。そして、そういう「ラジオ女子」の想いまで、ラジオは受け止めなければいけないのではないか、ということです。

この曲に関する、これ以外の分析(感想)はこちらに。

準レコード大賞は、新しい音。

2014年準レコード大賞:ゲスの極み乙女。『パラレルスペック』

2015年、「ラジオ・ジジイ」も戦わなければいけない。今年はありがたいことに、初の著書も出版できましたし、次なる企画も動き始めています。そして「伝説の歌謡曲番組」にも出演できました。

レディオ
冴えない今日に飛ばせ 日本中の耳に
異論のないグッドチョイスな いなたいビートを
いつもありがと この先もずっと

「異論のないグッドチョイスな いなたいビート」をワタシはたくさん知っている。まだまだこれから。目に物見せてやる。

追記:



||リンク用URL||


20141214/2014年「コンテンツ of the year」の発表。

■TVドラマ of the year:NHK『ロング・グッドバイ』(本サイトにおける解説

■TV報道番組 of the year:TOKYO MX『淳と隆の週刊リテラシー』(解説

■TVバラエティ番組 of the year:フジテレビ・小沢健二出演『笑っていいとも』

■TVドキュメンタリー番組 of the year: NHK『地球イチバン~世界一服にお金をかける男たち』

■TVに関するフレーズ of the year:水道橋博士「左へ曲がるカーブの話が、急に右へ旋回した」

例の「いいとも」での、小沢健二から安倍晋三へのリレーを見て見ぬフリをしていたのだが、『水道橋博士のメルマ旬報』における水道橋氏のこのフレーズで全て総括できた。これで私の中の「いいとも」は完全終了。→「明日のゲストは安倍晋三。左へ曲がるカーブの話が、急に右へ旋回した」

■ラジオ番組 of the year:ニッポン放送『大谷ノブ彦 キキマス!』(解説

■映画 of the year:ジャージーボーイズ(解説

■ビューティ of the year:吉田羊(映画『魔女の宅急便』、TV『オモクリ監督』など)

■本 of the year:『勇者たちへの伝言(増山実)』(解説

■漫才 of the year:学天即

■好プレー of the year:ホークス・今宮健太の「二度捕り」

■MFP(Most Funky Player):大谷翔平(パ)、山田哲人(セ)

■音楽パフォーマンス of the year:グラミー賞のダフト・パンク《Get Lucky》

で、「レコード大賞」は後日。



||リンク用URL||


20141207/大滝詠一の作品を「ずっとずっと最高な音楽」として知らしめるために。

いい選曲だと思った。

(ディスク1)ナイアガラ・ムーン/12月の雨の日/恋の汽車ポッポ/空飛ぶくじら/指切り/楽しい夜更し/幸せにさよなら/ニコニコ笑って/Cider '77/The Very Thought Of You/青空のように/真夏の昼の夢/ブルー・ヴァレンタイン・デイ/外はいい天気だよ '78/烏賊酢是! 此乃鯉/夢で逢えたら

(ディスク2)君は天然色/恋するカレン/A面で恋をして/さらばシベリア鉄道/オリーブの午后/ハートじかけのオレンジ/ROCK 'N' ROLL 退屈男/CM Special Vol.2/Cider '83/ペパーミント・ブルー/バチェラー・ガール/フィヨルドの少女/ 夏のリヴィエラ/幸せな結末/Happy Endで始めよう/恋するふたり/恋のひとこと~Something Stupid

大滝詠一の原点を示す上で《12月の雨の日》(シングル・バージョン)は好ましいし、ノベルティ・タイプではなく、メロディ・タイプに重心を置くのも、入門者向けとしていいだろう。個人的には《ニコニコ笑って》→《あの娘にご用心》かなと思った程度。

この2枚のディスクが、それぞれビートルズでいう「赤盤」「青盤」のようになって、大滝詠一ファンの裾野を広げていけばいいと、純粋に思う。

なぜ、今さら、そういうことを言うかというと。

大滝詠一の幸福と不幸は、ファンがあまりにマニアック(だとアピールするのが好き)なこと。それは固定ファンの固定度を高める意味では幸福なのだが、逆にそのことが、普通の音楽ファンが普通に聴きはじめるときのバリアとなっているのではないかという不幸な側面。

