20160323/「2016年日本プロ野球開幕にあたって、佐野正幸さんに捧げる。」


 

20160313/野球賭博とはプロ野球の存続に関わる問題だという歴史認識が必要。

開幕が近いというのに、このモヤモヤ感。これは2012年の開幕のときの気分に近い。もう完全に忘れ去られているであろう、巨人の新人契約金超過問題が、開幕直前にあったのだ。当時のこのサイトの記事から。

それにしても、この事件や、原監督の不倫問題に絡んで反社会的勢力に一億円を渡した問題、一説には巨人在籍時代から常用していたと言われる、清原の覚せい剤問題。

そして、今回の野球賭博問題である。巨人はいったいどういう球団になってしまったのだろう。こういう言い方をすると、「アンチ巨人vs巨人」の図式に放り込まれるが、こうなってくると、そういう小さな枠組みの話ではない。

さて、野球賭博問題。ワタシは、この重み・痛みが本当に認識されながら報道されているのが、疑問に思うのだ。「身内の賭け麻雀と同じでしょ? そんなの合法にすればいいじゃん」的な意見も聞く。

違うんです。野球賭博問題は、プロ野球の存続に、ダイレクトに関わってくる問題なのです。

1969年、突如発覚した「黒い霧事件」。この名称は、野球界のみならず、オートレースの八百長や、暴力団員との私的な付き合いまで含んだ、総合的な名称だが、その本質は、野球賭博への参加を発端とする、プロ野球選手の八百長と永久追放である。

・永易将之/西鉄/投手/敗退行為の実行→永久追放処分
・池永正明/西鉄/投手/敗退行為の依頼を受け現金受理→永久追放処分(ただし2005年に復帰)
・与田順欣/西鉄/投手/敗退行為の実行と勧誘→永久追放処分
・益田昭雄/西鉄/投手/敗退行為の実行と勧誘→永久追放処分
・森安敏明/東映/投手/敗退行為の依頼を受け現金受理→永久追放処分

上リストはWikipediaよりの引用。「敗退行為」とは「八百長」のこと。この「ヤオチョー」という言葉も分かりにくければ、「わざと負けるようにプレーすること」と理解してほしい。

野球賭博をすることは、反社会的勢力とつながること。ということは、その「反社会的」な連中が賭けているチームが勝つ(賭けていないチームが負ける)ことへの依頼が持ちかけられることだ。

「プロの目からその試合の勝ち負けの予想を教えてほしい」「その試合で登板する投手を教えてほしい。その投手の調子を教えてほしい」「ついては―――お前は、俺が賭けているチームの相手のチームなのだがら、頼む、わざと四球を出したり、ど真ん中に放ったり、エラーとかをして、負けてくれないか」

とシームレスに発展する可能性がある。ましてや、その連中から借金などしてようものなら、それらは命令形になろう。

この永久追放で、骨抜きになった西鉄は一挙に弱体化。70年から3年連続最下位。3連覇を達成した黄金時代の1958年に約90万人だった観客動員が、72年には約32万人に落ち込み、結果72年に西鉄は身売りすることとなる。

佐野正幸さんの『パ・リーグ激動の昭和48年』(日刊スポーツ出版社)という本がある。これは、西鉄身売りの翌年、73年(昭和48年)のパ・リーグのてんやわんやな状況を克明に記録した本である。

西鉄だけでなく、東映も身売り(→日拓ホーム)、ロッテは本拠地球場がないまま開幕、2シーズン制導入……よくパ・リーグが潰れなかったなと感心するくらいの混乱ぶりである。

こういう混乱も、歴史の流れを丹念にたどっていくと、その大きな要因として「黒い霧事件」があることは言うまでもない。そして、今の今に至るまでパ・リーグが存続できたのは、心ある選手、フロント、メディア、そしてファンの健気で切実な努力があったからなのだ。

繰り返すが、言いたいことは野球賭博問題は、「身内の賭け麻雀」とは、まったく根本的に異なり、プロ野球の存続に、ダイレクトに関わってくる問題だということだ。そういう歴史認識を持たねば。

つまらない結論で恐縮だが、徹底的に追及してほしい。心ある選手、フロント、メディア、そしてファンの健気で切実な努力に報いるために。彼らの意志を継ぐのは、他でもない、ワタシたち野球ファンだ。

(twitterより)
江川事件のとき追い詰められた巨人は「セ・リーグを脱退してやる」と、他の11球団を脅しにかかった。しかし放映権ビジネスが壊滅的な今、11球団は巨人を脅し返せるのではないか。「賭博球団は出ていってくれないか」と。

野球賭博のような前近代的事件が発生するのは、野球選手に歴史認識が欠如していることにも要因があろう。「黒い霧事件」も「西鉄」も「池永正明」も若い選手はよく知らないはず。インタビュー研修もいいが「プロ野球史」のテストをして30点以下は一軍出場停止、ぐらい徹底的に叩き込むべきだと思う。



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20160305/映画『レッキング・クルー』評~松原正樹のドキュメンタリー映画が観たい。

ニッポン放送『大谷ノブ彦 キキマス!』に出演しました。大谷さんとマキタスポーツさんとの歌謡曲談義。自分が出演したコンテンツは、再度観たり聴いたりしない主義ですが、これは2度ほど聴きました。面白かった(笑)。下記ポッドキャスト(mp3)をぜひ聴いてみてください。ここだけの話、もしかしたら、また近いうちに出演するかもですよ。

前編 http://podcast.1242.com/sound/8485.MP3
中編 http://podcast.1242.com/sound/8486.MP3
後編 http://podcast.1242.com/sound/8487.MP3

さて、映画『レッキング・クルー 伝説のミュージシャンたち』in 横浜シネマリン。平日夜だというのに、結構入っていた。横浜中のアメリカンポップス・ファンが集まっている感じ。友だちになりたいようななりたくないような。

映画の説明として、 サイト「RO69」 より。

50年代~70年代にかけてエルヴィス・プレスリー、フランク・シナトラ、ザ・ビーチ・ボーイズらのヒット曲を手がけたセッション・ミュージシャン集団、通称「The Wrecking Crew」にスポットを当てた長編ドキュメンタリー映画『レッキング・クルー 伝説のミュージシャンたち』が、2016年2月20日(土)に日本公開されることが明らかになった。

監督を務めたのは、ギタリスト、トミー・テデスコの息子であるデニー・テデスコ。父トミーが肺ガンと診断され、可能な限り彼らを映像に残そうとカメラを手にとったことがきっかけとなり制作に至ったという本作は、数年をかけてトミーをはじめ数々のプロデューサー、エンジニア、ミュージシャンらにインタヴューを重ねたドキュメンタリー作品となっている。

2008年に完成し、世界50の映画祭で上映されたものの、本編に使用された130曲に及ぶ楽曲の権利をクリアし劇場公開するまでには撮影から18年の歳月が費やされることになったという。今回は、2015年の全米公開を経ての日本初上陸となる。

関係者の証言で、歴史をたどっていくというドキュメンタリー手法は、歴史に意識的なロックファンにとってはたまらないものがある。『ジャージー・ボーイズ』みたいな伝記映画に加えて、このようなドキュメンタリー映画の2つで、ロックの歴史が、さらに掘り起こされていくと嬉しい。

なお余談だが、日本では、ロック・ドキュメンタリー映画の傑作として、ザ・ゴールデン・カップスの映画『ワンモアタイム』がある。若き日のカップスの美しい姿の映像も満載。オススメしたい。

さて、この記事

ギタリスト、作曲家の松原正樹さん死去 松任谷由実さんや松田聖子さんのレコーディングで活躍

松原正樹氏(まつばら・まさき=ギタリスト、作曲家)8日、がんのため死去、61歳。葬儀・告別式は近親者で行った。喪主は作曲家で妻、南部昌江(なんぶ・まさえ、本名・松原昌江=まつばら・まさえ)さん。後日お別れの会を開く。

松原正樹という人は、基本的に裏方だった人だが、それでもどれだけ人気があったかは、松任谷由実のアルバム『時のないホテル』の帯を見るだけで十分に伝わる。

松原正樹を中心とした、ロック・ドキュメンタリー映画、日本版『レッキング・クルー』が作れないか―――それが、この映画を観てすぐに思いついたこと。そう、トミー・テデスコと松原正樹が重なって見えたのだ。

本家『レッキング・クルー』ほどの、約2時間を飽きさせない数々のヒット曲があるのか。ありますとも。この氷山の一角を聴くだけでも、幅広いすそ野を感じさせるに十分。

団塊の世代が還暦を超えて、洋楽も邦楽も訃報ばかりが流れてくる。でも訃報を契機に、ロックの歴史に対して、意識的なファンが増えるのは好ましい。そういう機運をさらに高めるようなロック・ドキュメンタリー映画が量産されることを願いたい。



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20160228/ニッポン放送『大谷ノブ彦 キキマス!』は、AMラジオが情報インテリ競争に踏み出すことの導火線だった。

AMラジオについて考えるとき、いつも、喉に刺さった小骨のように痛みだすのは、小島慶子がTBSの『キラ☆キラ』という番組を降板したときのこのエピソードである。

●局側から「番組としては是非聴いて欲しいお客さんがいる。まだラジオを聴いていない、40代、50代の男性の自営業の人を意識したしゃべりをしてください」と言われた。
●小島は「今聴いている人に話しかけながら、その肩越しに聴いていない人を呼び込むしゃべりをしろ、と言われたら、それは絶対できない」と思い、結果降板を申し入れた。