なんだか、フィル・スペクター、バッファロー・スプリングフィールドや、リトル・フィート、ジョー・ミークなどを聴きこまないと、大滝詠一とその音楽について、うかつに発言できないような面倒くさい、教養主義、権威主義的な空気。

確かに大滝詠一は、特に晩年のラジオ番組などで、圧倒的な知識を披露していた。ただ、とっても重要なこととして、彼が本当にやりたかったのは、「こう分析してみたら面白いでしょう?」という「新しい視点の提示」で、つまりそれは、「教養」や「権威」とかとは対極的な、もっと自由に、軽やかなモノだったのではないか、ということ。

だとしたら、教養主義、権威主義的な空気など本末転倒で、我々は、自由に、軽やかに大滝詠一とその音楽を語ればいいと思うのだ。だってポップスなんだから。

井上鑑いわく「曲として大滝さんが好きだっていう若い子はけっこういるけど、なんかストイックな方向に入るパターンが多いし、まじめすぎる。本人たちはそんな根暗じゃないですから(笑)」(『レコード・コレクターズ』2014年4月号)

2枚のディスクを通してわかることは、やはり「ディスク2」の冒頭2曲、《君は天然色》《恋するカレン》が最高にして最強ということ。逆にそれに比べると正直、《ペパーミント・ブルー》以降の息切れ感は否めない。

ちなみに、後年の音楽活動の長い長いブランクは、『ロング・バケーション』という、やたらと高いピークの後の枯渇を自覚した結果だろうと思う。それはジョン・レノンも同様だったと考えるのだが。

大滝詠一のことを愛するならば、それを愛する人が一人でも増えてほしいと思う。だとしたら、フィル・スペクター、バッファロー・スプリングフィールドもいいけれど、そんな遠い国の大昔の音楽よりもまず、ディスク2のアタマの2曲を大音量でかけてシビれればいい。

新宿ネイキッドロフトで開催した、自著『【F】を3本の弦で弾くギター超カンタン奏法』 の出版記念パーティのときにやった《君は天然色》の限界大音量再生。身体中に染みわたるナイアガラ・サウンド。なんだか涙が出た。

それが、はるか17年前、FMヨコハマのスタジオで会話をさせていただいたという自慢事を、胸に秘めて生きているオヤジが、せいぜい出来ることだと思っている。

そんな、自由で軽やかな感じが、大滝詠一を「ずっとずっと最高な音楽」(Best Always)とするために必要なのではないか。



||リンク用URL||


20141129/ジョニー大倉の「♪くぉくぉでツァクスィーさぁがすぃ」について。

ジョニー大倉のキャロルにおける功績、否、日本ロック史に遺した破格の功績を実感するために最適な音源は、スタジオ録音や、よく知られている日比谷野音の解散コンサートの音源(ミックスが悪い)ではなく、アルバム『キャロル・イン・"リブ・ヤング"』の1曲目、《ヘイ・タクシー》が良い。

1973年10月21日、フジテレビの番組『リブ・ヤング』での演奏をアルバムにしたという変わり種の企画。解散コンサートでは奇妙な16ビートにリ・アレンジされているその曲は、ここではオーソドックスかつノリノリのエイトビートで演奏される(注:下の映像は解散コンサートのもの)。その歌い出しの部分を、ジョニー大倉の発音に忠実に表記してみる。

「♪くぉくぉでツァクスィーさぁがすぃ はやくくぁのじょにオンミツァイ」(ここでタクシー探し 早く彼女にHold me tight)

このフレーズに、ジョニー大倉の功績がまるごと詰まっている。

(1)ジョニーは子どもの頃から文才があり、また英語に興味があり、ある程度話すことが出来た。
(2)キャロルの曲作りは主に矢沢永吉が、デタラメ英語を口づさみながら作っていた。
(3)デビューに向けて日本語の歌詞が求められ、ジョニーが元のデタラメ英語の語感を壊さない日本語を当てはめた。
(4)そして、その日本語部分をローマ字表記し、それを読んで歌うことによる「日本語によるロックの歌い方」を開発した。
(5)そしてデビューし、世評を得ることで、その「日本語によるロックの歌い方」が一般化、サザンオールスターズに引き継がれ、日本ロックの隆盛の礎となった。