どちらが悪いという話ではない。ただ当時、「あぁ不幸な話だなぁ」と感じたのだ。要するに、AMラジオのメインターゲットである40~50代自営業のリスナーを増やして、番組聴取率を高めたい局側と、今聴いてくれているリスナーとのコミュニケーションを重視したいパーソナリティとの意見の食い違い。

なぜ不幸だと感じたかというと、この2つの意見は、そんなに食い違っていないのではないかと思ったからだ。

おそらく、局側にも小島側にも、頭の中に、こういう(a)(b)の対立概念があったのだろう。

(a)「40代、50代の男性の自営業」:下町の(TBSラジオの送信所は埼玉県戸田)、商店や町工場を自営しているか、タクシードライバーのオヤジ、巨人ファンで演歌好き。
(b)『キラ☆キラ』リスナー:(a)より年齢はちょっと下で、インテリのサブカル好き。Radikoで聴くホワイトカラー率高い。

仮にこういう二元論だったとして、ワタシが思うのは、ラジオ業界が暗黙のうちに設定している(a)(b)二元論は、ちょっと極端すぎやしないかということだ。さらに言えば、「40代、50代の男性の自営業」の中にもサブカル好きはいるし、『キラ☆キラ』リスナーにも、下町の自営業者はいるぞということなのだ。

具体的に言えば、(a)の像、特に「巨人ファンで演歌好き」のあたりが怪しい。年齢の中央値、「50歳」を取れば、小学3年で広島カープの優勝を知り、小学6年でサザンと出会い、高校1年で佐野元春『サムデイ』、高校2年で西武ライオンズが巨人を破って日本一に。そのバイオグラフィに巨人軍黄金期はないし、ましてや演歌など聴いたことがない(なぜこんなに克明かというと、他でもない、このワタシが今年50歳だから)。

ということは(a)(b)は、そんなにブレない。そして、AMラジオ業界が漠然と狙っている(a)「40代、50代の男性の自営業」にもインテリのサブカル好き(巨人も演歌嫌い)は確かにいるはずなのだ。ワタシが保証する。

さて、好んで聞いていたニッポン放送『大谷ノブ彦 キキマス!』が3月いっぱいで終了する。

大谷ノブ彦という人は、他ならぬワタシの本の帯を書いていただいた人なのだが、驚くべきことに、もともとは、大谷氏のほうがワタシのサイトを見てくれていたようなのだ。

スージー鈴木さんからメールがきた!!

今でも無名だが、まだ本も出していない時代のワタシに目をつけてくれて、そしてラジオ番組『SCHOOL NINE』に呼んでくれたり、番組の中で名前を出したりしてくれて、そして本の帯に至る。一種の「恩人」と言ってもいい。

ただ、恩人だから『キキマス!』を聴いていたわけではない。そうではなく、2009年のワタシのサイトにまで目配りが行き届いている、「情報インテリ」がパーソナリティの番組だったからこそ、聴い続けていたのだ。

たとえば、あれだけ若い人たちの音楽を知り尽くしているラジオDJは、そうはいないと思う。「情報インテリ」=ベタに言えば、とても勉強熱心な語り手。

学歴や偏差値の話をしているのではなく、世の中の様々な情報に関心を持ち、勉強し、そして素材として料理する。そういう資質を大谷氏は持っている。この「情報インテリ」路線の延長線上に、伊集院光がいて、そして浜村淳がいる。

その伊集院光が、4月からTBSの朝帯で番組を持つという。これは画期的な話だ。巨人も演歌も拒否するような、そしてサザンと佐野元春がDNAに埋め込まれた、言わば「新しい50代」を目がけて、TBSラジオが本格稼働するという宣言だと思う。

『キキマス!』の終了はとても残念だが、ラジオ業界がつまらない二元論から解き放たれ、新しい50代を目がけた「情報インテリ」競争に踏み出すことの導火線、それが『キキマス!』だったと信じて、悲しむのではなく、希望を持っていたい。

と、やたら長い前置きになりましたが、火曜日、『キキマス!』に出演します。よろしくお願いいたします。下記「存続運動」云々は冗談です(笑)。

【宣伝】突然ですが、3/1(火)のニッポン放送「大谷ノブ彦キキマス!」に生出演します。大谷さんとマキタスポーツさんと「昭和歌謡の迷宮」というテーマで、ゴダイゴ、キャンディーズ、そして沢田研二から選曲します。「キキマス!」存続運動の刺客として行って参ります。 #netsu



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20160227/「1979年のゴダイゴ~ミッキー吉野×スージー鈴木・トークバトル」満員御礼と当日のコンテンツ集。

昨夜の「1979年のゴダイゴ~ミッキー吉野×スージー鈴木・トークバトル」。満員のお客さま、遠路はるばるの方もいらっしゃったようで、本当に感謝します。

個人的にも、ミッキー吉野さん本人に「『君が薔薇より美しい』のディミニッシュ・コードの多さはどういう意図なのですか?」という質問が出来る場に立てたなんて、37年前の中学一年生の鈴木少年に教えてあげたいものです。