簡潔にまとめれば以上の通り。簡潔だけれど奥深い。「日本ロックの殿堂」みたいなものがあれば、十分に殿堂入りできるような功績である。

キャロルの歴史は、矢沢永吉の「成り上がり」のステップとして語られることが多い。いわば「矢沢中心史観からのキャロル」。しかし、上の史実をしっかりと受け止めると、キャロルの功績を構成する矢沢とジョニーのウエイトは同格である。

「キャロルイコール矢沢の図式を正したい。自分の名誉のための“キャロル闘争”だ」と10年ほど前にジョニーが息巻いていたことがある。本人にとっても、「矢沢中心史観」だけからキャロルを捉えられることは我慢ならなかったのだろう。

その見てくれや言動とは違い、実際はとても繊細な人だったと思う。やたらと高い金を払って買った古本、キャロル解散時に発売された『暴力青春』によれば、在日コリアンとして生まれたことについて悩んだ過去が、かなり赤裸々に語られている。

そういう、自尊心を深く傷つけられる経験をしてきた人にとって、キャロルでブレイクした後も、キャロルの理論的支柱としての功績が無視され、単なる「永ちゃんを支えたギタリスト」として語られるのには、たまらないものがあっただろう。

日本ロック史の分析の中で、グループサウンズやキャロルを過小評価するのは一種の差別である。この機会に、キャロル→桑田佳祐→佐野元春→吉川晃司→氷室京介という、豊かな流れの起点としてのジョニー大倉を、しっかりと見つめなければいけないと思う。

「♪つくりつぁつぇのツァキスィードゥ むねにつけつぇるあくぁいブァルァ」(作りたてのタキシード 胸に付けてる赤いバラ)

(参考)
20030604/ジョニー大倉を擁護する。
20040223/ジョニーズ・キャロル。
20100201/キャロルの適正評価に向けたテキスト。



||リンク用URL||


20141115/成瀬善久の聴こえなかったコトバについて。

成瀬善久がいないマリーンズというものを想像しなければならないときが来た。

当然、マリーンズという好きなチームのエースであり、何らかの強い感情が湧いてきても良いのだが、そういう心持ちにならないのはなぜだろう。

別に、嫌いなプレイヤーではなかったし、今回のFA騒ぎのあれやこれやについても、ある意味想定内、批判的なことをいうつもりは全くない。そうではなく、何というか、成瀬善久という存在の意味や位置づけが、自分の中で曖昧だったことに気づいたのである。

「成瀬善久とはなんだったのか」。

ワタシの中で曖昧な存在でありつづけた遠因として、成瀬本人の中でも「自分のポジションをどう捉えるか」が曖昧だったのではないか。もっと突っ込んで言えば、「哲学」のようなものが曖昧だったのではないか。

例えば、ダルビッシュには、明確な哲学を感じる。それは本人が雄弁だからという意見もあろうが、そんなに雄弁ではない投手、たとえば金子千尋なども、たまに聞こえてくるコトバが、強烈な哲学臭を発する。

「(金子が)球宴は直球勝負になりがちだが、『逆にストレートを投げないくらい、変化球で勝負したい』と宣言。『ずばぬけた能力がなくてもプロでやれることを、子供たちに見せられれば』と思いを語った」(デイリースポーツ)

要するに、こういうコトバ、主張が、成瀬からは聞こえてこなかった。「自分がどういう投手として生き残っていきたいか」について、世の中と共有できるメッセージがなかったということだろう。

彼の投球を呆れるほど繰り返して見てきた目から言えば、ここ数年は、素人目にもわかる、高めのキレのない直球=「棒球」を長打されるシーンばかりが強く印象に残る。

逆に言えば、マリーンズのエースとしての彼のピーク、2010年のCSファイナルステージ最終戦、アウェーの福岡で、ホークスを4安打完封、日本シリーズに連れて行ってくれた、あの完璧なコントロール、あの丁寧すぎる投球術。

本質的には、もっと、杉内俊哉、否、山本昌、さらには、星野伸之や晩年の高橋一三のような、軟投派・技巧派サウスポーの方向性に向かうべき人だったのではないか。エリック・クラプトンではなく、エイドリアン・ブリューのような方向性。