また「書き役」「話し役」ではなく「聞き役」として新境地も開けたかと。吉田豪の気持ちも少しわかりました。

こちらで焦点と仮説を持ってインタビューする。とはいえ、すべての音楽家にそれは通用しません。自分が思い入れた人にしか適用できない方法論です。

「1968年のスパイダース(対談相手:大野克夫)」、「1973年のキャロル(内海利勝)」、「1979年のサザンオールスターズ(松田弘)」、「1980年のプラスチックス(中西俊夫)」、「1984年のチェッカーズ(高杢禎彦)」などの企画がありましたら、是非。

以下、昨日のコンテンツ再録です。まずはミッキーさんと私の本。

名盤中の名盤、ゴダイゴ『OUR DECADE』。

当日流した音源として、79年紅白より、布施明《君は薔薇より美しい》。

同じく79年紅白より、ゴダイゴ《ビューティフル・ネーム》。

ゴダイゴ《The Sun is Setting On The West》が流れる、山田太一脚本『男たちの旅路~車輪の一歩』エンディング。

おなじみ(?)、エンディングがメジャー・セブンスのゴールデン・カップス《愛する君に》。

エディ藩がひたすらかっこいい、ゴールデン・カップス《I'm So Glad》。

圧倒的で圧巻の8分間。おそらくゴダイゴとしての演奏の頂点。《平和組曲》。

そして、79年の名曲度1位となるこの曲⇒ゴダイゴ《銀河鉄道999》in 『夜のヒットスタジオ』。

写真もいくつか。

議事録として、「いのじゅんAM」さん(ありがとうございました)のツイートより。

秋葉原ブックタワー。『1979年の歌謡曲』著者スージー鈴木さんがミッキー吉野に根掘り葉掘り聞くトークイベント『1979年のゴダイゴ』見てきました。約50人を前に当時映像を交えつつ貴重トーク。めちゃ良かったー!生ミッキー吉野に会えた!

スージー鈴木「1979年当時、桑田佳祐という存在はどう見てましたか?」ミッキー吉野「ベストテン出てた頃に楽屋に挨拶に来たんですよ。柳ジョージを紹介して下さいって言われて。それが最初です」

お客さんからの質問に答えてミッキー吉野「Charさんは音楽よりもゴルフで御一緒するのが多いです。とてもお上手で、コンペも主催されていてます。ユニコーンの奥田さんとか来られます」スージー鈴木「ちょっと待って下さい!Charのコンペがあるんですか!」

スージー鈴木「16歳でゴールデンカップスに入られて、怖くなかったですか?」ミッキー吉野「(笑)」鈴木「日劇ウェスタンカーニバルとか出てましたよね?周りにはジュリーやマチャアキや裕也さんも居るような環境で」吉野「普通のバンドと違って、カップスは挨拶行かなくて良かったんですよ(笑)」

ミッキー吉野「ちょうど昨日、横浜中華街でゴダイゴの写真撮影あったんですよ。みんなで(ゴールデンカップスの)エディ藩さんの家に行ってピンポン何度も押したけど出てこないんですよ。絶対中に居るはずなんですけどね」

そして、スピンオフとして、3/10(木)のさばのゆでのイベント。ゴダイゴのファンが多くいらっしゃれば、また《ライティング・マン》を爆音で聴きましょう。ぜひお越しください!



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20160220/ちかえもんとSuchmosと佐野元春と山本彩とてれびのスキマで、春らんまん。

事情あって、一週お休みしました。いきなり、最近のエンタテインメント・ランキング。

1位:NHK『ちかえもん』

こんなに面白いテレビドラマはひさしぶり。ここで書いた『東京センチメンタル』に加えて、フジ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』、TBS『女くどき飯』、TBS『悪党たちは千里を走る』など、「当たり」のドラマが多いこのクールの中でも圧巻。毎回の「替え歌」のばかばかしさ。

ストーリーはいよいよ藤本有紀らしい緻密な構成を見せそうだが、それよりなにより、松尾スズキの「顔芸」と「モノローグ芸」は百万両の価値がある。デタラメな関西弁が全編にわたって話されるが、まったく気にならない。

(私のTwitterより)
NHK「 #ちかえもん 」。「松尾スズキ演じる近松門左衛門が『大阪に生まれた女』の替え歌を歌い、その下にテロップで『うた:近松門左衛門』と出るドラマ」というだけで観なければいけない理由がたっぷりとある。朝ドラ史に残る傑作、『ちりとてちん』も書いた脚本家・藤本有紀、再覚醒か。

NHK #ちかえもん は見なけりゃ損するドラマ。 #ちりとてちん → #カーネーション → #あまちゃん の流れを途絶えないようにしたいという #NHK の根性がうかがえる。それにしても今クールは豊作。新「テレビの黄金時代」(小林信彦)が来そうだ。