まぁ、成瀬にも言い分があろう。バタバタとするあいだにエースにまつり上げられ、いろんなものを背負い込まされて、自分を見つめる時間がなかったろう。そこには同情せざるを得ない。

ただ、これからは年かさも増していく。生え抜きではない立場として、ファンの共感を獲得するのも時間がかかるだろう。だからこそ、自らを方向付ける哲学を確立し、それをはっきりとコトバとして表明することが必要だと思うのだ。

以上、余計なお世話。老婆心この上ない。ただ、2010年のCSファイナルステージでの活躍だけでも、ワタシは彼にそうとうな恩義があると勝手に思っている。その成瀬の恩義に報いるために、ワタシは成瀬に「コトバを持て」というコトバをかける。

なぜなら、「野球は言葉のスポーツ」(伊東一雄)、だから。



||リンク用URL||


20141109/35年前の山田太一にシビれた夜。

キッカケはダイノジ大谷ノブ彦さんのこのツイート。

いい曲ですなぁ。爆音でキキマス!「ゴダイゴ The Sun is setting on the West」 The Sun is setting on the West: http://youtu.be/iTPoiARdIwQ

このゴダイゴ、《The Sun is setting on the West》は、何を隠そう、ワタシが自分のおこずかいで初めて買ったLP、『OUR DECADE』(1979年)収録曲。このアルバムは実に名盤で、同じくミッキー吉野在籍、ゴールデン・カップスの『THE FIFTH GENERATION』同様、評価が低すぎると思う作品。

で、上リンクに貼られてあったYou Tubeを観ると、それはどこかで観た映像。車いすに乗るのは当時人気の女優、斉藤とも子。このドラマを当時、確かに観たぞ。感動したぞという既視感。

で、それを調べると、山田太一脚本のNHKドラマシリーズ『男たちの旅路~第4部』の中の一作品『車輪の一歩』だと判明。《The Sun is setting on the West》はその回のテーマ曲だという。これは見なければ。と、一万円ほど払って中古DVDを購入。

1979年にNHKで放映された、山田太一脚本「男たちの旅路」の第三話「車輪の一歩」をDVDで。今までにこれを観ずにあちこちで、したり顔で山田太一を語ってきたことを恥じる。「岸辺のアルバム」「ふぞろいの林檎たちpart1」の最終回に匹敵する。抜群。

車いすの若者たちの物語。街中で集まっていた彼らを、デパートのガードマンの清水健太郎と岸本加世子(兄妹)が追い払う。そのことに恨みを持ち、彼らは2人に、一見嫌がらせ、実は障がい者の真実を知らしめようと、兄妹につきまとう。それに真摯に対応することで、彼らと兄妹は打ち解ける。

彼らの中の1人(若き京本政樹!)が、こちらも車いすのペンフレンド、斉藤とも子の家に行く。斉藤は、今で言う「引きこもり」のようになっている。一度連れ出すものの、踏み切りで危うく大事故になりそうになり、斉藤はさらに引きこもる。

そこから色々あって、映像にあるように、外に出た斉藤が、駅(小田急豪徳寺駅)の入口の階段のところで、意を決して積極的に、道行く人に助けを求めることができるようにまでの物語。

お忙しい方はこれだけでも観てみてください。

正直、かなりシビれた。山田太一については、よく知ってるつもりだった。『岸辺のアルバム』『ふぞろいの林檎たちpart1』は何度も観たし、大学時代には講演会にも足を運んだ。溝ノ口の本屋ですれ違ったこともある。

さらには新作ドラマが出来れば初回を必ず観て、『ふぞろいの林檎たちpart3』以降、いつも落胆するということを何度も何度も繰り返した。

認識を変えなければ。1979年あたりの山田太一がいちぱんピークだったのではないか。御年45歳。脂が乗り切ったころの作品。

警備会社で、兄妹のボスとなる鶴田浩二が、車いすの若者たちに言う台詞( コチラ より無断長文転載させていただきます)

「君たちは、いろんな目にあっている。私たちは、それを想像するだけだからね。見当はずれだったり、甘かったりしてしまうかもしれない。君たちは、丈夫で歩き回れる尾島君と妹にとりついて、迷惑をかけてやろうとした。車椅子の人間が、どんな気持ちで生きているか、思い知らせてやろうとした。それをいいとは言えない。そんなふうに恨みをぶつければ、結局は自分が傷つく。しかし、だからといって、アタマから人に迷惑をかけるなと、聞いたふうな説教はできない。あの晩には、まだそれほど考えが熟さなかったが、いまの私はむしろ、君たちに、迷惑をかけることを恐れるな、と言いたいような気がしている。これは私にも意外な結論だ。人に迷惑をかけるな、というルールを、私は疑ったことがなかった。多くの親は、子供の、最低の望みとして『人にだけは迷惑をかけるな』と言う。のんだくれの怠けものが『俺はろくでもないことを一杯してきたが、人様にだけは迷惑をかけなかった』と自慢そうに言うのを聞いたことがある。人に迷惑をかけない、というのは、今の社会で一番、疑われていないルールかもしれない。しかし、それが君たちを縛っている。一歩外に出れば、電車に乗るのも、少ない石段を上るのも、誰かの世話にならなければならない。迷惑をかけまい、とすれば、外に出ることが出来なくなる。だったら、迷惑をかけてもいいんじゃないか? もちろん、いやがらせの迷惑はいかん。しかし、ぎりぎりの迷惑は、かけてもいいんじゃないか。かけなければ、いけないんじゃないか。君たちは、普通の人が守っているルールは、自分たちも守るというかもしれない。しかし、私はそうじゃないと思う。君たちが、街へ出て、電車に乗ったり、階段を上がったり、映画館へ入ったり、そんなことを自由に出来ないルールは、おかしいんだ。いちいち、うしろめたい気持ちになったりするのはおかしい。私は、むしろ堂々と、胸をはって、迷惑をかける決心をすべきだと思った。」

下線部あたりの迫力はどうだろう―――35年前の山田太一にシビれた夜。



||リンク用URL||


20141101/西岡剛の最後の走塁は、アメリカン・ニューシネマのエンディングだった。

―――日本シリーズ最終回の打席。相手チームに王手をかけられ、さらに1点ビハインドの9回。しかし相手投手が乱調で、いつのまにか一死満塁、カウント3-1の打席。

その次の投球は、乱調にも関わらず、いや乱調だからこそ、すべてを天に任せた感じの、真ん中高めのストレート。速いとはいえ、打ちごろの球だ。

待つ理由はない。思い切り振った。やや詰まったかもしれない。ファースト真ん前のゴロ。どう考えても「3-2-3」でダブルプレー成立。

万事休す。シリーズ終了、すべてが終わる!

いや待て。「3-2-3」は簡単なプレーではない。キャッチャーの暴投もあるだろう。ファーストは、さっきまでセカンドを守っていた右利きでグラブは左手。打者走者が向かってくるときにはかなり捕球しにくいはず。

暴投してくれ、エラーしてくれ、できれば、自分にぶつけてくれ!―――

白井球審は「最初から中に入って妨害してやろうという意図が見えた」。西岡剛は「そんなこと、故意にできるはずがない」と反論。

実際のところは分からないが、ワタシは、たった数秒の間に、西岡の「野球脳」の中で、上のような思考回路が回転したと思う。半分は意識的に、半分は無意識に。

確かに、判定としてはルール違反である。ただ、上のような回路が働かず、普通に走っていたらその時点で一巻の終わりである。コンマ何%でも可能性があるのなら、それに賭けてみるのがアスリートの本能だろう。

別に、西岡のあの走塁が「正しかった」「素晴らしかった」と賞賛したいわけではない。ましてや誤審ともまったく思っていない。ただ、杓子定規に否定されるような代物でもないと思う。

ここからちょっと変なことを書くが、ワタシはちょっとセンチメンタルな美しさを感じたのだ。その変な感じを比喩すれば、アメリカン・ニューシネマのエンディングに近いセンチメンタリズム。

そう、あの決して報われなかった走塁は、『イージー・ライダー』のキャプテン・アメリカとビリーや、『明日に向かって撃て』ブッチとサンダンスがあっけなく殺られるシーンにつながる。

キャプテン・アメリカとビリー、ブッチとサンダンス。権力に疎まれながら、コンマ何%の成功に向けて疾走するアウトサイダー。

浅草キッドに「日付以外は全部嘘」と称されるある新聞のサイトでは、「後味の悪い決着」「醜態」「西岡は常習者」「アホなこと」「猛省が必要」「お粗末なプレー」と書かれている。