2位:Suchmos『STAY TUNE』

まだ2ヶ月しか経っていないが、今のところ今年ナンバー1の出来。(また)ジジくさいことを言うが、「日本のロックもここまで来たか」の感慨を持つ。MONKEY MAJIKなどの読後感に似ているが、より自然体な感じが好ましい。もっと音楽市場が健康的だった時代にデビューさせてあげたかったと思う。

(Twitterより)
Suchmos "STAY TUNE"は今のところ今年いちばん。4分23秒あたりからの展開が飽きさせない。「これでもか」という感じの商品性がある。お金を払いたくなる楽曲。→ https://youtu.be/PLgYflfgq0M

3位:佐野元春×爆笑問題

「2016年のラジオ」を代表する番組になることは確か。2月16日のTBS『SOUND AVENUE 954』。爆笑問題太田という人は、私にとっての好きな断面と苦手な断面を併せ持つ人だが、佐野元春を目の前に、「こんな日が来るとは思っても見なかった」とはにかむのは「好きな方の太田光」。書き起こしはこちらに。

(Twitterより)
TBSラジオ「サウンドアベニュー905」。佐野元春がサザンをかけながら、「佐野さんの番組に呼ばれるなんて生きててよかった」と言うゲストの爆笑問題に「あなたにとって立川談志とは?」と問い詰める。いい番組だった。ほんとにいい番組だった。 #sound905

4位:山本彩in NHK『スタジオパークからこんにちは』

2/16のオンエアで山本彩が、生放送・生演奏・生歌で披露した《365日の紙飛行機》の素晴らしさたるや。「歌が上手い」というタイプのボーカルではないが、「息の多い」(?)声質は非常に魅力的。何より、フォークギターで弾き語りをするという姿勢を買う。

この映像は、それとは異なるものだが、山本彩のボーカルの魅力は十分に伝わる。おニャン子で言えば、工藤静香の方角に進んでいく人だろう。

5位:戸部田誠(てれびのスキマ)著 『1989年のテレビっ子』

現在、読み進めている最中だが、抜群。「西暦系サブカル本」にハズレなし。『1979年の歌謡曲』もよろしくお願いします。

(Twitterより)
「西暦系サブカル本」にハズレなし。さっき手に取って、とんねるずの項をパラパラ見たけれど、すごく面白い→戸部田誠(てれびのスキマ)著 『1989年のテレビっ子』 http://amzn.to/1VoIlNI



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20160207/清原和博を増長させた「やんちゃ」信仰ムーブメントについて。

長くサイトを書き続けていると、世の中で話題の事象に対して、自分がどのような面持ちでいたのかを、簡単にさかのぼることができる。

今話題のあの方に対して、違和感を持ったのは、だいたい13年前のようだ。そういう意味では、ワタシのアンチ歴はそうとうに長い。

20030517/僕が清原を嫌いになった理由。

このときの記事によれば、「ジャンクSPORTSスペシャル」みたいな番組で、「自分の球団のいいところ」を訊かれた清原和博が「年棒もすごいが、年棒以外の様々なサポートも、巨人はすごいで」と答えたらしく、それに、30代のスージー青年はカチンときたようだ。

今となっては、そんなに目くじら立てるほどの話ではないと思いつつ、「年俸以外のサポート」について、公の場で言及するのは、やはり、あまり上品なこととは言えない。なんか、他人の家のゴミ箱を見せつけられたような不快感がある。

今考えてみれば、ワタシが清原に感じていたアンチ感とは、実は、清原本人に対するものというよりも(そんなものはどうだっていい)、この番組のように、清原のこういう言動を、必要以上に面白がるムーブメントに対してのものだった。

要するに「番長」「ワイが清原や」的に、清原を面白がるメディア風潮。「面白がる」ということは、この時代、「認める」「持ち上げる」と同義だ。今、善人ぶって清原を追及するメディアの側も、そういう清原を、これまで「認め」「持ち上げ」てきた責任があるのではないか。

ただまぁ、清原のことはもういいだろう。ワタシが考えたいのは、清原的なあれやこれやに対して、世の中が甘いこと、もっといえば、世の中が大好きなことである。

それは「やんちゃ」という概念だ。昨年、東京新聞に掲載された、桧山珠美という方の見事な文章。

みんな「やんちゃ」に甘いんだなぁ、好きなんだなぁという驚き。特に関西方面で顕著な現象。島田紳助、やしきたかじん、清原和博、橋下徹も、この「やんちゃ枠」に入れていいと思う。

「やんちゃって、オモロイやん」「やんちゃって、可愛いやん」「やんちゃって、素敵やん」……そんなことを繰り返していく中で、「やんちゃ」の概念がぶくぶく膨らんで、そして犯罪まで増長していく。

「元ヤンキー」という経歴の「やんちゃ」。声を荒げて逆ギレする「やんちゃ」。そして「年俸以外のサポート」について、公の場で言及するような「やんちゃ」。

そういうのを面白がって増長させた「やんちゃ」信仰ムーブメント。清原そのものよりも、このムーブメントの問題を考えるべきだと思う。犯罪はもう取り返しがつかないが、こちらの方は、これからでも取り返しがつく話だ。



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20160201/2月26日(金)、あのミッキー吉野さんと秋葉原でトークイベントやります!