そういう見方も否定はしないけれど、ワタシは、キャプテン・アメリカやビリー、ブッチやサンダンスが躍動する野球を観たいと思う種の野球ファンである。

それに、西岡剛自身についても、「グラティ」や、球宴で小芝居をそそのかしている昨年の姿に比べたら、今回の走塁なんてずっとずっと魅力的だと思うのだ。

追記:と、ここまで書いてから存在を知った、 西岡本人によるFacebook手記。



||リンク用URL||


20141025/果たして、日本で『ジャージー・ボーイズ』のような映画を作ることはできないものか。

『ジャージー・ボーイズ』。こりゃ洋楽ファンにはたまらん。特にエンディングは素晴らしいを超えてズルい。

映画『ジャージー・ボーイズ』に限らず、例えば『ドリーム・ガールズ』なども含めて思うのは、彼ら・彼女らのアメリカ的ショーマンシップを蹴っ飛ばしてあざ笑うかのようなイギリス人4人組の、あの自由奔放な発想と演奏と服装が、いかに斬新で、いかに世界が待ち望んでいたものだったかということだ。

とってもウェルメイドな映画。こういう映画を観ると、筋金入りのアメリカ嫌いとして「悔しい」という感情が先に立つ。メジャーのパワフルな内野守備を観たときもそう。悔しい。悔しいけど素晴らしいアメリカ。

まずは、こういうビジュアルが悔しい。ずるい。

フランキー・ヴァリ、フォー・シーズンズの伝記映画。丹念に検証したわけではないが、そうとう史実に基づいている。監督はクリント・イーストウッド。ミュージカルの映画化らしい。

まずは1950年代、ニュー・ジャージーのイタリア系の少年の毎日がイキイキと描かれる。彼らの憧れは、同じくイタリア系のフランク・シナトラ。シナトラ同様、不良少年たちにもマフィアのような怪しい大人たちがいる。

その奇妙なファルセットによってのし上がっていくフランキー・ヴァリ。タモリ倶楽部テーマ曲《ショート・ショーツ》を手がけた個性的なソングライター、ボブ・ゴーディオがメンバーに加入し、《シェリー》などのヒット曲を連発。

そこからはお決まりの酒と女と金のトラブル。そしてメンバーとの別れ。ギリギリの土壇場で放たれた起死回生の満塁ホームランが《君の瞳に恋してる》。

映画『ジャージー・ボーイズ』話の続き。名曲『君の瞳に恋してる』のいくつかの謎が解き明かされた。どのジャンルにも属さない奇妙な音作りは、起死回生の大ヒットを賭けたギリギリの状況から生み出された「発明」だったことと、「どのジャンルにも属さない」ながら、根本的にはスウィングだったこと。

かねてから、この曲の何とも言えない不思議なテイストが気になっていた。1967年の7月、あの「サマー・オブ・ラブ」を全く感じさせない、でもトラッドでもない、洋楽史の中で浮いているような、奇妙に技巧的なメロディとアレンジ。

この映画、このシーンで分かったこととして、上に書いたようにこの曲が、金にまつわるギリギリの状況の中で、「フォー・シーズンズ的なもの」から解放され、純粋にフランキー・ヴァリのためのスタンダードを気概で書かれたものであること。

もう一つ。映画の中でのこの演奏にあるように、当時この曲が、スウィングとして解釈されていたこと。

とにかく、「アメリカ嫌い洋楽ファン」としては悔しくなる出来。ただ、そう書きながら思うのは、もうそろそろ、こういう映画、日本でも作れるのではないか、ということ。

「日本のフランキー・ヴァリ」はグッチ裕三である。正直、この映画を観て、グッチ裕三のことを思い出した人も多いと思う。だとしたら、このような映画が企画できるだろう。少なくとも私は観に行く。

―――70年代の六本木を舞台に、髪が多くて長い美少年ギタリストともにソウル・バンドを結成、ディスコで大人気。路線変更してコミック・バンドとなり、一世を風靡するも、メンバーの死や仲違いを繰り返し、そして子供番組や料理番組で再ブレイクする男の物語――映画『ビジー・ボーイズ』!



||リンク用URL||


20141013/来季マリーンズ編成試論~「四番ファースト・今江」という発想。

今季は一度も浮上することもなく最終的には4位。見慣れた(居慣れた)位置ではあるが、ただ、いつものBクラスとは違う、ちょっと希望のようなものが見えていて、前向きな気分でいる。というのは、念願だった「世代交代」が進行しつつあるからだ。

たとえば、9月20日(土)のスタメン。見事に「30歳以下」のメンバーで固められている。

(中)岡田 幸文 30歳
(右)加藤 翔平 23歳
(遊)鈴木 大地 25歳
(左)デスパイネ 28歳
(指)角中 勝也 27歳
(一)井上 晴哉 25歳
(二)クルーズ 30歳
(捕)田村 龍弘 20歳
(三)高濱 卓也 25歳

この日は今江がベンチだったのだが、その今江にしても31歳。今季、一度も浮上することのないまま、地下で1年かけて進行していたことは、「井口(40歳)・里崎(38歳)・サブロー(38歳)」というベテラン・トリオから、上のような新世代へのバージョン・アップだ。

ファンとしては、こういうのは好ましい。また上の8人について、外国人はともかく、高濱以外すべて生え抜きで揃えられているのは気持ちがいい。高濱にしても、阪神時代は一軍昇格がなかったようなので、千葉ロッテの生え抜きみたいなものだ。

ただ、不満を言えば、ここからは質的な話になるが、全体に大人しいというか紳士的というか、若いのに老成している感じがすることだ。

北海道日本ハムの高校卒軍団、西川遥輝、中島卓也、近藤健介、そして言うまでもなく、大谷翔平に見られる、あの、やんちゃに飛び跳ねるように野球を楽しんでいる感じ。あのリズム感が決定的に足りないのだ。

そう考えると、来季に向けて提案は2つ。(1)チームを活性化する、やんちゃでピチピチした高校卒を獲得する(特に内野手)。(2)そんなやんちゃ軍団を叱咤し、正しい方向に導くチームリーダーを置こう。

まず先に(2)について、抜本的な提案をしたい。あくまでも外部からの試論として聞いてほしい。ワタシの考えは、「四番ファースト・今江」だ。

よく考えてほしい。上の面々は2005年どころか、2010年の「下剋上」日本一すら知らないメンツである(岡田除く)。そんな中、今江の経歴は賑やかだ。2005年、2010年、その上WBC「世界一」まで知っている。

そんな今江を、未だに9番打者に置いて、ボール球初球打ちを許す理由はなかろう。立場が人を変える。チームリーダーとしての自覚を与え、若手の模範となるような意識づけをするべきだと思う(現実的な打順としては、デスパイネが四番、今江が五番でもよい)。

では、なぜファーストにコンバートするのか。正直サード守備は今でも一級品だと思う。ただ、若い息吹は、サードやセカンドから現れるだろう(ショートは鈴木大地で決定)。だとしたら、今江がサードに「フタ」をしてしまうのはとてももったいないと思うのだ。

では次に(1)の話。ファースト・今江、ショート・鈴木大地の間に吹き上げる若い息吹として、高濱卓也や大嶺翔太あたりが固定されると面白いと思う。さらにはドラフトで横浜高校・高濱弟を獲得するのもいいだろう。実際にあの 「模擬ドラフト」 では1位高濱祐が指名されたという。

同様に、外野は角中のレフト(ライト)を固定として、残り2つのポジションから若い息吹が吹き上がらせる。ただ当面は、現行メンバーのやりくりで行けると思う。個人的には、センター・岡田、ライト・清田が好ましく感じる。

また投手陣についても、今季の惨憺たる成績のどこからそう言えるのかとツッコミが来そうだが、あまり心配はしていないのだ。むしろ、成瀬、涌井、唐川、藤岡、石川と揃っているメンバーで防御率「4.14」というのは、育成・管理面における、別の根本的な要因があると思う。

今季のワタシのマリーンズ戦観戦結果「17勝14敗」。西に東にマリーンズを追っかけているといろんなことが見えてくる。今季、いちばん見えてきたのは、来季、再来季あたりに謳歌できるであろう「世代交代成功」という未来像である。ちょっとした確信まである。