突然の大ニュースです。あのミッキー吉野さんと、秋葉原の書泉ブックタワーで2月26日(金)19時~、対談イベントを催します。自著『1979年の歌謡曲 (フィギュール彩) 』でもはげしく言及した傑作アルバム『OUR DECADE』について徹底的に語る機会としたいと思っています。

『OUR DECADE』は、同じくミッキー吉野さんが絡んだ、ザ・ゴールデンカップスの『フィフス・ジェネレーション』同様に、再評価がもっとも必要なアルバムの1つだと考えます。

しかし「トークバトル」とはまことに僭越で、ミッキーさんも本を出されたのを見計らって、こちらからの熱烈なアプローチで実現した企画です。

その上、なんと無料。ただし、そんなに大きなスペースではないようで、だいたい40くらいの座席数です。完全電話予約制です。今すぐお電話を→(書泉ブックタワー)03-5296-0051

イベントの詳細はこんな感じ。詳細は→https://www.shosen.co.jp/event/28894/ 書泉ブックタワーの地図はこちら。

(tweetより)
【宣伝】2月26日(金)19時より、秋葉原書泉ブックタワーにて『1979年のゴダイゴ~ミッキー吉野×スージー鈴木 トークバトル』を開催します。なんと無料。限定40名程度。ご予約はお早めに!→ https://goo.gl/nn1KqC #ゴダイゴ #ミッキー吉野

あと、3月10日(木)は「さばのゆ歌謡祭」の第3回です。こちらもよろしくお願いいたします。

(tweetより)
3/10、20時~経堂さばのゆで、石黒謙吾さん、チャッピー加藤さんと、歌謡曲イベントやります。今回は「1984年の歌謡曲」をかける予定です。世界のビールと花粉症撃退メニューあります。ご予約は私にリプライかメッセージくださいまし。



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20160124/音楽シーンに新陳代謝を促進する方向で音楽を語ろう~または日本のクラッシュ待望論。

『1979年の歌謡曲』出版に続き、「水道橋博士のメルマ旬報」で「1984年の歌謡曲」の連載も始まったので、それぞれの年の年間ランキングをじっくりと眺めることが多い。

そこで、2015年のオリコン年間ランキング。

1.僕たちは戦わない/AKB48
2.ハロウィン・ナイト/AKB48
3.Green Flash/AKB48
4.唇にBe My Baby/AKB48
5.コケティッシュ渋滞中/SKE48
6.今、話したい誰かがいる/乃木坂46
7.太陽ノック/乃木坂46
8.命は美しい/乃木坂46
9.青空の下、キミのとなり/嵐
10.Don’t look back!/NMB48
11.Sakura/嵐
12.愛を叫べ/嵐
13.Thank youじゃん!/Kis-My-Ft2
14.前のめり/SKE48
15.starting over/三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBE
16.12月のカンガルー/SKE48
17.ドリアン少年/NMB48
18.Must be now/NMB48
19.Kiss魂/Kis-My-Ft2
20.12秒/HKT48

「あぁ、つまらないなぁ」と思う。ただ、この20曲の質を憂いているのではない。それ以前に、これらの曲自体知らないので、質を云々しようがない。

つまらないのは、腐っても日本を代表するヒットチャートであるオリコン年間ランキングが、「AKB系」「ジャニーズ系」「EXILE系」だけで占められているという事実である。下線「だけ」を強調して読んでいただきたい。

「なになに系」であろうが関係ない、いい曲ならいいじゃないか、という意見を言う人もいそうだけれど、ワタシはそれは違うと思うのです。

ワタシの考えは、「既存の『なになに系』で、ぎっしりと敷き詰められたコンクリートの中を割って、ぐんぐんと芽を出す雑草のような曲が、日本のチャートを彩ってきたのだし、それを聴くこと・観ることに、大衆音楽の究極の愉しみがある」。

渡辺プロダクションがレコード会社の既得権益を壊した。そのナベプロの独占を、NTV『スター誕生』プロジェクトが解体した。その『スタ誕』が切りひらいたアイドル界にジャニーズが殴り込みをかけた。

作詞界で言えば、阿久悠らがレコード会社の専属作詞家を崩壊させた。その阿久悠の人生ドラマ的歌詞を、松本隆の都市文学的な世界観が追いやった。そして、その松本隆から、メディアと結託した秋元康が王座を奪い、現在に至る。

そして、21世紀に入って、J-POP、小室系、ダンスカルチャー、R&Bブームの土壌の上に、EXILEという一大勢力がのしてくる。

栄枯盛衰・新陳代謝。これこそが大衆音楽の醍醐味。で、ということは、メディアや、ライター の側は、栄枯盛衰・新陳代謝を促進する立場で、機能してほしいと思うのだ。

たとえば、ワタシは「日刊スポーツ」紙を宅配してもらっているが、週に一度、ジャニーズの誰かをほぼ1ページで取り上げているコーナーがあり、また別媒体として「AKB48グループ新聞」なども発行しているそうだから、その関係で、どうしても擁護的な論調とならざるを得ないのだろう。そう、くだんのSMAPの件でも。

ワタシはそういうのにも「あぁ、つまらないなぁ」と思うのだ。

長くなったので結論。以上のような背景の中で、「AKB系」「ジャニーズ系」「EXILE系」の間隙をぬって、クラッシュのような、反抗的で、知的で、それでいてキュートなバンドが出てこないかなぁと夢想するのだ。「平成のブルーハーツ」と言い換えてもいい。以下、先日のツイート。

音楽環境はざっくり「ジャニーズ系」「EXILE系」「AKB系」が寡占している中、経済環境はざっくり70年代後半のイギリスみたいなのだから、クラッシュみたいな日本人バンドが、3つの「系」を押しのけて今ブレイクすればカッコいいのに。

2016年の日本のクラッシュ。もちろん、歌うは「トーキョー・コーリング」。

「こちらトーキョー。また地面がスウィングしはじめる。原発事故が起こる。この街に放射能が流れ込んでいる。それに俺は海っぺりに住んでる。恐ろしいなんて言ってる場合じゃねぇ」



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20160117/テレビの時代は終わった?いや、まだ始まってもいねぇよ。

最近テレビがなかなか面白い。視聴率が低下し、制作費も減少する中、一周まわって、それでも面白い番組を作ってやるという気概を感じる制作者たちが増えてきたのではないか。

そんな人の代表は、テレビ東京の佐久間宣行という人だ。この、ピン芸人のような名前の方が書いたこの本が良かった。今でも、「テレビ愛」を持ち続けているテレビマンがいるんだと安心した。

佐久間宣行『できないことはやりません~テレ東的開き直り仕事術』。爽快な読み心地。縮小均衡するテレビ界における番組作りのツボがここに。こういう本、日本テレビに書ける人はいるが書かないだろう。テレビ朝日にも書ける人はいるが書く場がないだろう。フジテレビには、書ける人がいないだろう。

年末で言えば、何といってもTBS『赤めだか』。テレビもやればできるという思いを強くした。立川談志をビートたけしに演じさせるというアイデアですでに勝利している。MVPは立川志らくを演じた濱田岳。

TBS『赤めだか』、圧巻。八津弘幸&タカハタ秀太の奇跡のコラボレーション。原作の戦略的な換骨奪胎。そのバックで、これでもかと流れる和洋折衷のロックは、まるで談志が作るカレーの調味料のようなごった煮の魅力。お見事。

TBS #赤めだか 原作にはある、あの続きも是非同じキャストでドラマ化してほしい。柳家小さんは西田敏行、桂米朝は近藤正臣。花禄と小米朝は本人で。

年が明けて初笑い。心から笑ったのは、1月11日に放映されたテレビ朝日『しくじり先生 俺みたいになるな!! 3時間SP』。TM NETWORKのギタリスト・木根尚登が実はエア・ギタリストだったと告白する回。

成功譚ではなく、「しくじり」を笑うという着想、および、そこに、しくじりではなく成功した木根尚登を呼んでくるセンス。テレビ朝日の元気さは、こういう企画アイデアを採用するところにある。

テレビ朝日 #しくじり先生 、 #木根尚登 の「実はギター弾けなかった」トークにひっくり返って笑ったが、たとえギターが弾けなくとも、この曲の作曲だけで、音楽家を堂々と名乗っていいと思う→浅香唯『Melody』

TBSでは、先週日曜日にオンエアされた『最高のオヤコ』もよく出来ていた。藤山直美という人は、定期的に無性に観たくなる。これでインスパイアされた仲里依紗が、コメディエンヌの道を進んでくれるととても嬉しい。

#最高のオヤコ 「神」藤山直美の喜怒哀楽芸・コスプレ芸・変顔芸を満喫。藤山に対して仲里依紗が一歩も引かない「新旧東西コメディエンヌ対決」。最後の結婚式スピーチは20年前の同枠「輝け隣太郎」の樹木希林の伝説のスピーチを想起。「下町ロケット」に対する大阪MBSの回答。及第点。