だから、編成にお願いしたいのは、誰が何といおうとバージョン・アップの手を休めるなということだ。必然的に、ベテラン軍団はもうクールに扱わざるをえないと思う。

ただ、福浦だけは特別枠として考えてほしい。なぜならば―――福浦は、福浦だからだ。

(追記)伊東勤監督について、たとえば一軍登用後、一試合でも失敗すればすぐに二軍に落とすというような「懲罰人事」が頻繁に見られた。よくないと思う。早急な結果が欲しい気持ちも分かるが、度を過ぎると、上に書いた「じっくりと世代交代」というコンセプトと矛盾する。



||リンク用URL||


20141005/テレビに出る人、創る人全員に配りたい本~井原高忠『元祖テレビ屋ゲバゲバ哲学』。

ちょっと音楽ネタが続いたので、別のジャンルの話をしたい。それでも『マッサン』について書くには、あと一週間観てからだなぁ、ということで久々に本の話。

日本テレビの黄金期(と言っていい)に『ゲバゲバ90分』などの伝説の番組を生み出しつづけ、残念ながら9月25日にお亡くなりになった井原高忠氏が生前遺したインタビュー本。面白くって一気に読んだ。

実は、1983年に発売された、タイトルもよく似ている『元祖テレビ屋大奮戦!』という本があり、ちょっと前に、それを苦労して手に入れたのだが、そこで語られていたことが、自身の「テレビ屋」としての活動を総括したような本だったので、まさか新刊が出ているとは思わなかった。

この、井原高忠という人がどういう人だったかを示すには、亡くなったときの我がツイートにあるこの一言がいちばん分かりやすい。

若い芸人の皆さん、昨日亡くなった日本テレビの伝説的ディレクター、井原高忠が若き日の伊東四朗に伝えたこの言葉を聞いてほしい→「伊東様、コメディアンというものは、踊り手より踊りが上手く、歌い手より歌が上手いものなのですよ」

戦後エンタテインメント第一世代というか、小林信彦らも含めて、圧迫的な戦前から解き放たれ、戦後一気に雪崩れてきたアメリカ文化を空気のように吸って吐いてきた東京の洒落た男の子たち。

「ジャズとミュージカルとムービーとコメディとショウほど素敵な商売はない!」

正直、井原本人が語る部分については、『元祖テレビ屋大奮戦!』と重なる部分が多く、発見は少なかったが、それでも最近の日本のテレビ、否、日本全体に絶望していたことはよく分かった。

加えて、井原に関係したあらゆる有名人たちが、井原に対して語りかけるコメント(賛辞)が入っているのだが、それが読みごたえたっぷりである。特に、伊東四朗、萩本欽一と、井上ひさしのコメントが素晴らしく、これらだけでも読む価値はある。

井上ひさしが「井原さんから学んだことに通じる」とするアメリカの大衆詩の一説。「人は、生まれながらに、苦しみや悲しみ、つらさを兼ね備えている。だから、そういったものはわざわざ人間が作る必要がない。でも、人間が生まれながらに持っていないものが一つある。笑いだけは人間がお互いにつくり合わないと存在しない。だから、あなたは笑いをつくる立場に立ちなさい。」

最後に一つだけ。この本を読んで、井原と同じ気分になって、日本のエンタテインメントを批判するのはいかにもツマラない。ワタシも、特に今のテレビについては褒められたものではないと思うがそれでも希望がある。

特にテレビ草創期に、井原が終始絶望していたのは、日本人の音楽性についてである。音楽が出来ないからエンタテインメントが成立しない。まずは音楽性だとしきりに語っていたようだ。

でも、今の若者の音楽に耳を澄ませると、驚くような音がたくさん芽生えている。抜群のリズム感、聴いたこともないようなコード進行。ボーカルだけはまだアメリカにずいぶん劣るが、アメリカの猿真似ではない、個性的な歌声がどんどん出てきている―――だとしたら、日本のエンタテインメントの未来には、ちょっとは希望があるのではないか?

「アメリカ文化を空気のように吸って吐いてきた東京の洒落た男の子たち」が生み出す文化を空気のように吸って吐いてきた大阪の男の子として、そういうことを言わなければいけない義務と責任があると思っている。



||リンク用URL||



suziegroove@nifty.com

Copyright © 2013 Suzie Suzuki & Attackammo office