NHK木曜時代劇『ちかえもん』。『ちりとてちん』の藤本有紀の脚本による、近松門左衛門を題材としたアチャラカ時代劇。こちらも、近松門左衛門を松尾スズキに演じさせるという爆発的なアイデアが奏功している。本気のお笑い好きな関西人が喜ぶのは『真田丸』よりこちらだろう。

NHK「 #ちかえもん 」。「松尾スズキ演じる近松門左衛門が『大阪に生まれた女』の替え歌を歌い、その下にテロップで『うた:近松門左衛門』と出るドラマ」というだけで観なければいけない理由がたっぷりとある。朝ドラ史に残る傑作、『ちりとてちん』も書いた脚本家・藤本有紀、再覚醒か。

そして最後は、テレビ東京『東京センチメンタル』。『孤独のグルメ』の後を受けて、東京的で上品なコメディが続く。初回を観たが、こちらは何といっても高畑充希がいい。下町の蓮っ葉な女の子を見事に演じている。

ちょうど一年前、フジテレビ『問題のあるレストラン』でうっとりと観た、高畑充希、松岡茉優、二階堂ふみがじゃれ合うシーン。この3人がこれからのドラマ界を引っぱっていくんだろうと、感慨深く眺めていた。でも今この瞬間だけで言えば、高畑充希、一歩リードかも。

「問題のあるレストラン」最終回続き。特に高畑充希の、コロコロ転がるような、運動神経溢れる演技は特筆すべき。山口智子、財前直見のラインを継ぐ、全国区正統派コメディエンヌの道へ。もしくは、キムラ緑子を継ぐ、関西系異端派イケズ女優の道へ。

一周回って、テレビ界の新しい時代が始まっているのかも知れない。テレビの時代は終わった?いや、まだ始まってもいねぇよ。



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20160110/新年のごあいさつと、新年から始まる新連載について。

あけましておめでとうございます。

さて、新春早々、うれしいご報告が出来ます。すでにツイッターなどではお知らせしておりましたが、このたび、『水道橋博士のメルマ旬報』の執筆陣に入れていただくことになりました。

連載タイトルは、『1984年の歌謡曲』。そうです、『1979年の歌謡曲』の続編。あの本の巻末に書いた、次は1984年を書いてみたいという野望が、『メルマ旬報』という華やかな舞台で実現することとなったのです。

「1979年の歌謡曲」の主題が「ニューミュージックと歌謡曲の一騎討ち」だったとすれば、「1984年~」のテーマはずばり、「ニューミュージックと歌謡曲の融合」。

井上陽水&玉置浩二という子弟コンビや松任谷由実によって、ニューミュージックと歌謡曲が、これまでの反目が嘘のように、すーっと溶け合い、そして、後に「J-POP」と呼ばれる、洋楽とも歌謡曲とも違う、新しい音楽性が誕生した年と言うことが出来るでしょう。

それにしても、『メルマ旬報』で書けるとは、ありがたい話です。このサイトのような日陰より、ずっと書き続けてきて良かったと思う次第です。

このサイト、ブログのような日記形式でありながら、独特なインターフェイスになっていますが、これ実はブログではなく、「毎回、文章をHTML手打ちしている」のです。

日記形式が始まったのが1999年ですから、この段階ではブログというのは(おそらく)存在していなかったわけで、そのときの形式を、17年経った今でも続けているわけです。ほとんど天然記念物のような感じです。

誰から頼まれもしないのに、1週間に1度、小林信彦的気分で、エンタテインメント評論じみた文章を書き、書き始めてから10年経っても、ほとんど何も起こらなかったにも関わらず、臆せず書き続け。

そしてついに、震災後あたりから、パラパラと書籍編集や書籍執筆の話が舞い込み、そしてメディアで見知った方から、連絡をいただいたりして、今回に至ります。

この恐るべき17年間の軌跡、全ネタのインデックス!

こうなってくれば、戦い方のシフトチェンジが必要かもしれません。これまでは、マイナーで無責任な立場からの自由演技みたいなものでしたが、ここからは、もう迷わず、怖れず、ずんずんと進んでいくしかないでしょう。

やっと分かってきた。「評論」とはつまるところ、評論の対象(音楽、野球…)にひれ伏すのではなく、同格で対峙し、じっくりとにらみ合うことで、その対象についての、自分なりの新しい楽しみ方を伝えるという、最終的にはポジティブな代物だということを。これが分かるのに、約50年もかかった。

もう、書きたくないことを書くこともないでしょう。変にコビを売った文章も書かない。「(笑)」「(泣)」を乱発するような文章も。なにより残り時間が少ないのです。この世に生まれて半世紀となる今年、開き直るべき瞬間が来ました。

メディア環境がぐるっと一周して、もう死に絶えたと思われるも、新しい意味で再度求められつつある(と信じる)「評論」をやっていきます。「評論家」のスージー鈴木です。お見知りおきを。そして、このサイトもくたばるまでやり続けます。さぁ、次の半世紀へ。



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